大空に舞う紅蓮の軌跡


 その日、空は雲ひとつ無く晴れ渡り、戦場の空気を感じさせないほどに清清しい物となっていた。空を舞う鳥たちは優雅に大空を駆け、
まるで魔女たちの様に楽しそうに――。

「……かったる」
「はいはい、もう少しでご飯だから文句言わない」
「えー、だってなーんにもすることないじゃーん! 訓練飛行のひとつでもしーたーいー!!」
「整備中なんだから文句言わないの」

 そんな大空を見上げる大きな窓の傍ら、厨房で調理をする一人の女性と、そしてカウンターを挟んだ反対側でわめく少女。それは定期的に
見受けられる光景であり、月二回のメンテナンスの風物詩と言われている。これが無いと調子が出ない、とは今現在わめいている少女が
原隊にいたころの隊長の言葉。ちなみにその隊長もこの場所にいたりするわけだが。

「だったらせめてバレエでもやろーよー!」
「調理中の人に無理言わない」
「じゃあご飯終わってからね!」
「……私得意じゃないんだけどなー。もっと得意な人がいるでしょうに」
「えー? だってあの二人いまいち一緒にやる気にならないんだもん!」

 はあ、とため息をつく女性。いや、正確には少女と呼んでも差し支えない年齢ではあるのだが、それを感じさせない風格を漂わせていた。
凛々しく、優しく、時には厳しく。この基地に所属する魔女たちの、姉でもあり母とも言われる存在だ。出身は扶桑で、今は出向の形で
この部隊へ指導教官として来ている。とはいえ実戦となれば当然空にも上がるし、普段は皆とじゃれあって遊んでいる気前のいい性格だ。
 彼女が今作っているのは、朝食用の焼き魚。パスタを所望する『子供達』も多いのだが、ただでさえ普段からピッツァ、パスタ、パンの
オンパレード。水やら小麦粉やらを日ごろから大量消費しているため、節約できるときには節約しなくてはならないのだ。まあ、軍事基地と
言うこともあって供給量も半端無いのは事実なのだが。それでもひとたび胡坐をかいてしまえば、万が一何かあった場合に食料が底をついて
いるなんてことにもなりかねない。そうならないよう、せめて自分が担当の時だけでも食材を節約しようと、彼女は彼女なりに考えて行動
していた。
 いい色になるまで、しばらく待つ。その間に大根を摩り下ろそうと機材を取り出していると、別の人物がやってきた。

「あ、ルチアナー!」
「ああ、おはよう、マルチナ。醇子、ちょっといいか……?」
「おはよう、どうしたの?」

 呼ばれた醇子は顔を上げて、そこに立っている同い年の少女に目を向けた。ルチアナの手に握られているのは数枚の書類で、その一番上
には承諾書がおかれている。

「これ、間違い」
「え? ……あ、ご、ごめんなさい、昨日ちょっと眠たかったから……」
「無理しないで……う、今朝は焼き魚……」
「不備は認めるけどメニューは変えないわよ?」

 目に見えて両肩を落とすルチアナ。一部書類に不備があり、そのままでは上へ提出できない状態になっていた。醇子は受け取って、
忘れないよう自分の持ち物をまとめて置いている籠に丁寧に仕舞う。気を取り直して大根下ろしの制作に取り掛かり、ついでに一人
加えて三人で談笑の時を持つ。

「フェルナンディアは?」
「部屋で訓練メニューを作ってる」
「へー、熱心なことで。ま、確かに最近は空戦ばっかだしねー」

 ここのところ空中戦が多く、ルチアナやマルチナ、フェルナンディアの本来専攻であったはずの対地攻撃を行う機会はかなり減っている。
そのため久々に地上攻撃訓練を実施しようと前々から話は上がっていたものの、ここのところ敵の進行が激化の一途を辿っていた。ここ
第五○四統合戦闘航空団に編入されてからというもの、航空型が無数に押し寄せるせいで対空戦闘の訓練ばかりが優先されてしまっている。
それで今のところ乗り切れているからまだいいものの、ここは他のネウロイ制圧地域と完全に地続きなのだ。いくら間にアルプスがあるとは
言っても、いつ陸路で攻め込まれるか分からないこの状況で対地攻撃に不安を残すわけには行かないだろう。それは醇子も常々危機感を覚えて
いるところであり、わずかな時間を見つけて何とか訓練メニューに組み込みたいところではあった。現在はストライカーのメンテナンス中に
つき出撃できる人数が限られているため、逆に言えば余りの時間とも言える。この時間を利用して、プランだけは立ててしまおうということ
なのだろう。メニューさえ組めてしまえば、後は実施する時間さえ確保できれば何とかなる。いつかこういう訓練をするから覚えておけ、と
一言言っておけば、いつ訓練しても問題は無いはずだ。

「よし、できた」
「うう、食事はとりたいけどお腹が空かないメニューだ……」
「ねえジュンジュン、もっと違うの食べようよー!」
「……あなたいつどこからその名前知ったのかしら?」

 なんだか随分前に顔を出した別の統合戦闘航空団に所属している少女を思い出す。あの子はあの子で元気でよかったが、落ち着きの無い
ところはなかなかに苦労させられた。まあ、目の前にいるこの白髪の少女もなかなかに扱いにくい子ではあるが。
 見やれば魚もいい具合に焼けていたので、火から下ろして皿に盛り付ける。ようやく朝食を作り終え、ほっと一息。それらをカウンターの
上に丁寧に並べて、醇子はようやく厨房から出た。

「それじゃ、皆を呼んでくるわ」
「はーい!」
「私たちは席についてようか」
「うん!」

 なんだかんだ言っても、この部隊で食事を残す者はいない。たとえ納豆を出されても、文句を言いながらも全部食べきるのがしきたりだった。
……主に醇子の無言の重圧が原因で。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 日が大分高く昇り、気温も上がり始めた頃。テラスで一息ついていた醇子の目にふと留まったのは、基地のグランドではしゃぐ二人の
姿だった。

「くおおぉぉらあああ!! 待ちなさあぁぁぁい!!」
「へっへーん、追いつけるモンなら追いついてみなーっ」
「この馬鹿犬がぁぁ!!」

 ……マルチナの手には、鮮やかに光を跳ね返すキーホルダーが握られていた。それは普段フェルナンディアの財布に取り付けられている
もので、どうやら隙を見て掠め取ったらしい。悪戯っ子のマルチナらしいといえばそうなのだが、流石に財布に手を出すのは如何なものか。
まあ、直接金を取ったわけでもないのでそう目くじらを立てる必要はないか。醇子は紅茶を啜りつつ、その戦いの行方を見守った。

「いよっと!」
「ちぃっ、ちょこまかと!」
「あっれー、バレエもできないの? ぷぷー、そんなんじゃモテないよー!」
「モテる必要なんざねえっつーの!!」

 華麗なステップでフェルナンディアの手をかわすマルチナ。しかしそう手のひらの上で弄ばれてばかりのフェルナンディアでもない。
再び追いかけつつ、今度はマルチナをある方向へと誘導していた。当のマルチナはその意識は無いようだが、上から見ている醇子には
一目瞭然だった。

「ふふ、流石はリーダーね」

 ――かつてフェルナンディア達三人組が所属していた、赤ズボン隊。その中で三人はひとつのグループとして認められており、個々の
戦闘能力もさることながら三人そろったときの戦闘力の高さは一級品であった。そしてフェルナンディアはグループを仕切るリーダーで
あり、前衛に居ながらにして戦況を一瞬で読むその判断力はこの基地においても随一だ。徐々に二人は格納庫の方へと吸い込まれていき、
そしてあるときマルチナが状況に気づく。

「え゙」
「ふふん、今頃気づいてももう遅いわよ」
「く、くっそー……」

 格納庫には緊急発進用のハッチが用意されており、ハッチは地下の予備格納庫につながっている。もし格納庫内のストライカーが全て
使えない状況にある場合、このハッチから地下の予備倉庫にあるストライカーを取りに行く形になるわけだ。そしてハッチは安全のために
三方をフェンスで囲われていて、かつそのハッチそのものが格納庫の角に専用のブースとして設けられている。二人が現在立っているのは
その目の前であり、マルチナは自身が気づかないうちにそこへ誘導されてしまったのだ。

「……うー、負けましたよーだ」
「まったく、ろくでもないことするからよ」
「次は負けないから!」
「次なんていらん!」

 醇子も微笑しながら二人を見守る。マルチナは、確かに悪戯っ子ではあるがだめと分かったときの諦めもいい。日ごろこうして誰かの手を
煩わせることはあっても、追い込まれるかある一定以上の時間が経過するとあっさり両手を挙げるのだ。行ってはならない領域にまでは
踏み込まない、だから誰も強く言えない。故に同じことが繰り返され、結局怒られずに終わるパターンがそれなりに多い。まあ、時たまというか
しばしば醇子が説教する場面も見受けられるが、それはそれ。どの道、マルチナが基地全体を明るい雰囲気にしてくれていることは間違いない。

 しばらく見守っていた醇子だったが、紅茶も空になりそろそろ職務へ復帰するかと席を立つ。―――その瞬間だった。

 聞きなれたサイレンが鳴り響き、基地全体に緊張が走る。

「……もー、こんなときに警報なんて!」
「管制塔、詳細を送れ!」
「出撃要員は直ちに地下格納庫へ急行、予備の機体で上がって頂戴!」

 フェルナンディアが管制塔へ状況を聞き、その間に醇子が命令を下す。今日は醇子も出撃要員に入っているため、格納庫へ走らなくては
ならないのは醇子も同じだった。
 ――地下に保管されているストライカーはたった三機。今日のメンバーは醇子とマルチナ、フェルナンディアの三人だ。二人が丁度ハッチの
すぐ目の前に居てくれたのは、まさに幸運と言えただろう。

『状況報せ! 大型地上ネウロイ多数接近、航空型も複数! 本格的にこの基地を落とさんと侵攻を仕掛けてきた模様!』
「なんですって!?」

 思わず醇子の顔が引きつる。ろくな訓練もなしに、航空型とは比較にならない火力を誇る大型の地上ネウロイを多数相手にしなくては
ならない。その上、上空からも敵の援護射撃が吹き付ける。……たった三機で敵う相手とは、到底思えない編成だ。
 ひとまず地下格納庫に到着した醇子は、予備のG.50を装着して地上へ出る。管制塔から滑走路の使用許可は下りているので、とにかくまずは
飛び上がる――現地に向かいながら作戦は考えよう。

「竹井醇子、出るわ!」
「フェルナンディア・マルヴェッツィ、出撃!」
「マルチナ・クレスピ、出まーす!」

 三つの人影が今、大空へと飛び上がった。

 - - - - -

「で、どうすんのよ?」
「困ったわね……足止めするにも、救援を呼べる部隊なんて近くに無いわ」
「足止めだけだったら間に合いそうだけどねー……殲滅はちょっとかなり大分無理があるっぽいよ」

 その後管制塔から届いた詳細なデータによれば、四脚歩行型の大型地上ネウロイが五機、爆撃機型の大型航空ネウロイが三機。地上ネウロイは
小型ネウロイの運搬能力も備えているらしく、数機がすでに護衛として展開済み。更に多数を腹の中に抱え込んでいると思われる。爆撃機型は
近接反応信管を備えた自爆性のコアを持たない小型ネウロイを積んでいるらしい。迂闊に近寄れば蜂の巣はおろか火の海のど真ん中だ。
 地上からは打ち上げる超重量級の主砲、上空からは牽制の対空砲火に加えて高威力の爆弾。たった三人でそれら全てを跳ね返すのは、到底
無理な話であった。押さえ込めるかどうかも、なかなかに微妙なところと言えよう。

