eye to eye
「サーニャをそんな目で見ンナー!」
以前、芳佳にそう怒鳴った事があった。しかし今の自分はどうなのか。
目の前に座る、純白とも白磁とも言える美しい“妖精”を前に、エイラは頭を振った。
ナニカシタイ。でも何も出来ない。出来る筈もない。だって……
そんな、内なる自分と格闘するスオムス娘を知ってか知らずか、サーニャは無表情のままサウナの熱気を全身で感じていた。
汗が一筋の雫となって頬をつたい、床板に落ちる。
夜間哨戒(?)の後二人揃って寝てしまい、午後も遅くになってまどろみから覚め、一緒に来たサウナ。
エイラはただ悶々と、何かを言いたそうだが何も言えず、何も出来ないまま、サーニャの目の前に居る。
ちらりちらりと視線が飛んで来るのは分かるが、その後が続かない。
サーニャはそんな状況を無言で耐えていたが、ふうと小さく息を吐くと、すっと立ち上がった。
「ねえ、エイラ」
サーニャはエイラのすぐ横に座り直した。
「うひゃっ? な、何だサーニャ?」
肌が密着しそうな距離。サウナで肌を触れ合うと、熱い事は承知の上での行為。
「エイラ」
サーニャはもう一度名前を呼んだ。今日のサウナで初めて交錯する視線。
「どうしタ? のぼせて気分でも悪いのカ? 出て水浴びでも……」
サーニャは一瞬、決意したかの様に奥歯を噛みしめた。そしてすぐにエイラの両手首を掴んだ。
「な、何すんだサーニャ」
「エイラ」
為す術の無いエイラをそのままサウナの床に押し倒すサーニャ。
「あ、熱ッ! な、何を」
「どうして、何も言ってくれないの? 何もしてくれないの?」
「だって、サウナはそう言う事する場所じゃナイシ……それに」
「それに?」
「サウナには妖精が居るンダゾ」
「本当?」
「本当ダッテ。私の家から連れて来たンダゾ。この蒸気に、妖精が……」
「その妖精って、見えるの?」
「えッ?」
「エイラには、見えるの?」
「……その前に、私を解放して欲しいンデスケド」
「嫌」
「どうして」
「鈍感」
サーニャは魔力を解放しエイラを力任せに押さえ込むと、エイラの唇に自分の唇を押し当てた。
熱さがお互いの唇を通じる。サーニャの汗がぽたりぽたりとエイラの身体に落ちる。
「サーニャ」
「妖精が見えるとか、どうでも良いの」
「何で、こんな事を」
「私だけ、見て欲しい」
「わ、私はいつだってサーニャだけを見てるゾ! 今だってこうして」
「見てるだけじゃ、嫌」
「そ、それは……サーニャが、大事だから」
「なら、もっと、して?」
サーニャの懇願。それでも何も出来ないエイラを、サーニャが襲った。
身体に巻いたタオルがはだけ、肌が密着する。唇を這わせ、吹き出た汗をつつーと舐めていく。
舌を絡め、濃いキスを交わす。
サウナの熱気とサーニャの熱意に頭も身体ものぼせてしまったエイラは、辛うじてサーニャを抱き止めるのが精一杯。
「ふふ。サウナの国の人なのにね。ふらふらしてる」
「そ、それは関係ないダロ」
「じゃあ、エイラも私に……」
「い、いいのカ?」
「お願い」
エイラはサーニャの顔を見た。瞳を見、唇に目が行く。十四とは思えぬ艶やかさに心奪われ、ごくりと唾を飲み込む。
「お願い、エイラ」
サーニャの、再度の懇願。瞳が潤むのは汗が入ったからではなさそうだ。
エイラは吹っ切れたのか、思考回路がショートしたのか、サーニャをぐいと抱き直すと、夢中でキスをした。
身体を抱き寄せ、絡み合い、身体の全部でサーニャを確かめる。
まるでそれをするのが初めての様に、必死で、がむしゃらに。
サーニャはそんなエイラを受け入れ、全身でエイラに応えた。
サウナの入口まで来たリーネと芳佳。不意にリーネが足を止めた。
「今日は、やっぱりお風呂にしよう、芳佳ちゃん」
「え、リーネちゃん、どうして急にお風呂に? たまにはサウナって言い出したのリーネちゃんなのに」
「今は、入っちゃダメだと思うの。あと、私急にお風呂入りたくなった」
「えっ? どうして?」
「どうしても」
「……分かった。リーネちゃんが言うなら」
いまいち納得のいかない芳佳の腕を引っ張るリーネ。二人は足早に浴場へ向かった。
暫く後になって、エイラとサーニャは水浴び場で二人、涼みながら肌を寄せ合い、お互いの温もりを確かめ合っていた。
火照った身体を、小川の水が冷ましてくれる。でも二人の肌がくっついているので、全然寒くない。
「離れたくない」
「私モ」
「愛してる、エイラ」
「私モ、サーニャ」
「ねえ……」
サーニャがエイラのすぐそばに顔を近付けた。お互いの視線が絡み合う。
いつもなら、ぎくりとして数歩下がってしまうエイラ。でも今は……下がる場所も理由もない。
エイラはそっと……ゆっくり顔を寄せ、口付けを交わした。
急に変われなくても、少しずつゆっくり進んで行ければ……二人で一緒に。
サーニャはエイラをぎゅっと抱きしめた。エイラもサーニャを抱き、キスを繰り返した。
end