flowers


 その日の明け方早く、シャーリーの部屋で、二人は至近距離で顔を付き合わせていた。
「しかし意外だね~、堅物の方からやりたいと言ってくるとは」
「違うだろリベリアン。私の本心じゃない」
「またまた~。あたしが恋しくなったんだろ?」
「ち・が・う! 誤解を招く様な言い方をするな」
「またまた~。ロンドンのあの事思い出して」
「こら、それは言うな!」
 ドアががんがんとノックされる。
「なにやってんの二人とも? 早く出てきなよ~」
「ああ、ルッキーニ、今行く、ちょっとドアから離れてろよ! さて、じゃあそっち持って、ゆっくり持ち上げて」
「てっきり私ひとりで持たされるのかと思った」
「あたし自作の大事な道具だからね~。他の奴には触らせないんだ」
「じゃあなぜ私に手伝えと?」
「……分かってるくせに」
 いじらしい目で、トゥルーデを見るシャーリー。
 思わず手の力が抜けかけ、持っていたバーベキューセットを落しそうになる。
「あぶねっ! ちゃんと持てって」
「お前がヘンな事を言うからだ!」
「真に受ける方がどうかしてる」
「からかう方もどうかしてる」
「トゥルーデ、どうかしたの?」
 ドアが開き、エーリカが様子を覗き込む。彼女のすぐ下にはルッキーニも居た。
「大丈夫、今から出る」
「よーし、出発~」

 501基地の庭の中、春になると鮮やかな花を咲かせる木が有る。
 扶桑人の言う「桜」と言う木だ。
 静かに花見、と言うのも乙なものだが、「なんだか物足りない」と誰かが言ったのを皮切りに、
じゃあバーベキューでもやろうかと話が膨らみ、シャーリーとトゥルーデが準備する事となった。
 張り切った一部の隊員達は、普段よりも早起きし、準備に取り掛かった。
「食材の方はどうなってる?」
「ほいほい~。リーネ軍曹と芳佳軍曹が下ごしらえ実行中でありますぅ~」
 シャーリーの問いに、ルッキーニが茶化しながら話す。
「ミーナにはこの話、ちゃんと伝えたか?」
「後で少佐と一緒に来るってさ」
 トゥルーデの脇をくすぐりながらエーリカが答える。
「こらくすぐるなエーリカ! 力が抜ける」
「落すなよ堅物、これ結構手間掛かってるんだからな」
「大丈夫だ」

 桜の木からやや離れたところにバーベキューセットを設置すると、同じく準備した炭や火種をセットし、
さっそくもくもくと煙を出し始めた。
「う~ん、今日も良い調子だ」
 バーベキューグリルの空気調節弁をいじりながら、満足そうに笑みを浮かべるシャーリー。
「まるで炭焼き職人だな」
 その様子を腕組みしながら眺めるトゥルーデ。
「いいじゃないか。今日はグリルも持ってきてるんだ」
「グリル? あの火柱を派手に上げる網焼きか」
「そうそう。手軽なのが良いんだよ」
 そこへルッキーニがボウルに入った食材を持って現れた。
「ダジャーン!! 食材とうっちゃく~ まずは魚と、エビと、カニね」
「魚とかはグリルで焼いた方が良いな」
「芳佳が食べやすいようにって切ってくれた~」
 トングで切り身を掴み、シャーリーに見せる。
 へえ、と呟いたシャーリーは、他のボウルも覗き込んだ。数種類の海老や蟹に混じり、見慣れない海洋生物の姿を見つける。
「ルッキーニ、それは?」
「イカ」
「イカって言われても……」
 そこに、肉や野菜を持って芳佳とリーネがやって来た。
「なあ宮藤、これ何だ?」
「烏賊ですね」
「名前は良いんだけど、どうすんだよこれ」
「芳佳とリーネと、港行ったら、漁師さん捨ててたからもらって来た~」
 呑気に答えるルッキーニ。
「これ、食べるのかよ?」
 驚くシャーリ-。
「ロマーニャじゃ食べるよ?」
「私の国でも食べますけど……他の国ではどうでしょう」
「なんか、ヌメヌメして、足いっぱいあって……やっぱり気持ち悪いよ、芳佳ちゃん」
「うーん」
 そこへやって来たのは美緒とミーナ。美緒が烏賊を見て言った。
「ほら皆、食べ物を無駄にするなよ。よし宮藤、ここはひとつ、焼き烏賊を作れ」
「焼き烏賊ですか」
「焼き烏賊なら大した手間も掛からんだろう。これだけ新鮮なら、残ったワタを使って塩辛も良いな……私は作れんが」
「分かりました。厨房借りますね。ちょっとやってみます」
「おお、宮藤チャレンジャーだな」
「私はこれから烏賊の下ごしらえと、塩辛作ってきます。リーネちゃん、お肉とお野菜宜しくね」
「分かった、芳佳ちゃん」
「リーネ、野菜は後でこっちの網焼きで焼いてくれ。で、肉は今すぐバーベキューグリルに入れてくれ。ちょっとむせるぞ」
「はい」
「みんな楽しそうね」
 ミーナが微笑む。
「普段の教練の時も、皆これ位元気だと良いんだがな」
 複雑な表情の美緒。
「まあまあ」
 苦笑するミーナ。

