vitamin drop
一人テラスに佇むトゥルーデ。手摺に手を置き、優しく吹き抜ける海風に髪を揺らし、その瞳は何を見ているのか。
表情は険しい……と言う訳では無いが何処か暗く、群青の海と空を前にして、何を考えるとでもなく、
ただただ、美しい景色を“睨んで”いるだけにも見えた。
「トゥルーデ」
聞き覚えのある声に振り向くと、何かが視界に飛び込んできた。ボールかと思い思わず手でぱしっと掴む。
見ると、真っ赤に熟した林檎だった。
「エーリカ、これは?」
「ビタミンのもと」
「何?」
「リンゴだよトゥルーデ。一日一個、リンゴを食べると医者が要らないとか、聞いた事無い?」
「栄養豊富な果物と言う事は知っている。具体的に何が豊富かまでは知らないが」
「ま、そう言う事」
「どう言う事だ」
「食べよ、トゥルーデ」
「あ、ああ」
エーリカに言われるまま、かぷっとリンゴをかじる。エーリカもトゥルーデの横でリンゴを食べる。
手摺にもたれかかりながら、二人はのんびりとリンゴの味を確かめる。
「甘いな」
「酸っぱさもちょうど良いよね」
「そうだな」
「今日は海風が穏やかで良いね」
「ああ」
それっきり、無言でリンゴを食べ、景色を眺める。
「このリンゴはね」
エーリカが口を開いた。
「リーネの実家から送られて来たんだって。大量の木箱に入ってた」
「ブルーベリーの次はリンゴか。リーネの実家は農園でもやっているのか」
「さあね。少し痛んでるのはリーネとミヤフジがジャムか何かにしてるみたいだよ」
「ほう」
「明日の朝食とかお茶会が楽しみだよね」
「まあ、な」
海風が二人の頬を撫でる。
「ねえ、トゥルーデ」
「ん?」
不意に、頬にキスされる。嫌がる素振りもなく、少し顔を赤らめるトゥルーデ。
「また、余計な事考えてたでしょ?」
「そう見えるか?」
「トゥルーデが一人でぼけーっと空眺めてるって、普通有り得ないし」
「何だそれは」
「似合わないよ、って事」
「私にだって、一人で過ごす時間位有っても良い、じゃないか」
「でも、その時間が悲しみにくれる時間だったら、私はそれを投げ捨てるよ」
「……」
「だからさ、トゥルーデ」
エーリカはちょっとにやけて、トゥルーデに腕を絡めて言った。
「もっと一緒に居ようよ? 一緒に楽しい事しようよ? その方が幸せと思うよ……でも、たまには」
「?」
「二人でこうして、景色を眺めるのも悪くないと思う」
「ああ」
「ずっと私達こうして居られたら良いのにね」
「同感だ」
「でも、そうもいかないか」
エーリカが基地の司令塔を見上げた。その瞬間、警報が基地全体に鳴り響く。
「行こう、トゥルーデ。私達の出番だよ」
「その様だな……ああ、エーリカ」
「どうしたの?」
「リンゴ、美味かった。有り難う」
「トゥルーデってば」
もう一度、軽くキスを交わす二人。
「楽しみは、後に取っておかないとね」
「そうだな」
二人はいつもと変わらぬ様子で、走り出す。守るべき者の為、守りし者となる為に。
end