「……どこか応援を呼べそうな場所は……」
「こんなヨーロッパの南で応援なんて期待できないよ!」
「だからって三人でこれを押し返すのも大分無理があるでしょ」

 かつて醇子が世話になった、頼れる戦友たちが居る場所はヨーロッパを挟んだはるか北方。基地の設備を使えば決して電波の届かない地域
ではないが、道中が余りに危険すぎる。
 ……だが、ひとつ見落としていた。とても近所とは言えないが、少なくとも三人で応戦するよりはまだ可能性が少なくない方法。応援要請を
送ることのできる、巨大な航空基地。

「……あそこしかなさそうね」
「ほう、醇子はどっかいい場所知ってるんだ?」
「二人も知ってると思うけどね――管制塔、聞こえる!」
『連絡先さえ伝えてくだされば、いつでも応援要請できます』
「いいわね―――それじゃ、『ストームウィッチーズ』に連絡をお願い!」

 ――醇子以外の全員が、息を呑んだ。

「ちょっと待ってよ! どれだけ距離あると思ってるのさ!」
「地中海を挟んだ反対側よ! ここがロマーニャの先端ならともかく、どこだと思ってんの!」
「でもそれより近くでマトモにこれだけの戦力と戦える部隊なんて無いわ」

 ロマーニャにも腐るほど空軍基地は存在する。……だが、敵がこれほどまとまって攻めてきているのに対し、いくら国中からウィッチを
かき集めたところで防戦が精一杯だ。これを押し返すためには、エース級のウィッチがたんまりと要る。現在醇子が知っている中でその条件を
満たすことができる部隊は、たった二つしかない。そのうち片方は途中が危険すぎて現実的ではないため、もう片方を選択するに至ったのだ。

『―――ストームウィッチーズより連絡。可能ですが、到着には三時間以上掛かるそうです』
「……三時間、ねぇ?」
「どーすんのよ醇子」
「なに、待てば来てくれるんでしょう? だったら待てばいいだけのことよ」

 にやり、と笑みを浮かべる醇子。横を飛んでいた二人は、文字通り開いた口が塞がらない。……たった三人でこれだけの量の敵を、三時間
以上押さえ込まなければならないのだ。そんなふざけた話、物語の中の世界でもそうそう無いだろう。正気かと問い詰める二人に対し、醇子は
余裕の表情で返事をした。

「まあ、なんとかなるでしょう。管制塔、付近の空軍にも連絡。かき集められるだけの戦力をかき集めて頂戴」
『りょ、了解!』

 ――どれだけ集めようと、侵攻を遅らせるのが精一杯。だが、三時間待てば確実に撃退できる部隊が来てくれる。ならば、三時間の間だけ
基地や街に近づけなければいいだけの話だ。至極単純で、とても分かりやすい話。

「もう、どうなっても知らないわよ!」
「しゃーないわね、アンタに付き合うから」
「……マルチナ。貴女にお願いがあるわ」
「え? 私に? この期に及んでなによ」

 ストームウィッチーズに支援要請なんて馬鹿げたことを、本気でやらかすほどのクレイジー。そんな醇子に付き合うと決めた以上、マルチナも
どんな命令が来ようと驚かない覚悟で居た。
 ――当然、それができれば苦労もしないわけだが。

「貴女は北へ向かって。距離的には圧倒的にあちらのほうが近いわ」
「あちらってどこよ」
「――ストライクウィッチーズよ」

 つまりは、ストライクウィッチーズをネウロイの『領空』を飛び越えて引っ張ってこい、と。三時間持ちこたえろの次は強行突破せよ、だ。
正直ストームウィッチーズの到着を待つほうがまだ安全なような気もするが、それでも醇子は命令するらしい。こうなってしまっては、もう
誰にも止められないだろう。

「大丈夫よ。私、これでも不可能な命令はしないつもりなんだけど」
「……私ならできるって?」
「ええ。あのクラシックバレエ、とっても美しかったわ」

 軽やかなステップとしなやかな動き。敵を翻弄するには十二分の機動性を誇り、それほど身軽な動きをとることができるのは五○四の中でも
マルチナのみといっても過言ではなかろう。強行突破をするには、敵が追随できないほどの速度かあるいは機動が要求される。その片方を満たす
マルチナであれば、きっと超えられるはず。

「それに貴女はネウロイの索敵範囲を知ってるわ」
「ま、そりゃあね」

 いくらネウロイが欧州を制圧したとはいえ、その全土に戦力を配備しているわけではない。マルチナはその警備の手薄な部分を知っていた。
本来それを一番熟知しているのは、『チーム』で参謀を務めていたルチアナだ。だがルチアナにひどく懐いているマルチナもまた、それを熟知
している。ルチアナが欧州の状況を聞いていたときとはかなり月日が流れているため、決して当時の状況のままとは言えないだろう。だが、
闇雲に突っ込むよりはその方がはるかに安全といえた。フェルナンディアも当然知ってはいるのだが、超至近距離を得意とするマルチナを
この場所に置いておくよりは、確実に牽制できるフェルナンディアを残しておきたい。それに先ほどの話、マルチナの機動性はピカイチだ。

「――しゃーないわね、ちゃんと私の分のスコアは残しといてよ!」
「勿論よ。お願いね」
「りょーかい! 管制塔、五○一に支援要請出しといて! 私が迎えに行くから!」
『は、はぁ……了解しました……』

 ――醇子がわざわざ二つのウィッチーズ隊を召集したのには、当然それなりの理由があった。恐らく地獄となるであろうこの状況、過去に
似た事例があるのを情報でのみだが知っていたのだ。

「……妙な胸騒ぎがするわ。油断はしないでね」
「醇子が真顔で言うならそうなんでしょうね。了解、ペース配分は考えとくわ」

 二人のウィッチが、戦場へ向かう。いずれ来るであろう仲間を信じて、そしていずれ来るであろう何かしらの『悪夢』に、不安を覚えながら――。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……大型が陸空含めて数十機だって?」
「昔を思い出すわね」
「聞いた話じゃブリタニアの方にも支援要請が行ってるらしい」
「なるほど、五○四の隊長さんはあのときのこと知ってるんだ」
「そのようだな……それより、不安は体力が持つかどうかだな」
「まあ、あなたならなんとかなるでしょ? 私たちは扶桑製だから持ちがいいの」
「いいよなあ、扶桑のストライカーは」
「私からしたらあなたの機体のほうが羨ましいけど」
「お前みたいな管制機にコイツは勿体無い」
「あーらら、ひどいこと言われちゃった」
「冗談だ」

 - - - - -

「聞いたか? 『アフリカの星』も呼ばれてるらしいぞ」
「どうやら、敵も必死のようね」
「それよりも、ネウロイの領地の真上を飛ぶんだろう? どうやって抜けるというんだ」
「向こうからお迎えが来るそうよ。なんでも、ネウロイの配備状況を知ってるらしいわ」
「ネウロイの配備状況……って、そんなに簡単に分かるものなんですか?」
「というよりは、ネウロイ侵攻時の状況を聞いているんじゃないかしら」
「なるほどにー、どういう攻め方をしてきたかが分かれば、どこに駐留してるかも分かる、ってことかあ」
「うーん、よくわかんないですけど、要はそのお迎えに来る人についていけばいいってことなんですか?」
「ま、そういうことだ」
「それまではこちらで極力ネウロイに気づかれないよう飛ぶしかありません。案内は――」
「任せてください」
「ええ、よろしく頼んだわ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――開戦して、まもなく三十分が経過する。

「ふう、予想より全然敵の攻撃が激しいわね……」
「もうすぐ一つ目の援軍が到着するころじゃない?」
「やっと? ということは、まだこれから六倍以上耐えなきゃいけないわけね」
「醇子はまだいいでしょー、こっちは航続距離そんなに無いんだからね」
「忘れたの? 今ストライカーは貴女と一緒よ。大丈夫、貴女なら十分でしょう?」
「うー、相変わらず無茶を言うわね」

 二人の目の前には、アルプス山脈を物ともせず乗り越えてくる巨大な四脚歩行戦車の群れ。大型は確かに五機しかいないが、小型がそこから
無数に吐き出されているのだ。しかも大型が『たった五機』とはいえ、『五機も居る』と言ったほうが相応しいほどの戦力を誇っている。
どちらかといえば、戦車というより歩く要塞だ。撃てども撃てども敵の装甲に傷は付かず、それどころかむしろ対空砲火が余計にこちらを狙って
くるだけ。防げど防げど熱線は雨のようにシールドを叩きつけ、魔力は瞬く間に奪われていく。二人とも、現状でかなり息が上がってきているのが
正直なところだった。
 だが、まだまだこの上二時間半も耐えなければ本命はやってこない。いや、もうひとつの本命は恐らくそれより早く到着してくれるだろうが、
そもそもそこまで持つかどうか。そしてもし耐えられたとして、あと二時間半経過して本命が到着したところで、いったいこの地に何が起こって
いることか。

「――『あの時』みたいには、ならないでほしいんだけどッ!」

 醇子が勢いをつけて上昇し、一時的に射線から外れる。再びネウロイの熱線が醇子を捉えるが、しかしシールドを張らずにそのまま回避!
隙間を縫うように潜り抜けて、一気に急降下―――敵のコアをそのまま撃ち抜けるほどの勢いで、真っ逆さまに落下していく!

「そう簡単に、通してたまるものですか!!」

 降下しながら、敵のコアがありそうなところへ銃撃を叩き込む。だがそれより早くネウロイが反応し、醇子の未来予測位置に精密にビームを
放つ―――無理だ、回避しきれない!! シールドを展開して熱線を防ぎつつ、なお射撃を続け……だが、航空型の爆撃機でさえ装甲があまりに
分厚すぎる。とてもではないが醇子の急降下攻撃一回で倒せるような敵ではなかった。
 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、醇子はそのまま地面すれすれまで降下。敵の攻撃を避けつつ、再び上昇して高度を取った。

「やっぱり地道に少しずつちょっかいを出していくしか、方法はなさそうね……」

 今度は敵の後方より詰め寄り、ターゲットの死角から接近していく。無論、死角が無いように周りのネウロイがうまく配置についているため
四方八方からビームが押し寄せてくる。―――だがそんなものに構ってなど居られない、ここを守りきれなければ基地が、街が危ないのだ!
醇子は先ほどは攻撃を諦めたものの、今度は巧みな回避機動で熱線を避け続け、そして再び敵に銃弾を叩き込む!!

 無数に放たれる銃弾の数々。当然敵の装甲には軽く穴が開くものの、しかしそれは撃墜につながるほどではなかった。悔しそうにしつつ、
再び方向を変える醇子。戦いは、徐々に膠着状態から醇子たちが押される形となりつつあった。

 - - - - -

「くうぅ、なんでこうも的確に狙ってこれるのよ!」

 右へ避ければ右へ飛んでくる。左へ避ければ左へ飛んでくる。上へ避けるそぶりを見せたら下へ飛んでくる。フェイントが効かない。

 ――赤ズボン隊に認められるほどのエースであるはずのフェルナンディアが、まるで素人に見えるほどの攻勢だった。地上も空中も足止め
できているのかできていないのか分からない状況で、押さえ込んでいるというよりは巻き込まれているといったほうが正しい。

「こんなに……」

 だが、それでも。自分たちの居場所を、そして愛する人たちの居る街を。―――自分の愛する国を、火の海にさせるわけにはいかない!

