fire on the moon


 その日の夜間哨戒は生憎の雨に見舞われ、寒さが身体にまとわりつく。
 雨の中じんわりと濡れながら飛行するのは、夜間哨戒を主任務とするサーニャ。
 頭の周りにまとったライムグリーンの魔導針が輝きを放つ。時折ゆっくりロールして周囲をくまなく探る。
 そんな彼女の横にはMG42を背負ったエーリカの姿があった。
 理由のひとつは悪天候の為、もうひとつは「最近南東から怪しい影が見える」との報告を受けての増援。
 だが雨などものともしない素振りの二人は、哨戒の気晴らしついでにお喋りをしていた。
「それでね、聞いて、ハルトマンさん。エイラったら、また……」
「ははー。エイラならやりそうだよね~」
「私、ちょっと怒ったって言うか、悲しくなって……」
「分かる分かる。サーニャならそう思って当然だよね」
「こう言う時、ハルトマンさんならどうする?」
「そうだね~」
 エーリカはポケットに大切にしまっている指輪に指をそっと当てて、考えた。
「私とトゥルーデの関係は、サーニャ達にとってはあんまり参考にならないかもよ?」
「色々な人が居るもの。ひとつのケースとして聞きたいの」
「なるほどね。参考例って事ね」
「ごめんなさい。悪い意味で取らないで」
「全然、大丈夫だよ」
 エーリカは笑った。

 一方の基地。
 書庫で書類整理の“任務”にあたっているのはトゥルーデとエイラ。
 埃を被った古めかしい書物から、最近書いたばかりの報告書まで、色々な書類を整頓していく。
 いわゆる「雑務」「雑用」のうちのひとつだ。寝る前のひととき、たまにはこうした仕事も悪くない。
 それはさておき。どうしたものか。
 トゥルーデは一緒に仕事をするエイラを見て、やれやれと内心溜め息を付いた。
「どうした、エイラ。妙に元気が無いな」
 返事が無い。しょげている。かと思えば不意に怒ってみたり、急にめそめそ泣いてみたり、
“喜怒哀楽”の「怒」と「哀」だけが強調されている感じだ。
 仕事に差し障りが有ると危惧したトゥルーデは、もう一度エイラに聞いた。
「エイラ、何か問題でも有るのか? 有るなら聞くぞ?」
「えッ? イヤ、ナイ。ナイゾ。何もナイ。何モ……無いんダ」
 はあ~、と溜め息を付くエイラ。そのまま魂が抜けてしまいそうな表情に、トゥルーデは慌てた。
「仕事中なのにその体たらくでは困る。しゃんとしろ、“ダイヤのエース”」
「エース……私はエースなのカ」
「エースだから501(ここ)に居るんじゃないのか」
「はあ……」
「……」
 頭を掻くトゥルーデ。どうにも要領を得ない。いつものエイラらしくない。
「何か有ったのか。私に相談出来る事なら、何でも話してみろ」
「大尉に、相談?」
「こう見えても私は口が堅いんだ。大船に乗ったつもりでだな」
「……」
 じと目でトゥルーデを見るエイラ。
「な、なんだその目は! 別に疚しい事など考えてない!」
「だっテ、この前『お姉ちゃんを辞めない、皆私の妹だ』みたいな事言ってたじゃないカ」
「なっ! 聞いてたのか」
「あんな大声基地中に聞こえるッテ。ミーナ隊長まで妹扱いするなんて正気の沙汰じゃなイゾ」
 ここでエイラは唐突にくしゃみをした。
「何だいきなり」
「誰か噂してる気がスル……で、大尉ドウナンダ」
「あれは言葉のあやと言うか勢いでだな、勿論ミーナも大事な仲間で家族だが。……で、話す事は無いのか」
「……大尉に話した所で解決する様な問題じゃないヨ」
「なら自分で解決するんだな」
「アア」
 しばし無言で作業を続ける二人。
「でも、話すだけなら、自由だぞ」
「しつこいなア、大尉モ」
「上官として言わせて貰うが、今のお前の態度、素行を見ていると任務に支障が出ないかと心配なんだ」
「そうカ」
「あとは、隊の仲間と言うか、家族として、気になる」
「悪いけど私は大尉の妹ジャナイゾ」
「それはもういいから!」

