北アフリカ1944 洗濯の板


「しゃーーーりーーー、つかれたー、あきたー」

 傍らのルッキーニが平板な声で不満を漏らす。

「あたしも疲れたし飽きてるよ」

 正直な感想を返すあたし。
 掃除洗濯テントの点検その他……料理以外の色んな雑用が降りかかってくるアフリカの日々。
 なーんでこんなことになってるんだろうなーと乾いた心で自問する。

「ニヒッ、じゃーこんなのほっぽってどっか行こー」
「ダメだルッキーニ」
「エー、シャーリーのけち~」
「はぁ……いいかルッキーニ、元はと言えばお前が原因なんだぞ」

 そう、原因はルッキーニだ。31stJFSqのマルセイユ、ケイ、稲垣のおっぱい触りまくった結果がこれだ。

「そ、それはそうだけど……何でこんな洗濯とか雑用ばっかり~」

 実を言うとウンザリはしているけれどこうしてルッキーニとずっと一緒にいられるのは結構うれしかったりする。
 とはいえ初めは一緒に行動しながら雑談することにルッキーニも楽しみを見出していてくれたみたいなんだけど、そもそも飽きっぽいのがあたしのお姫様の本質だ。
 もうずいぶんと前から不平不満しか聞こえなくなってきている。
 まーそもそもこいつがアタシのおっぱいだけで満足しててくれればこういう事態にも陥らなかったわけなんだよな……ふぅ。

「ミーナ隊長の時だって同じ様な罰当番合っただろ。諦めてちゃっちゃと終わらせよう。ノルマこなせば休憩できるんだからさ」
「う~……」

 そんな会話をしていると足音が近づいてきた。
 振り返るとそこには申し訳なさそうな表情の稲垣真美軍曹が篭を抱えて立っていた。

「ごめんなさい。そのノルマ……洗濯物の追加です」
「うぇ~」
「うぁ……マジかよ……」

 二人してこれ以上は無いってくらい嫌な顔をする。
 しかしそこに投げかけられた稲垣の言葉は素晴らしい物だった。

「あの、手伝いましょうか?」

 おおっ、まさかの救いの女神降臨。

「ウニャッ、オネガイっ!」
「待て待てルッキーニ、本当にいいのか? 稲垣」

 速攻でオネガイし始めるルッキーニをいなしてしっかり確認する。
 そもそも稲垣はルッキーニの直接の被害者なわけだから手伝って貰って更に迷惑をかけるようなことがあっちゃいけないだろ。

「もともとずっとやっていましたから、何もしていないと却って落ち着かなくて……」
「そういう事なら手伝ってほしいけど、上には何も言われないか?」
「はい、それも大丈夫だと思います。お二人の件も『余興』という事であのドタバタも記録には残っていませんから」

 おー、これは思った以上にケイ少佐もいい人みたいで助かったな。
 稲垣に手伝って貰ったって事が知れても苦笑ひとつで流して貰えそうだ。

「よし、じゃあよろしく頼むよ」
「ニッヒー、マミありがとっ!」

 言いながら徐に稲垣の胸に抱きつくルッキーニ。

「きゃっ」
「お、おいおいルッキーニっ、お前なんで雑用やってるかもう忘れたのかよ」
「ウニャー、喜びは全身で表現するモンだよっ」
「あ、いや、でも、その……恥ずかしいです」
「扶桑の人は恥ずかしがりだなぁ。うりうり」

 笑顔で返事を返しつつ、稲垣の反応を楽しむようにしながら扶桑の民族衣装に包まれたその薄い胸へと顔全体を刷りこんでいく。
 うんうん、あれで結構テクニシャンなんだよなぁ、ルッキーニは。
 でもまぁ自分が楽しみつつ相手も気持ちよく出来るって言うのはいいことだと思うぞ。

「ひゃっ! くすぐったっ……だめっ」
「でも残念賞……」

 なんか稲垣が微妙に盛り上がってきたかというところで顔を離して残念な表情で呟く。
 おいおい、そんなわざわざ地雷踏みに行くようなまねをしてどうするよ。

「うう、そんなに顔をこすり付けておいてまた残念なんて……ひどい」
「こらルッキーニッ!」
「ウジュジュッ、ゴメンゴメン。でも大丈夫だって。すぐに大きくなるから平気平気っ」
「ああ、そうだぞ稲垣。まだまだ小さいんだから、今そのくらいならきっと宮藤よりも見込みがあるさっ。あ、因みに宮藤って言うのは501で一緒だった扶桑人で……」
「うんうん、15であたしよりも年上でシャーリーと一つしか違わないのに残念賞な子だよっ」