「こんなに馬鹿にされて、黙ってられるモンかってーの!!」

 フェルナンディアのG.50が火を噴き、弾かれるように加速する! なんだ、小型ネウロイの一つや二つ、独力で破壊してやる。ナメるな、
かつての所属は急降下爆撃部隊だ!

「感覚、まだ鈍ってないでしょうね……これで失敗したらただじゃ置かないわよ、私の体!」

 自分自身に言い聞かせ、急上昇から一気に反転、速度をつけて急降下する!! ネウロイの熱線も当然それにあわせて稼動する、だが
そんなものに食われるほど自分は脆くない! 一気に速度を上げて、シールドを後ろ、すなわち上空へ向けて展開する。――下方への
防御力は皆無、だがどうせ地上部隊からの砲撃なんて防いでもがっつり削られる。勢いを殺されるぐらいなら、あたらないほうがよほど
マシだ!

「オイ、私はここだ! 食えるモンなら食ってみな!!」

 ネウロイに対して、中指をおっ立ててご挨拶をしてのける。その意味を知ってか知らずか、ネウロイの熱線はますます激しくフェルナンディアを
襲う――知っているか、敵が強固であれば強固であるほど、アドレナリンは多く分泌されるんだ!

「いっけえええええ!!!!」

 一か八か。前方に愛用のMG151/20機関砲を構え、そしてこの戦闘で初めて『敵に狙いをつけて』引き金を引く!! 吹き荒れるビーム、それらを
巧みに回避しながら小型地上ネウロイに照準を合わせる。視界がぶれ、反動で銃が暴れる。押さえつける握力が少しずつ抜けていき、体勢が
ふらつく。
 ―――何をやっているんだ、フェルナンディア・マルヴェッツィ、こんなところで遊んでいる暇なんかないじゃないか! 自分に言い聞かせ、
地面との衝突も覚悟の上で更に加速する!

「あんたらなんかに振り回されるほど、人間様は落ちぶれてないってとこを見せ付けてやるんだから!」

 やがてMG151/20の弾は小型ネウロイへと迫り行く。徐々に着弾点が近づき、そして――――ついにその射線が、敵の胴体を捉える!! ビームと
同じく雨や霰のように降り注ぐ20ミリの弾丸、ネウロイの表皮が次々にはがれていく。やがて紅の閃光を放つコアが大気に触れ、しかしそれを
十秒と許さずフェルナンディアの放った弾がコアを襲った!

「いよっし!! まだまだ腕は落ちてないわ!」

 続いて隣接していたもう一機を狙う、高度はギリギリ、撃墜して引き起こしが間に合うかどうか――何、『現役』の頃はこれぐらい日常茶飯事
だった! 構わず、一度減速してネウロイの射線を混乱させた後に再び加速。しっかりとその照準に敵を収め、そして一瞬敵の攻撃が緩んだ隙に
引き金を躊躇わずに引く!

「ぶっ飛んじまいな!!」

 嵐のように襲い掛かる無数の弾丸、いくらネウロイといえど小型にできることなど限られている。装甲は瞬く間に吹き飛び、そして現れたコアは
一瞬で粉々に消え去る!

「二機目! よし、一旦避難っと!」

 他の機体を狙えるほど、高度に余裕が無い。安全圏で引き起こすと、大型ネウロイの真下を掠めるルートで地表すれすれを飛びぬけた。地面との
間に流れるわずかな空気を通して、ネウロイが進む度に襲う振動が伝わる。――随分と久々に感じる振動だった。

「……もう一回、今度は三機行ってやるわ!」

 フェルナンディアの体が再び上空へ飛び上がる。その手は先ほどまでよりも力強く握られ、開戦から四十五分経った今になってようやく戦意に
満ち溢れてきたのだった。

 - - - - -

「へえ、あの子もやればできるのね……負けてられないわ」

 フェルナンディアがようやく本調子になってきたのを見て、醇子の中の闘志にも火がつき始めた。部下のフェルナンディアが戦果を上げて
いくのに、上官である自分がスコアで負けてたまるものか。ふっと笑みを浮かべると、後方につけている増援で駆けつけてくれたウィッチたちに
指示を飛ばす。

「あなたたちは私の突入を援護して。爆撃機を一機落としてくるわ!」
「え、そ、そん
「返事は!」
「――――りょ、了解っ!」

 後方についていた二人が前へ繰り出し、シールドを張る。醇子がルートを指示して爆撃機へ進入する最高のコースを選び―――さあ、覚悟しろ。
調子に乗ったその咆哮を、今すぐにでも止めてやる!

「行くわよ!」
「はいッ!」

 三人が一気に急降下し、巨大爆撃機のうち一機へ接近する。爆撃機からの強烈な対空砲火が打ち上げ、しかしそれらは二人のシールドによって
弾かれる! このまままっすぐ降下、表面ギリギリで超低空飛行だ!
 ―――だが、水平飛行に移った瞬間、敵の表面から巨大な針が無数に浮き上がる! 以前ブリタニアを襲った爆撃機型とそっくりの行動
パターン、しかしそれ故に予想はできていた!

「た、竹井大尉っ!」
「私の上空を援護して! 大丈夫、私は針の間を飛ぶわ!」

 更に高度を下げ、無数に突き出す針と針の隙間へ体をねじ込む! 高速で超低空飛行、とてもじゃないが正気を保っては居られない空間。
だが、かつて新聞で読んだ記事ではここをあの宮藤芳佳は駆け抜けて見せたという。――あの子に出来て私に出来ない道理は無い。いくら
あの子が天才だろうと、曲がりなりにも大尉にまで昇った私を追い抜かせはしない! 醇子の体は更に加速し、針と針の間を的確に縫っていく!

「コアは! コアはどこ――――!?」

 ふと目をやった先に、針が生えていない場所が見える。間違いない、コアはそこだ! 醇子は体をひねって無理矢理そちらへねじ込む!
無理な体勢だがそんなもの知ったことではない、扶桑海軍自慢の九九式をまっすぐに構え……容赦も躊躇いも無く、一気に引き金を引く!
 両手を襲う心地よい反動、確かに感じる手応え。なんとしても、コイツは私が撃墜してみせる! ――やがて表面の装甲が剥がれ落ち、
コアが眼前に迫る!

「――!」

 だがコアの表面に現れるのは、格子状に展開した無数の小型ビーム――加えて、一定のペースで回転している!?

「なんとも予想通りの動きをしてくれるのね……もしかして、これってその個体の量産型だったりして!」

 『新聞記事』の爆撃機。それとまったく同じ防衛システム、少しも手が加わっていないとは随分な手抜きだ。お陰で、攻略はしやすい!
上空に待機させていた二人を呼び戻し、一旦上空へ避退。次の瞬間襲い掛かるのは無数の熱線、三人で三角形にシールドを展開するが、
それでも死角が多すぎる!

「一度散開して体勢を立て直しましょう、呼んだらもう一回急降下よ!」
「は、はいっ!」

 ――防御に回す魔力が勿体無い。醇子は華麗に全ての攻撃を回避しながら、何とか真下へ自分の向きを修正する。そして盛大にアフター
ファイアをぶちかまし、一気に下方へ加速する!

「援護を!」
「了解!」

 二人もすぐに合流し、醇子の周りを回転しながらシールドを展開。醇子にビームを近づけない! 醇子もまたロールを打ち、格子状の
『バリア』の回転に体の回転速度をあわせる――もう少し、あと少し―――よし、タイミングぴったりだ!

「行くわよッ―――これで!」

 さあ、力尽きろ! 醇子が再び銃をまっすぐ構え、トリガーを絞る! 弾丸は空を切り裂き、格子の隙間を貫き、コアをぶち抜く!
白く発光し、爆発四散する敵機――いや、ネウロイはまだ飛んでいる!

「嘘、なんで」

 一度体勢を立て直すべく再び散開し、その際にすぐ脇を掠める。……なるほど、今破壊したコアは自己防衛用のあの『剣山』を稼動
させるためのコアだったらしい。つまりは、本体を操作するもうひとつのコアがある! 何、もうひとつコアを撃ち抜けばいいだけの
話だ。そう難しいことじゃない、醇子はネウロイの攻撃の合間を縫いつつ上空へ繰り出し、全景を眺める。……コアがありそうな場所と
言えば、一番コアからのエネルギーを効率よく全体に分配できる場所。あるいは、動力源と砲口へ一番供給しやすい場所。――見つけた。
一見すれば分からないが、よく見れば砲口が全体より少し一部に密集しているように見える。つまりはその中心点に、コアはある!

「今度は一人でやってやるわ。覚悟しなさい!」

 再び体を捻り、敵へ向けてほぼ垂直に落下していく! すぐそばを駆け抜ける熱線、熱さに思わず汗も噴出す。何の熱さに噴出す汗かと
問われれば、それは無論、己の闘志の熱さと答えるほか無かろう。
 降下していく体、空を突き抜ける無数のビーム、僅かな隙間をあけて避ける醇子、唸るストライカー、戦場の一つ一つがむしろ心を
奮い立たせる! やがて三度目、銃を構え、込められた弾丸をコアに向けて解き放つ! 閃くマズルフラッシュ、駆ける弾丸、震える銃、
猛る闘志――コアなんざ、いざとなればこの拳でだって打ち砕ける!
 装甲を弾き飛ばし、貫き、砕き、そして――コアをついに、その視界に捉える! だが既に弾は解き放たれている、コアに吸い込まれる
ように伸びる弾丸は、何者にも阻まれることなく敵を打ち砕く!!

 もう一度、敵機が白く輝く。だが今度こそ、敵の全てが爆散した。更に母体からエネルギーを受け取って存在していた自爆型ネウロイも、
エネルギーの供給源を失い全てが爆発していく。――大型を、一機撃墜した!

「まだまだ私も捨てたモンじゃないわね」

 感情にモノを言わせてかなり無茶をしたつもりだったが、案外うまくいくものだ。とはいえ援護がなければ突入は難しいだろう、味方をあまり
こき使うのも良くない。加えて、一機撃墜されたことで他のネウロイの砲口の数が更に増しているように見受けられた。そう二度も三度もできる
ことではなさそうだ、まだあと時間は二時間も残っている。醇子は体力を無駄にしないよう、再び攻めから守りへと戦い方を戻した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ふう、ようやくロマーニャに到着か」
「ここからあとまだ三倍近く飛ばなきゃいけないわね」
「また随分と無茶なお願いをされたものです」
「力を必要とされているんだ、文句は言えんさ」

 同じ頃、アフリカを飛び立った三つの小隊がロマーニャの上空へ差し掛かっていた。そのうち先頭を行く小隊が、現在五○四が待ち焦がれている
エースウィッチたちの部隊である。
 一行はエンジン効率を良くする為、かなりの高度を取って飛行中だ。あまり高度を取りすぎても空気抵抗が逆に少なくなりすぎてしまい、効率は
悪くなってしまう。それ故に、巡航する上での最高高度を取って飛行していた。故に遠くまで見渡せ、ロマーニャの形がおぼろげに分かるぐらいの
高度にはなっていた。

「……あの向こうで、戦闘が起こっているんですね」
「今日は空気が澄んでいるから良く見えるな」

 ロマーニャは全国的に雲ひとつ無い天気だ。空気も非常に澄んでおり、遠くまで綺麗に見渡せる。そのため、あくまで地形としてだけだが
うっすらと交戦地域が視界に入りつつあった。こうしてみると、世界は狭く見えるものである。

「しかし、ケイ達はいいな。増槽なんて積みたくないんだが」
「まあまあ、交戦域に入ったら切り捨てられるんだからいいじゃない」
「精神衛生上よろしくないんだ」
「今回はちゃんと許可下りてるんですから大丈夫ですよ」
「そうは言ってもなぁ……限られた資源を捨てて帰ってくるなんて、ちょっと心が痛むじゃないか」