「仲直りのキス?」
 サーニャは驚いて口に手を当てた。
「うん。トゥルーデと私って、稀に手を上げちゃったりする事も有るけど……最終的にはゴメンナサイして、
ゆっくりキスして……まあ続きも有るけど……それでお互いの気持ち確かめて、元通り」
「そうなんだ。すごいね」
「サーニャ達は?」
「……あんまり。エイラが何となく避けてる気がして」
「エイラは避けてるんじゃないと思うよ。サーニャが大事だけど大事過ぎて、ちょっとヘタレって言うか」
「うん、分かってる」
「問題はそこだよね。サーニャばっかり積極的になっても余計にエイラひくだろうし」
「うん、多分そう思う。でも……」
 ふと、魔導針が輝きを増した。
 サーニャがフリーガーハマーを構えるのとエーリカがMG42を構えるのはほぼ同時。
 間も無く、禍々しい色のビームが二人を襲った。
 即座に反撃に出る二人。

 数分無言を貫いた後、エイラは観念したのか、ぽつりぽつりと呟いた。
「サーニャと、喧嘩した」
「なるほど。やっぱり」
「やっぱりッテ、大尉見てたノカ」
「私は他人のプライベートには干渉しない。ただ日頃のお前達を見てそうじゃないかと感じただけだ」
「ソッカ」
「お前は、他人の事はよくおちょくるが、いざ自分の事となると……」
「な、なんダヨ? いきなり説教カヨ?」
「違う。単純な感想だ。似たような事言われないか?」
「ウウ……言われタ。サーニャとか、サーニャとか、サーニャとか」
「サーニャばっかりじゃないか」
「なあ大尉、私ヘタレなのカ? そもそもヘタレって何ダ? 私死ぬノカ? うわあああァ」
「落ち着け!」
 今にも自殺しそうな勢いのエイラを羽交い絞めにしてトゥルーデは声を掛けた。
「自分をそんなに責めるな」
「だっテ……」
「何があったかは知らんが、ともかくまずは……」
 トゥルーデは言いかけて止まった。
 基地の中に響く警報音。ネウロイ襲来を告げる忌々しい呼び出し音。
 二人は片付け途中の書類をそのままに、書庫を飛び出した。

 サーニャとエーリカは悪天候に阻まれ予想以上の苦戦を強いられていた。
「雨が酷くなってきた。何も見えない」
「私も魔導針の働きが微妙で……ネウロイの影が二重に見える」
「ホント? ネウロイの陽動?」
「分からない」
「これじゃあどっちに逃げて良いかも分からないね」
「下手に動くと……」
 飛んでくるビームを避け、反撃を加えるもまるで手応えがない。
「まずったなあ。残弾僅少……」
「司令所との通信途絶……。ハルトマンさん、どうしよう」
「サーニャ、フリーガーハマーの残弾はあと幾つ?」
「あと三発」
「じゃああと一発だけ撃ってみて。私も同じ方向に撃ってみる。位置を教えて」
「……ここから二時の方向。もう少し。そう、その辺り」
 サーニャは魔導針に微かに引っ掛かるノイズを手掛かりに、当たりを付けて発射した。
 エーリカも残り少ない弾数を数えながら射撃を行う。
 しかし二人の攻撃は虚しく遠くの雲に穴を開けただけで、何の手応えも無かった。
 代わりに帰って来たのはビームの束。
 ぎりぎりのところで回避しつつ、サーニャはエーリカと肩を合わせた。
「あと二発」
「私も同じ位かな。で、残りは取っておいて」
「どう言う事?」
「一発は、対ネウロイ用ね」
「あと一発は?」
「もう一発はね……味方に気付いて貰う為だよっ」
 エーリカはサーニャを抱きしめると、有無を言わさず回避行動に専念した。

