hide and seek
「さがしてごらん」
シャーリーの元に届けられた一枚の紙切れ。
差出人は誰かと聞いても、“代理人(エージェント)”役の芳佳は苦笑いするだけ。
とりあえず、贈られたいっぱいの花束と豪華に飾られたケーキ、賑やかに祝う隊員を前に、シャーリーは紙切れをポケットにしまった。
今日はシャーリーの誕生日。芳佳とリーネは張り切ってケーキを作り、皆から花束も差し出され、賑やかなものとなった。たまたまロンドンに所用で訪れていた醇子も「今日が誕生日」と言う事で501基地に招かれ、より華やかさが増した。
「竹井さんも同じ誕生日とは」
驚くシャーリー。
「奇遇ね。運命の二人かしら?」
醇子はふふっと笑うと、シャーリーの横に立った。
「いや、ちょっと違うと思うけど」
醇子につつかれて笑うシャーリー。
「はっはっは、そんな事を言ったら宮藤とサーニャもそうなるぞ?」
美緒の冗談を聞いて顔色を変えるリーネとエイラ。
「あの、今日は竹井さんもいらっしゃると聞いて、お汁粉作ったんです。扶桑の甘いもの、どうかと思って」
「ありがとう」
芳佳の出したお汁粉を一口食べ、ちょっとびっくりした顔をする醇子。
「ブリタニアでここまで本格的なお汁粉食べられるとは思わなかったわ」
「ありあわせの材料ですけど」
「さすがね、宮藤さん」
お祝いの最中、シャンパンを飲み、ケーキを頬張りながら、シャーリーは改めて、紙切れを取り出した。
「……のきのしたでまってます」
なんだこりゃ、とシャーリーは呟いた。肝心な部分が掠れて読めない。
「あら、愛の告白かしら?」
いつの間に見たのか、醇子が意味ありげな笑みを浮かべた。
「竹井さん、そんなんじゃありませんよ」
ふっと笑うシャーリ-。
「残念ね~。私も愛の告白されてみたいわ~。ねえ美緒?」
「こら醇子、皆の前で下の名で呼ぶなと何度言えば」
思わず醇子につられてしまう美緒。
「今日位良いじゃない。誕生日なんだし、美緒がお祝いしてくれるって言うからわざわざ立ち寄ったのに」
「そうは言うがな」
朗らかに笑う醇子、苦り切った顔をする美緒。その裏で一人妙なオーラを出している人物が居て
気付いた隊員はぎょっとしたり、見て見ぬ振りをしている。
「シャーリーさん、貴方も私と同じ誕生日なんでしょう? もっと一緒にお祝いしましょうよ。さあ食べて食べて」
「ああ、ええ、まあ」
曖昧に返事するシャーリーを見て、醇子は首を傾げた。
「……」
「どうかしました、竹井さん」
「いつものシャーリーさんなら、もっとこう大らかと言うか、こうと決めたら一直線な感じかと思ったけど」
「はあ……そう見えます?」
「でも意外とウブなのね」
「ええっ? どう言う意味ですかそれ」
「何でもないわ」
「こら、あんまりシャーリーをからかうな」
「そんな事ないわよー」
美緒の愚痴も笑って流す醇子。
しかし、「きのした」って何だ? シャーリーはいまいち分からずに呟いた。
「シャーリーさん」
さっきから様子を見ていた醇子がシャーリーに声を掛けた。
「なんでしょう」
「何か物足りないって顔してる」
「そんな事無いです、ただ……」
「ただ?」
「いや、なんと言うか……」
「ほら、誰か一人忘れてない? 大切な……」
「え?」
シャーリーは辺りを見回した。確かに十一人居る。……いや、醇子が居るのに十一人とはどう言う事か。
「……そうか、そう言う事か! ありがとう竹井さん」
シャーリーは突然、残っていたケーキをひったくって皿にどっかと盛った。
びっくりする隊員をよそに、シャーリーは紙切れをポケットに押し込むと、辺りを見回した。
「どうしたシャーリー。探し物か?」
「ええ、そういう感じです」
「何だリベリアン、落ち着きが無い」
「急用を思い出しましたんで、それじゃっ」
ぽかんとする一同をよそに、食堂を飛び出した。ひとり、くすっと笑う醇子は、美緒の脇をつついて言った。