 扶桑のストライカーは非常に魔力の使用効率がよく、航続距離が長いことが大きな特徴となっている。だがマルセイユの装着するBf109F-4は
航続距離が短いという欠点を抱えていた。普段はわざわざ長距離飛行に出向くことなど無いので問題なかったのだが、これほどまでの長距離
飛行は想定されていない。本来は増槽をつける設計にはなっていないのだが、砂漠の過酷な使用条件にも耐えうるようにと設備のいい格納庫が
用意されているのが『アフリカ』の長所。十五分ほどで配管を弄ってもらい、なんとか増槽を取り付けることが出来るようになった。無論、
普段使っている主力機を改造して万が一のことがあってはいけないので、今回調整したのは予備機である。
 ただいくら増槽が装備できるようになったとはいえ、切り離し後の処置までしている余裕は無かった。そのため、交戦域に突入したら
一旦エンジンをカットし、燃料の供給先をマルセイユ自身に切り替えてから再始動しなければならない。通常はそれぞれのウィッチ自身の
魔力を使用しているので問題ないのだが、即席で増槽に対応させた故の苦労だ。それだけの段階を追わなければならないのは、流石に少々
手前である。
 その上、今回は増槽を捨ててくる許可を貰っているからいいものの、それでも資源を無駄にして帰ってくるというのは如何なものか。一応
規則上は問題ないものの、実際のところはそれなりに問題のある行為だろう。出来ればそれはしたくなかったのだが、だからといって聞いた
ところではかなり過酷な戦況となっているらしい。そんな中を増槽なんて錘をつけたまま飛行するのは、いくらマルセイユといえど自殺行為
だろう。流石に命には代えられないので、やむなく投下してくるほか無い。

「ロマーニャの連中が回収してくれると助かるんだがな」
「まあ、空戦域に突入するのは五○四の基地を越えたところでしょう? だったら、多分五○四の人たちが何とかしてくれるわよ」
「だといいんだが」

 扶桑組は現地で三十分空戦をしても、きちんと五○四の基地に着陸できるぐらいの余裕はある。カールスラント組は増槽つきでも現地で
二十分飛べるかどうかと言ったところだが、皮肉にも五○四の基地が近いことから補給線がすぐそばにあることになる。すなわち他の部隊に
牽制してもらっている間に、地上で補給を取ればいい。人間の体力が絡んでくるのでそう簡単に補給できるものでもないが、だからといって
贅沢も言っていられないし無理も出来ない。扶桑以外の大半の国が抱える苦労だった。

「まあ、まだ大分距離もありますし、心配するのは現地についてからでもいいんじゃないですか?」
「そうよ、特にティナはエースなんだから」
「そういう問題でもないと思うんだが……」

 こちらはどうやら、速度こそ出して飛んでいるものの、微妙に暢気な空気が漂っているようだ。

 - - - - -

 廃墟と化した町々の遥か上空を、六つの人影が飛び去っていく。それは地上から見ればとても優雅に見えたが、当の本人達は必死であった。

「まだしばらく直線飛行で問題なさそうです」
「こんなところを飛ばなきゃいけないなんて……」
「……まあ、いろいろ思う節はあるがな。今は我慢しよう」
「いえ、そっちもなんですけど、その……」
「ネウロイに関してはサーニャさんを信じるしかないわ」

 十一人全員が南方へ出ずっぱりになってしまうと、もしブリタニアに敵が迫った際に対応できない。そのため五人を基地に残し、六人で
救援に向かっていた。その中には芳佳の姿もあったが、本人としてはなぜこちらのメンバーに組み込まれたのかまったく理解できなかった。
なにせ周りは逸材揃いだ。世界の誇るエースが二人と、世界の誇る指揮官が一名。かの穴拭智子にも並ぶほどの人気を誇る扶桑の侍が一人と、
そして地球の裏側まで見渡せるレーダー手が一人。そんな中で芳佳は、まだまだ空戦もまともに出来ない新人ウィッチの端くれだ。ネウロイの
真上を飛んでいかなければならないと言うのに、エース達の中にまぎれて何ゆえ新人が飛ばなければならないのか。

「何事も経験よ」
「そういう問題でもない気がするんですが……」
「なに、そう深く考えることは無いさ。いつも通り、本番での強さを見せてやればいい」
「あの、バルクホルンさん、それって地味に訓練のときはまったくだめって言ってます?」
「あー、トゥルーデひっどいんだー」
「な!? なんでそうなるんだ、おい!」
「はっはっは、まあまったく駄目とは言わんが、伸びは芳しくないな!」
「うう、それって堂々と言うことじゃないですよう……」
「でも、実戦での機転の利き方はすごい……と思う」
「あ、ありがとう、サーニャちゃん」
「……初めては厳しそうだけど」
「うううぅ……」

 ――初めての実戦では息切れで止めがさせず-いや、飛べただけで凄まじい事なのだが-、初めての夜間哨戒ではサーニャに手を握って
貰わなければ飛び上がれず、基地で新しく出す料理は散々な言われ様-納豆やら梅干やら-。サーニャにまで突っ込まれてしまい、もはや
助けを求める先が無いほどの状況である。
 はあ、と盛大にため息をつき、やっぱりここになぜ居るのかが分からなくなる芳佳。たまらず空を見上げて、ぼうっと見つめていると――
ふと、何かがひらひらと舞っているのに気づいた。

「ん? なんだろう」
「どうかしたのかしら?」
「いえ、何かが上にいるような……」

 よくよくじーっと見てみると、黒と赤の二色が見えた。それがひらひらと、まるで空の上で踊るように舞っている。

「うーん、よく見えないや……なんか黒地に赤い……?」
「まさか、ネウロイか!?」
「えー!? ちゃんと避けて飛んでたんじゃないの!?」
「ネウロイの反応、確認できません……上空の反応、探知」

 地上にばかりセンサーを向けていたため上空には気づかなかったサーニャだが、芳佳に言われて気づいて感度を上げる。すると
それは、どうやら――

「……確認しました。『お迎え』のようです」
「了解、合流しましょう」

 ほっと胸をなでおろした一行は、高度を上げて迎えに来たウィッチと合流する。―――マルチナが他の部隊と接触するのは、随分と
久しいことであった。開戦から、およそ一時間後のことである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「はあ……はあ……っ、大分息が上がってきたわね……そっちはどう?」
『航続距離、どっちのが、長いと、思ってんのよっ……!』

 大分駆けつけてくれた増援のお陰で、何とか大型ネウロイの一機撃退に成功している。だが、あまりに熾烈な攻勢を前にしてそれ以上の
応戦は無謀と判断。一応攻撃はしているが、それは撃破するためでなく足を止めるためだ。醇子もフェルナンディアも、互いにそれなりに
スコアは上げているものの、そのペースも一時間半を越えたあたりで急激に落ちている。そもそも大型ネウロイ一機に小型ネウロイが百機は
入っているのではないかと思わせるほど、小型ネウロイの出現数は半端無い。それが一機撃墜してもまだ四機分あるのだから、とてもでは
ないが撃滅など出来るわけが無かった。吹き荒れる熱線からはずれ、前に出すぎた小型ネウロイをありがたく頂くぐらいしか、現状でスコアを
上げる手立ては無い。
 ……まもなく、開戦から二時間が経過する。いい加減、醇子もフェルナンディアも限界が来ていた。

「あとどれぐらい持ちそう?」
『「持ちそう」、じゃ、ないでしょ……一時間、もたせるんでしょう!』
「……そうだったわね」

 醇子が、シールドに力を込めながら長く息を吐いた。いくらなんでも、三時間も防ぎ続けるのは無理があったか。少なくとも自分達がネウロイの
侵攻を著しく遅らせていることは間違いの無いことだったが、残り一時間、同じペースで防ぐのはまず不可能だった。持って、あと三十分が
限界か。フェルナンディアに無理をさせまいと、あるいは負けまいと、前半に飛ばしすぎたのがいけなかった。本来であれば航続距離は、零式での
遠征で配分をよく知っている醇子のほうが長くなるはずだ。同じストライカーを履いていても、魔力の使用効率は醇子のほうがよく知っている。
だが蓋を開けてみれば、疲労度は醇子もフェルナンディアもほぼ同じだ。もう少しペース配分を考えなければいけなかったか。

「久しぶりに失敗しちゃったわね……、これじゃあ美緒に怒られそうだわ」

 ぼそりと呟く。

 ……まさかその言葉に、返事が来るとは思わなかったが。

『誰に怒られるって?』



 突如耳に飛び込んだ声は、とても懐かしくて、そしてまさか聞こえるとは思っていなかった声。思わず呆気にとられて、目を見開いてしまう。
――次に聞こえてきたのは、無数のプロペラエンジンの駆動音。魔道エンジンによる、心地いい響き――。

『ストライクウィッチーズ、全機ブレイク! ターゲットの撃墜と味方機への支援を行え!』

 ――数ヶ月前、共に戦った仲間の声。五○一が、駆けつけてくれた!

「――待ってたわよ!」
「遅れてすまんな、大丈夫だったか」
「当たり前よ」

 美緒と一瞬だけ向かい合って、そしてにやりと満足げな笑みを浮かべる。――まだまだ、こんなところでくたばってなど居られるか! ふと
目をやれば、フェルナンディアの目にも生気が宿っていた。

『援軍が来れば、この程度、どうってこと――』
「無理だけはしないようにね!」
『――こっちの台詞よ!』

 二人は再び息を吹き返し、そして醇子は爆撃機へ、フェルナンディアは戦車へと狙いを定める! シールドで攻撃をいなしつつ爆撃機へ接近
すると、上空から二機の味方機が合流してくる。――面白い、やってやろうじゃないか!

「二人ともよく聞いて、あれは装甲と本体とで別々のコアを持ってるわ。まずは宮藤さんが突入して頂戴」
「は、はいッ!」
「『親睦会』の敵、って言うと分かる?」
「――――ああ、分かりました!」

 芳佳の顔がぱあっと明るくなり、次には決意に満ちた顔になった。――やはり、若人の顔はこうでなくては! 芳佳にバックアップは任せろと
一言言って、そしてシールドを展開、芳佳を『渓谷』へと導く!

「サーニャさん! 針が露出すると敵のコアの位置が分かるわ、宮藤さんのサポートをお願い!」
「了解しました!」

 フリーガーハマーの一撃があれば、恐らく格子状のシールドもお構いなしでぶち抜けるはずだ。わざわざ二人に守ってもらって急降下なんて、
手間のかかる段階は必要ない――あの馬鹿げた破壊力で、諸共吹き飛ばせる!
 ――さあ、ウィッチーズ隊の真価を発揮するときだ!

「行って!」
「はいッ!!」

 直前までサーニャと醇子のシールドで援護し、そして――針が出現するタイミングで、二人は上空へ退避する! 次の瞬間、鋭く巨大な針が
無数にネウロイの表面に現れる! だがやはり一度経験しているだけあって、芳佳は華麗にその隙間をかいくぐって飛行する。訓練で苦戦していた
とは思えない飛行に、サーニャも一瞬顔が凍りついた。――あの時、サーニャはあの場には居合わせていなかった。

「あそこ!」
「えっ―――あ、はい!」

 醇子の声で気を取り戻したサーニャ、フリーガーハマーをまっすぐに構え――醇子の指差す、針の生えていない場所へ一気に三発叩き込む!
同時にネウロイがビームを放ち、弾頭を破壊しようと狙いを定め……熱線は、確かに弾頭を捉える! ――だが破壊された弾はたった一発、
残り二発は綺麗にターゲットへと吸い込まれていく!

