せいなるよるに
しんしん、しんしんと、聖夜に雪は降りつもります。
あわくほのかにその夜をいろどるのは、それが雪の役目だからです。
やわらかな光をてらすのは月の役目。しずかな眠りをあたえるのは夜の役目。
こごえた手のひらをつながせようとするのは、ちょっといじわるな冬の空気の役目かもしれません。
みんな、自分の役目をせいいっぱい引き受けているのです。
とはいえ、なんといっても聖夜ですから、これだけでは終わりません。
舞台は主役の登場を待っていました。
その人を前にすれば七面鳥や特大のクリスマスケーキだってかなわないでしょう。
そう、サンタさん。まごうことなきこの夜の主役です。
サンタさんの役目は子どもたちにプレゼントを配ることです。
もちろんそれの頭には“その年よい子にしていた”とつくのですけれど。
みんなの寝しずまる夜を待って、サンタさんはもぞもぞとベッドから起きだしました。
冬の夜ですので毛布のぬくもりは恋しかったりしますが、あまりゆっくりもしていられません。
なにせ今夜中にたくさんの子どもたちにプレゼントを配ってまわらなくてはならないのです。
と、その前に。サンタさんは自分の身なりを整えました。
ダイナマイトバディを包むまっ赤な衣装、目深にかぶられたぽんぽんのついた帽子。
ふさふさの白いおひげこそたくわえていませんが、どこからどう見ても本物のサンタさんです。
うんしょ。大きな白い袋を肩にかつぎます。
なんといっても年に一度のお祭りです。
そのリベリオン生まれのサンタさんにとって、血がたぎらないはずがありません。
え? 年中だろ?
いえいえ、気にしない気にしない。
さあ、年に一度のおしごとのはじまりです。
最初の部屋の子どもは、ありがたいことにちゃんと寝ていてくれました。
サンタさんが女の子の枕元に立つと、すやすやと気持ちのいい寝息が聞こえてきます。
くりくりした瞳、ころころ変わる豊かな表情、まるで人なつっこい子犬のような女の子です。
サンタさんは袋からプレゼントを取りだすと、置かれていたくつしたにそれをもそもそとつめはじめました。
と、その手が止まります。
サンタさんのしごとは子どもたちにプレゼントをしてまわることです。
ただしそれは、その年ちゃんとよい子にしていた子どもにでした。
この子はちゃんとよい子だったろうか。サンタさんはすこし考えこみました。
その扶桑生まれの女の子はよく、国の料理やお菓子をみんなにふるまってくれました。
あいにくサンタさんの口にはあわないものなんかもあったりはしましたが。
それでも、あたたかな食事をつくってくれることを、サンタさんはいつもうれしく思ってました。
まあ、問題ないかな。
サンタさんはくつしたにプレゼントを入れる作業に戻りました。
プレゼントはくつしたにすっぽりとおさまりました。
はあー。ひとしごと終えたサンタさんは安堵にひといきつきました。
吐く息はそのまま、まっしろな雲のようです。
ですが、あまりゆっくりもしていられません。なにせこれが一人目なのですから。
次の部屋の子どもも、すやすやと寝ていてくれました。
いつもの三つ編みを今はほどいた、栗色でウェーブの髪を長く伸ばした女の子です。
気持ちよく眠ってはいるものの、残念ながら寝ぞうはあまりよろしくないようです。
さて、この子はよい子にしていただろうか。サンタさんはしばし考えました。
はじめてあったころは、自信なさげでうつむくことが多かった気がします。
とはいえ、今となってはそのころのことなんて思いだすのもむずかしくなってきましたけれど。
今ではすっかり、なんだか春のやわらかい日差しのみたいな、心のおだやかな女の子です。
それに、この子のいれてくれる紅茶が、サンタさんはなによりも好きでした。
うん、問題ないな。
サンタさんはくつしたにもそもそとプレゼントをつめこみました。
いれおわると、はたとサンタさんは気がつきました。
このしごとが意外に地味な作業だということに。
まあ、こればかりはしかたないことです。
その次の部屋の子どもも、すやすやと寝ていてくれました。
普段はかけているメガネを今はとっていて、そのせいか顔のつくりがまだおさないことに気づきました。
普段は口やかましいのに、こうしているとなんだかかわいく見えてくるのが不思議です。
さて、この子はよい子にしていただろうか。サンタさんはしばし考えました。
サンタさんはなやみました。
たしかにまじめですし、からかいがいのあるおもしろい子です。
でもその女の子は、けっこうないじわるでした。
とくになにかをしてもらったということもなかった気がします。
はっきりいってしまうと、いわゆるよい子でもあんまりないのです。
けれど、サンタさんは知っていました。
その子が実はひといちばいのさびしがり屋ということに。
そしてそれがうらがえって、ついにくまれ口をきいてしまうということに。
きっとそれはサンタさんばかりでなく、他のみんなだって気づいていることでしょう。
なんで素直になれないのでしょう。もっと心をひらいてくれればいいのに。