「ねえ美緒、誕生日祝いついでに、今日はここに泊めさせてもらってもいい?」
「な、何ぃ? ……ミーナの許可が、無いと」
「それは残念」
醇子はすました顔でケーキを食べ、おいしい、と呟いた。
どの木だ? シャーリーは山盛りのケーキを片手に、辺りを探し回った。
中庭の木でもないし、いつも昼寝している大きな広葉樹でもない。となると……
裏庭、とも言うべき少し鬱蒼とした場所。その生い茂る木々の中に、探し求めるひとが居た。
「遅~い、シャーリー」
街くたびれた、と全身で表現するそのひとに会い、シャーリーは言葉を選び言った。
「ごめんよルッキーニ。探したぞ」
ほら、とケーキを差し出す。本来なら祝って貰う人が食べる筈のケーキ。
だけどシャーリーは二人で祝いたかった。
「芳佳とリーネが作ったやつでしょ? あたし昨日の夜見たもん」
「見てたのか」
「たまたま食堂通りがかったら二人で何かしてるから。おいしかったよ」
「って事は、あたしが食べる前に味見したな?」
「だってー」
えへへ、と笑うルッキーニ。今日はじめて見る、彼女の笑顔。
「でも味見だけって事は、しっかり食べてないだろ? 一緒に食べよう」
「うん。お腹すいてたし」
木の下に腰掛け、二人でケーキをつつく。
「シャーリー、お皿に盛り過ぎ。山みたいになってるじゃん。崩れてるし~」
「ルッキーニがたくさん食べるかと思ってさ」
「まあ、食べるよ? いっぱい食べてシャーリーみたいになるんだ」
「そうか。期待してるぞ?」
「いっただき~」
まるでちょっとしたピクニックだ。日差しも柔らかく、この時期にしては風も無く穏やかで暖かい。
「なんだかあたしがお祝いされてるみたいだね」
ルッキーニが手づかみでケーキを食べながら言った。
「そういやそうだ」
「シャーリーの誕生日なのにね」
「他人事だなあ」
「そんなことないよ。シャーリーの為に、プレゼント考えたもん」
「おおー、楽しみだなあ。何?」
「ケーキ食べたら教えてあげる」
「? まあいいや。食べよう」
二人でぱくぱくとケーキを食べる。ルッキーニは余程お腹が減っていたと見え、シャーリーよりも早く多くケーキを食べた。
「もっと持ってくれば良かったか?」
「ううん、大丈夫」
「そっか」
「あとでまた芳佳とリーネに作って貰うも~ん」
表面上は呑気なルッキーニ。だけど何処か落ち着きが無い。
「そうだ、プレゼントって、何?」
「やっぱり欲しい?」
「そりゃ勿論欲しいさ」
「じゃあ」
ルッキーニは顔を赤らめると、シャーリーの胸に飛び込んだ。
「お、おい?」
戸惑うシャーリー。
「あたし。あたしがプレゼント」
「な、何ぃ? 一体どう言う事だ?」
「うーんとね。色々考えたんだ。シャーリー何が良いかなって。でもあたしよく分かんなかった。
シャーリー、機械とか好きだけどあたし、よくわかんないし。
でもあたしの持ってる本とか雑誌とかオモチャじゃつまんないだろうし。
だから、あたしを今日一日あげる」
「おいおい、そんなプレゼントアリかよ」
「……だめ?」
しゅんとなるルッキーニ。
多分、彼女なりに必死に考えたのだろう。シャーリーは微笑むと、ルッキーニをぎゅっと抱きしめた。
「じゃあ、遠慮なく」
「えっ? シャーリー?」
「あたしにくれるんだろ?」
「う、うん」
「だから、もらうよ」
「ありがと……」
「それはこっちのセリフ」
シャーリーは少し笑うと、不意に真面目な顔をして、ルッキーニとキスを交わした。
「シャーリー……」
「なんか、ちょっとイケナイ感じがしてきた」
「顔赤いよシャーリー」
「ルッキーニだって」
二人してくすくす笑って、またキスをする。何度も繰り返し、抱きしめる力が増し……
「やさしく、ね?」
ルッキーニの一言で、シャーリーの何かが弾けた。
二人だけのお祝いはいつ終わるともなく、木々に隠れた場所で、ひっそりと、こっそりと、そして盛大に。
end