「宮藤さん、避退して!!」

 醇子が叫び、そして……二発の弾がもたらす灼熱が、ネウロイのコアを喰らい尽くす! 一瞬でネウロイを覆い尽くすほどの巨大な爆発が
発生、芳佳がその中でシールドを張って耐える! 一発目でネウロイの装甲が引き剥がされ、そして二発目がコアを焼き、装甲は瞬く間に
爆散する――残るは、本体コアのみ!
 ……だが、次に瞬きした瞬間には、その本体さえも白く発光していた。――おかしい、爆発は既に装甲を吹き飛ばした段階で消えているのに。
 ――まさか。醇子が振り向き、大空の果てを見やった。五○四の基地の見えるほう……上空に、一人のウィッチがホバリングしている!

「……ルチアナ!?」
『一機だけ整備が終わったから』

 リーネやルッキーニにも匹敵する、遠距離射撃のエキスパート。ルチアナ・マッツェイの真髄だった。

「なんだか、ストームウィッチーズの出番を奪っちゃいそうな勢いね」
「それは申し訳ないです」
「じゃあ、私達が代わりにお相手しましょうか」
「二人とも、いつの間にかそんな冗談が飛ばせるようになったのね」

 サーニャと芳佳、二人ともどこか満足げな笑みを浮かべている。――さあ、まだ戦闘は終わっていない。次の敵を、屠りに行かなくては!

「行くわよ、二人とも!」
「「はいッ!」」

 - - - - -

「いい筋だ! 赤ズボン隊、だったか!」
「貴女に覚えてもらえるとは、名誉なことです!」
「私はそこまでの器でもないが―――なッ!」
「でも、スコアは……譲りませんか、らッ!」

 地表スレスレを掠めながら、縦横無尽に駆け巡る二人の姿。ゲルトルートは二丁機銃の長所を余すことなく活かし、次々に小型ネウロイを
蹴散らしていく。そしてそれに負けじと、フェルナンディアも片っ端から敵を吹き飛ばしていた。吹き荒れる嵐は、いつしか熱線から銃弾へと
代わっている――形勢は、大きく逆転した!

「エーリカ! 本体はあとどれぐらいで潰せそうだ!」
『わかんない、けどまあ五分とかからないでしょ!』
「五分!? お前、そんなにかかるのか!」
『抜かせ、多分一分ぐらいだよっ!』

 軽口を飛ばしながら、それでも先ほどから一度もシールドは使っていない――全て、己の力のみで捌ききる! ゲルトルートとしても、
フェルナンディアの活躍はかなり意外だった。体力が限界に近づいていると言うのに、息切れしながらもゲルトルートの半分以上のペースで
敵を喰らっている。二丁が単純に一丁になっただけならば半分のスピードになるはずなのだが、どうやら一丁の身軽さを最大限に活かして
いるらしい。これは、追いつかれる前にうんと引き離さなくてはならなさそうだ!

「あと一分が勝負だ! 貴様には負けんぞ!」
「そこまで言うなら、絶対に勝ってやる!」

 ――互いに奮起し、更にペースを上げて敵を喰らう! 目に見える敵は全て吹き飛ばす、視界にたった一機も残さない。まるで烈火の如く
ゲルトルートのMG42が火を噴き、フェルナンディアのMG151/20が暴れまわる。無数に散り、もはや絶望的と思われるほど夥しい量だったはずの
小型ネウロイが、今は――半分未満にまで減少している!

「悪くないな、気に入ったぞ!」
「貴女も面白いわね、嫌いじゃないわ!」

 自ら敵の群れているほうへ突っ込み、攻撃をかわしながら蹴散らしていく。今まで急降下爆撃しか経験が無かったフェルナンディアだが、
訓練なしのぶっつけ本番でも思ったより出来るものだ。瞬きしてまぶたが開いた次の瞬間には、もう二両がその場で散っている。――未だかつて
ないほどハイペースなスコアの上がり方に、ヴォルテージは最高潮だった。

「冗談の通じる奴は好きだ」
「あら? 冗談の通じない堅物と聞いてたけど?」
「知らんな。いつの話だ、それ――はッ!」

 一度肩を並べ、そして敵の攻撃で再び散開――した瞬間から、既に銃が火を噴いている! 見る見るうちに減っていく敵の数、そして
フェルナンディアが五十機目を破壊したところで、耳を劈くほどの強烈な爆音が辺りに轟く!

「な、なにッ!?」
『イイイィィィィヤッホオオォォォォウ!!! 大型いっちょあっがりぃぃぃぃいい!』
「あと三機だ、飛ばしていくぞ!」
『おうよ!』
『はっはっは、普段のバルクホルンらしくないな! どうした、いいことでもあったか!』
「まあ、そんなところだ!」

 ウィッチーズ隊の到着以降、次第に敵は減りつつある。順調に行けば、殲滅まで三十分も掛からないほどのペースであった。

 - - - - -

「残りは大型一両のみ、か……本当に助かったわ、ありがとう」
「小型が数機残ってます……けど、あの様子だとすぐ無くなりそうですね」
「トゥルーデとフェルナンディアさん、随分と仲良くなったみたい」
「なんかバルクホルンさん、ハルトマンさんと一緒に戦ってるときと同じぐらい生き生きしてます」
『うわーん! トゥルーデの裏切り者ー!』
『なんでそうなる!』
『なんなら大尉、こっちに来る? 結構面白くなりそうよ』
『あー、やめとけやめとけー。基地に戻ると規律しか口にしないんだから』
『それはお前がだらしなさ過ぎるからだろうが!』
『はっはっは、戦場とは思えん空気だな!』
「……なんか、バルクホルンさんってかなり変わりましたよね」
「……芳佳ちゃん、自覚無いの?」
「え?」

 ――随分と余裕も生まれ、まだ戦闘も終わっていないと言うのに一行は談笑ムードに入っていた。ストームウィッチーズ到着まであと十分程度、
どうやらストライクウィッチーズ隊のみで片が付いてしまいそうだ。芳佳は既に武装を解除して、両手を天に突き上げてリラックスしている。
ミーナとサーニャは一応周辺警戒をしているものの、この空気ではそれも緊張感が無い。醇子も合流して上空から見下ろしており、エーリカと
美緒は脚に大穴を開けたり主砲を発射寸前でへし折ったりと散々弄んでいる。ゲルトルートとフェルナンディアは相変わらずスコアを競い合って
いた。マルチナはルチアナと合流し、より遠くから周辺警戒を行っていた。

『よし! 最後の敵いただきっ!』
『まあ、スコアでは私のほうが上だがな』
『貴女のほうが武装が有利じゃないの!』
『ねー、これいつ壊すー?』
『何なら歩けなくしてもいいが』
『いいからさっさと壊せ! 少佐も悪乗りしないでください!』
『はっはっは、たまにはユーモアのひとつもあっていいだろう?』

 インカムの向こうから聞こえてくる、楽しそうな声。……だが、醇子はどこか嫌な空気を拭いきれないでいた。かつて、こうして全てを殲滅した
後に更なる戦力に追撃されて全滅した部隊を知っているのだ。全滅とはいえそのとき戦っていたウィッチ含む兵士達は大体が無事に生還したが、
だが無論ネウロイを通してしまったということは、その先にある街が壊滅したことを意味している。

「……ミーナ中佐、サーニャさん、索敵を怠らないでください」
「……? え、ええ……」
「どうかしたんですか?」
「いえ、ちょっとね……」

 状況がそのときと似ている。酷似というほどではないが、強力な援軍を得て敵を殲滅し終わったときに奇襲され、その地方ではエースとして
持てはやされていたパイロットも撃墜された。数少ない戦闘機乗りでネウロイを撃墜していたパイロットだったが、その人はその戦闘であえなく
帰らぬ人となってしまっている。
 大部隊を相手にした戦闘の後は、エースでさえ撃墜されるほど緊張が抜ける瞬間。そこを狙おうとするネウロイが居るのも、あながち分からなくは
ない話だった。なにせサーニャを真似るネウロイも出てくるほどなのだ。
 戦闘の終わりが近づくにつれて緊張を高めていく醇子をよそに、地上で盛大な爆発が起こる。――最後の大型ネウロイが、ついに形を失った。

『いえーい、戦闘終了ーっ!』
『ご苦労だったな』
『うーむ、マルセイユたちには悪いことをしたか』
『仕方ないわよ、状況が切羽詰まってたんだし』
『というかだな、お前は上官や年上に対する口の利き方を知らんのか!』
『何を今更。冗談の通じる奴は好きだって言ったの貴女のほうでしょ』
『これは冗談じゃないだろうが!』
『まーまー、カリカリしないのトゥルーデ』

 インカムの向こうで、楽しそうな会話が聞こえる。戦闘が終わった後の、暢気な会話。醇子には、それがなぜだか無性に怖くて仕方がなかった。
だがミーナもサーニャも特に異変は無いと告げているので、とりあえずは五○四に帰投することに。無論、五○一も全員、五○四で補給を受ける
ことになる。
 道中でルチアナとマルチナと合流し、滑走路へアプローチする。念のため管制塔に、ストームウィッチーズには戦闘終了は打診しても帰還は
しないよう連絡を頼んだ。このまま何も無ければいいのだが、何かあると困るのだ。管制塔からの返事では、いずれにしろこの基地に寄らないと
補給が受けられないとのこと。それも確かにそうだと思い至り、気持ちばかりが先走って空回りしていることに気づくのだった。

 ……しかし。

「……?」
「芳佳ちゃん? どうしたの?」
「ううん、ただ……なんか変な気配がするの」
「変?」

 ――どうやら芳佳も、醇子と同じく何かに感づいているらしい。醇子はまだ何かが起こるのではないかという恐怖心のみだが、芳佳は今ここで
何かに気づいているようだ。ただ、具体的に何であるかはつかめていない。……胸騒ぎがする。何故だか、ここにいてはいけないような気が、
今すぐにでも飛び上がらなければ危ないような気が―――。

『何をやっている!! さっさと離陸せんか、貴様ら死ぬつもりかッ!!』

 ――次の瞬間耳に飛び込んだのは、聞いたことのない女性の怒鳴り声。一瞬肩を竦めて、だが何を言っているのか理解が追いつかない。しかし
ふと振り返った先では、芳佳が上空へ跳ね飛ばされるように飛び上がっていた。

「ッ!!!」

 突如、巨大なシールドが展開される。芳佳が展開したソレは、基地を覆ってなお余りあるものだ。更に、血相を変えたサーニャが芳佳の下へ
駆け寄り、その手に自らの手を重ねる。魔力がいっそう増強され、シールドが強まる。

 ……何だ。何が起きている。

『くそ、間に合わない!』
『シールドだけで耐えられるの!?』
「大丈夫です!」
『そんな保証がどこにある! くそ、着弾まであと五秒だ!!』

 ―――着弾?

 そして四秒後。


  ――目の前に現れたのは、ただまっすぐ飛ぶことだけを想定された超高速型ネウロイ――!

「これ、前の奴だよね!?」
「うんッ――エイラと、三人で戦ったときのっ……!!」
『あと三十秒耐えろ! 至急応援に―――
『警報、反対側から同型機接近! 着弾まで残り一分!』

 ―――ふざけるな。たとえ今連絡をくれている人たちが三十秒後に到着しても、こちら側のネウロイを撃墜できるのは何秒後だ。一分で次が
着弾なんて、捌ききれるわけが―――

「ルチアナ!」
「了解」
「サーニャさん、武器を渡して!」
「え、は、はい――ッ!」

 ……だったら、今動けるメンバーで反対側を撃墜するしかない!