 陽も真ん中を過ぎ、皆の腹が空いた頃、バーベキューグリルでじっくり焼いた肉が出来上がった。
 芳佳も焼き烏賊用の切り身と塩辛を作り、扶桑酒と一緒に持ってやって来た。
 頃合いを見計らったかの様に、エイラと眠そうなサーニャ、そして何処からともなくペリーヌが現れ、全員集合となった。
「よし、皆グラスを持て!」
 美緒が音頭を取る。
「今日の良き日に、乾杯!」
「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」
「イエ~」
「ワキャー」
 ゆっくりグラスを傾ける者、一気に呷る者、それぞれが楽しく飲み物……一部アルコール類……を楽しむ。
「肉焼けたぞ~みんなもってけ~」
 シャーリーがホロホロに焼けた肉を皿に取り分け、皆に回す。
 芳佳とリーネは網焼きの上で野菜を焼き、隅で魚や甲殻類、烏賊を焼いていく。
「おお宮藤、塩辛出来たか! どれどれ」
 美緒は嬉しそうに箸でつまむと一口食べた。
「良い感じだ。明日になったらもっと味が馴染むな」
「はい」
「でも、この塩梅でも丁度良い。酒が進むぞ!」
 豪快に笑い、扶桑酒をぐいと飲んだ。
「ミーナも塩辛どうだ?」
「じゃあ少し。……あら、意外と美味しいのね」
「わたくしには、磯臭さがどうも……」
「ペリーヌさん無理しないで下さい。リーネちゃん、お肉取ってあげて」
「はいどうぞ」
「あら、気が利きますのね。有り難う」
 じっくり焼かれた肉を堪能し、一息つくペリーヌ。そこへ美緒が大ぶりの海老を皿に盛ってやって来た。
「ペリーヌ、無理せずに海老でも食え! これは鬼殻焼きと言ってな、縦真っ二つに包丁で割った海老を焼くんだ」
「は、はあ」
「こうやって、殻を剥いて……どうだ、食べてみろ」
「随分素朴な料理なんですね。……美味しい」
「だろう? シンプルなのは美味い!」
 笑う美緒。ミーナも横で微笑んでいる。
「じゃあ美緒、私も頂こうかしら」
「おお。海老も蟹も有るぞ。好きなのを選べ、私が身をとってやるぞ」
 ミーナは大ぶりのロブスターを選んだ。美緒はいとも簡単に身をほぐしミーナに食べさせた。
「これも美味しい」
「そうか、良かった良かった」
「坂本さん、焼き烏賊出来ました」
「おお、待ってたぞ宮藤! この醤油の香ばしさがまたたまらんなあ! 美味い!」
 焼き烏賊をかじりながら扶桑酒を飲む美緒。いつになく上機嫌だ。
「焼き烏賊、何かゴムみたいな感触ね」
 もぐもぐと噛み続けながらミーナが苦笑した。
「そうか? この味がまた良いんだがな。少し醤油を付けると食べやすくなるぞ」
「芳佳ぁ~あたしにも焼きイカちょーだい!」
「熱いからふーふーして食べてね」
「いっただきー アチッ」
「ほらーもー言ったのにー」
「うん。でもおいしい!」
「良かった。喜んで貰えて」
「芳佳の作る扶桑の料理、変わったの多いけどあたしすきー」
「ありがとうルッキーニちゃん」

