デキ婚百合者エイラさん


 あまりの事態に気が動転していた。
 私1人じゃとてもどうにもできそうになんてない。頭がどうにかなってしまいそうで。
 誰か、なんとかしてくれるヤツはいないか探していた。できれば口の固いヤツを。
 食堂へ行ってみると、奥で宮藤が夕食の準備をしているところだった。
 宮藤ナァ……でも、コイツん家ってたしか診療所だったヨナ。
「悪い、宮藤。ちょっと頼みたいことがあるんダ」
「ふぇ? なんですか、エイラさん?」
 と、包丁を持つ手を止めて、顔をあげる宮藤。
「オマエにしかできない相談なんダ。他のみんなには絶対秘密だからナ」
「ダメですよ、こっそりつまみ食いなんて。もうすぐできあがりますから、ちょっと待っててくださいね」
「そんなんじゃねーヨ! いいからちょっと来てクレ!」
「まっ、待ってください。ニンジンの皮だけでも剥いておかないと――」
「ニンジンなんて今はどーでもいいんダヨ! ほら、いくゾ!」
 私は宮藤の手首を掴むと、自分の部屋まで引っ張っていった。

「ムリダナムリダナ」
「キョウダケダカンナー」
 サーニャからの合言葉を確認したのち、私と宮藤は部屋に入った。
 部屋にはサーニャが1人、ベッドの上にいる。
 いや、1人でいいのカ……?
 ――まあとにかく、サーニャが上半身だけ起こして編み物なんかしている。
「それで、なんなんですか、エイラさん?」
「サーニャのお腹を見てクレ」
「お腹……ああ、ぽっこり膨らんでますね」
「今朝になってこんなんで……ナァ、これってなにかの病気なんじゃないカ!?」
 私は宮藤の肩にやった手を揺さぶりながら、大声をあげた。
 そんな私に宮藤は、なに言ってんだって顔を返してきた。
「エイラさん、これは病気じゃないですよ」
「だったらなんだって言うんダヨ!? この、タヌキの置き物みたいなお腹は!?」

「これは妊娠です」

「に、妊娠っ……!?」
「そうです、に・ん・し・ん」
 一音一音句切るようにして言われた言葉が、重く重く私にのしかかってくる。
 たしかに、そりゃ薄々はわかっていたサ。
 でも、だからって信じられるカ? サーニャが妊娠したなんて……。

「おめでとうございます、エイラさん」
「ちょっ、リーネ! なんでオマエがいるんダヨ!?」
「わたくしからもおめでとうと言っておきますわ」
「ペリーヌまで! だいたい、なんで私におめでとうなんダヨ!?」
「だってそれは――ねぇ、ペリーヌさん?」
「この期におよんでなにをすっとぼける必要がありますの」
「オマエらは根本的に問題を勘違いしてる! オイ、サーニャからもなにか言ってくれヨ」
「もちろん、エイラの子よ」
「そうじゃないダロッ! 私はなにも知らないゾ!」
「エイラさん、別に照れる必要はないんですよ」
「そんなんじゃねーヨ! わかってんのカ、宮藤っ? 私は女ダゾ?」
「? そうですね」
「そんでサーニャも女ダロ?」
「ええ。そうですけど……」
「それがどうかしまして?」
「なんで誰一人おかしいって気づかないんダ――――――ッ!?」
 天を仰いで、声をかぎりに私は叫んだ。
「それはあれだよね、リーネちゃん」
「うん、あれだよね」
「あれしかありませんわね」
 宮藤たちはお互いに目で確認しあう。
 肘でこづきあって、言えよ、いやお前が言えよってやりだす3人。
 一体なんだっていうんダ……?
 そんな3人に代わって、サーニャは言った。