「私が先行するわ、貴女はバックアップをお願い!」
「了解。気をつけて」
「任せなさい!」

 この基地は自分達のものだ。だったら、自分達の力で守りきるのが筋というものだ!

『――射程圏内、マルセイユ機交戦!』
『第二弾、弾着まで四十五秒!』
『稲垣、交戦します! マルセイユ大尉、巻き込まれないでくださいよ!』
『おいおい、私を撃つつもりかよ』

 ……やはり、連絡をくれていたのはストームウィッチーズだ――後背はとりあえず気にする必要は無い、正面の敵に立ち向かう!

 ルチアナが狙いを定め、そして――ゆっくりと、確実に一発ずつ放つ。やがて遥か遠くで白い破片が飛び散るのが、微かに光の反射で見えた。
―――そこだ!

「当たって!」

 ――盛大なバックブラストを放ち、一発のロケット弾が大空へと舞い上がる! 燃焼剤の燃える臭いが醇子の鼻をかすめ、弾頭は遠くネウロイの
下へ――

『右へ回避された。私が牽制する、今と同じ場所へ合図と同時に撃って』
「わ、分かったわ」

 ……回避させてその先へ命中させる。ロケットランチャーでの偏差射撃なんてやったことは生まれて一度も無いが、要は弾丸が大きくなっただけ――
余裕だ、やってみせる!

『ターゲット撃墜、一機は処分した!』
『そっちは大丈夫!?』
「念のためシールドはお願い!」
『了解!』

 念のため、とは言えここより後ろへ通すわけには行かない。これ以上、芳佳とサーニャに負担をかけるわけには――そのためには、ここで確実に
撃墜する!

『カウントファイブ。――スリー、ツー、ワン。


 ―――撃って!』

 ――ルチアナの合図と共に、再び引き金を引く! 更に一発が射出され、熱風が醇子を襲う。今度こそ当たってくれ、伸びる白煙の先へ祈りを
載せる。やがて数秒後、ルチアナが一発の弾を弾き出し……そして、遠くで紅く空が光った!

『ターゲット撃墜確認――破片が吹き飛んでくる、シールドを展開して!』
「っ!!」

 急いでシールドを展開すると、その僅かコンマ五秒後に無数の破片がシールドを直撃する! 何とか耐え切り、二機目の撃墜成功を確認する。
向こうから攻撃をしてこないところを見ると、どうやら完全にミサイルとしての使い方をしているようだ。まさか後背に回り込まれるなんて、
思いも――

『警告、東西より一機ずつ接近を探知しました。着弾まで、残り二分です』
「――」

 ……この場でもっとも階級が高いのはミーナ。だが、この基地に所属している中で指揮権を持つのは醇子だ。誰が指示をするべきかは、
一目瞭然だった。

「――バルクホルンさんとハルトマンさんで東、マルセイユ大尉とマルチナで西を破壊に向かって。宮藤さんは防御に備えて温存、ミーナ中佐と
サーニャさんは基地上空で索敵を」
『了解』

 ――緊急時にこそ、落ち着いて対処しなくてはならない。冷静に、誰がどのポジションに付くべきかを考える。

「――ルチアナと稲垣軍曹は基地上空から狙撃をお願い」
『了解』『了解です!』

 自分は、前線に出たくとも指揮が出来なければ意味が無い。……大丈夫だ、腹心は二人、きちんと切り札として取ってある。

「坂本さんとフェルナンディアは非常事態に備え待機。坂本さんは余裕があれば狙撃手の観測をお願い」
『了解だ』『了解よ』

 自分も、基地の上空へ戻ろう。……なんとしても、この状況を切り抜けて見せる。これだけ手駒が揃っていて、それでも防げないものなんて
あるものか!

 - - - - -

「私達の速度では追撃は不可能だ。正面からやりあうほか無い」
「でも、視認なんて無理だよ」
「そのための狙撃手だ。稲垣軍曹、頼むぞ」
『はいっ!』

 真美のあの大口径の『砲』であれば、多少ずれようとも余裕でぶち抜くことが出来る。あくまでエーリカとゲルトルートは、そのサポートを
する役目だ。真美の視力で基地上空からでは正確な射撃が出来ない。自分達はターゲットを撃墜する能力を持たないが、後ろには撃墜できる
能力を持つ人間がいる。後ろは正確な場所を割り出すことは出来ないが、自分達は正確な場所を把握することが出来る。――ならば、互いの
短所を克服しあって長所を組み合わせれば、もはやそこに敵は存在しない!

「エーリカ、距離は」
「うーん―――ちょっと遠すぎてなんとも言えないかな」
「方角は」
「もうちょい左、かな」
「こんなもんか」
「うん、ぴったり」

 ターゲットは超音速は出ていそうな勢いで飛行している。それ故に風の変化も大きく、元々風を扱うことに長けているエーリカはごく微細な
風の変化さえもつかむことが出来る。ネウロイが放つ風の変化を、敏感な『センサー』で感じ取る――もう間もなく、察知可能な距離に入る!

「来た、私達のところを通過するまで残り一分!」
「よし――今私がいる場所が真正面だな」
「うん……よいしょっと」
「――こんなものか」
「おっけー、ばっちりだよ!」

 ……ゲルトルートが真正面に立ち、その真横にエーリカがつける。そして、ゲルトルートが現在いる場所を中心としてエーリカの正反対に
ゲルトルートが移動することで、二人の間には空間が出来る。出来上がった空間が、真美とターゲットとを結ぶ直線を綺麗に挟み込んでいれば、
二人の間を狙って撃てば弾はターゲットに直撃する!
 あとは二人の位置関係を真美に教えれば、真美はいつでも撃てる。

「少しでもずれたらアウトだかんね――残り五十秒」
「こうか」
「〇.三度右」
「む――」
「よしぴったり」

 このあたりはウルスラと共通の脳を持っているだけあり、本気を出せば計算はお手の物だった。……現在、誤差ほぼ零度でネウロイとまったく
同じ方角を向いている。――この状態で基地に向かって――!

「基地の全員へ、今から私達が基地に向かって射撃する! 稲垣軍曹はその中間に向かって一発撃て、他の連中は被弾するな!」
『了解!』
「行くぞエーリカ」
「おうよ!」

 ――角度がずれないように。慎重に操作し、そして引き金を―――強く引く!

「通過まであと三十秒! 私達が防御する時間を考えると、あと―――二十秒が限界!」
『くう―――もうちょっと、あと少しで……』

 真美が位置合わせに苦戦している。流石に二本の射線を頼りに狙えと言うのはいささか無茶があったか――しかしこれ以外に、方法など無い!
ゲルトルートもエーリカも、ひたすらに基地に向けて弾を放つ。残弾が徐々に減っていき、そして時間も押している――!

「あと十秒!」
『よし、行きます!』
「いつでも来い!」
『――――ファイア!!』







「マルチナと言ったか、お前速度は出るか」
「期待しないでください、私が得意なのはバレエですから」
「なるほどな――んじゃひとつ、よろしく頼むかね」

 ――マルセイユとマルチナのペアは、後方が自力で狙撃できると言う長所がある。ただし、高速で迫り来るターゲットを正確に撃ち抜くのは
ルチアナの火力では足りない。そこで、マルセイユが高速飛行状態で敵とランデヴーし、前半分を出来るだけ吹き飛ばす。マルチナは敵とルチアナを
結ぶ直線上で待機し、マルセイユの攻撃でコアが露出した段階でマルチナが射線から飛び退く。それを合図にルチアナが狙撃し、コアを撃ち抜く。
……マルセイユの攻撃が足りず、コアが露出できなければ。あるいはマルチナの飛び退くタイミングが遅れ、ネウロイの回復が間に合ってしまったら。
もしくはルチアナの射撃が遅れ、コアが隠れてしまったら。一人のミスにより全てが失敗する、大きな『ギャンブル』だ。

「大丈夫だよ、私達に出来ないことなんて無いさ」
「信じてますからね! マルセイユ大尉!」
「おっと、君からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」
『私は聞いたこと無い』
「う、うっさい!」

 軽口を飛ばしあった後、マルチナがルチアナの指示で射線のど真ん中に立つ。その間にマルセイユが加速し、高速状態へ移行――速度は六百キロを
超え、そしてそれから十秒後、ターゲットと同じ針路を取る。

『マルセイユ大尉、聞こえるか』
「おおっと、これは坂本少佐の声かな?」
『共に戦えて光栄だ。会敵までのサポートをさせてもらう』
「助かる」

 基地に向けて高速で飛行する。だが後方から迫る気配も次第に大きくなり、マルセイユの手に力が入る。――最初の一手で失敗すれば、後は
どうなるか分かったものではない。最悪は芳佳が防御に回ってくれれば何とかならないでもないが、そんな他力本願な考え方で戦えるものか。
 ――何、緊張することなんて無い。いつも通りやればいいんだ。

『――会敵まで残り十秒だ、大尉の速度でも敵は一瞬で抜き去っていくぞ』
「了解、それだけ分かれば十分だ。ありがとう」
『健闘を祈る!』

 残り十秒ということは、五秒後から撃ち始めればいいか―――反対側に、銃を構える! ゲルトルートにも劣らない馬鹿火力、これで落とせない
敵などこの世に存在しない。
 ロマーニャに居ながらにして『アフリカの星』の銃弾を頂けるなど、そんな名誉なことがあるものか――とくと味わえ!

「ッ―――!!!」

 強くトリガーを絞り、暴れまわる銃を押さえつける! ターゲット会敵まで残り三秒、ターゲットの速度は八百超とも言われているが――来る!

「くっそ、速―――!」

 強烈な風圧がマルセイユを襲い、一瞬でバランスを崩し操縦不能に陥る―――何とか立て直せ! 後方の様子はどうか、インカムに耳を傾け――

『ルチアナ!』
『分かってる!』

 ……マルチナが飛び退いた、なんとかコアは露出させた! あとは仲間を信じるしかない、確実に当ててくれ――!

『――――ッ!』

 ――その瞬間、真美とルチアナの二人が、同時に引き金を引いた。基地の上空に、重い発射音が轟く!