 就寝直後の時間帯にも関わらず、全員しゃんとしてブリーフィングルームに集合した。
但し、着ている服はパジャマだったりとてんでばらばらだったが。
「全員揃ったわね」
 書類をテーブルに置き、ミーナが一同を見渡した。美緒が続いて話を始める。
「よし。今回のネウロイだが……どうやらハルトマンとサーニャを待ち伏せしていた様だ。
大まかな位置はグリッド南東213地区と推定される。高度は不明だ」
「不明?」
「ノイズが多過ぎて何処にネウロイ本体が居るのか分からん。観測所でも判断しかねるそうだ。
ちなみにハルトマンとサーニャとの通信が途絶したポイントは、ここ」
 黒板に貼られた地図を指さす美緒。
「かと言ってノコノコ出て行って返り討ちに遭う危険も有ると?」
 ペリーヌの発した疑問に美緒が頷く。
「そうだ。いわゆる『ファイタースウィープ』の可能性も無くはない」
「私が行ク! 行かせてクレ! 私なら敵の攻撃は絶対に当たらないカラ……」
「エイラさん落ち着いて。貴方がそう言うと思って既に出撃メンバーは決定してあるわ。……坂本少佐」
 ミーナは美緒に続きを促した。
「ああ。今回の出撃はバルクホルンと宮藤、ペリーヌとエイラだ。それぞれでロッテを組め。
一番機はバルクホルンとペリーヌが担当しろ」
「了解!」
「了解しましたわ」
「そして……現状で判明している通り、戦闘途中で司令所との無線通信が遮断される可能性が非常に高い。
よって万が一司令所との通信が途絶した場合は、バルクホルン、お前が小隊の指揮を執れ」
「了解した」
「残りの人は基地で待機です。万一の場合に備えて準備を」
「了解」
「今回の最優先の目的はハルトマンとサーニャの救出だ。出来ればネウロイを破壊したいが、無理はするな。
貴重な戦力の損失は避けたい。以上だ。直ちに全員任務に就け!」
 美緒の言葉が終わらないうちに、全員が立ち上がった。
「出撃だ! 行くぞ!」
「了解!」
 トゥルーデとエイラの声がとりわけ大きく響いた。

 降りしきる雨の中、エーリカとサーニャは身を寄せ合って寒さをしのいでいた。
 時折ビームが雨に混じる。しかし狙っている様で照準はでたらめで、当たる気配が無い。
 不安そうな顔をしたサーニャを見て、エーリカが微笑んだ。
「大丈夫、サーニャは私が守るよ」
「え、でも」
「大丈夫だって。私は僚機(仲間)を失くした事が無いんだよ」
 何か言いかけて躊躇うサーニャ。エーリカはサーニャの肩を持って言葉を続けた。
「それに、サーニャを守れなかったら悲しむよ、みんなが。エイラもそう、トゥルーデだってきっとね。
それに、トゥルーデに怒られちゃうよ。それすっごいイヤかな」
 へへ、と照れ隠しの笑みを浮かべるエーリカ。
「だから信じて。私には分かるんだ。きっと助けに来るって。それまで、少しの辛抱」
 そう言って、うんうんと頷いたエーリカを前に、サーニャはエーリカの服の袖を掴み、こくりと頷いた。

 腕にはめた腕時計型の高度計と方位計を頼りに、基地より飛び立ったシュバルムは目的の場所を目指した。
「大尉、間もなく推定ポイントに到達します」
「ああ。二人とも無事だと良いんだが」
 トゥルーデは無線で司令所に状況を報告した。
「……司令所、聞こえるか。間もなく現場に到着する。辺りにハルトマンとサーニャの姿は見えない。
何処かに避難しているのかも知れない。引き続き捜索を行う」
『了解。お前達も十分用心……』
 美緒の言葉がノイズでかき消される。
「大尉、これは」
 ペリーヌがトゥルーデに近寄って声を掛ける。
「当たりだ。この付近で間違いない。全機、ネウロイの攻撃に備えろ!」
 全員が銃を構える。
 間もなく、雨と一緒に幾筋ものビームが降り注いだ。
「上か?」
 回避機動とシールドでビームをしのぎつつ、様子を伺う。
「どうするンダ大尉、ヘタに撃ってその先にサーニャ達が居たラ……」
「私もそれを考えていたところだ。前にエイラ達はその手のネウロイに遭遇した筈だよな?」
「アア」
「ウィッチの同士討ちを狙ったとか言う、例のネウロイですの?」
 ペリーヌが疑問を口にする。
「そうダヨ。あれもちょうど雲の中デ、通信が途切れテ……」
「今回も同じ手かも知れないな。一度上昇し雲の上に出るぞ」
「了解」
「途中で敵の動きが有る場合は直ちに指示を出す。私の指示を聞き逃すな。あと味方を見失うなよ」
「了解!」
「よし、回避行動を取りつつ上昇だ!」
 めいめいがロールしつつ雲の上を目指す。上昇するに従いビームは一旦収まった。