「愛の力よ」

 きゃっ、言っちゃった、って頬を真っ赤に染めるサーニャ。
 なんダヨ、それは! 可愛いけど! 超・超・超可愛いけど!
「あ、愛……?」
「この世で一番強いもの、それは愛よ」
「そう、愛の力は勇気にも勝るんです」
「恋する乙女は一億メガトンですわね」
「エイラさん、ちゃんと見てなかったんですか?」
「なにをダヨ!? オマエら全員あた――」
「あっ。今、蹴った」
「えっ、ホント!?」
 と、サーニャの膨らんだお腹に耳をあてる宮藤。
「うわぁ、お腹の中で動いてるのが聴こえるよ。ホントのエナジーが動き出している」
「もう。芳佳ちゃんばっかりずるい。サーニャちゃん、私も聴いていい?」
「わ、わたくしもよろしいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「私の話を聞ケーッ!」
 その叫びもむなしく、みんなはサーニャを囲んで和気あいあいとおしゃべりをはじめてしまった。
 将来はサッカー選手かキックボクサーだね、とかなんとか。
 わけがわからなかった。急激なめまいが襲いかかってきて、頭がくらくらした。
 私はおぼつかない足取りでその場から後ずさっていくと、背中が壁にぶつかった。
 でもそれは動揺してたための勘違いで、人にぶつかったのだった。
「――って、なんで部隊全員揃い踏みしてんダヨ!?」
「なーに言ってんだよ。仲間のおめでたを祝うなんて当たり前だろ?」
「シャーリーさんの言うとおりね。2人とも、私たちの大切な仲間だもの」
「よし! そうとなったらこれからパーティーだ!」
「わーい! パーティーパーティー♪」
「やったーっ! 今晩は茹でたじゃがいもだね!」
「はっはっは! それを言うならお赤飯だろう、ハルトマン」
「それも違うダロ! って、そういうことじゃなくてサ――」
「ねーねー、キスしたの? キス」
「いや、キスじゃ子供できねーから。ルッキーニ」
「えーっ!? だったらなにしたの?」
「知らねーヨ。ていうか、おかしいダロ、これ? 昨日まで、サーニャのお腹こんなんじゃなかったダロ?」
「はははっ、世の中にはiPS細胞っていうのがあってだな」
「そういうことでもないダロ、シャーリー! そうダ! これはエイリアンがサーニャをアブダクトして――」
「そんなオカルトありえないね」
「だー・かー・らー!!!」
「おい、妊婦の前であんまり大声出すな。胎教によくないんだ」
「知らん! 私はなんも知んないかんナ!」
「貴様、それでも軍人――いや、これから人の親になろうとする人間か!」
「トゥルーデの言うとおりだよ。エイラ、これからはちゃんと働くんだよ」
「なんダヨその、今までは働いてなかったみたいな言い方は!?」
「これじゃあ、さーにゃんが可哀想」
「可哀想なのは今の私のこの状況ダッ!」
 叫び疲れた私は、へなへなとその場にしゃがみこんだ。

