苦悩は甘く溶ける


宮藤とリーネは、横目でお互いをチラチラと見ながら椅子に座っていた。
二人の目の前にはエイラが立っていたが、腕を組んだままじっとだまっていた。
「なぁ・・・ちょっと来てくれないか、話があるんだ」
夕食の片づけをしていた二人は、エイラに呼びかけられてブリーフィングルームに
来たのだが、エイラは呼び出した理由を二人になかなか告げようとしなかった。
「あ・・・あの、エイラさん、話って何?」
気まずい沈黙に耐えかねた宮藤は、思わずエイラに問いかけた。それに気がつくと、
「そ・・・その、ちょっと二人に手伝ってもらいたくてさ・・・」
エイラは伏し目がちに答えた。
「何をですか?」
リーネが首を傾げる。
「その・・・一緒にお菓子の家を作ってもらいたくてさ」
エイラは頭をかきながら答えた。
「お菓子の家!!」
宮藤とリーネは思わずお互いの顔を見合わせた。
「お菓子の家って・・・あのヘンゼルとグレーテルに出てくるやつですか?」
宮藤の問いに、エイラはこくりとうなずく。
「でも、何でお菓子の家なんて作ろうと思ったんですか?」
今度はリーネがたずねた。
「あ・・・あのさ、この前サーニャとロンドンに行ってきたんだよ。私が用事を
済ませって戻ってきたら、サーニャが古本屋の前で何か熱心に読んでたんだよ。
私が、何読んでんだって聞いたら、『ヘンゼルとグレーテル』の表紙を見せてきてさ。
サーニャ、小さい頃一度でいいからお菓子の家を食べてみたかったんだって。
それでさ、今度フェルナンヌウス祭だろ? 本当にお菓子の家を見せてやりたくてさ・・・サーニャに」
「素敵な考えだね」
宮藤は素直に感想をもらした。
「でさ・・・一人じゃとて無理だから、二人に手伝ってもらいたいんだ、他のみんなには
たのめないし・・・その、いいか?」
宮藤とリーネは笑顔でうなずいた。
「本当か?・・・ありがとな」
エイラは素直にお礼を述べた。
「じゃあさ、これが設計図なんだけど・・・」
そう言うが早いか、エイラは一枚の紙を机に広げた。
宮藤とリーネは身を乗り出し設計図を覗き込んだが、その瞬間思わず青ざめた。
「えっ・・・これを三人で作るんですか?」
宮藤の質問にエイラは真面目な顔をしてうなずいた。
「リーネちゃん・・・フェルナンヌウス祭っていつあるの?」
「え~と・・・2週間後かな」
二人はお互いの顔を見合わせると、エイラの顔をサッとうかがった。
エイラは二人の目が自分に向いているのに気づくと、
「大丈夫、この計画通りいけば・・・」
そう言って新たに1枚の紙を机に広げた。
「ローテーションはもう組んであるんだ。夜に二人が家の材料を作って、一人が
昼間にそれを組み立てる」
二人はローテーション表を見て再び青ざめた。
「これを普段の隊務の合間を縫ってやるんですか?」
リーネがおそるおそる聞くと、エイラはまたも真面目な顔でこくりとうなずいた。
宮藤とリーネは再びお互いの顔を見交わした。
どう見ても不眠不休の作業だった。
一瞬の沈黙が流れる。
「頑張ろう! サーニャちゃんのために。ねっ!リーネちゃん」
宮藤は立ち上がり、リーネの方を向いた。
リーネも宮藤の真剣な顔つきを見ると、戸惑った顔つきは一瞬で力強いものとなり、首を
縦に振った。そうして二人がエイラの顔を見つめると、
「うん・・・頑張ろうな!」
エイラもそれに応じた。
「で、さっそくで悪いんだけど・・・」
エイラは宮藤の顔をじっと見た。
「どうしたの?」
「実は・・・」
・・・・・・・・・・

宮藤はベッドに横になりながら、足場の無くなった部屋を見渡した。
そうしてエイラの言ったことを思い出す。
「私の部屋には置いとけないしさ、リーネの部屋は荷物が多いし、悪いんだけど
 宮藤の部屋に置かせてくれないか?」
宮藤は部屋を満たしたお菓子の材料を見ながら、明日からの激務への不安を覚えた。そし
て、明日への備えと自分の周りの荷物を見ないためにも早々に目をつぶることにした。

