豆をまく理由
厨房からは何かを炒る小気味良い音が流れていた。
宮藤芳佳は慣れた手つきで大豆をフライパンの上で転がしていた。頃合いが良さそうにな
ると、炒った大豆をテーブルの上の大皿に乗せて冷ますのだが、白い手がヒョイと伸びて
は、大豆を掴んで自分の口の中に放り込んでいた。しきりにパリポリという音をさせたかと思うと
「やっぱあんまり美味いもんじゃないな~」と椅子に腰掛けたエイラ・イルマタル・ユー
ティライネンは筋違いの感想を述べた。
「そうかなぁ? 私はけっこう好きだけど」再び作業に取り掛かった宮藤は振り向くこと
なく、エイラの意見に応えた。
「でも、扶桑じゃなんでセツブンの日に炒った豆を投げるだけで、家の中の悪い霊が出て
いくんだ?」また大豆を一つ口に放り込みながらエイラは尋ねた。
「おばあちゃんから聞いた話だと、昔一匹の鬼が人間のお姫様に結婚を申し込んだんだって」
「オニって扶桑でいう、悪魔やゴブリンだろ? それが人間に結婚を申し込むなんて無謀だな」
「うん、お姫様は豆を一つ鬼に渡して、『その豆から芽が出たら結婚してもいい』って約束したの」
「ずいぶん簡単な約束だなぁ。お姫様もオニに気があったのか?」
「で、鬼は豆を地面に埋めて大切に育てたんだけど、実は豆はもう炒ってあって、芽が出るはずなかったの。鬼は結局お姫様との結婚をあきらめたんだって。それで、節分の日には炒った大豆を投げて鬼を追い出すんだって」宮藤が振り向くとエイラは何やら考え込んだ顔つきをしていた。
「どうしたの?」
「・・・いや、いくら何でもオニが可哀想じゃないか?」
「え?」
「そんな回りくどいことするんだったら、素直に断った方がいいように思うんだけど」
「でも、相手は怖い鬼だし、断ったら何をされるかわからないよ」
「いや~、豆育てろって言われて素直に言うこと聞く奴だったら、そういうことはしないと思うけどな~」
「う~ん・・・お姫様なりの優しさなのかも」
「優しさ?」
「例えばエイラさんがサーニャちゃんに結婚を申し込んだとして・・・」
「おっ、おい! 何の話だよいきなり!」顔を紅くしながらエイラはテーブルに身を乗り出すも、宮藤はそれを意に介さない話を続ける。
「サーニャちゃんに素直に断られるよりも、条件を出されてそれに失敗する方が傷つかないんじゃないのかなぁ」
「う~ん・・・確かにそうかもしんないけど」椅子に座り直しながら左肘をついて、手に顎を乗せる。
「芽が全然生えてこなくてどうにかしないといけない、でも出来る事がなくて不安で不安でたまらなくなっちゃいそうだけどなぁ」
「・・・そうだね」
「なぁ宮藤」
「何、エイラさん?」
「・・・芽が出たって言って、別のを持ってくのはダメか?」
「・・・エイラさんズルい」宮藤は冷めた目でエイラを見つめる。
「そ、そんな目で私を見んな! っていうか、何で私が豆を育てる話になってんだよ」
「ああ、そうだね」宮藤は思わず苦笑いをする。
「それに豆はいいのか? こげちまうぞ」
「あっ! いけない」慌てて振り向くと、箸で大豆をかき回す。
「でも、あれだね。もし、鬼がエイラさんみたいのだったら追い出せられないだろうね」
「なんだよいきなり~、まぁ私相手じゃ豆は一発も当たんないだろうなぁ」
そう言いながらエイラは誇らしげな顔をみせる。
「ああ・・・そうじゃなくて」
「ん?」
「たまにイタズラされても、いてくれる方が楽しいかなって」
「宮藤ぃ」
「はい? イタッ!」
「なんか恥ずかしくなるような事言うなよ」
エイラの放った大豆は、綺麗な放物線を描いて、振り向き様の宮藤の眉間に命中した。
そして、どちらともなく互いに苦笑いをするのであった。
完