「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
 そんな私をみんなは取り囲むと、口々に祝福の言葉を言ってきた。
 私はここにいてもいいのカ? ありがとうって言えばいいのカ?
 もしかしてこれって、私がおかしいんじゃないのカ……?
 なんだか次第にそういう気がしてきた。
 ああ、そうなんダヨナ。だってみんながそう言ってるんだから。
 ――って、そんなはずないダロ!
「カメラはどこダ? プラカードをさっさと出せヨ!」
 私は立ちあがると、声を大にして叫んだ。
「これってドッキリなんダロ? みんなで私を騙そうとしてんダロ? ナァ!」
 もうわかったから許してくれヨ。必死に必死に私は声をあげた。
 けれど、返ってくるのは、そんなはずないだろって笑い声ばかり。
 必死になればなるほど、その声は大きくなっていった。
「違う! これは私を陥れようとする陰謀ダ! 陰謀のセオリーなんダ!」
 なにを言おうと無駄だった。まさしく私は道化だった。
 はまっている。すでに泥中、首まで……。
 今度こそもう諦めようとしていたそのとき、
「ねぇ、みんな。ちょっと待って」
 と、ミーナ中佐はみんなの笑い声をさえぎった。
「困ったことになってしまったわね」
 中佐は頬に手を当てて首をかしげ、ぼそりひとりごちる。
「わ、わかってくれたのカ、ミーナ中佐!」
「エイラさん、あなたはサーニャさんのことをどう思っているの?」
 ミーナ中佐は真剣な、ちょっと怖い顔をして訊いてきた。
「ど、どうって……?」
「好きか嫌いかを聞いているの。ねぇ、どうなの?」
「そりゃ、まあ……その……」
「なんなの、その煮え切らない態度は!」
「なっ、なんで怒るんダ? ていうか、今そのことが関係あるのカ?」
「大アリよ。いい、エイラさん。婚姻関係のない2人のあいだに生まれた子どもには認知というのが必要なの」
「な、なにを言ってるんダ?」
「あなたには生まれてくる子どもの親になる自覚はあるのかって訊いているの! さぁ、どうなの?」
 親になる自覚……。
 その言葉を、胸に問いかけてみた。
「そんなもん、あるわけないダロ」
「なんてことっ……!?」
 ミーナ中佐はあんぐり開いた口に手をあてた。
「ひどい人! サーニャさんはこのあいだ14歳になったばかりなのよ。
 そんないたいけな少女を孕ませておいて、だのに自分は責任もとらず知らんぷりを決めこむつもりなの!?」
「いや、だから……」
「エイラさん。あなた、サーニャさんの体だけが目的だったの!?」
 その言葉に、みんなはざわめきたった。
 ひどい! サイテー! 女の敵!
 めいめいに罵詈雑言の数々を私めがけて浴びせかけてくる。
 そんな満場騒然とした空気のなか、
「みなさん、やめてください。エイラはそんな人じゃありません」
 それをすべてはねのけて、サーニャは声をあげた。
「サ、サーニャ……」
「そうよね、エイラ?」
 サーニャは首をかしげて、そう訊ねかける。
 その顔は今にも泣き出しそうなほど寂しげで、触れたら壊れそうなほど儚げで――
 そうだった。今一番不安に思ってるのはサーニャなんじゃないカ。
 なにせ未婚の母で、14歳の母で、シングルマザーなんだから。
「この子はわたしとエイラの子。そうだよね?」
 お腹をさすりながら、サーニャは私に訊いてきた。
「………………」
 私は言葉につまってしまった。
 肯定も否定もできなかった。なんて答えていいかわからなくて。
 どっちつかずの宙ぶらりんな態度。私には、そこからどちらかに向かおうとする勇気がなかった。
 その時だった。
 急にサーニャはうなり声をあげながら、ベッドの上でじたばたと暴れだした。
「サーニャちゃん!」
 急いでサーニャの元へと駆け寄る宮藤。
 いったい、なにがどうしたっていうんダ?
 まっ、まさか――
 宮藤はなるたけ平静さを保つようにして告げた。でもその声はやはり震えていた。
「陣痛がはじまりました。生まれます」

 担架に乗せられたサーニャは分娩室へ。
 宮藤と、その手伝いのためにリーネとペリーヌが、それに続いていった。
 私はとてもついていくなんてできず、扉の前で立ちすくんだ。
 長い時間、ただおどおどと、廊下を行ったり来たり立ち止まったり、そうしているしかできなかった。
 そして、夜が明けた。

「やりましたね、エイラさん。元気な女の子ですよ」
 宮藤はそう言いながら、赤ん坊を抱えて分娩室から出てきた。
 雪を集めてつくったみたいな、真っ白い赤ちゃんだった。
 そこはかとなく私に似てる気がするのは……気のせい気のせい。

「喜ぶのはまだ早いですよ、エイラさん」
 リーネはそう言いながら、赤ん坊を抱えて分娩室から出てきた。
「双子っ!?」
「つまり、二人がロッテを組めばふたりのロッテというわけだな! はっはっは!」
「これでウィッチーズの将来も安泰ね」
「佐官のくせに、なに呑気なこと言ってんダヨ! 双子ダゾ! 倍なんダゾ!」

「喜ぶのはまだ早いですわ、エイラさん」
 ペリーヌはそう言いながら、赤ん坊を抱えて分娩室から出てきた。
「三つ子っ!!?」
「みつどもえじゃん!」
「やったな、エイラ。ちょうど今、タイムリーじゃないか」
「なんてことダ……」
 へなへなとへたりこんで、私は床に手をついた。
「ダイヤのエースともあろう者が、3人の子持ちになってしまった……!」