 それまでエーリカに身を預けていたサーニャが、突然辺りを見回し始めた。
「サーニャ、どうかした?」
「今、新しいノイズが……」
「ホント? 味方? それとも、ネウロイの増援?」
「分からない。でも、動きが……」
「じゃあ、一発どかんと行ってみようか」
「え?」
「まだ二発あるでしょ? 一発試しに」
「でも、もしノイズの元がエイラで、もし当たったら」
 戸惑うサーニャを見て、エーリカは苦笑いした。
「ホント、サーニャはエイラの事が大好きなんだね」
「そ、それは……その」
「大丈夫、エイラだったら絶対に避けて、こっちに来るよ。これでもしトゥルーデも一緒だったら
その可能性は更に高いよ。やってみる価値は有るよ」
「本当?」
「こう言う時は、私は絶対に嘘は言わないよ」
「分かった」
 サーニャは魔導針を最大限に輝かせ、目指す「ノイズ」目掛けて一発発射した。

「大尉待っタ!」
「どうしたエイラ?」
「待ってクレ!」
「全員上昇やめ! 何があった」
「何だか、悪い予感がするンダ。この先に……」
「この先に何が有る?」
 トゥルーデがエイラに問うた途端、二人のすぐ脇を一発のロケット弾がひゅっと抜けて行った。
 やがて信管が作動したのか、近くで爆発し、周囲の雲に穴を開けた。爆風がなびいて一同の髪を揺らす。
「今ノ……サーニャのフリーガーハマーダ!」
「その様だな。しかし私達に当たりそうだったぞ」
「だから待ってクレって言ったんじゃないカ~」
「ともかく、今の弾道の軌跡を辿るぞ。そこに二人は居る。間違い無い」
 ビームの束が四人を襲う。
「全機私に付いて来い! ビームはぎりぎりで回避して隊列を乱すな! お互いの姿を見失うなよ!」
 トゥルーデは先頭に立ち、方角を見定めると直進を開始した。

「ノイズが近付いてくる」
「ホント?」
「もしネウロイだったら」
「その時は、まだ一発有るでしょ。大丈夫」
 エーリカの服を握るサーニャの力が強くなる。
「大丈夫。信じて」
 エーリカも万が一の用心か、MG42を構えた。残弾は僅かだが、お守り代わりにはなりそうだ。

 視界が悪く、再会は実に突然で、呆気ないものだった。
「エーリカ!」
「トゥルーデ!?」
 僅かの距離でお互いの姿を視認する。トゥルーデは咄嗟に身体を捻り急ブレーキを掛ける。
「全機止まれ! 二人を確認した、ここだ! 止まれえっ!」
「ひゃあっ!」
 ペリーヌも体勢を崩しかけるもぎりぎりのところで急停止し辛うじてホバリングに移る。
「サーニャ!」
 エイラがサーニャを見つけ、止まりきれずに飛び込む形で抱きついた。
「エイラ……エイラなのね」
「良かったサーニャ、無事デ。ホント良かっタ」
 今にも泣きそうなエイラを優しく抱き止めるサーニャ。
「私は大丈夫。エイラならって、信じてた」
「エーリカ、サーニャ。二人とも無事か?」
 トゥルーデが辺りを見回しながら確認する。
「平気平気。ちょっと寒かったけどね」
「私も、問題有りません」
「あわわ、皆さん何処ですか~」
 芳佳の情けない声が聞こえる。
「宮藤、進み過ぎだ。戻って来い。すぐ目の前だ。ゆっくり来い」
「あ……バルクホルンさん居た! 良かったぁ」
「まったく宮藤さんは。大尉が先走るなとあれ程……」
 見事再会を果たした六人目掛けて、猛烈な数のビームが襲い来る。
「ともかく、同士討ちの危険は無くなったな。全機回避行動を取りつつ雲の上に出るぞ! 私に続け!」
 トゥルーデを先頭に、六人のウィッチは雲の上を目指し、分厚い雨雲を突き抜けた。