まったく、面倒くさいやつだなぁ。
サンタさんはくつしたにもそもそとプレゼントをつめこみました。
そのまた次の部屋の子どもも、すやすやと寝ていてくれました。
茶色がかった黒い髪の、絵にかいたようなカールスラント人です。
女の子というには、すこし年が上ですけれど。
さて、この子はよい子にしていただろうか。サンタさんはしばし考えました。
たしかにその子はよい子でした。優等生であることにまちがいはありません。
時間にきびしく、口をひらけば規律だ規則だの一点張り。
でもそれはなによりも自由を愛するサンタさんにとって水と油でした。
けれどサンタさんは、そういう彼女のことを、けしてうとましいとか思ったことがありませんでした。
こんなことを伝えてしまうと、この子にまたうるさくとがめられるかもしれませんが。
違うもの同士だけれど、実はけっこういいコンビなのかもしれません。
たまには息抜きくらいしろよ。
サンタさんはくつしたにもそもそとプレゼントをつめこみました。
さらに次の部屋の子どもは、こまったことにまだ起きていました。
もう夜おそくだというのに書類しごとをしている隊長さんです。
これではこっそりプレゼントをとどけることができません。
しかたなくサンタさんは扉の前で彼女がベッドに入っるのを待っていました。
けれどなかなかおしごとはおわらないようです。
せっかくの聖夜だというのに。いや、おそらくこういう日もめずらしくないのかもしれません。
そのことを思うと、サンタさんの胸がじんわりとあつくなります。
ようやくその子がベッドに入ったのはそれから数時間もあとのことでした。
その子のすぅすぅという寝息が聞こえてくると、サンタさんはこっそり忍び足で部屋に入っていきました。
さて、この子はよい子にしていただろうか。サンタさんはしばし考えました。
もちろん文句なしに合格……といいたいところでしたけれど、サンタさんは思いとどまりました。
はて、この子、いやこの人は子どもでよいのだろうか。
もしそうでなければプレゼントをあげてよいのだろうか。
まよいましたが、サンタさんはそういえばさっきの子も自分より年上だったことに気づきました。
だったら別にいいのかもしれません。なんたって今宵はせっかくの聖夜なのですから。
年なんて関係ありません。
この子は子どもというより、みんなのお母さんですけれど。
いつもありがとう。
サンタさんはくつしたにもそもそとプレゼントをつめこみました。
さらにその次の部屋の子どもは、すやすやと寝ていてくれました。
しかしこまったことに、その部屋はまるでおもちゃ箱をひっくり返したようなありさまでした。
いつものことだといわれればそれまでですけれど。
よっ。とっ。サンタさんは月あかりをたよりに、離れ小島をつまさきでわたっていきます。
そのようすはさながら、よっぱらいのダンスのようです。
と、サンタさんの足のうらに、ぐにゃっとやわらかい感触がありました。
なんということでしょう。子どもをふんづけてしまったのです。
まさかゆかに寝ているなんて思いもしませんでしたから。
どくんっ。サンタさんの心臓がはねあがります。
けれど、その子が目をさますことはありませんでした。
このときばかりは、サンタさんはそのねぼすけに感謝しました。
みだれた部屋のなかからようやく、サンタさんはくつしたを見つけました。
さて、この子はよい子にしていただろうか。サンタさんはしばし考えました。
ふかく、ふかく、サンタさんは考えこんでしまいました。
この部屋を見ればそれも当然です。いろいろと問題を起こすことでも知られています。
こればっかりは、さすがのサンタさんも目のつむりようがありません。
ですが、わるい子といいきってしまうのにも、うーんと首をかしげたくなるのでした。
なんともつかみどころのない、そういう子なのです。
いくら考えてもちっともにくらしさがわきでてこないので、この子はもうこれでいいのかもしれません。
これでよい子。まあ、よい子にはちがいないはずです。
部屋はちゃんとかたづけてもらえよ。
サンタさんはくつしたにもそもそとプレゼントをつめこみました。
長いはずの冬の夜も、もうすぐおわりに近づいていました。
おひさまは水平線のむこうからゆっくりと顔をのぞかせようとしています。
しだいに白んでいく空。降りつもった雪とあいまって、とても幻想的な銀世界へともようを変えていました。
窓から差しこんでくる光はまぶしく、一夜を徹した目にはつらいものです。
それでも、サンタさんのおしごとはつづきます。
だってまだプレゼントを受けとっていない子どもがいるのですから。
次の部屋の子どもは、なんともう起きていました。
日課の鍛練のためでしょう。まさかこんなに朝はやいとは思いませんでしたが。
といっても、はちあわせはまぬがれました。すんでのところでサンタさんは身をかくしたのです。
息をころし、じっと身をひそめます。
こんなところ見つかったらどんなさわぎになってしまうでしょう?
