スオムス1946 ピアノのある喫茶店の風景 8月26日
相変わらず夏の終わりの忙しさは続いてるけど、ニパの奴は風邪ひいて寝込み中なんでちょっと人手が不足気味。
とは言っても今回のはわたしとサーニャの風邪を引き受けてくれたようなもんだし、あんまり文句は言えないよな。
でも、サーニャの料理を作る横顔、綺麗だなぁ。
なんだか凄く手馴れてきてて、なんていうかこう、どこに嫁に出しても恥ずかしくないと言うかむしろどこにも出したくないと言うか……っと、電話だ。
ふぅ、人の幸せなひとときを邪魔するなんて無粋な電話だな。
でもまぁ仕方ない、出てやるとするかな。
「はいもしもし喫茶ハカリスティ……」
「あ、エイラちゃん? 今日……」
「間に合ってるぞ!」
ガチャリと音を立てて受話器を置き、額の汗をぬぐいながら独りごちる。
ふぅ、悪は去った。
まさかまたあの瓶底メガネの声を聞かされることになろうとはな。
「どうしたの? エイラ?」
「あーいや、なんでもない。単なる間違い電話だ」
「そう……とりあえずこれ、出来たから3番テーブルに」
「おう、任せとけ」
サーニャからお皿を受け取り、お盆に乗せてフロアへ。
すると、もう一度電話が鳴り、今度は手の開いてるサーニャが受話器を取った。
サーニャは笑顔で挨拶をして二言三言言葉を交わし、静かに受話器を置いた。
電話対応の見本のような態度。うんうん、客商売はこうでなくっちゃな。
「エイラ、ヘルシンキのハルカさんから、今日午後に扶桑からのお客さんがこっちに来るからしっかりおもてなししてね、だって」
「ええっ!?」
き、聞いてないぞっ! って、今聞いたんだから当たり前か。
あーあ、また瓶底メガネかよ。んー、お客さんって事はつまりあいつだけじゃないのかな? でもあいつ厚かましから自分の事をお客さんって言ってもおかしくないしなぁ。また相手しなきゃいけないと思うと気が重い。
「誰が来るのかしら。楽しみね、エイラ」
「う、うん……そうだなぁ、楽しみだなぁ、サーニャ。ははははは、は、は……」
喫茶ハカリスティ、なんだか今日は波乱の予感だぞ。
そして昼下がり、そいつらはやってきた。
四人乗りの自動車でハンドルを握っているのは見覚えのある緑の上着。あれは確か扶桑陸軍の士官服だったかな?
助手席も同じ服装で、後席に見えるのはつい一週間ちょっと前に見たばかりの白の上着。
ははーん、読めたぞぉ。
柱とか窓の光の反射で顔が良く確認出来ないけれど、ここまで材料が揃えば未来予知するまでも無い。
つまり、前席どちらかが穴拭智子少佐で、後席の瓶底メガネは少佐にちゃっかり着いて来たってところだな。
フフン、そうと決まれば~。
「エイラ、どうしたの?」
「ん、お客来たみたいだから念入りにテーブルとか拭いておこうと思って」
「そう、じゃあお願いね」
「おう、任せとけ」
で、敢えて床も拭いたりなんかしてからぎゅーっと絞って汚い汁をバケツにたっぷり、フッフッフ、準備完了だ。
さぁ来い、早く入って来い。
「こんにちはサーニャ、お久しぶり」
予想通り一人目はトモコ少佐。
二〇代前半のその姿は凛々しくて大人の風格を漂わせてる。まーこの人は瓶底メガネとかと絡んでなければクールビューティだったりするんだよな。
胸は相変わらずわたしの基準では残念賞気味なのが玉に瑕。
「へぇ、なかなかいい所ね」
続いて入ってきたのは何となく見覚えのあるトモコ少佐と同じ年くらいの扶桑撫子。
見たところおっぱいはトモコ少佐よりも触り甲斐がありそうだな。
そして、次っ!
出入口の横で待ち構えるわたしの視界に白い袖が目に入る。よし、今だっ!!!
汚れた水のたっぷり入ったバケツをその白い服に向かってぶちまける!
