501カルタ
「というわけでカルタをしましょう」
新年を迎えた501基地のミーティングルーム、のほほんとくつろぐみんなに私は提案した。
「というわけってどういうわけですの?」
「えっ!? なにを言ってるんですか、ペリーヌさん。お正月といえばカルタじゃないですか」
「じゃないですかと言われましても」
「ふふふ。実はもう、こんなものを用意してしまったんです!」
じゃーん!
とばかりに、私は取り出したカルタをみんなに向けてかざした。
ただのカルタじゃない。宮藤芳佳お手製の501カルタ。
読み札はすべてストライクウィッチーズにちなんだもので、取り札にもちゃんと絵を描いてある。
――のだけれど。
あれっ、なんだかみんなの反応が薄い。自信作だったのに。
「ねぇ、芳佳ちゃん。そもそも『カルタ』ってなあに?」
「えっ!? リーネちゃん、カルタ知らないの!?」
「ご、ごめんね、芳佳ちゃん」
「ううん、いいの。じゃあペリーヌさんは?」
「いえ、知りませんわ」
「坂本さんは知ってますよね?」
「ああ、当然だろう。といっても、私と宮藤以外は知らないみたいだな」
坂本さんの言う通り、他のみんなはカルタを知らなかった。
どうやらカルタって扶桑ローカルの遊びだったらしい(トランプなんかは世界中でやってるのに)。
「宮藤さん、それでカルタってどうやって遊ぶの?」
「まずはこうやって、札を表にして並べるんです」
私は絨毯に、取り札をバラバラと広げてみせた。
「ゆ、床に並べるの?」
「そうですけど」
「なにこのへったくそな絵~」
と、それを見てルッキーニちゃん。……けっこう自信あったのに。
「こっちはいいの、宮藤?」
「あっ。待ってください、ハルトマンさん。それは読み札と言って、この取り札とは別にしておくんです」
「よみふだ?」
「その名のとおり、書いてある歌を詠む役の人が読むんです」
「これをか。『よ5本』……?」
「バルクホルンさん、違います。扶桑では文字を縦に書くんですよ」
「た、縦に……」
「それで、その読んだ歌の、その頭の文字の書かれた札をここから取るんです」
「このバラバラの中からか?」
「はい。早い者勝ちで」
「ふぅん。だったらあたしの専売特許だね」
「そうやって取った札は取った人が貰うんです。
それを札が全部なくなるまで繰り返して、最後にその取った札の枚数を競うんです」
「ルールはわかったけどサ。それ、面白いのカ?」
「面白そう。わたし、やってみたい」
「サッ、サーニャがやるなら私もやるゾ」
「はいはい! あたしもやる~♪」
「みんなルールも理解したようだし、いい機会だからやってみましょうか」
「わたくしもですか?」
「もちろん、みんなでやりましょうよ。読む役は私がやりますね」
ぞろぞろとみんなが集まってくる。
全部で44枚となる取り札。それに群がるように囲む10人。なんだか壮観だな。
「あっ、そうだ。トップになった人の言うことを、他のみんなは聞かなきゃいけないってのはどうですか」
と、思いつきで提案してみたら、途端にみんなの目の色が変えて、
「言うこと聞く? それってなんでもいいの?」
「なんでもってなんでもカ!?」
「はい、そのつもりで言ったんですけど」
「そんじゃー、あたしが一番になったら、みんなのおっぱい揉ませて貰うね」
「ちょっと待って、宮藤さん。そういうのはどうかと思うわ」
「まあ、ミーナ。正月だし、勝負事はそのくらいの方が面白いじゃないか」
「……それもそうね。そのかわり、美……坂本少佐、あなたも勝った人の言うことはちゃんと聞くのよ」
「ああ、もちろんそのつもりだが?」
そうしたわけで、新春501カルタ大会は幕を開けた。
「それじゃあいきますね――『納豆は 体にいいから 食べてみて』」
「はい」
と、坂本さんだ。
カルタ初心者のみんなと違い、本場の扶桑人としてここは負けられないところ。なかなか幸先がいい。
「次、いきます――『お手紙を」
「はい」
読み終わるより早く、今度も坂本さんが『お』の札を押さえる。
「じゃあ次――」
「ちょっと待った、宮藤!」
「どうしたんですか、ハルトマンさん?」
「これって扶桑語でやるもんなの?」
「はい。だって扶桑の遊びですからね」
「でもそれじゃ、あまりにも坂本少佐に有利すぎでしょ。
ただでさえ私たち初めてのに、これじゃあもう少佐の一人勝ちじゃん」
「たしかにそうだな。これでは私も面白くない」
「すいません、気づかずに――じゃあ、なにかハンデをつけますか?