ブリーフィングルームでの会議から既に1週間が経過していた。
厨房のエイラと宮藤はオーブンの火を見ながら虚ろな目をしていた。三人の体は、睡眠不
足と疲労で既に満身創痍の状態だったが、工程は残念ながら予定の半分にも満たなかった。
「・・・ムリダナ」
エイラが思わずつぶやく。
「え?」
宮藤は思わずエイラの方を振り向く。
「やっぱり無理だったんだよ、たったの三人でこんなの作ろうなんて」
エイラはそう言いながら机の上の図面に視線を落とす。
「・・・・・・諦めよう」
そうポツリと呟いた。
「でも、ここまで作ったお菓子の家はどうなるの?」
「ほっとけば鳥とかが食べてくれるよ」
宮藤の問いにエイラは弱々しい笑みを浮かべながら答える。
「でも・・・、せっかくエイラさんがサーニャちゃんのために考えたのに・・・」
「いくらサーニャのためだからって、お前やリーネが体を壊したら一番悲しむのは・・・サーニャだろ?」
「でも・・・」
「もういいんだって、元々私の勝手な考えなんだしさ・・・」
二人の間には長い沈黙が流れ、部屋はわずかにだがオーブンから出る香ばしい匂いで満たされていく。
「そうだ!」
「何だよ?」
「あのっ、こういうのはどうかな?」
宮藤は思いついた考えをとうとうとエイラに説明した。
「どう?」
「・・・いい考えかもな、それ」
宮藤の提案を聞き、エイラの顔にはにわかに活力が戻ってきていた。
「最初の計画からはだいぶ小ぢんまりしちゃったけど・・・」
宮藤はもうしわけなさそうに頭をかく。
「いや、すげぇ宮藤らしいよ今の自分にできることをってさ」
そう言いながらエイラは宮藤に笑顔を向けた。
「へへっ、ありがとう」
「でも、だからってあんま調子にのんなよ~」
そう言いながらエイラは宮藤の頬っぺたを両手でつねった。
「な、なにひゅるの~」
「宮藤がもう少し頑張ってれば、とっくに完成してたかもしんないんだぞぉ」
「む、むひだって~」
「どうかな~」
二人っきりの厨房は賑やかな声と香ばしい匂いで満たされていった。

時計の針が12時を少し回った頃、サーニャ・V・リトヴャクは、夜間哨戒のために滑走路
より飛びたったばかりだった。そのまま上昇していこうとした瞬間、地上で何かが閃いた
のに気づいた。
「え?」
サーニャは思わず目を凝らすと、地上には無数の淡い光の粒が溢れ、一本の道を作り出していたのだ。
(なんだろう? でもすごく綺麗)
サーニャがその光景に見とれていると、魔導針で人の存在を捉えた。
(エイラ?・・・それに芳佳ちゃんにリーネちゃん? ・・・この先にいるの?)
サーニャはよくわからないまま、光の道筋に沿って飛行していった。
光の道が途切れた時、エイラと宮藤、リーネが自分に向かって手を振っているのが目に入った。
サーニャは高度を下げていき、三人の近くでホバリングをした。
「どうしたの?」
サーニャは三人に尋ねる。
「ほら、サーニャこの前、小さい頃お菓子の家に行きたかったって言ったろ」
サーニャはこくりとうなずく。
「それでさ、ジャーン!」
エイラは後ろ手に隠していた、(当初の予定よりもだいぶ小さくなった)お菓子の家をサーニャに手渡した。
「うわぁ・・・」
サーニャは思わず吐息をもらしながら、
「そうか・・・さっきの光の道は迷わないための?」
と、自分が今通ってきた道の意味に気がついた。
「うん、まぁ光る石じゃなくて電球だけどな」
「エイラが考えたの?」
「・・・いや、宮藤のアイデアなんだ」
そう言いながら後ろに控えていた宮藤の方に視線を送った。
「へへっ」
宮藤は照れくさそうにする。
「それに、このお菓子の家も宮藤とリーネのおかげなんだ。二人には・・・まぁ色々と手
伝ってもらったんだ」
それを聞くとサーニャは宮藤とリーネを見ながら申し訳なさそうにする。
「ごめんなさい・・・芳佳ちゃん、リーネちゃん、エイラが迷惑をかけたみたいで」
「お、おい、サーニャ~」
エイラが顔を赤くしながら慌てて会話を取り繕うとしたが、
「ううん、全然気にしてないよ。ねっ、リーネちゃん」
「うん」
「お、お前らまで~」
二人の対応に思わず肩を落とした。そうして、誰ともなく笑い声があがり、夜の静寂の中
に4人の少女の笑い声とストラカーユニットが空気を裂く音だけが聞こえた。