「わー、手が滑ったぁ(棒)」
「あ、坂本少佐」
「久しぶりだなさー……」
え? さかもと?
ざばー。
「あ」
「ほう、久しぶりの挨拶にしてはなかなかいい悪戯をしてくれるじゃないか、エイラ」
「し、しししししし少佐ぁ」
「そこになおれぇっ!」
すごい勢いで一喝。うう、現役時代以上の迫力じゃないかー。どどどどうしよう。
「ひ、ひぃっ、ゴメンナサイ」
「まぁまぁ、美緒、エイラさんも手が滑ったって言っているし、それに早く着替えないと風邪をひいちゃうわよ」
全力で頭を下げてると竹井少佐が横からとりなしてくれる。
「む、醇子、しかしだなぁ」
「サーニャさん、美緒の着られそうな服はあるかしら?」
収まらない坂本少佐をうまくいなして話を別の方向へ。鮮やかだなぁ。
「おい、醇子」
「いいからいいから」
…………。
と、いうわけで、少佐を一旦水浴び場に案内して着替えてもらってから改めて挨拶になった。
因みに坂本少佐用の着替えの服はキャサリンの置いて行ったおっぱい強調型フリフリウェイトレス(勿論オプションでローラースケート付きだぞ)を第一に薦めたんだけど速攻で却下されて、結局わたしと揃いのウェイター服に落ち着いた。
うん、こう言う男前な服装って少佐に似あうよな。
ペリーヌやミーナ隊長が見たら鼻血モノだな。後で写真を残せたらいいんだけど。
「とりあえずお久しぶり、エイラ。あなたは相変わらずね。さっきのはハルカと勘違い?」
サーニャとは挨拶が終わっているのか、私の方にだけ話しかけてくる。
「あはは、まぁそれはそんな感じで……トモコ少佐も相変わらずあいつが居ないとカッコイイな」
「そ、それは余計なお世話よっ。わたしは何時だって凛々しい扶桑海の電光なんだから」
年上とは言え相変わらず余裕の無い性格だな。ま、だからからかい甲斐があるんだけれど。
「あーあーはいはい、じゃあそれでいいよ。で、この人は?」
と、何となく見覚えのある初対面の人へと目を向ける。
「初めまして無傷のエース。私は加藤武子、智子とは同期よ」
「あ、どっかで見たことあると思ったら加藤隼戦闘隊の人か、スオムス以外じゃトモコ少佐より有名だよな」
「うっ」
坂本少佐並みにカッコイイ空中格闘をやるんだよなー。ま、それはトモコ少佐も同じだけれど、むしろそっちはわたしの一言でダメージを受けている姿のほうが真実だと知っているんでこういう追い打ちで情けない表情を見る方が楽しい。
「ええ、まぁその名前で映画も作られてるし、本当は目立つの苦手なんだけど……」
と、思ったらなんだかカトーさんの方がまさかの弱気モード。あー、そうか、本当にこの人は目立つのが苦手っぽいな。
でもなぁ……。
「いいじゃん、実力通りの評価だろー、恥ずかしがらずに胸をはれば良いんだ。うちの方とかは映画の話は無かったしなぁ……っていうか、わたしよりもやっぱりサーニャがウィッチになってから戦争を戦い抜いて両親に再会するまでの感動的な物語をだな……」
「エイラ……」
「はいはい、サーニャさんが大事なのはわかるけど私たちのことも忘れないでね」
「あ、竹井少佐……」
力が入り始めたところで竹井少佐が割り込んでくれる。この人は空気読むのうまいよな。
「とりあえず、今は半分プライベートで来てるから、階級はやめましょう。皆それでいいわよね」
竹井さんの提案に頷く皆。半分プライベートって事は半分は公用なのか。軍服着てるしな。
「しかし、いきなりバケツの水を引っ掛けられるとは思わなかったぞ」
「うう、それは本当にゴメンナサイ。瓶底……ハルカの奴だと思ったんだよー」
「相手が誰であろうと、そういう真似は感心せん。もう二度とするなよ」
「うう、はい」
改めて平謝り。こっちが悪いんだし、頭を上げらんないな。
「でも、そんなに目の敵にするなんて、あの娘この間こっちに来た時に何かやらかしたの?」
「え、あ、いや、その……」
そりゃあやらかしたけれど……そ、そんな事恥ずかしくて言えるかよぉ。
と、口ごもってたら新たな来客。
「すまん、遅れた遅れた。いやー、釣りを丁度いい時間で切り上げられなくてなぁ。もう始まって……無いようだな、よしよし」
遅れたとか言いながらそれを悪びれもせず入ってきたのは羽織った上着から判断するに多分扶桑陸軍の人なんだけど、麦わら帽子を被って右肩に釣竿を担ぎ、左肩からは魚籠を下げたその姿はなんだか全然軍人っぽく見えない。
序に閉じられていない軍服の隙間から見えるのはおっぱいを申し訳程度に隠すだけのサラシ。
意外とボリュームもあるし、これは……ごきゅり。
「エイラ、何処を見てるの?」
「ゑ!? な、ナニも見てないぞ」
「そう、なら良いんだけど」
こういう時のサーニャは勘が鋭くって困る。ついうっかり美しいモノに見とれることも出来やしないぞ。
ところで、この人は誰だ?