「ううん。違うわ、エイラ」
 サーニャはそう言いながら、赤ん坊を抱えて分娩室から出てきた。
「四つ子っ!!!?」
「やったじゃないか。超白銀合体できるぞ!」
「真顔でわけわかんねーこと言うナ! バルクホルン大尉!」
「そうだよ、トゥルーデ。四姉妹だもん、若草物語ごっこでしょ」
「中尉もダ! 私はそういうことが言いたいんじゃないから!」
 なんなんダ? どうしたらいいんダ……?
 ていうか、これ本当に私の子どもなのカ?
 私はすっかり腰が抜けてしまい、とても立ちあがれそうにはなかった。
 そんな私のことなど置き去りにして、みんなから三三九度の拍手が起こった。
「拍手すナ! 赤ん坊も泣くナ! 泣きたいのはこっちの方だって言うのに……」
「いい加減にしたらどうだ!」
 坂本少佐の怒号に、たまらず私はそれに怯んだ。
 少佐は私の前にしゃがみこむと、諭すように言葉を続けた。
「私はなにも、泣き言を口にするなとは言わん。
 だが、子どもの前でだけは慎め。たとえそれが、言葉のわからぬ赤ん坊の前でもだ。
 親の背中を見て、子どもは育つのだからな。
 胸を張れ。あんな大人になりたくないと思われることはするな」
「坂本少佐……」
「自分もああなりたいと、そう思われる大人になれ。それが百合者というものだ」
「ゆ、ゆりしゃ……!?」
「そうだ。この子たちはお前とサーニャの愛が生んだのだろう? だったらもう、泣き言は言うな」
「私と、サーニャの……」
「ああ。お前とサーニャの子どもだ」
 そりゃサーニャのことは好きだし、大好きだし、あ、愛してるけど……
 でも、だからって、一度に4人の子どもなんて……
「ほら、ちゃんと顔を見てやったらどうだ。まだちゃんと見てなかっただろう」
 少佐にせかされて、私は赤ん坊の顔をのぞきこんだ。
 赤ちゃんは、私の顔を見ると微笑みかけた。
 これが、私とサーニャの子どもたち。
 私の、子ども……。

「ゴメンナ、サーニャ」
 私はサーニャに深々と頭をさげた。
「それにみんなもゴメン」
 向き直って、他のみんなにも。
「私、臆病だったんダ。こんな私が人の人生背負えるのかなって。
 でも、これからはちゃんと真面目に働くヨ。
 サーニャ、初産なのに立ち会ってあげられなくてゴメンナ」
 そう言うと、サーニャはふるふると首を振った。
「いいのよ、背負わなくても。婦婦だもの、2人で支えあっていけば」
「それが婦婦ダ!」
「エイラ……!」
 サーニャは私の胸に飛びこんできた。私はそれを受け止めた。
「これからサーニャと2人で――いや、この子たちもいるから6人で、幸せな家庭を築いていくヨ」
 私はサーニャの肩をそっと抱き寄せると、みんなに向き直った。
「みんなも遊びに来てくれヨナ!」
「いいとも!」
 みんなは声をかぎりにそう叫んだ。シャーリーまで。
「よく言ったわ、エイラさん。百合者王の誕生よ!」
「待テ、中佐! それは違うゾ!」
「そうとなったら胴上げだ! さあ、冒険のはじまりだ!」
 坂本少佐の掛け声とともに、みんなは私たち家族を取り囲んだ。
 そして、私も、サーニャも、子どもたちも、何度も何度も宙を舞った。
 わっしょい、わっしょい、わっしょい……。


 ――という夢を見た。

 我ながらなんて夢だ。ぐらぐらとひどい頭痛がする。
 ぐっしょりと寝汗をかいてしまったせいで、身体中がべとべとして気持ち悪くなっていた。
 そんな私の隣では、サーニャがすやすやと寝息をたてて眠っている。
 当然、そのお腹が膨らんでいるなんてこともなく――

 ……ぎ…………ぎ……

 いい夢だった……のカナ?
 子宝に恵まれて。しかも四つ子で。
 不安はある。でも、希望だってある。
 きっと家族を持つってそういうことなんダナ。
 ベッドの上に寝ているのに、なんだか今も宙を舞っている気分だった。
 それにしても、私たち2人の愛の結晶カァー。
 まあ、いくらなんでも今はちょっと早すぎるヨナ。

 ……ぎゃあ……ぎゃあ……

 私は寝返りをうった。
 もう一度、寝よう。もう一度。
 なんか聞こえてるけど、いやいやこれは全部気のせいダヨナ……?
 けれど、いくら耳をふさいでも、その声がやむことはなかった。

 おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……。


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