remember me
ペリーヌの部屋。
音もなく扉が開かれ、忍び寄る人影。
そのひとは、ベッドの上ですやすやと眠るガリアの少女を見つめ、微笑んだ。
そっと手を当て、唇を奪う。
尋常ならざる“感触”に目覚めたペリーヌは、眼前僅か数ミリのところに、かのひとの姿をみとめ、驚いて飛び起きた。
「ハイディ!」
「おはよう、ペリーヌ」
「ちょ、ちょっと、貴方一体どうして! いつ501(ここ)に?」
「ついさっき」
悪戯っぽく笑うハイデマリー。
「さっきって、貴方……教えてくれれば迎えに行ったのに」
「それじゃあつまらないじゃない」
ハイデマリーは肩に掛けた鞄からワインを一本取り出した。
「私があげられるのはワインくらいしか無いけど」
「い、頂きますわ」
まだ501の隊員の殆どは起きてもいない時間帯だ。薄明かりがもうすぐ差すかと言う微妙なとき。
ペリーヌはいとしの人を前に、覚醒した。
執務室に通され、トゥルーデ達の横のソファーに座るハイデマリー。横にはペリーヌも居る。
「で、今回は何の用事なんだ、シュナウファー」
「そうですね、用事と言えば用事。ヴィルケ中佐にお渡ししたかった書類が幾つか」
「郵送でも良かったんじゃないの?」
「すぐに届けたかったし、私が飛ぶ方が確実」
トゥルーデとエーリカから問われ、あっけらかんと答えるハイデマリー。
「わざわざご苦労様」
ミーナの労いの言葉に、笑顔で返すハイデマリー。
「自ら郵便配達人とはな。いつ転職したんだシュナウファー」
「良いじゃないですか、たまには」
「ま、それだけじゃなさそうだけどね~」
エーリカがにやける。ハイデマリーも笑う。
「まあ何だ、ストライカーの整備も有るだろうし、今日明日はここに滞在するんだろう? ゆっくりしていけ」
ミーナの横に立つ美緒が声を掛ける。
「有り難うございます」
「同じウィッチ同士だ、遠慮なんかするな」
「そうだぞ、少佐の言う通りだ。なあ、ミーナ?」
「そうね。ゆっくりしていってね」
「ごゆっくり~」
「皆さん、お気遣い有難うございます。では、これで」
ハイデマリーはそう言うと、席を立ち、ペリーヌの腕を取った。
「好きにするがいいさ」
言葉とは裏腹に、珍しく肯定的なトゥルーデ。
「あら、バルクホルン達だって好きにやってるそうじゃないですか。カールスラント空軍のウィッチの間でも随分噂になってるけど?」
言葉を返すハイデマリー。
「他人の言う事なんか気にしな~い」
茶化すエーリカ。
「ま、まあ、そうだな」
咳混じりに、珍しく同意するトゥルーデ。少し顔が紅い。
「じゃあ、遠慮なく」
そのままペリーヌを引きずって、ハイデマリーは去っていった。
「しかし……あいつ、何時からあんなに積極的になったんだ?」
「さあ」
「お誕生日おめでとう」
ペリーヌと目が合い、微笑む。
「有り難う。でもどうしてわたくしの誕生日を?」
「この前ヴィルケ中佐に聞いたの」
「わざわざ?」
「勿論」
「それで、わたくしの誕生日の為に、501(ここ)まで?」
「勿論」
「それは、わたくしを想ってくれての事、と解釈して宜しいのかしら」
「勿論」
「と言う事は……。この前の、その、ラジオを……、聴いたとか? きちんと聞こえていれば良かったのだけど」
「当然」
くすっと笑うハイデマリー。ワインのコルクを抜き、とぽとぽとワインをグラスに注ぐ。
「午後のお茶会で、貴方のお祝いをするみたいよ」
「あ、あら。そう」
「でも、私はそれよりも先に、貴方を祝いたい」
「有り難う。でも、朝から酔わせてどうするつもり?」
「知ってるくせに」
ふふ、と笑うハイデマリー。苦笑せざるを得ないペリーヌ。
二人して静かに乾杯し、飲み干すワインが心にしみる。
「美味しい」
「良かった、気に入って貰えて」
「貴方の選ぶワインですもの。外れなんて無いに決まってますわ」
「それ、プレッシャー?」
「そう言う意味では……」
ペリーヌの軽い戸惑いを見てくすっと笑い、ワインをきゅっと飲み干す。
「良かった、今日ここに来られて」
「わたくしも、まさか……」
「忘れて欲しくないから」
「忘れる筈など、有りませんわ」
「そう言ってくれると、嬉しい」
そっと抱きしめる。服を通してほのかに温もりが伝わる。
「ずっとこうしていたい」
「わたくしも」
「でも、そう言う訳にもいかない」
「だけど」
「そうね。せめて、ひとときでも」
それっきり言葉を交わさず、お互いを感じ、存在を確かめる。
二人はそれだけで十分だった。
静かに流れるときも、今はゆっくりと、じっくりと、二人を優しく包む。
end