payback
“ロンドンのスオムス空軍連絡所に用事アリ”と言う名目、更にその“ついで”とばかり
501滑走路に降り立ったウィッチがひとり。そのまま誘導され、ハンガーへと向かった。
「いよっ、イッル。久しぶり」
やって来た彼女の名はニッカ・エドワーディン・カタヤイネン。
スオムス空軍のエース部隊、飛行24戦隊に所属しておりエイラとは同僚の仲である。
しかし出迎えたエイラは久々の再会を喜びもせず、むしろうんざりした表情をしていた。
「何でニパがここに来るんだよ……ストライカー壊すなよ」
「いきなりひっでえなあ。今日イッルの誕生日だから、遠くスオムスから飛んで来たんだぞ。感謝しろよ?」
「押しかけて来て感謝も何もあるかよ……」
「さてと」
ニッカはハンガーの格納装置にストライカーを置くと、よいしょと脱ぎ、バッグから靴を出して履いた。
「今夜はよろしく」
「はあ? 何が宜しくだよ?」
「あれ聞いてないのか? 私今日ここで一泊する予定なんだけど」
「帰れ」
「ひでえ! イッルひでえ! 補給も休憩も無しにスオムスまで蜻蛉返りしろってのかよ」
「いいから帰れ。とにかく帰れ」
「なんでだよ。正式な滞在許可書も有るんだぞ。そうだ、501(ここ)の隊長さんは何処? ヴィルケ中佐だっけ?」
「ミーナ中佐なら、さっき用事でロンドンに行ったぞ」
「えーっ? 入れ違い?」
「ホント、ついてないよな」
にやけるエイラ。ニッカは手にした許可書をポケットにしまうと、バッグを肩に掛け、歩き始めた。
「どこ行くんだよニパ」
「隊のエライ人のとこ。隊長さんの代理の人、居るだろ?」
「まあ、居るけど」
「同僚のよしみで案内しろよ」
「はあ……」
「ほほう、わざわざスオムスからとは、ご苦労ご苦労」
許可書を手に取りうんうんと頷く美緒。ミーナが居ない間、501を預かる身だ。
「まあ、ミーナは今居ないが滞在には問題無いだろう、ゆっくりして行くと良い」
美緒は手渡された書類、司令所等から届く書面等に目を通していく。
「ふむ……ちょうど北方は現在悪天候らしい。だが明日には回復するそうだ。ちょうど良かったな」
「やった! 私ついてる!」
はしゃぐニッカ、幻滅するエイラ。
「そうだエイラ。彼女は同僚なんだろう? 基地施設の案内等はお前に頼んだぞ」
美緒はエイラに告げた。
「は、はい……」
「どうもお邪魔しました! じゃあ私達はこれで」
ニッカは嬉しそうにエイラの腕を引っ張り執務室から出て行った。
同席し、一部始終を見ていたトゥルーデとエーリカ。
トゥルーデは、うーんと言う表情を作り、一方のエーリカは、ニヤニヤしている。
「仲が良いのか分からないな、あれは……」
「後で面白くなりそうだよ、トゥルーデ」
「エーリカ、また何か企んでるな?」
「とんでもな~い」
午後のお茶会。
訓練を挟んでの休憩と言う事で、生憎の所用で不在のミーナ、夜間哨戒開けで就寝中のサーニャ以外
501の全員が揃った。但し天気が良くないのでミーティングルームでのお茶会となったが。
そこで目を引いたのが、お皿に並べられた、大小さまざまな形の焼き菓子、プレッツェルだ。
「ほほう。随分と種類があるな」
「たまにはどうかと思って、色々取り寄せたんです」
リーネが微笑む。
「カールスラントのも有るじゃないか」
トゥルーデが円形のプレッツェルを手に取り、微笑む。しかし横に置かれた、直線状の固い棒状の物体を見て首を捻った。
「……この細長い棒は何だ」
「知らないのかい。これもプレッツェルだよ。あたしの国のだよ」
シャーリーが慣れた手つきで一本つまみ、ぱきっと噛み砕いて食べた。
「棒と言うのも何だかリベリアンらしいな。単純で」
「シンプルで食べやすいと言って欲しいねー。あたしの国じゃこれが普通なんだ。
そんなねじれた輪っかみたいなのこそ食べにくそうじゃないか。喉に詰まるぞ」
「何を? これには神聖な理由が有ってだな……」
「はいはい二人とも、ストップ~」
「ストップストップ~」
いがみあうトゥルーデとシャーリーの間に割って入るエーリカとルッキーニ。
「ウシュシュ ねえねえシャーリー、あたし面白い事思い付いた」
「なに? どうしたルッ……うぐっ」
言いかけたシャーリーの口にプレッツェルの端を押し込む。
「もごご……」
「ニヒヒ 二人して、端っこから食べてくの。折れたり離したら負け~」
そう言うとルッキーニは端をくわえ、カリカリと食べ始めた。事情を察したシャーリーも負けじとポリポリと食べる。
