しなやかな青


  夜が始まってから大分経った。
  みんなすっかり寝入っているのだろうか、基地の中はしんと静まり返っており物音が聞こえてくる事はない。
  ベッドで横になっていたゲルトルート・バルクホルンはふと時計に目をやる。
  日付が変わって一時間強。
  さし込んでくる月明かり以外に辺りを照らすものはなく、部屋中が青白く染められていた。
  そろそろだ。
  そろそろやって来るハズだ。




 「……一時過ぎだ。待ってるぞ」
  夕食を済ませた後、廊下であいつと一緒になった時にこっそり話し掛けた。
  みんなの前では『ウマの合わない二人』で通っている為に、何をどこで話しても逢い引きの約束だとはまず思われないハズだが、念には念を入れて、だ。
  こうやって秘密に言葉を交わすと、あいつの反応が面白いからという事もある。
  バレぬようにと周りを目だけで確認してから、こくんと首を縦に振る――そんなあいつの妙にしおらしい顔を見られる滅多にない機会なのだ。
  あの時も、あいつは頬を少し染めつつ私の視線とかち合わぬように目を伏せ、「うん」とだけ答えを返したのだった。


  あいつ――シャーロット・E・イェーガーは、こと色事になると普段とは全く違う反応を示す。
  飄々とした雰囲気は一気に失われ、激しい感情の波に上手く対応出来ないのか、いちいち真っ赤になって幼子のようになってしまう。バルクホルンも自分がその手の事に慣れているとは思わないが、あいつは段違いのレヴェルだという認識を持っていた。
 「あっ……いやだ……ちょっと……だっ、ダメだって、あたし……あたしは……」
  自分より少しだけ高い位置にある、あいつの顔に初めて触れた時の事だ。
 「ほんと、ほんとに、ちょっとたんま……まってよ……だめなんだよ、あたし……」
  いつもにへらと笑っているあいつをとにかく自分のものにしたい。
  自分の体温を少しでもあいつのぬくもりと混ぜ合わせたい。
  いつからか芽生えていた原始的な欲求に駆られ、バルクホルンは両手でシャーロットの顔を包み、そして抱き寄せたのだった。
  シャーロットはしばらくポカンとしていたが、バルクホルンが行為に託してぶつけようとするものに思いあたったのだろう、ネジが切れかけたからくり人形のようにぎこちなく手足を動かしていた。
  声は震え、目は潤み、上気したさまは桃のようだと思ったのをバルクホルンはよく覚えている。
  言ってしまえばシャーロットは、こういう事に対して痛みやすい果物のように繊細なのかもしれない。
  しかし、それでも――そうであったとしても止める事など出来る訳がなかった。



  廊下でもそもそと何かが動く音がした。
  その何かはバルクホルンの部屋の前で止まったようだが、しばらくしてまた動き出した。
  確かめなくたって分かる。
  あいつだ。
  バルクホルンはのそりと起き上がり、おもむろにドアを開ける。
  コバルトブルーの逆光に伸びる、スラッとした長い影。
  開いた戸に対し、丁度背を向ける具合にあいつは立っていた。
  身にまとっているのはピンク色の下着だけで、それはオレンジの髪に恐ろしく似合っていた。
  窓から月でも見てるのだろうか。
  一向にこちらに気付く様子はない。
 「おい」
  バルクホルンの声に、シャーロットは体をびくりとさせた。
  うう、と情けなくうめき、ゆっくり、ゆっくりバルクホルンの方へ顔を向けていく。
  それでもなお、目だけは相変わらず何もない右斜め下を見ていた。
  唇を尖らせ、胸には大きめの枕を両手で抱えている。
  この姿は自分しか知らない、世界で唯一自分だけがこの姿を知っているのだ。
  うぬぼれではない。
  バルクホルンは真剣だった。
  シャーロットは何やらぶつぶつ呟いていた。
  心の準備が出来ていなくてどうのこうのと繰り返した後、ようやくバルクホルンと目を合わせようとした。
  首をすくめ、きまりが悪そうに上目遣いをするシャーロットであったが、すぐさま顔色を失った。
 「――おっ、おまえっ、はだ、はだかっ……ばかっ!」
  シャーロットは震える右手でバルクホルンの体を指差す。
  バスローブを羽織っただけで中は裸だった。
  前止めをしていないので胸も下腹部もむき出しに見えていた。
  バルクホルンは寝るとき何も着ない。
  それはシャーロットも知っている事なのだが。
  廊下で騒ぐと不味い。
  さすがにこの場面を見られたら、今後こいつは今まで通りのシャーロット・E・イェーガーではやっていけないだろう。
  バルクホルンは面倒になって、シャーロットをとにかく部屋に引き入れる事にした。