サンタさんだって人の子、できればあんまり怒られたりしたくはないのです。
その子は不思議そうにしばらくきょろきょろとあたりをうかがいます。
やっと彼女がいったのを確認すると、サンタさんは部屋へとしのびこみました。
さて、この子はよい子にしていただろうか。サンタさんはしばし考えました。
考えるまでもありませんでした。
豪胆で、りりしく、かっこいい。
年なんて関係ないと、さきほど結論も出ています。
たまにはゆっくり寝ててください。
サンタさんはくつしたにもそもそとプレゼントをつめこみました。
その次の部屋の子どもは、すやすやと寝ていてくれました。
さらさらのうすい金色の髪の、すらりとした北欧生まれの女の子です。
早起きは三文の徳らしいのですが、どのくらいよいかはわかりません。
さて、この子はよい子にしていただろうか。サンタさんはしばし考えました。
気のせいでしょうか、あまりこの子の働いているところを見てなかったような気もします。
と、そのときでした。
部屋の扉がきゅうにあいて、だれかがはいってくるではありませんか。
しまったとサンタさんは思います。かくれるひまさえありませんでした。
けれど、そのぼんやりまなこはサンタさんをすどおりすると、そのままベッドにたおれこみました。
じきに寝息がふたつ重なって聞こえてきました。
どうやらサンタさんの存在には気づかなかったようです。あるいは、気にもとめられなかったのかも。
夜どおしのおしごとからようやくかえってきたのですからしょうがないのかもしれません。
サンタさんは自分とおんなじだと親近感がわくのでした。
ただ、それが年に一度のおしごとであるサンタさんとはちがって、その子はほぼ毎日そんな生活です。
おそらくみんなのなかでいちばんのがんばり屋さん。
この子はよい子にしていただろうか。サンタさんには考えるまでもありませんでした。
サンタさんは袋からプレゼントを取りだし、くつしたにつめこもうとします。
けれど、そのくつしたは彼女ではなく、この部屋の主の女の子のものであることに気づきました。
この子たちが目をさましたとき、そうするとどうなるだろう?
ゆずりあって、もしかしたらそれが元でけんかになってしまうことになりでもしたら。
とはいえ、目ざめていちばんにプレゼントを目にする、そういうあんばいがこのましいというものです。
こまったことになってしまったな。サンタさんは首をかしげます。
そうだ。
くつしたはふたつでひとつ、対になっているのです。
まるでこのふたりみたいだな、なんてことをサンタさんは思うのでした。
だったらそれぞれにそれぞれのプレゼントをいれてしまったってかまわないでしょう。
ふたりに、ふたつのプレゼントを。
いつまでもなかよくな。
サンタさんはくつしたにもそもそとそれぞれのプレゼントをつめこみました。
とうとうおしごとも大づめです。
そのまた次の部屋につくと、そこにはだれもいませんでした。
そうでした。この部屋の主はさすらいの眠り姫なのでした。
とにかく、女の子をさがすしかありません。
いったい今日はどこで寝ているのやら。
とはいえ、サンタさんにとっては慣れたものでしたので、思いのほかすぐ女の子は見つかりました。
女の子は梁の上で、おきにいりの毛布にくるまれて、ぐっすり眠っていました。
サンタさんはひとまずほっと胸をなでおろしました。
うんしょ、うんしょ。その子の元まで、サンタさんは登っていきます。
さて、この子はよい子だったろうか。サンタさんはしばし考えました。
考えるまでもありませんでした。
なにせこいつときたらいちばんのわるがきです。
訓練はさぼるし、口はわるいし、いたずらばっかりするし。
わるかったことなら足の指をあわせたってぜんぜんたりないのです。
こんな子にプレゼントをあげるわけにはいきません。
もしあげようものなら、親じゃないのに親ばかとそしられるでしょうし。
こればかりはしかたのないことです。かわいそうだけど、また来年です。
そんなサンタさんの葛藤なんてどこふく風、女の子はのんきなもので、ぐーすかと寝ています。
その寝息をきいていると、つられてふわあああっとサンタさんはあくびをしました。
ふと、サンタさんは気づきました。
この女の子といっしょにいることで、自分がどれほどやすらげているかということに。
するとほかのだれよりもずっとずっと、その子ことがいとおしく思えてきたのです。
とはいっても、それとこれとは話が別です。
やはりよい子じゃないのにクリスマスプレゼントをあげるわけにはいきません。
ですが、サンタさんは考えました。
そのかわり、この子にはバースデイプレゼントをあげよう。
そう、今日はこの子の誕生日だったのです。正しくはもう一日おくれになってしまいましたけれど。
これならなにも問題はないでしょう?
なんだ。安あがりないい子じゃないか。サンタさんは思いました。
誕生日おめでとう。
サンタさんはくつしたにもそもそとプレゼントをつめこみました。
クリスマスプレゼントではなく、バースデイプレゼントを。
ようやくすべてのしごとをおえると、サンタさんのまぶたがとろんと重みを増しました。
安心したことで睡魔がせきをきっておそいかかってきたのです。
だれもわるい子はいない。
そのことがわかっただけで、サンタさんはもうよかったのです。
ほんのちょっとだけ――
そのつもりでまぶたをとじると、まどろみは色濃くなっていきます。
サンタさんはかたわらの女の子に体をあずけると、とうとう眠りに落ちてしまいました。
聖なる夜はおわりを告げて、サンタさんはごく普通の女の子にもどりました。