突然の出来事、そして展開に唖然とし、そして固唾を呑んで見守る一同。
「な、なんだこれ……こんな事501の連中はフツーにやってんのか、イッル?」
ニッカはエイラの服の袖を掴んだまま、呆気に取られた。
「まあ、普通だな。こんなのまだ可愛い方だって」
「す、すげえな、501って……あ」
「?」
もう少しで唇が触れ合う……、と言う所で、急いだルッキーニがプレッツェルを折ってしまった。
「あーん、おしい。もうちょっとだったのにぃー」
「ルッキーニ急ぎ過ぎなんだって」
「お、お前ら何を……、人前で破廉恥な事を!」
わなわなと怒るトゥルーデ。そんな彼女の肩をエーリカがぽんと叩いた。
「トゥルーデ、私達もやってみようよ」
「な、何ぃ!? 本気かエーリカ?」
「ねえ芳佳ちゃん、やろう?」
「え? リーネちゃん、私達もやるの? ちょっと、恥ずかしい……でもやりたい」
「全く、揃いも揃って何なんですの一体……坂本少佐、あの、宜しければ」
「?? 何の話だペリーヌ?」
にわかに盛り上がる501の面々。エイラはそんな隊員達を眺めていたが、不意に大声を出した。
「よーし皆見てくれ! 私とニパの、スオムスコンビの息の合った連係プレー!」
「えっ!? えっ? 何で? 何で私とイッルが!?」
「良いからニパ、早くくわえろよ。ここで場を盛り上げないでどうするんだよ」
「そうは言っても……」
「ほほう。ニパ度胸無いのか?」
エイラの挑発にカチンと来たのか、ニッカはばっと向き合い、プレッツェルの端をくわえた。
「来いよイッル。どっちが度胸無しか、はっきりさせようじゃないか」
詰まりながらもエイラに向かう。
「よーし。皆見てろよ!」
エイラもプレッツェルをくわえた。
ゆっくり、カリコリカリコリと慎重にプレッツェルを食べていく。
静まりかえる一同。
距離が一ミリ、また一ミリと縮まる。
(イッルの顔が近くに来る……)
ニッカはイッルに接近し、段々と、その事で頭が沸騰し始めた。最初の威勢の良さは既に無い。
ニッカは少年ぽい容姿で髪も短め。長い髪のエイラとは正反対だが、二人が近付く事により、
その“インモラル”さが際立ってくる。ニッカ自身もその事は自覚しているらしく、
近付く距離に比例して頬がどんどん紅くなる。
(イッルが……イッルが……)
耐えきれなくなりニッカは目を閉じた。また少しかじる。
カリッ。
ニッカの唇に柔らかいものが触れた。
「!!!」
目を開けると、寸前の所でピースサインを作ってプレッツェルの真ん中を「真剣白刃取り」の如くつまみ、
そしてニッカの唇を器用に指先でつんつんつつき、ニヤニヤしているエイラが見えた。
ばきっ。
プレッツェルは見事に砕けた。
「イッルの馬鹿ーッ!」
本気で怒り叫ぶニッカ、笑い転げるエイラ、つられて爆笑する一同。
“プレッツェル遊び”は、その後も散発的に続いた。
翌日、ニッカが帰った後。
いつもの様にサーニャと一緒に昼寝をしていたエイラは、ふと、両腕が言う事を聞かなくなった事に気付く。
「何だこりゃ?」
寝惚け眼で自分の腕を見る。いつされたのか、手錠が掛けられている。
「ええっ? 何コレ?」
「エイラ」
「うわ、サーニャ?」
一緒に寝ていた筈のサーニャが覚醒して、エイラを膝枕している。
「こ、この手錠、どうしたのかな?」
「拘束してみた」
「どうして?」
「理由、分からない?」
「いや、理由とかそう言う以前に、意味が分からないんだけど……」
「そう」
「サーニャ、怒ってる?」
「そう見える?」
「見える」
サーニャはエイラを見下ろすと、いつ何処で用意したのか、棒のプレッツェルを取り出し、
エイラに無理矢理端をくわえさせた。
「ちょ、ちょっと……」
「私も、遊んで良いよね?」
「ちょ! 何処でこの事を? 誰から?」
「エイラは知らなくて良いの。私も昨日の事は知らなかったけど、知ったから」
「さ、サーニャぁ……」
「私も、遊んで良いよね?」
繰り返すサーニャ。
サーニャはエイラの顔をがっしりと両手で押さえつけ、プレッツェルをかりかりと食べ、そのままキスをした。
ごくり、と唾とプレッツェルを飲み込むと、何か言いかけたエイラの唇を奪った。」
息を付かせる暇も無く、キスを繰り返す。苦しみ荒く息をつくエイラに、またもプレッツェルをちらつかせる。
「サーニャ……ちょっと……」
「エイラ」
サーニャは微笑むと、続きをゆっくりと、じっくりと楽しんだ。
end