「黒江大尉じゃないか、貴方もこちらへ来ていたのか」
「こちらで声をかけて置いたのよ。で、現地合流の積もりでいたんだけれど案の定釣り優先で遅刻してきたの。本当にしょうがないんだから」
「あはは、すまんすまん。ところであんたがユーティライネンでそっちがリトヴャクだな。初めまして、よろしく。私は黒江綾香だ。欧州だと魔のクロエの方が通りが良いかな」
有無を言わさぬ勢いで挨拶&握手。
「わかったよ。よろしく、クロエ。それと、わたしの事はエイラでいい」
本当はイッルがいいんだけど扶桑の連中には発音しにくいみたいだからまぁ仕方ない。
「はじめまして、私はサーニャと呼んでください、クロエさん」
「エイラとサーニャだな。了解した。で、始めないのか?」
「そうね、それじゃあ、はい」
扶桑の連中を振り返ってのその「始めないのか?」の一言に竹井さんが反応して坂本さん――何となく少佐をつけないと呼びにくいな――を除くこの場の皆にクラッカーを配り始める。
クラッカーか……用意が良いなぁ。って、そうか。
「おお、再会を祝してクラッカーを鳴らすのか、これは賑やかでいいな。所でわたしの分はないのか? 醇子」
「美緒……」
竹井さんを中心にクラッカーを持つ皆の残念なものでも見るような視線が坂本少佐へと集中する。
全く鈍感だよなぁ少佐は。これだから扶桑の魔女は……っと、周りの様子を見るに今回に限っては扶桑の魔女は関係ないな。
少佐の問題だと思うぞ。
「コホン……とりあえず、八月二六日ということで……」
咳払いして気を取り直し、竹井さんが音頭をとる。
「美緒、誕生日おめでとう!」
『おめでとう』
そこそこ揃ったオメデトウの言葉に前後して、ちょっと揃わないクラッカーのパパパパンといった炸裂音が店内に響きわたる。
「え!? ああ、おお……」
面食らった坂本少佐っていうのもなんだか新鮮だな。
「美緒ったら二〇歳になるまでは誕生日が来る度にピリピリしてたっていうのに、それを過ぎたら呆れる程無頓着になるんですもの。で、折角こういう機会だからこんなサプライズを、ね」
「あ、それ分かるわ。ウチにも似た様なのが居るもの」
「へぇ、そんな人が居るのね」
「居るわよ。ね、綾香」
「む、まぁ、居たかもしれないな」
わざと呆れ顔を作って笑顔で語る竹井さん、それに同調するカトーさん、なんだか良くわかってない感じに頷くトモコ少佐、バツの悪いそうな雰囲気で同意するファーストネームで呼ばれたクロエ。何となく立ち位置とか性格とか掴めてきたぞ。
「はっはっは、これは面目ない。確かに今日は誕生日だったな。バタバタしていたせいで忘れていたよ。しかし、皆にこうして祝って貰えるのは本当に嬉しい」
「でもどうして扶桑の凄いメンバーがこんな日に揃ってるんだ? 全員エクスウィッチとして有名人じゃないか」
「皆さん、お忙しいんじゃないですか?」
私とサーニャで単純な疑問をぶつけてみる。
「ああ、それなら今丁度視察で欧州各地を廻っていて、昨日からがたまたまスオムスだったって事なのよ。その根回しの為に先週の内にハルカ達が動いてたりしてたわけ」
「あー、それでこうやって扶桑の連中が連続で来たのかー」
トモコ少佐がそう答えてくれた所でサーニャがわたしの服の裾を引っ張りながら言う。。