 「――お前も大概だ。そんな格好で何を言う」
  バルクホルンは、部屋に入ってもなおわたわたと体全体を上下させるシャーロットを見据えて言い放つ。
  声にならない声をあげるばかりだったシャーロットは、指摘された事に今さら恥じらいを覚えたのか、あうあうと枕で自分の体を隠そうと試み出した。
  ――お前の大きなそれがおさまるハズもなかろうに。
 「……まったく」
  本当に仕様のない奴だ。
  バルクホルンはベッドに腰掛け、隣をとんとんと叩く。
  ここに座れ、隣に来いという訳だ。
  シャーロットは息を飲んだが何も言わずに従った。
  枕は未だに抱えたままに、バルクホルンの横に音をたてず座る。
 「……」
 「……」
  バルクホルンはシャーロットの横顔をじっと見つめた。
  固まるシャーロットなど歯牙にもかけない。
  とにかく、ひたすら、舐め回すように。
  シャーロットの顔半分はもう既に唾液でべとべとだった。
  もっとそばが良い。
  もっと匂いを嗅ぎたい。
  腰を浮かせて近付き、シャーロットの膝の上に手をやった。
 「ひゃ……ま、ま、まってよ……やっぱり……やっぱり今日も……」
  その手は別段冷たい訳ではなかったが、シャーロットは途端にそわそわし出して落ち着きを失った。
 「……今日も、何だ?」
  まったくの予想通りと言うか、眉毛をハの字型にして慌てふためく姿はなんとも既視感漂うもので、バルクホルンはシャーロットが自分の手のひらの上に居るように感じられて胸の内のものがぐるぐる回り始めた。
  ふいと耳元に顔を寄せ、
 「……今日も?」
 「……う、ああ……」
  シャーロットはもう枕に顔を埋めさえしている。
  首筋は真っ赤だった。
 「……の……か?」
 「聞こえないぞ。くぐもってしまっているから余計だ」
 「……ばか」
 「……今のは聞こえたな。何が馬鹿だ」
 「……」
 「……」
  じれったくなったのか、バルクホルンはシャーロットの背中に手をやって胸周りの下着のストラップを弄んでいた。
 「……しちゃうの?」
  唐突だった。
 「なんだ?」
  これで何度目の聞き返しだったか、バルクホルンははっきりしない。
 「……だからね……あの、えっ、えっちな事をさ……あたしと……今日も、しちゃうんだよね?」
  小さく、そしてはっきりした声ではなかったが、今度はなんとか聞き取る事が出来た。
  バルクホルンは強く思った。
  お前はどうして枕で顔を隠しているのか。
  一体どんな顔で今の言葉を口にしていたのだろうか。
  サディスティックとまではいかないが、バルクホルンの何かをくすぐるに十分な言葉だった。
  カチッという音。
  ブラジャーのホックが外される音。
 「わっ」
  思わず声が出てしまったらしい。
  シャーロットは顔をあげてこちらを見る。
  目が、淡いブルーの目が、とても良い。
  バルクホルンは止まらない。
  枕とシャーロットの間に手を差し込む。
 「やっぱりするんじゃん……」
  少し細められたブルーは軽く水気を帯びていた。
  バルクホルンはそこに滲んでうつる自分を見た気がしたが、無視してそのまま手触りのある深い霧に飛び込んでいった。



                                     

                                       終わり


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