Theme For Two
良く晴れた日、私は洗濯ものを干してゆく。
自分の身長から高い所に在る物干し竿に、めんどくさい単純作業。
つまらないなぁ。
この基地の周りの海は、優しい風に吹かれて穏やかな音をたてる。
――生まれて始めての転属。
それは私にとって特別な出来事。
同じ言葉を喋る者は居ないし、マーマも居ない。
すぐに自分の家に帰れないのは嫌だった。
ミーティングルームでメンバーを見ても、別に関わらなくてもいい。大丈夫、そう思った。
けど違った、違ったんだよ。
なのに、その頃の私は、天才の中に入ってしまえば、天才として扱われない、そう思った。
だって私は天才と言われるのが嫌だったから。
そして、自分勝手な傲慢な盾を周りに向けて満足していた。
だからその頃、自分にとっての味方は、マーマがくれた毛布しかなかった。
でもそれが在れば安心して眠れるし、何処ででも寝れた。
誰にも関わらない方が、迷惑もかけない。それでいい、そう考えてた。
みんなのシーツや制服を干し終わって、愛用の毛布を掛けたまではいい。
けれど、洗濯バサミを使い切ってしまった様だ。
基地に余りがあるのか確認しようと戻ろうとした。
その時だった。
制服から腰が全部見えてしまう位、風が吹いた。
毛布が飛んで行く――追いかけなくちゃ
見失なわないように走る。ストライカーを履かずに空を飛ぶ魔法があればないいのに。
毛布は滑走路脇の海に落っこちた。
波がカレントではない様なので、毛布は沖に流れない。
岩場に行き、手を伸ばしたり足を伸ばしたりするが、長い棒か何かでなければ届かない所にある。
長い棒と言えばあれしかない。
ハンガーに行き、誰も居ない事を確認してそっと入る。
魔力を開放して、自分の銃座からブレダ-SAFATを引っ張り出し、岩場へ急ぐ。
岩にしっかり手を着き、寝そべるような形で、銃口を毛布に引っ掛ける。
「おーい、そこでなにしてんだ?」
「うに゛ゃっ!?」
驚いた。
突然のことで頭の中がパニックになった。
毛布を抱き寄せる。
勝手に銃火器を持ち出した事がわからないように、魔力を収める。
当然、私のブレダ-SAFATは重すぎて海へ落としてしまう。
何をしたのか分からないまま、ここまでの事が一瞬で通り過ぎる。
ミーナ中佐にどう説明しようとか、軍人にとって自分の命であるものに、なんてことをしてしまったとか、自分を頭の中で責める。
その時の私の顔どうだったろうか?
近づいてきた人にとにかく返事を、
「は、はい、何でしょうか? イェーガー中尉? でしたっけ?」
「覚えくれてて嬉しいよ、ルッキーニ少尉。顔色悪いけど大丈夫か?」
「だっ、大丈夫です」
それから、中尉は自分の事をシャーリーと呼んでくれ、堅苦しいことは私にはしなくていいからと言って、こう続ける。
「で、どうしたら自分の銃を海に返してあげるなんて、優しい心の持ち主に成れるんだ?」
――さっきのを見られた。
「え、えっと。これは、ロマーニャの文化で……」
と言いかけたら、腹を抱えて笑うシャーリーが居た。
「お、お前、あははっ、いいよ。すごいよ、ルッキーニ、ジョークのセンスあるね。はぁー、腹痛い」
「おこらないんですか? わたし、自分の銃を……」
シャーリーは優しく微笑んで、心配するなよ、私の予備のM1919A6をあげるよ。
なんて言ったってリべリオンは量産が効くからなぁ、と言いいながら私の髪を撫でる。
ここに来てから久しぶりの優しさだった。あれは、ロマーニャに居た頃の様な、
海風と暖かい陽気。
その後、私とシャーリーは、一緒にミーナ中佐に怒られた。
どうして銃持ち出したのかという質問に、マーマの毛布がなければ安心して眠れなくて、だから取りに行くために仕方なく持ち出した。
そんな理由で自国の銃をなくしたなんて言えない。
私が俯いて黙っていると、シャーリーが。
「それは、私のゴルフの練習に調度良い長さの銃だったからであります。そんで、フルスウィングしたら海に飛んでっちゃって……。」
なんて言って、更に雷を落とす羽目になったけど、嬉しかった。原隊に居たときは一緒に怒られる人なんて居なかったから。
マーマ、これからもここでやって行けそうです。
よくはれた日、わたしはみんなのせんたくものをほしました。
へぇ、ルッキーニはこんな風に思っていたのか。
今は相棒であり、パートナーであるルッキーニの日記を、秘密基地の掃除していた私は見つけて、見入ってしまっていた。
ルッキーニは基地に居るシャーリーに向かって叫ぶ。
「シャーリー? ねぇ、ねぇ! 終わった?」
日記を読んでいる私は気付かない。
しびれを切らしたルッキーニは基地の中に入る。
「シャーリー、ねぇ聞いてる? シャ、シャーリー!? ちょっとなにしてんの!?」
「うわっ、ルッキーニ。わ、私はちゃんと今掃除してたぞ」
「ねぇ、これ読んだ? これ、どこまで読んだ?」
私がとっさに背中に隠した日記を奪って言う。ばれるよなぁ。目尻には涙が浮かんでいる。
参ったなぁ。
「ごめんよ、ルッキーニ。それに、まだ全然読んでないいから、今手にたばっかりだからさ、な?」
「よかった……。でも、ゆるしてあげないよーだ」
「ごめん、ごめんって」
ルッキーニを抱き寄せながら、何度も謝る。少しくらい嘘付いてもいいよね。
「シャーリーはさ、マーマに似てるよね。マーマに」
「えっとさ、よく似てる似てるって言うけど、そんなにお前のマーマに似てるのか私? 写真とかあったら見せてくれよ」
そう言うと、するり私のうでを抜けてルッキーニはその可愛いらしい八重歯を見せて言う。
「やだよーだ、見せててほしけりゃここまでおいで、あははっ、逃げろー!」
秘密基地から飛び出すツインテール。マーマの話となるといつもこうなんだよな、からかわれているのか私。
でも、私からは逃げられない。なんて言ったって私は、
「世界一のスピード狂、グラマラス・シャーリーだ! 私のスピードを舐めんなよ! 待てー」
二人で笑いながら走る。
確かに親子かもしれない。
いや、兄弟。ちがう、姉妹だ。
でもさ、そんな事どうでもいい。
こうして私たちの一日は過ぎて行く。
会えてよかった、ありがとうルッキーニ。