「エイラ、立ち話してる暇ないよ。誕生日に相応しい物を今の手持ちで作らないと」
「おおっと、そうだったな」
「あ、無理はしないで。本当に時間を調整出来るかわからなかったから無駄な事をさせちゃ悪いんで事前に何も言わなかったの。昔なじみも交えて祝うことができれば良いと思っていただけだから……」
「とりあえず酒だ酒。スオミビールとコッスを持ってきてくれ。まずはそれが無いと始まらない」
と、竹井さんの申し訳なさそうな言葉を遮るかのようにどうやら空気の読め無さでは坂本少佐と同等っぽい雰囲気のクロエがお酒を要求。
その後は結構忙しかった。
普通にやってくるお客さんの相手をしつつ酒が入って加速のついた連中の対応も同時にこなす事のは中々大変だぞ。
お客さんがはけてからはアカペラで歌い始めた扶桑の軍歌に対してサーニャが即興で伴奏をつけたり、カトーさんのカメラで私たちも含めた記念写真を撮ったり、誕生日の贈り物代わりだと言って表で扶桑式の剣舞を各々が披露したり。
っていうか扶桑の連中って全員剣の達人なのか……。サムライとか呼ばれて坂本少佐だけが特別なのかと思ってたけど、聞けばこの場に居る全員扶桑刀での撃墜記録があるみたいじゃないか。
と、言うことは刀を使わないミヤフジが例外なのか?とか聞いてみたら皆に大笑いされた。やっぱり今集まってる集団が異常らしい。そりゃあそうだよなー。
でも、みんな無邪気で楽しそう。
竹井さん以外は扶桑海事変で、トモコ少佐以外は欧州西武戦線で翼を並べてたっていうから同窓会みたいな感じなんだろうな。
「なんか、いいよなー」
「え?」
「ああ、わたしたちもあんな風になれるかなーって思ったんだ」
「エイラ、それなら、もうなってるよ」
「え、そうなのか?」
「きっと先週の私達も一歩離れて見たら今日の皆さんに負けないくらいキラキラ輝いてる集まりだったと思うの」
「あー、それもそうかー」
「でも……」
「でも?」
「どうせなら501隊と507隊の皆も集めてこんな同窓会みたいな事、したいね」
「うんっ、そうだな」
と、綺麗に纏まったように見せかけて終わらないのがわたしの周りのダメな所だな。
余程楽しかったのか竹井さんとカトーさんの二人以外が深酒でぐでんぐでんになったんで酔い覚ましに風呂と言う事に。
っていうかそもそも二人は最初の一杯だけ乾杯してから酒を呑む振りかソフトドリンクでごまかしてたみたいだ。
二人とも苦労人なんだなぁ。とか言ったら二人して苦笑してた。
風呂の方は501での経験を生かした扶桑式なんで違和感なく使ってくれるはずなんだけど……。
まぁ、それはそれとして、此処から先はお風呂の案内にかこつけたおっぱい鑑賞ターイム!!
……とか思ったのに『エイラの用意してくれたサウナが一番気持ちいいと思うの(にっこり)』と言うサーニャの言葉と笑顔と態度によってなんだか張り切ってサウナの準備をしてるわたし。
むむむ、何かおかしいようなそうでもないような……。
はっ、もしかしてサーニャがおっぱいを独り占め!?
なーんて、わたしじゃあるまいし、サーニャがそんな事考えるハズないよなー。
ヨシ、それじゃあサーニャと皆の笑顔のためにサウナの準備に気合を入れるとすっかなー。
がんばるぞー!