 雲の上は見事な星空が広がっていた。思わず見とれてしまいそうな程の美しさだ。
しかしそんな気分も一瞬で吹き飛ぶ。雲中からビームの束がこれでもかと言う程に撃たれ、夜空を見ている暇も無い。
「サーニャ、怪我してるゾ!」
 エイラが慌ててサーニャを抱きしめた。当の本人は全然気付いていない様子だ。
「え、何処?」
「太腿の辺り、ココ」
「大丈夫、かすり傷だから」
「宮藤、治癒魔法を頼ム!」
「サーニャちゃん大丈夫?」
 芳佳が治癒魔法を施そうとするも、ビームに阻まれてシールドを張るのが精一杯。
「トゥルーデ」
 攻撃を回避しつつ、エーリカが近寄って来た。
「無事で良かった。まず、お前に渡すモノが有る」
「何々?」
 ぽいと投げて寄越されたもの。それはMG42の予備マガジン。
「まだいけるか?」
「勿論! 気が利くねトゥルーデ。これで全然大丈夫だよ」
 マガジンを交換して、MG42を構えるエーリカ。
「これで、とりあえずは……」
 トゥルーデは全員を見た。そして数秒考えた後、全員に告げた。
「最優先の目的を達成した。次は隊列変更だ。エイラはサーニャの二番機だ。二人は回避に専念しろ」
「了解」
「ペリーヌの二番機に宮藤。ハルトマンは私の二番機だ」
「了解!」
「了解しましたわ。でも、これから大尉、どうするおつもりで……」
「これよりネウロイを攻撃、破壊する。まずは私とハルトマンの二人で攻撃を行う」
「そんな! この悪天候の中で一体どうやって」
「問題無い。ペリーヌと宮藤は、サーニャ達の掩護に回れ。状況によっては新たに指示を出す。良いな」
「了解しました」
「互いの位置確認を怠るな。行くぞハルトマン!」
「了解!」
 トゥルーデとエーリカは揃ってネウロイ目掛けて急降下した。

 雲の中に身を潜めるネウロイは異常に表面装甲が硬いらしく、銃弾が次々と弾かれ砕ける音が周囲にこだまする。
 一方のビーム攻撃は酷さを増すばかり。幾度かシールドで直撃を防ぐも、限界が迫りつつある。
「厳しいな。一旦上昇するか?」
「トゥルーデ、ここはあえて下に行ってみよう」
「下?」
「少佐が言ってたよ。『虎の穴に入らないと虎を捕まえられないよ』だったっけ?」
「なんだそれは?」
「どっかの諺らしいよ。あと他にも似たのあるじゃん。『扉を叩けば開くかもね』みたいな」
「適当過ぎだ。何の事だかさっぱり」
「とにかく、ハイリスクだけどハイリターンって事」
「遠回し過ぎるんだ」
 ぼやくトゥルーデの腕を、エーリカがきゅっと握った。
「ちょっと冒険しようよ。付き合ってくれるよね?」
「……当然だ」
「私に考えが有るんだ。何となくだけど」
 エーリカに引かれるまま、トゥルーデはビームの発射される“根本”の近く、ネウロイの至近距離を抜け、降下した。
 すれ違いざま、エーリカはトゥルーデに促し、二人で一斉に背面部分を攻撃する。
 上面と違い、背面の装甲は脆く、いとも容易く削り取られていく様だ。明らかに弾着音が違う。
 ビーム攻撃も上面程苛烈ではない。
「なるほどな。ネウロイはわざと上におびき出して私達を纏めて袋叩きにするつもりだった、と言う事か」
「トゥルーデ、鋭いね」
「たまたまだ。お前や少佐みたいに勘が鋭い訳ではない」
「またまた~」
 一度ネウロイをやり過ごし、もう一度突入に向けて体勢を構え直す。
「とにかく、もう一度行くぞ。視界が悪い分若干計器飛行になるが……」
「大丈夫、トゥルーデを信じてるよ」
 エーリカがそっと近付き、指を絡ませてきた。トゥルーデはそれに気付き、ゆるゆると、少しの間だけ指を絡める。
 エーリカが微笑んだ。トゥルーデも口元が緩む。しかしそれも一瞬のこと。
「行くぞハルトマン!」
「了解!」
 ふたりのエースは揃って急降下に移った。間も無く分厚い雨雲の塊が二人を飲み込んだ。