「トゥルーデ、シールド!」
「分かっている!」
「ルチアナ!」
「ああ……ッ!」

 ――二人の放った弾丸は、ネウロイの迫る方角へと伸びていき、そして―――




 同時に轟く、ネウロイの飛散する高らかな音。

「マミ、撃墜確認だよ!」
「マルセイユだ、撃墜を確認した!」

 ―――無事、二機のネウロイは撃墜された。基地上空では芳佳とルチアナの展開した巨大なシールドが、破片を全て防いでいる。

「……高速で接近する機影、ありません」

 サーニャが告げた。だがその声には、微かな緊張が感じられる。それを感じ取って、誰もが続きの言葉を待った。

「――北方より進入。先ほどの機体を射出していた母機が接近しています。今回の侵攻の総大将と思われます」

 ようやく、親玉が姿を現したらしい。マルセイユとゲルトルート、エーリカは直ちに皆の下へ急行し、そして一行は北へと針路を取る。
……先ほどは互いのコンビネーションだったが、今度は全員で畳み掛ける『総力戦』だ。一人一人の手に、僅かな汗と力が篭る。

「竹井さん、さっきの指示は見事だったわ」
「いえ、そんな……ミーナ中佐に比べたら全然ですよ」
「謙遜するな、竹井。的確だったぞ」
「そんな、『美緒』まで!」
「ぶっ、だ、だから部下の前ではだな!」

 敵はアルプスの向こうから、小型を無数に引き連れてやってきている。会敵まではまだ時間が少しあった。

「凄かった」
「そうでもないさ、あれぐらいは出来て当然だよ」
「見ててびっくりしました、本当にやっちゃうんだから」
「いやいや、マルチナ、君の反応の速さにも驚いたよ」
「え、そ、そんな」
「嘘。大尉、そのとき体勢崩してた」
「……お前、空気読めないって言われないか?」
「だって、意図して空気を読まなかったから」
「性格悪いって言われるだろ」
「時たま」

「やっほー、マルセイユー! おひさじゃーん!」
「おーおー、お前らは相変わらずかー?」
「久方ぶりだな。元気にしていたか」
「ご覧のとおりさ。お前は相変わらず堅物か」
「だから、堅物とか言うなと言っておろうに!」
「お? なんだ、随分面白い奴になったじゃないか」
「ミヤフジのお陰なんだな、これが」
「へー、あのちっこいのが? ふーん……マミと同じぐらいなのにな」
「ああ、雰囲気からして多分同い年だろう」

「芳佳ちゃん、お疲れ様」
「うー、結局私なんにもしてなかった気がする……」
「とんでもないですよ! 宮藤さんがあんな大きなシールドを張ってくれたから助かったんですよ!」
「そんな、真美ちゃんの狙撃のほうがよっぽどすごいよー」
「わ、私なんてまだまだ全然で……マルセイユ大尉とか加東大尉には全然敵いません」
「そーかぁ? 上から見てたら随分よくやってるように思ったけどね」
「あ、加東大尉! 噂は聞いてます、会いたかったです!」
「あら、私って結構有名人? 私もあなたのことは聞いてるわよ。よろしくね、宮藤さん」
「ところで加東大尉……あの、先ほどは声が聞こえませんでしたが……」
「ああ、今向かってるターゲットについていろいろ。ミーナ中佐と二人でね」

 ――時は穏やかに、しかし確実に。終焉へと、導かれつつあった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「間もなく、ターゲットが視認可能距離に入ります」

 サーニャが、凛とした声を上げる。その言葉で全員が気を引き締め、自らの得物に改めて手をかけた。そしてじっと見つめた前方に、少しずつ
ネウロイの影が見え始める。……この数時間で、随分と空気も澱んだものだ。

「……あれが、さっきの発射母機」
「待って、まだ二発抱えてるわ!」

 ――うっすらと視認できる姿はまるで大きな鯨に巨大な翼が生えたかのような姿だったが、そこにはまだ二機のあのネウロイが懸架されていた。
今この場で射出されたら、対処のしようも無い。

「サーニャさんと稲垣さんは真っ先にあれを破壊して、確実にね」
『了解』『了解しました!』

「宮藤はマルチナとロッテを組んで小型機の掃討に回れ」
『了解!』『はーい』

「マルセイユ大尉はバルクホルンさんと組んでもらうわ、二人は直接の撃墜を狙って」
『分かった』『了解した』

「私は上から戦況を見て、逐次報告するわ。ルチアナ少尉、護衛についてもらっていい?」
『了解』

「それじゃ自然に、ハルトマン中尉と私でロッテね」
「フェルナンディア、だっけ? よろしくねー」

 そのほかに国内から集まってくれたウィッチ達は、先ほどの迎撃作戦の間に十分な補給を取ってもらった為、遊撃に回ってもらう。最初の護衛
対象はサーニャと真美、二機を撃墜したらそれ以降はマルセイユとゲルトルートだ。射線をひとつでも多く逸らしてもらい、二人がなるだけ自由に
動けるように立ち回ってもらう――地味な役回りだが、それでも通常お目にかかることの出来ないエースたちが一同に会しているということで、
ロマーニャのウィッチ達のテンションは最高潮だった。

「それでは、全機の奮闘、および健闘を期待します。全機―――」


 ……これが、この地での最後の戦いだ。全員の手に、力が入る。そして醇子の号令で―――

「――――ブレイク!!」

 戦いの火蓋が、切って落とされた!

 - - - - -

「稲垣さん、向かって左をお願い」
「了解、気をつけて!」

 サーニャと真美が先行し、ターゲットの正面へ繰り出し―――敵が先制攻撃を仕掛けてくる! だがサーニャは先に二発放ち回避機動へ移る!
遠隔操作で弾頭も回避させ、そして――自動誘導に切り替え、破壊対象へ誘導させる! しかし前方から小型機が群れてくる、その砲口は半分が
サーニャ、半分が真美の下へ―――

「させない!」
「あんたたちの相手は私達なんだからね!」

 ――芳佳とマルチナが真美とサーニャの正面に躍り出る! 一瞬のシールドで全弾を防いだ後、銃を乱射して注意を引き、サーニャと真美から
引き剥がす!

「真美ちゃん、今!」
「リトヴャク中尉! 撃て!」

 二人が同時に声をあげ、そしてその声に呼応して二人も同時に得物を構える! 先ほどの誘導弾は―――左右に一発ずつ直撃したが、まだ
破壊には至っていない――まずい、発射体制に入った!

「……撃つよ、『真美ちゃん』」
「え―――え、ええ! 『サーニャちゃん』!」

 二人は目線だけ合わせて、僅かに微笑して。……正面に向き直り、ぶら下がる二機のターゲットに向けて牙を剥く!!

「ファイア!」
「発射!」

 ――強烈なマズルフラッシュと白煙、そしてバックブラストと燃焼剤の煙が、同時に吹き上げる!! 重厚な対戦車弾と二発のロケット弾は
一直線にネウロイへと吸い込まれ――――!

『ターゲット撃破!』
『撃墜を確認しました!』

「――よし、私達の出番だな」
「二人の空は久しぶりじゃないか」
「ああ、帰ったら―――ワインでもどうだ?」
「お前から言い出すなんて、こりゃ明日は嵐にでもなるかな」

 ゲルトルートとマルセイユが、互いに軽口を飛ばし合いながら高高度からダイブしていく。まずは敵のコアを探ることからだが――それは、
美緒に任せた仕事だ!

『二人とも聞こえるか! ターゲットのコアは通常の航空機で言う操縦席にある、分かるか!』
「ああ、大体分かった」
「なるほどなるほど、分かりやすい説明をありがとう」
『それじゃあ、あとは頼んだぞ!』
「そっちこそ、援護よろしく!」
「往くぞ、マルセイユ」
「おう」

 ――二人はまるで元々二人でひとつであったかのように、寸分の違いなく同時に機動を開始する。ゲルトルートが左翼側から、マルセイユが
右翼側から!

「まずは砲台を潰すかね!」
「最後はどうする」
「そりゃあ、『アレ』でいくしかないだろ」
「了解だ!」

 ターゲットから打ち上げてくる無数の熱線、それらを華麗に回避しながら翼端の砲台に銃撃を叩き込む! それぞれ翼部が白い破片を撒き散らし、
さながら煙のように大空へ舞っていく。やがて高度は低下し、ターゲットのすぐ脇をすり抜け―――そのときは既に、砲台は消え去っている!
次に狙うは胴体部に二つある砲台だ。綺麗に左右対称の動きで、胴体のすぐ真下で――僅か五センチの隙間ですれ違う!

「ヒョウ!」
「やはり気持ちいいものだな!」

 まるで狂ったような笑みを浮かべて飛び交う二人。新たな砲台へ的を絞り、再び切り返す!



「なかなかやるじゃない」
「け、結構必死ですけどね!」

 今のところ一度もシールドを張らず、何とかギリギリで回避しつつ順調にスコアを伸ばす芳佳。互いに互いの背中を守りあっている形から、芳佳の
背後をマルチナが守っていると言うのもその大きな要因だろう。そしてまた芳佳の射線へと敵が飛び込み――逃さない、瞬間的に反応して引き金を引く!
連続して直撃した芳佳の銃弾は的確にコアを射抜き、小型ネウロイが白く爆散する!

「よ、よし、これで六機!」
「いいペースね、『相棒』」
「え? ―――うん!」

 マルチナはまるで空中でバレエを踊っているかのように美しく舞い、次々と敵を射止めていく。そのスコアは既に十二機に上るが、それでも止まる
気配は無い――優雅な『ダンス』は、ネウロイさえも見惚れさせてしまいそうなほどだ。

「でも、綺麗なものほどトゲがあるってね!」

 一瞬隙を見せたネウロイに、たった一発を放つ――その一発がコアを貫通し、敵はただの破片と化す! 僅かな隙を逃さない、確実に落とす。
銃器を有効活用できないほどの至近距離がもっとも得意なマルチナにとって、それはたとえば朝起きるよりももっと楽なことかもしれない。

「おっと、ちょっと低空に逃げられた?」
「これじゃ二人の尻尾が食べられちゃいますね」
「ネウロイって動物の尻尾が好きなの? 妙な趣向ね」
「もしかしたらお尻かも」
「あんた変態でしょ」
「ひどい!」

 母機より遥かに高高度で戦っていた二人は、競うように母機へと降下していく。戦う二人のエースに群がる、雑魚共を喰らわんとするさながら
猛獣のように――。




「おっと」
「攻撃をひきつけるって言うのも、なかなか大変―――ねッ!」
「言う割には軽そうだな、醇子」

 右翼側で潰された砲台が再生しないよう、断続的に攻撃を叩き込みつつ美緒と醇子が攻撃をひきつける。他の砲台を潰す余裕もあればいいのだが、
あいにくネウロイの再生速度は遅くない。潰したところは常に攻撃を入れていなければ、すぐに復活してしまう。他の砲台はゲルトルートか
マルセイユが破壊してくれるのを待つしかなさそうだった。

「まあ、私達が引き付けていればあいつらも楽だろう」
「そのうち、これも途切れるかしらね」
「それより先にコアを打ち抜いてしまいそうだがな」
「あはは、いえてるかも」

 久しぶりに会った旧友と交わす言葉は、決して減ることがない。この激しい空中戦のさなかにあっても、それは日常生活の中のように自然で
あった。それは――目の前に迫り来る熱線、確実にストライカーに直撃するコース――!

「よっと」

 ――それを軽々と交わすほどの技量を持ち合わせているからこそ。今の二人であれば、このネウロイのビームを使って縄跳びでも出来てしまいそうな
ほどだ。

「戦いが終わったら一緒にお茶でもしましょう」
「お茶請けは宮藤に作らせるか?」
「それもいいわね、ふふっ」

 破壊された砲台を維持するのは、本来であれば並の仕事ではない。だが――この二人の前に、砲台の一つや二つなど敵ではなかった。



「いーやっほーう!」
「調子いいみたいね、えぇ?!」

 ネウロイの破片のど真ん中を突き抜け、白い破片を撒き散らしながら大空を翔るエーリカ。自由奔放なその姿は、風に煽られあちらにいこうか、
こちらにいこうかと気ままに舞う木の葉のよう。だが木の葉のように舞いながらも、隙は僅かたりとも存在しない。それどころか、こちらに向けて
ビームを放つまったく隙の無い敵に対しても――

「ヒョウ!」

 たった一発放った銃弾は、敵の熱線のすぐ脇を駆け抜けてコアを直撃――! 更に体を捻って返し、不安定な体勢の中右手だけで引き金を引いて
のけると、その先にいたネウロイを再びたった一発で撃墜してみせる! 加えて、その惰性でそのまま九十度向きを変えたかと思えば、何も無い
空間に向けて一発放ち――直後、その射線に一機のネウロイが飛び込み、コアに直撃する!

