BLUE SKY


 上空。飛び去る一機の機影。渦柄のプロペラシャフトは、無骨とも
言うべきフォルムとは似つかわしくない優雅さで以て、大空を舞っていた。しばしの
空中散歩の後、機は踵を返して巣へと戻り行く。その気高き翼は、一度はもがれながらも
尚空にこだわり続けた、いわば空の僕の果ての形であった。

* BLUE SKY *

「異常なし。帰投する」

 哨戒飛行という名目の下、空中散歩を楽しんだゲルトルート。しかしそろそろ
飛行時間の限界が近くなったため、帰路へつくことにした。
 フラッケウルフ、Fw190。その中でも彼女の駆るD~6型、プロトタイプのエンジンが
生み出すパワーは、魔導エンジンに勝る勢いで機を推し進める。魔導エンジンの独特のサウンドや
振動、何よりあの自由な操縦感覚は手放し難いものがあるが、戦闘機も
決して悪くない。ウィッチ程とは呼べないまでも、ある程度の自由な
操縦感覚。ウィッチと共に飛べる速度。そしてそれらを超越して、
今の彼女にとってはこの空からの景色が楽しめるだけで、素晴らしい翼と言えた。

 現在のゲルトルート・バルクホルン少佐に、自らの体を飛ばす程の魔力はない。
せいぜいネウロイの障気から身を守る程度のものである。それもネウロイの絶えた
今となっては必要とされず、それでも空に魅入られた彼女は、こうして"哨戒飛行"に
出る他なかった。一応戦技教官や緊急時の指揮官は務めるものの、訓練生の
少ないこの基地において、戦闘機での戦闘経験のないパイロットなどお役御免だ。
まだウィッチ候補生が多数いれば居場所もあるのだろうが、ネウロイのいない
今ではそれも望めない。今や軍がゲルトルートのわがままを聞いていると
言っても過言ではなかった。

「でも、大・・・じゃない、少佐なら当然だと思います」
「は? いきなりどうした」
「いや、いつもパイロットって立場に疑問を持っていらっしゃるじゃないですか」
「・・・まあな」

 つい最近、転属になった通信兵。ミーナと同じく、管制業務と戦闘員を
兼任するウィッチだ。

「でも、あれだけの活躍をされたんですから、空に残りたいと思うのも、
それをきいてもらえるのも当然だと思います」
「あのな、レンナルツ。本来軍というのは常に戦力の求められる場だ」
「で、でも・・・」

 ヘルマは言い返そうとしたが、ゲルトルートにかぶせられてしまい、それ以上
続けることができなかった。

「お前もいずれ分かる。わがままを聞いてもらえるほどに成績を残した頃にはな」

 望んで手に入れたものに対してこんな評価だなんて、皮肉なものだ。しかし
それも、また飛べると喜んでいたあの時と冷静になった今とでは、考えが
変わるのも無理のない話であった。
 だが、ヘルマは小さく漏らす。

「・・・かわいそうです」
「え?」

 真意をはかり損ねたゲルトルートが聞き返すと、普段はゲルトルートに
憧れの眼差しを向けるヘルマが、珍しく厳しい口調で言った。

「ハルトマン大尉やヴィルケ中佐がかわいそうです」

 ・・・なるほどな、と思った。少しの間をあけて、ゲルトルートは長く息をはく。
最近、二人の元気がないと思っていたが、そういうことだったのか。

「最近、ずっと悩んでるんですよ、あのお二人」
「知ってるよ。・・・そうか、私のせいだったか」
「え、あ、いや、そういうわけでは
「いや、いいんだ。礼を言う、ありがとう」

 ゲルトルートは深く背もたれに身を預け、大空を見上げた。不思議なもので、
空は空から見ても美しい。

「・・・そうか」
「・・・だから、少佐は笑っていてください」
「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう」

 まだ振り切ることはできないけれど、それでも。少しでも笑っていようと、
ゲルトルートは前を向いた。それきり会話は途絶えたが、二人は妙な安堵感に包まれていた。

 ・ ・ ・ ・ ・

 半年ほど前の三月。ウィッチを卒業したゲルトルートが地上勤務に就いて、
二月が過ぎた頃だった。

「新型機の納入?」
「うん。今度の二十日」
「ふうむ・・・」

 プロトタイプが新しく納入される、という話だった。エーリカから聞いた
それに持った最初の感想は、この基地にそんなものを操れるウィッチなど
居ただろうか、という至極現実的なものだった。もう空には上がれぬ身の
ゲルトルートにとって、新しい翼など手の届く代物ではない。そうなると、
興味が薄れるのも必然であった。