坂本さんは10メートル離れたところから、読みあげた後にスタートする。これでどうですか?」
「ああ、わかった」
うなずくと坂本さんはすたすたとこの場から離れていった。
「改めていきます――『ズボンです だから恥ずかしく ありません』」
9人は目をこらして『す』の札を探す。
けれど、誰一人として一向に動こうとはしない。
どうしたんだろう? ルッキーニちゃんのすぐ前にあるのに。
そうこうしている間に坂本さんは到着して、
「はい」
と、『す』の札を取った。
「また坂本さんですね」
「待って、待って! それ、『su』じゃなくて『zu』じゃん」
「ああ、『ず』は『す』でいいんだ。濁音や半濁音は清音で考えるから」
「うげーっ、なにそれー」
「つまり、子音の[g]は[k]、[z]は[s]、[d]は[t]、[b]と[p]は[h]になるんだ。どれ、ちょっと待ってろ」
そう言うと坂本さんは、近くにあった紙にさらさらに50音表を書いてみせた。
「5段が10行あって50音。だが、や行は3つ、わ行は1つしかないため、カルタは全部で44枚になる」
「ふ、扶桑語は奥が深い……」
まじまじとその表を見つめ、バルクホルンさんは呟いた。
「うー。ロマーニャ語ならあたしが無双のはずなのにー」
「ガリア語でしたら、これほどまでにわたくしがひけをとることもありませんのに」
「スオムス語なら絶対負けないのにナ」
「オラーシャ語だったら……」
口々にあがる不満。
まずい……せっかく頑張って作ったのに、カルタは失敗だったかも……。
「そういえばこの中じゃ、あたしとリーネだけは一ヶ国語しか話せないんだよな」
「いえ。私は第二外国語を最近勉強しだしたんですよ」
「え、何語?」
「将来のことを考えて、扶桑語を。ミーナ中佐と一緒に」
「ええ、2人でね。将来のことを考えて」
「そ、そう……あたしもなにか始めようかな」
そう言って、シャーリーさんは苦笑いをした。
リーネちゃんって扶桑語の勉強してるんだ。でも、将来ってなんのことだろ?
「次いきます――『絶対無敵 カールスラントの 3人娘』」
「ぜ、ぜ……いや『ze』は『se』になるから――これだっ!」
勢いよくバルクホルンさんの右手が降りおろされる。
が、その時――ぶわっ、と場に風が吹いた。
ハルトマンさんが固有魔法の疾風を使って、触らずして札を動かしたのだ。
バルクホルンさんの手のひらが捕えたのは、『せ』ではなく『ゆ』の札だった。
飛ばされた『せ』の札はハルトマンさんの手元に落ち、
「はーいっ」
と、ハルトマンさんはしたり顔を浮かべて『せ』の札を手に取った。
「やったじゃないですか。これでハルトマンさん1枚ですね」
「どーもどーも」
「待ってくれ、宮藤! 見ただろう、今のを。これは反則じゃないのか!?」
「えーっ? 使っちゃダメなんてルール聞いてないし」
「まぁまぁ。それじゃあ今度からはナシと言うことで」
そんなわけで、『せ』の札はハルトマンさんのものに。
バルクホルンさんはお手つきで1回休みとなった。
「それじゃあ次に――あれっ? エイラさん、なにしてるんですか?」
エイラさんはカードをめくっていた。
カルタではなく(そもそもまだ0枚だし)、タロットの。
「ああ、次になにが読まれるか占ってたんダ」
「占い……それでわかるものなんですか?」
「疑うのカ? 見てろヨ――オッ、このカードは! オイ、宮藤。早く読め」
「はいはい、いきますね――『夜の空 哨戒任務 サーニャちゃん』」
「これダッ!」
エイラさんの手が動く。たしかにそれは『よ』の札だった。
――けれど、それにもう1本の手が伸びる。
サーニャちゃんだ。
『よ』の小さな札の上で、2人の手と手がこつんと触れあう。
「サッ、サーニャ……!」
「ごめんなさい、エイラ。手を少し叩いてしまって」
「気にすんナ――ほら、これサーニャが貰えヨ。ずっと狙ってたんダロ?」
「でも、エイラの方が少し早かった」
「サーニャ、まだ1枚も取ってないじゃないカ。いいから貰っとけヨ」
エイラさんもまだ0枚なんだけどな。
譲り合いの結果、サーニャちゃんが1枚となった。
「次いきますよ――『リーネちゃん とってもとっても 大好きだよ』」
「芳佳ちゃん……! 私も芳佳ちゃんのこと大好きだよ」
「ありがとう、リーネちゃん。でも、私の方が大好きだよ」
「そんなことないよ。私の方が大好きだもん」
「そうかなぁ? 絶対私の方が大好きだよ」
「ううん、絶対絶対私の方が大好きだもん」
――と、そんなことを言いあいっこしてる間に、
「おーい、芳佳ーっ、取ったぞー」
と、ルッキーニちゃん。その手にはたしかに『り』の札が。
リーネちゃんの顔が青ざめる。
私と会話してたせいで、札を探すのを忘れてたせいかも。
でも、大丈夫。まだまだ逆転可能だよ。
「次いきますね――『はっはっは! 坂本さんの 高笑い』」
「きたわ!」
「きましたわ!」
ミーナ中佐とペリーヌさんが同時に動く。
その時、また風が吹いた。
なにこれ? またハルトマンさんの仕業?
