無題
彼女は自室のベッドに腰掛け、雲のない夜空を眺めていた。
時計の針が〇時を示すと同時。
「おめでとう、イッル」
ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは眼を閉じて静かに呟いた。
日付は二月二十一日。今は本隊を離れ、ブリタニアにて戦う同僚イッル――エイラ・イルマ
タル・ユーティライネンの誕生日だ。
彼女には先日出した手紙に祝福の言葉を書き添えて、ささやかなプレゼントもつけておいた
が、それとは別に、こうしてひとり静かに彼女を祝福するのはとうに決めていた。その言葉は
夜に溶け、口に出した本人以外の誰も知ることはなかった。
自分ひとりでこうしてイッルを祝福するのは、おそらく自分自身のためだから。
空を翔ぶその隣にあなたがいたときと同じように、まだイッルのことを想っているのだと、
改めて自分自身にかみ締めさせる行為。
それは遠い場所に行ってしまった恋人を想う苦みにも似ていた。
そんなことを考えてから、ニッカは自身の思考のむずがゆさに顔を赤らめ首を振った後、た
め息をつく。
きっと彼女は、こうしてわたしが苦悩していることなど、今は知る由もないのだろう。
同じ隊で戦った昔から、別離の先で各々の戦いに臨む今も、何も変わらない。
イッルはいままでもこれからも、わたしをからかって振り回して楽しんで、そのくせ肝心な
ところに気がつくことはないのだ。
彼女の手紙には、配属先にいた年下のオラーシャのウィッチのことがいつものろけのような
文体で書かれていて、またわたしを苛ませる。
ほんとうに、イッルは罪なやつだ。
そして自分は、そんな同僚を想ってしまったのだから、どうしようもない。
おめでとう、イッル。
ずっと、大好きだよ。