 話題を修正しようと別のものを引き合いに出してフォロー。
 ルッキーニも乗って来てくれたんでこのまま笑い話にすれば稲垣もそんなに気を落とさずに済むだろう。

「はい……知ってます」

 なんかハイライト無しの瞳になって妙に静かな凄みを利かせた状態で呟く稲垣。
 なんか様子がおかしくないか?

「ストライクウィッチーズは有名ですから……」

 くるりと背を向けてつかつかと歩き出す。
 な、なんだ? 何がどうしたんだ?

「ねぇシャーリー、なんだかマミの様子、変?」
「あ、ああ……なんだかただならぬ気配が……」

 稲垣はそのまま自分よりも大きな岩の前まで行って立ち止まる。

「宮藤さんの事なら報道で知っています」
「そ、そうなのかー……」
「く、空戦の腕はすっごい上達したのに胸はずっと残念賞だったよ」
「私、こう見えても……」

 稲垣が岩の前で屈んだ。

「その宮藤さんと同い年なんですけどっ!」

 一瞬何が起きたかわからなかった。
 稲垣が立ち上がると同時に、その前にあった岩もすっと浮き上がったんだ。
 よくよく見てみると、岩は浮き上がったんじゃなくて稲垣の手に繋がって頭上へと掲げられていた。
 こ、こいつ堅物並みの怪力かよっ!

「え?え?え?」
「フシュシュシュシュッ!!!」

 あたしが一瞬混乱している隙にルッキーニが逃げを打った。
 っていうかこれはガチでやばい! あたしも逃げないとっ!

「てええーい!」

 走り始めてルッキーニに追いついたところに岩が飛んできた。
 ルッキーニの手をつかんで加速の固有魔法を発動し、岩を回避する。

「ふぅ、危機一髪だったな」
「ニャウ~」

 一息ついて振り返ると稲垣が次の岩を抱えていた。

「げぇっ! 逃げるぞルッキーニ!」
「ハゥアゥアゥッ!」

 猛然とダッシュ!


 …………。

 結局その後、手近な岩を投げきる事で稲垣が我に返ったお陰で、あたしたちの生命は無事に済んだんだけど……。

「しゃーーーりーーー、つかれたー、あきたー」
「あぁ……もう少し別のことがしたいです」

 なんだか、あたしの傍らで愚痴る奴が一人増えた。
 っていうか愚痴りたいのはこっちだよ。
 あの時、稲垣の投げた岩の一つが洗濯中のたらいを直撃してかなりの量のズボンが悲惨なことになった。
 と、いうわけで稲垣も晴れて我々罰当番係りの仲間入りを果たしたのだった。
 三人して砂漠の真ん中にもかかわらず潤沢な水を使ってズボンを洗う、洗う、洗う……。

「あたしも疲れたし別のことがしたい……」
「ニヒッ、じゃあじゃあっ……」
「却下だルッキーニ」
「エーまだ何も言ってないよー」
「わかったわかった。じゃあ話だけは聞いてやる」
「うんうん、んとね、今回マミが怒って洗濯物無茶苦茶にしたから罰当番仲間でしょ」
「うぅ……ゴメンナサイ」

 微妙に心の傷をえぐられたらしい稲垣が俯いて謝る。

「まぁ、原因は置いておいて……流れ的にはそうだったな」
「うん、だからね思いついたんだけど」
「ふむふむ」
「みんな怒らせて失敗させたらみーんな罰当番だよねっ。そしたら楽できるし人が増えればきっと楽しいよっ。じゃー行って来るねっ!」

 流れるように滅茶苦茶な事を言って駆け出すルッキーニ。
 あたしは一瞬呆然としてから稲垣の呆けた顔を見て我に返ってルッキーニを追いかけた。

「ゑっ!? ちょっ!! まてっ!!! ルッキーニっ!!!!」

 どうやらこの地獄から開放される日はかなり遠そうだ。


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