――いや、違う。
これは純粋な、手のひらによる風圧だ。
近くに並べられた他の札までも、あるいは浮き上がり、あるいは裏返る。
まるで勢いよくメンコを地面に叩きつけたみたいに。
バシィッ!!
気持ちいいほどの音をあげて、2人の手のひらはその札をとらえる。
まったくの同時。
しめられる手のひらの面積的には、ややペリーヌさんに分がある。
ぐ、ぐ、ぐ、と少しずつペリーヌさんは札を自分の元へと引きずっていく。
するとミーナ中佐は空いた左手で、札を押さえるペリーヌさんの手をバシバシと叩き出した。
苦痛に顔を歪めるペリーヌさん――しかし、やられてばかりではない。
今度はペリーヌさんが、ミーナ中佐の札を押さえる手を、空いた左手でスパンキン!
そうして2人の容赦ない争いが続いている中、ゆっくり10メートル歩いてきた坂本さんは、
「はい」
と、『は』の札を取った。
「「えっ!?」」
と、声をあげるミーナ中佐とペリーヌさん。
2人が手のひらをどけて見てみると、それは『は』ではなく『ほ』の札だった。
そこにはもう、お正月の遊びなんて穏やかな雰囲気はなくなっていた。
大声をあげ、悲鳴があがり、あらゆる手を駆使したガッチガチの闘争。
カルタがこんなにも壮絶なものだなんて、私は今まで知らなかった。
誰一人として集中力を切らす人はいない。一戦一戦がとても密度の濃いものだった。
それでも1枚、また1枚と、場から札はなくなっていくのだった。
まあそんな感じでゲームは進行していって――
「とうとう次で最後ですね」
私の言葉に、みんなは疲れきった顔を向ける。
汗をぬぐう人、肩で息をする人、さまざまだけど、これを読みあげてもうおしまいなのだ。
「と、その前に。枚数を確認しましょう。ルッキーニちゃんとサーニャちゃんとハルトマンさんが1枚で……」
「芳佳ちゃん、違うよ。ルッキーニちゃんじゃなくて私が1枚だよ」
と、リーネちゃん。その手にはたしかに『り』の札がある。
あれっ? でも、その札はルッキーニちゃんの取ったものだったはず。
なのにどうしてリーネちゃんが持ってるんだろう?
……ま、いっか。
「それで坂本さんが40枚、他の人は0と」
「「「「「「…………………………」」」」」」
「えっと、その、ごめんなさい」
とりあえず私は頭を下げた。
みんなからの視線が痛い……。
「いくらなんでも無理があったね。この中であたしだけバイリンガルじゃないし」
まだ引きずってたんですか、シャーリーさん。
「じゃ、じゃあ、最後の1枚は100枚分というのはどうですか?
それ1枚取っただけで、坂本さんにダブルスコアつけて大逆転優勝です!」
ヤケクソになって私は叫んだ。
その提案に、みんなはもちろん賛成した。
今までの勝負はなんだったんだろうとか、そういうことは考えてはいけない。
「いいですか、現在トップの坂本さん?」
「ああ、かまわん。だが、もうハンデはナシだからな」
坂本さんはそう言うと、どっしりあぐらをかいて座った。
「頑張るね、芳佳ちゃん。まあこれ1枚で、実質私の優勝なんだけど」
リーネちゃんがかかげて見せるのは『り』の札だ。
「へっふぁいふぁくふへんふゅーひょう」
もごもごとルッキーニちゃん。なに食べてるのかな、なんだか甘い匂いがする。
「トゥルーデには負けないよ」
「私こそ、貴様にだけは絶対負けん」
腕まくりをするバルクホルンさんと、前屈みになるハルトマンさん。
「絶対取る」
「今度こそ誰にも渡さないからナ」
沸々と闘志をたぎらせるサーニャちゃんと、またタロットで占い出すエイラさん。
「今こそクロステルマン家に代々伝わる、幻の究極奥義をお見せしますわ」
なんですか、それ。ていうかペリーヌさん、カルタ初めてだったんじゃ?
「なら私も本気にならざるをえないようね」
ミーナ中佐はそう言うと、聴覚を高めるとかいう固有魔法を発現させた。
多分それ、ほとんど関係ないと思う。
「ふふん。取る札さえわかってれば、スピードであたしに勝るものはないね」
「あ、シャーリーさんはさっきお手つきしたので今回は休みです」
「えっ、マジ!?」
「それじゃあ、いきますねー」
私の言葉にシャーリーさんを除く全員が、残された1枚の札を食い入るように見つめる。
次の瞬間、その1枚の札をめがけて、9本(あるいはもっと?)の手が伸びることだろう。
私は『ほ』の札を読みあげた。
「『本年も 501を よろしくね』」