「貴女もしかして天才?」
「もしかしなくとも天才かもねー」

 鼻歌さえ歌いながら、エーリカが自由に空をくるくると回る。それにつられフェルナンディアも、どうせなら大空を堪能したいと銃に込める力を
ふっと抜いた。

「んじゃ、私も真似しようかな」
「そう? 一緒に踊ろっか!」
「いいわね、それ採用」

 にやりと笑みを浮かべるフェルナンディア。その右手が一瞬反応したかと思うと握られていた銃から弾丸が射出され―――真下を通り過ぎようと
した敵機に直撃する! 更にくるりと向きを変え、その勢いのまま下方へ転進しようとし――その途中で銃を連射する! その先には三機の敵機、
それら全てに二発ずつ命中弾を与え、そのうち片方はコアの中央を射抜く!

「ふふ、楽しいわね」
「でしょー、やっぱり空は気持ちよくなくっちゃね!」

 次の瞬間エーリカが弾けるように加速し、近くの一機へ急降下――そのまま撃ち抜き、再び破片のど真ん中を突き破る!

「いーやっほぉぉう! さーいこおぉぉーう!」




「ティナもバルクホルン大尉もいい調子ね」
「その上周りの援護もいい。多分、砲台を全滅させるつもり」
「面白いことするじゃない」

 上空から戦況を見守っていた圭子も、満足げな笑みを浮かべる。無数に引き連れていた小型ネウロイも徐々にその数を減らし、そして主力の
二人が破壊した砲台は全てロマーニャからの援軍や他のロッテによって再生を許されない。好転していく状況、大量にあったはずの砲台も今や
その数は一桁にまで減ろうかと言う勢いだ。

「おっと」

 ――二機、圭子とルチアナの存在に気づいた小型機が急上昇を仕掛け、そして太陽の中に隠れる! だがルチアナは、まぶしそうにしながらも
太陽を見上げ……二回、引き金を引いた!

 続いて降ってきたのはきらきらと光を跳ね返す、小さな破片だった。

「あら綺麗」
「ん、また来た」

 再び上昇してくる敵機、ルチアナの前には太陽さえ意味を成さないというのに、まだ懲りないらしい。――ならば、徹底的に叩き込んでやる
までだ!

「背中は任せたわよー」
「ご心配なく」



「さて、そろそろかしら?」

 ゲルトルートが破壊した砲台を続けて攻撃しつつ圭子と連絡を取り合っていたミーナだったが、ふと見上げて見れば小型ネウロイの数ももう
両手で数え切れるぐらいにまで減っていた。砲台も残すところ背面の巨大なひとつのみ、小型ネウロイの掃討が終わったロッテたちと協力すれば
十秒と掛からず潰えるだろう。
 そろそろ――か。インカム越しに、声を届ける。

「トゥルーデ、ティナ、調子はどう?」
『悪くないな』
『もう終わるさ』
「上の子たちももう終わりみたいね」

 やがて、最後の一機になったネウロイを―――一発の銃弾が射止める!

『やったあぁ! 最後の一機、もーらいぃ!』
『あちゃー、ミヤフジにもってかれちゃったー』

 芳佳の手柄を最後にドッグファイトは終わりを迎え、そして空戦を行っていた全てのウィッチが――たった一つの砲口に集結する!

「あとはあいつを潰せば終わりだね!」
「長いようで一瞬だった気がするわ」

 エーリカとフェルナンディアが、左翼側から攻めていく。

「これでお別れって言うのはちょっと寂しいかも」
「だったらうちに来るといいわよ」

 芳佳とマルチナは右翼側から。

「ようやく休めるな」
「短い間しか一緒にいられないのは残念だけれど」

 美緒と醇子が後部からにじり寄る。

「スコア、伸びましたね」
「まさかこんな乱戦に巻き込まれるなんて思いませんでした」

 真美とサーニャは前方から、その破壊力で瞬く間に砲台を制圧していく。

「さて、終わりのようね」
「合流しましょう」

 圭子とルチアナもそれぞれの得物-圭子は双眼鏡-を仕舞い、低空へと降りていく。

「砲台は全滅よ」
『ああ』
『最後に一発、決めてやるか』

 ミーナも潰された砲台を攻撃し続け、そして――。


「これをするのも随分と久しぶりだ」
「多分今日が最後だろうけどね」
「前もそんなことを言っていなかったか?」
「はは、じゃあ次もあるかも知れないな」
「それはそれで楽しみだ」

 ゲルトルートとマルセイユが、ターゲットの真正面で立ち止まる。そしてゲルトルートは左手を、マルセイユは右手をゆっくりと上げ―――やがて、
敵にまっすぐ構える!!

「これで」
「終わりだ」


 ―――二人の銃に、魔力が込められていく。それはやがて銃に込められる限界を超え、強大すぎるエネルギーは目に見えるまでの力を持つ。二人の
銃が真っ赤に燃え盛り、そして!
 いびつな笑みを浮かべると同時に、二人は声高に吼えた。

    大 当 た り
『―――Jack Pot!』




 ――二人の放った弾丸は、たった一発ずつだったにも関わらず敵を粉々に吹き飛ばした。胴体を、コア諸共すべて―――。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「皆、今日はわざわざ遠いところから駆けつけてくれてありがとう」
「気にするな」
「仲間が困ってるのに見捨てるなんて出来ないわよ」

 醇子の言葉に、美緒と圭子が返す。それぞれ立場的に口を開いたつもりだったが、気が付いてみれば三人とも扶桑の人間である。

「ふふ、なんだか軽く同窓会みたいね」
「あれ、でも坂本さんと竹井さんは海軍ですけど、加東大尉は陸軍ですよね?」
「ええ、だから二人とは面識はなかったんだけど」


 ――第五○四統合戦闘航空団への帰り道。一行は、思い思いに新しく出会った、あるいは久方ぶりに会った友人達と言葉を交わしていた。

「またいつか、一緒に飛べるときを楽しみにしてるわ」
「私相棒なんて呼ばれたの初めて、なんかちょっと緊張しちゃった」
「次会うときは模擬戦でもしよ」
「う、模擬戦はちょっと……私実戦だといいんだけど訓練だとダメダメなんだよね」
「はあ? なにそれ」

「いやあ、久しぶりにお前達と飛んだ空はなかなかいいもんだった」
「いきなり『何をやっている!!』はすごかったねー。超かっこよかったよ」
「うるさいな、人の過去を穿り返すな」
「ああ、あれは良かった。ぜひとも録音しておきたかったな」
「……『ゲルト』は随分とノリノリになったな、オイ」
「だからその呼び方はやめろと」

「バルクホルン大尉、お疲れ様」
「ん、ああ、フェルナンディア中尉か。今日のことは忘れないよ」
「また一緒に戦える日が来るのを楽しみにしてるわ」
「ああ。……そのときにはお前のその喋り方も直っていることを期待しているぞ」
「あら、ごめんあそばせ?」
「……ムカつくな、お前」

「マルセイユ大尉。一緒に戦えて光栄だった」
「ああ、ルチアナ少尉か。その狙撃の腕はぜひともうちの部隊に欲しいな、代わりに真美をやろう」
「ちょっ!? マルセイユ大尉、ひどいですー!」
「っははは、冗談さ」
「うう、私そんなひどい扱いされるようなことしてないのにー!」
「……うちの部隊に来るのが酷いなんて、稲垣軍曹は酷い」
「え!? そ、そんなつもりで言ったわけじゃ
「ひどい。醇子に言いつけてやる」
「……ちょっと!? あの、マッツェイ少尉!? もしかしなくても私のこと弄んでます!?」
「……し、知らない」
「ひどいですうううう!!!」

「真美ちゃん、おつかれ」
「あ、さ、サーニャちゃん……うん、おつかれさま」
「一緒に飛べて嬉しかったわ……ありがとう」
「いえ、こ、こちらこそ!」
「多分、今日は一泊していくことになると思うのだけど……真美ちゃんは?」
「私達も多分、一泊だと思う」
「よかった……いろいろお話しましょう」

「竹井さん、前うちに研修に来たときも随分うまくやっていたけれど、流石に磨きが掛かったわね」
「そんな、とんでもないです」
「だから謙遜するな。今回の戦闘はお前の指揮で動いたんだぞ」
「私はただ、皆の力を生かせそうな場所を選んだだけよ」
「勿論、それも素晴らしいわ。でも、私達だけじゃない、『ストームウィッチーズ』の人たちも貴女のこと信頼していたわ。ねえ、加東さん?」
「うんうん、流石は我らが扶桑の魔女ね。私も負けてられないわ」
「きょ、恐縮です」
「またまたー、小さくなっちゃって」
「そうだぞ醇子、もっと胸を張れ!」
「あら? 私、美緒ほどは胸無いわよ?」
「な、なにを言い出すんだお前は!」
「ふふ、美緒ったら」
「ミーナまで!」
「坂本少佐って面白い人ねー」
「こら、加東大尉! 悪乗りするな!」


 ――徐々に日が暮れていく、ロマーニャの夏。国内から救援に来たウィッチ達は、近い基地の所属の者は自分の基地へと帰還して行った。遠い
基地から来たものは五○四で補給を受け、その日のうちに帰る手はずとなった。

 その日の夕食は、各部隊のウィッチ総出で様々なメニューが作られた。ストライクウィッチーズからは、芳佳と美緒で大量の味噌汁と多種多様な
おにぎり。ミーナとゲルトルートとエーリカで、アイスバインとシュニッツェル。サーニャはボルシチを作った。ストームウィッチーズの三人は、
マルセイユは基本料理が得意ではないので、簡単に作れるアイントプフ。圭子と真美は肉じゃがを山盛り。真美はサーニャのボルシチ作りも手伝った。
そして五○四の四人に関しては、醇子はその日料理当番だった上に扶桑料理は他の人が作ると言うことで辞退。ロマーニャの三人組はお約束どおり
パスタ、ピッツァ、パンをそれぞれ作った。調理スペースが限られていることから入れ替わり立ち代りであったが、他の人が今調理している人の
分を取っておく等、それぞれの気遣いもあって『パーティ』は円滑に進んだ。

 翌日、ストライクウィッチーズはマルチナとサーニャの先導で基地へ帰還。ストームウィッチーズは前の晩に探してくれた五○四の整備兵のお陰で
マルセイユ達の分の増槽が確保でき、特に燃料に困ることも無く帰還した。

「……静かになったわねぇ」
「ちょっと寂しい……もうちょっと、あの騒々しいのが長くても良かった」
「そうだよー、フェルナンディアは相変わらずツンツンしてるしルチアナは感傷に浸ってて遊んでくれないし、つまんなーい!」
「ちょっと、私がツンツンしてるってどーゆーことよ!? あんたが悪いんでしょ、あんたが!」
「はああぁぁぁぁぁああああああー? 私のどこが悪いのよー!」
「はいはい喧嘩しないの」
「いいわ! こうなったら表に出なさい、模擬戦で白黒はっきりつけてやるわ!」
「やってやろーじゃないの! コテンパンに叩きのめしてやるわ!」
「あーあー、もう……」
「大丈夫、怪我するようなことはしない」
「まあ、そう付き合いも短くないから分かってはいるけどねえ……しょうがない子達」
「……料理でも作って待っててあげよう」
「そうねえ。……やっぱりさっきまでが恋しいんだ?」
「あたりまえ。二人があんなに騒いでるのも、絶対そう」
「私も、なんだか恋しいな。……まあ、またいつかああいう日が来るのを信じましょう」
「ああ。……でもあんなピリピリした戦闘は勘弁」
「ふふ、それは言えてるかも」


 ――今日も、第五○四統合戦闘航空団はおおむね平常通りである。


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