「あ! でも・・・」
何かを思い出したようにサーニャが声をあげる。
「どうかした? サーニャちゃん」
宮藤が問いかける。
「私・・・これから夜間哨戒だから、今渡されても・・・」
「・・・・・・あ!」
エイラ、宮藤、リーネは思わず同時に声をあげた。
「ど、どうするんだよ宮藤?」
「えぇ! どうしよう、そんなこと全然考えてなかったよ」
「・・・小さく切ったのを持っててもらえば?」
「それいいね、リーネちゃん。じゃあ、私何か切るものを持ってくるよ」
戸惑う三人の姿を見てクスクスと笑っていたサーニャは、
「いいよ芳佳ちゃん、帰ってきたら食べるから」
リーネの提案を受けて走りだそうとする宮藤を呼び止めた。
「食堂に置いておいて、戻ってきたら・・・大事に食べるから」
「うん、わかった」
エイラがそれに応じた。
「じゃあ・・・行ってきます」
サーニャは手を振りながら、天高くへと昇っていった。
三人とも地上からサーニャの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

「お早う芳佳ちゃん」
「お早うリーネちゃん」
廊下であった二人は、夜遅くにあった出来事を話しながら朝食の準備のために食堂にへと
向かった。二人が食堂に入ると、いつもは誰もいないはずの厨房で人影が動いた。
「あれ? エイラさん?」
宮藤は思わず声をあげた。
「ああ、宮藤とリーネか。お早う」
二人もエイラに習って挨拶をする。
「どうしたんですか? こんなに朝早くから」
「まぁいいから、座って待ってろよ」
リーネの質問を軽く受け流したエイラは、二人にそう指示した。なんだろうと思いながら
も、二人は黙って椅子に腰を下ろした。そしてしばらくすると、
「お待たせ」
エイラの声と共に、座っていた二人の前にはサンドイッチが置かれた。
「これエイラさんが?」
後ろを振り向きながら、宮藤はエイラに質問すると、
「自信作だぞ」
とエイラは胸を張るようにして答えた。
「お前たちには、色々迷惑かけたからな、私からの感謝の印。ありがたく食べろよ~」
「エイラさんがわざわざ私達のために?」
宮藤は訝しげにエイラを見つめる。エイラはその言葉に少しムッとし、
「嫌なら食べなくたっていいんだぞ」
「え! ううん、食べる食べる」
そう言われて、宮藤は取り上げられないように慌ててサンドイッチが置かれた皿を掴んだ。
「じゃあ・・・いただきます」
「いただきます」
宮藤とリーネは声を揃えてそう言うと、サンドイッチを頬張った。
「うわぁ、美味しい!」
「ねぇ」
「言ったろ、自信作だって」
二人の素直な感想にエイラは満足気な笑みを浮かべる。
「それとサーニャの奴が二人にお礼を言っといてだって、美味しかったって」
「あれ、エイラさんサーニャちゃんと話したの?」
「ん? まぁな」
「それだったら私達も起こしてくれれば良かったのに」
宮藤は少し不満げな顔をする。
「いや・・・二人とも気持ちよく寝てると思ってさ、起こしちゃ悪いかな~って」
本当はサーニャと二人っきりでいたかったから、とは口が裂けても言えなかった。
それにこうやって朝食を作ったにはお礼の意味もあったが、サーニャが帰ってくるまでの
深夜から朝までの暇な時間を潰すためのものでもあった。
「そうだそうだ、まだ他の奴らも分も作らないと。二人ともこんな面倒なこと、よく毎朝できるよな、本当」
追求を恐れたエイラは、そそくさと厨房へと行こうと背を向けると、
「ああ、あと誰かにどやされる前に電球を片付けとかないとな。それと・・・ありがとな」
そう言い残してエイラは厨房へと戻っていった。

「ねぇ、リーネちゃん」
「ん?」
「一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「フェルナンヌウス祭ってどんなお祭りなの?」
「えっ? え~と・・・」
エイラのサンドイッチを頬張りながら、宮藤は素朴な疑問をリーネに投げかけた。
「元々はロマーニャのお祭りで、大事な人にお菓子やプレゼントを渡す日だよ」
「へぇ~、扶桑じゃそんなの無かったからなぁ~。じゃあさ、お互いにお菓子の送り合いっこしない? 
私が扶桑のお菓子を作るから、リーネちゃんはブリタニアのお菓子で」
「う・・・うん、いいよ」
リーネは少しドギマギしながら答える。
「何作ろうかなぁ~」
その後二人はお菓子談義で盛り上がった。宮藤は無邪気な顔で、リーネは少し頬を赤らめながら・・・。

Fin


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