 雲を突き抜け、雨粒を貫いて襲い来るビームの束。ぎりぎりで回避しながら高速で突入する。
高度計をちらりと見る。暗闇、しかも雲中突破の上、雲下は雨で視界はゼロに等しい。
 ごくりと唾を飲み込む。
 高度計の針がまもなく海面と言う事を指し示す。
「今だハルトマン、急上昇だ!」
「了解!」
 揃って綺麗に上昇に移る。降下速度をそのまま上昇に転じ、ネウロイの背面に位置を取る。
「お前の弱点は……そこだっ!」
 降りしきるビームのど真ん中目掛けて二挺構えたMG42を連射するトゥルーデ。
 エーリカも同じくMG42を連射する。
 がりがりと背面の装甲が削られる。ネウロイは危機を感じたのか突如として上昇し加速した。
「雲の上に出るつもりか! 絶対逃がさん!」
「待てー!」
 ほぼ垂直に上昇するネウロイを追って、トゥルーデとエーリカも急角度で上昇する。

 “敵影”は、唐突に姿を現した。
「な、なんですの、あれは」
「これが、今回のネウロイ……」
 ペリーヌとサーニャは絶句した。
「まるでハリネズミみたいダナ」
 サーニャを両腕で抱きか抱えるエイラは余裕ぶって答えた。
 そう、まるで動物のハリネズミ、もしくは鉄条網をくしゃくしゃに丸めた様な……
或いは扶桑の清掃用具「たわし」に近い形かも知れない。雲を押し上げて不気味な漆黒の容姿を晒した。
「トゲトゲの塊、ですね」
 芳佳が唖然とし、感想を口にした。
 ネウロイは“トゲ”の先端から辺り構わずビームを撒き散らし、四人の留まる高度をすぐに抜き、
更に上昇を続けながら遁走している。
 そしてほぼ同時に雲中から姿を現したのは、501のウルトラエース二人。高速でネウロイを追撃している。
「お前達、ボケっとしてないで撃て! コアは背面、真下側に露出してるぞ!」
「りょ、了解!」
「エイラはサーニャを連れて回避に専念しろ! ペリーヌと宮藤は前進上昇しつつネウロイを攻撃! 急げ!」
「了解!」
「突撃するぞハルトマン!」
「いいよ、トゥルーデ!」
 二人の猛追にネウロイは上昇を諦め、今度は水平方向に飛行を始めた。じわじわと速度を上げる。
 少々距離をられたトゥルーデとエーリカは上昇から一旦再下降に移り、高度差を活かし更に加速しネウロイに迫る。
 執拗に放たれるビームをエルロンロール、バレルロールできっちり避けきり、コアの至近距離まで迫った。
 ペリーヌと芳佳も速度を上げて射撃を行う。
 サーニャはフリーガーハマーを担ぐと、エイラに抱かれたまま僅かに上昇し、狙いを定めた。
「サーニャ、私がついてル」
「ありがとう、エイラ」
 全員が揃って、敵のコアを狙い撃つ。
 皆の気持ちと射線がひとつに集約され……それは最終的にコアへと到達し……
間もなくヒビが入り、粉と化した。
 ネウロイは派手に爆発し、粉塵を周囲に撒き散らした。めいめいがシールドでダメージを回避する。
「やった……」
「や、やりましたねペリーヌさん!」
 銃口を下げ、ほっと一息付くペリーヌ、まだ興奮冷めやらない芳佳。
 ホバリング体勢に移った六名は、誰が言うとでもなく、エイラとサーニャに近寄った。
「無事か? サーニャ」
 トゥルーデが重ねて確認する。
「はい。有り難う御座います」
「良かったね」
 エーリカはサーニャに向かって笑顔を見せた。
「ありがとう、ハルトマンさん」
 サーニャもエーリカを見て微笑んだ。
「エ? 何この二人ノ雰囲気……」
 納得いかない様子のエイラだったが、サーニャに寄り掛かられ、そっと抱く事でもやもやした気分が晴れた。
 そんな二人を見たエーリカは、トゥルーデの腕をぎゅっと抱いた。
「おい、まだ戦闘は終わって……」
「見て、トゥルーデ」
 エーリカが指さす先を、トゥルーデが、つられて全員が見上げた。