「・・・気にならないの?」
「まあ、もう空の人間ではないからな」
「そう・・・」

 少し残念そうにするエーリカが印象的だったが、すぐに顔は入れ替わり、お披露目の際には立ち会ってほしいという業務連絡に変わった。

士官であるゲルトルートが、テストとはいえ新型の納入に立ち会わないのは
問題だろう。ゲルトルートは快諾すると、エーリカと雑談に興じた。

 ・・・だが、ゲルトルートの読みは大きく外れることとなる。

 迎えた三月二十日。ハンガーに向かったゲルトルートの目に留まったのは、
嘘のような光景だった。

「え・・・」
「あ、トゥルーデ!」

 嬉々として走り寄ってくるエーリカ。ゲルトルートは、ただ呆然と
立ち尽くすのみだった。

 そこにあったのは、グレーのシートに覆われた一機の戦闘機。この基地で
パイロット免許を持つ者は多くなく、すでに全員に一機ずつ割り当てをもらっている。
 ・・・否、唯一例外がある。ゲルトルート・バルクホルン少佐は、
パイロット免許を持ちながらも未だに機体を与えられていなかった。まさか、と思う。

「バルクホルン少佐、貴女には機体がない」
「は、はい」

 基地指令直々に言われ、少しばかり気迫に圧される。だが、次に放たれた言葉には、
流石に絶句せざるを得なかった。

「こいつがこれからの君の愛機だ」

 指令官がそう言うと、シートが丁寧に外される。

 ・・・ゲルトルートのかつての愛機と、全くといっても過言ではないほど
似通ったフォルム。無骨さの中に比類なき強さのイメージを持つその機は、
あまりに眩しい。それもそのはず、その塗装はゲルトルートのストライカーと
全く等しかったのだから。
 この機が誰かの愛機となり、そのオサガリを譲り受ける・・・、
それだけでも夢物語だと思っていたゲルトルートにとっては、あまりに
予想外すぎる展開であった。

「い、いえ、ですが
「トゥルーデ、前から飛びたがってたじゃん」
「だ、だが
「それともう一つ、君の親友から手紙だ」

 指令官はそういうと、一通の手紙を懐から出し、そして・・・

「『トゥルーデ、お誕生日』」

 ・・・無数のクラッカーの炸裂音が、一度に重なった。

『おめでとうございまーす!!!』

 そこに集まっていた全員から、そんな言葉を投げられて。ゲルトルートの
頭は真っ白になった。

「続きだ。『いつかまた、空で会える日を楽しみにしています』」

 ・・・ミーナもまた、アガリを迎えると同時にパイロット免許を取得した。
つまりは、そういうことなのだろう。

「国からの誕生日プレゼントだ。受け取りたまえ」

 ゲルトルートの膨大な戦果は、ただそれだけで価値のあるものだ。だが
祖国奪回戦闘における戦果は、それに増し加えてさらに大きな意味を持つ。
守れなくとも、取り返した・・・、それだけでも、専用機授与という報酬でも
足りないほどの成果だった。

「トゥルーデ。乗りなよ」

 エーリカが、笑みを浮かべる。・・・だが、不意に疑問が頭をよぎった。
いくらまだ現役とはいえ、単純な撃墜数、僚機無損失、他様々な面において
エーリカはゲルトルートを上回っているはずだ。なのに、たとえ今日がゲルトルートの
誕生日であろうとも、エーリカに褒美が無いのは不自然だ。加えて言えば、
統合戦闘航空団の運営という大役を務め上げたミーナが型落ちの機体を
受領しただけというのも頷けない。それを問おうとして・・・しかし、
エーリカが無理矢理背中を押す。

「はいー、いいからちゃっちゃと乗るー!」
「おい、ちょ、待、まさか
「はいはーい、乗りましょうねー」

 恥ずかしそうな笑みを浮かべるエーリカ。そこまでしたら、もう答えを
言っているようなものだ。・・・つまり二人は、自分を犠牲にしてまでゲルトルートに
新型を渡した。

 ・・・そこまでされてしまっては、拒むことなどできるわけもない。
確かに、新しい機体などへの興味は薄れていた。それでも心のどこかでは、
可能ならば翼がほしいと切望していた身。拒む理由など、もはやなにもなかった。
ゲルトルートは小さく笑って、そして愛する友たちの自分へ向けてくれた
愛情の深さに、わずかな涙を浮かべながら・・・


ありがとう。大事にするよ。


 ・・・三月二十日。誕生日おめでとう、ゲルトルート・バルクホルン。
 彼女は今日も、大空を舞い続ける・・・・・・。


fin.


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