「芳佳ちゃん、一段落付いたら一緒に食べよう?」
「分かったリーネちゃん」
「じゃあ、シャーリーさんからお肉貰ってくるね」
「有り難う」
 一方で、木陰に陣取る北欧カップル。バーベキューの皿を手に、桜を見上げている。
 エイラが肉を一口食べた。
「シャーリーのバーベキューは美味いナ。サワークリームとベリーのジャムが有るともっと嬉しいケド」
「贅沢言わないの」
「分かってるッテ。サーニャが横に居てくれるだけで私は十分ダゾ?」
「エイラったら」
 サーニャは笑って、グラスの飲み物に口を付けた。そしてエイラの顔を見た。
「ねえエイラ、口汚れてるよ」
「エ、ホント?」
「私が取ってあげる」
 そのままエイラと唇を重ねるサーニャ。
「うはー、見せつけるなあ!」
「もう二人結婚しちゃえよ」
 ちゃっかり見ていたまわりの隊員達から冷やかされるエイラとサーニャ。
「そ、そんなんジャネーヨ……」
「エイラ」
 全く気にせず、腕を絡めてくるサーニャ。拒めず、困った顔をしながら肩をそっと抱き寄せるエイラ。
「ひゅーひゅーやるじゃーん」
「こらエーリカ。二人とも困ってるだろ」
「じゃあ、私達もやろうか?」
「競ってどうする……」
 悪戯っぽい笑みを浮かべるエーリカ。これは何か企んでる顔だと直感したトゥルーデは一歩身を引いた。
「逃げないのトゥルーデ」
「何かしようとしてるだろう」
「もちろん」
「ほら堅物、肉焼けたぞ。食わないのかい?」
「いや、貰おう。私は、お前の国の焼肉は嫌いではない」
「素直に『美味いから好きだ』って言えないのかね~」
「トゥルーデだからね~」
「あはは、ハルトマンが言うと説得力有るな」
「な、なんだと?」
「トゥルーデ、はい、あーん」
「えっ、いや別に……あーん」
「美味しい?」
「あ、ああ……うん」
 にやけるエーリカ、顔を真っ赤にするトゥルーデ。
「これだから二人は~」
「ふたりわ~ ニヒャヒャ」
 シャーリーの胸にもたれかかるルッキーニ。
「あたしにはやってくれないのシャーリー?」
「ほい、あーんして」
「あーん」

「今日は皆浮かれてるな」
 美緒が周囲を見渡し、呆れた表情を作る。
「貴方だってそうじゃない?」
 ミーナが美緒の横にそっと佇み、控えめな笑顔で言った。
「たまには、こういうのも良いんじゃない?」
 隊員達を包み込む桜の花。
 ふと、一陣の風が舞い、花吹雪となり、皆を包んだ。
「なるほど。確かにミーナの言う通りだ。良いかもな」
「美緒ったら」
 二人はそっとグラスを合わせ、きゅっと飲み干し、微笑んだ。

end



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