 満月。
 戦いで全く気付かなかったが、確かに、上空には真円に近い月が浮かんでいた。
 そこに掛かるネウロイの美しい塵。霞が被さるみたいで、それでいて……
「月が、紅(あか)く、見える」
 サーニャがぽつりと呟いた。
「紅い月なんて滅多に見られないゾ。幸運の印カナ」
「なんか、私には燃えてるみたいに見えるよ。トゥルーデもそう思わない?」
「ああ。不思議なものだ」
「ネウロイの塵なのに、本当、不思議……」
 一同は、戦いの事も忘れ「紅く燃える」月を見上げ、そのままずっと見続けた。
 塵が粒子と化して消え去るまで。

 無事帰還した六人はひとまず雨に打たれた寒気を解消すべく、熱々の風呂に浸かり、身体を癒した。
 最初は湯船で冗談も飛び交ったが、緊張が解けた反動か次第に眠気に襲われ、皆ふらふらになりながら風呂を出た。
 芳佳は帰りを待っていたリーネに付き添われて部屋に戻り、ペリーヌはそんな二人を見て溜め息を付きながら
自室へと戻った。

 エイラの部屋には、サーニャが付いてきていた。二人で一緒のベッドに座る。
「ナァ、サーニャ」
「なに、エイラ?」
「あの、サ……」
「?」
「私が悪かったヨ。謝ル。ゴメンーニャ! 今回の戦いで、その……やっぱりサーニャが居ないと私……」
 エイラは突然の出来事にびっくりし言葉を失った。サーニャがエイラを押し倒し、キスをしてきたからだ。
 ぼおっとなった頭で、エイラは言った。
「サーニャ、大好きダヨ」
「エイラ、私も貴方の事大好き。だから……」
 サーニャはエイラをきつく抱きしめ、ゆっくり味わう様に口吻を重ねた。

 トゥルーデの部屋では、大きなあくびをしながらエーリカがベッドに寝転がり、いとしのひとを呼んだ。
髪をとかしていたトゥルーデは櫛を引き出しに仕舞うと髪を結う事もなく、エーリカの横に座った。
 エーリカはずるずると動き、トゥルーデに膝枕する格好になった。
「お疲れ、トゥルーデ」
「本当に無事で良かった、エーリカ」
「私は大丈夫だよ。サーニャも守ったし」
「流石だ。よく持ち堪えたな。お前にしか出来ない事だ」
「トゥルーデにホメられちゃった」
 ふふ、と笑うエーリカ。
「絶対にトゥルーデが助けに来るって思ってた。トゥルーデも、何が何でも助けに来るつもりだった?」
「当然だ。例え命令違反になっても出撃しただろうな……エーリカをこの手で助けたかった」
「それ、聞きたかったよ。嬉しい」
 仰向けでトゥルーデを見上げるエーリカはトゥルーデの手を取り、指を絡ませた。
 控えめに輝くふたりの証……指輪が交差する。自然と笑みがこぼれる。
「そう言えばトゥルーデ、私と再会したとき、私の事何て呼んでたか覚えてる?」
「あれは咄嗟の事だったから……、エーリカの無事な姿を見て……」
「そう、それだよトゥルーデ」
「?」
「名前で呼んだでしょ」
「そうだったか?」
「もう、トゥルーデってば」
 エーリカはごろりと横になるとトゥルーデの太股にキスをした。
「や、やめろ、くすぐったい」
「だめ。やめない。止めて欲しかったら……分かるよね」
 やれやれと溜め息を付くと、トゥルーデはエーリカをそっと優しく抱き、とびきり濃ゆいキスを交わした。

 間も無く夜明けだが、二人の、いや二組の“夜”は始まったばかり。

end


元ネタ1:0390
元ネタ2:1163


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