i miss you
とある晴れた昼下がり、501にウィッチがやって来た。
とは言ってもストライカーを履いて飛来した訳ではなく、ロンドンの軍事務所への用事ついでに立ち寄ったのだ。
その人物の名は、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン。
彼女の渾名の如く、到着するなりニッカは全身で落胆の色を浮かべた。
「居ないのかよ、イッル……なんだよそれ」
「イッル?」
「誰です、その人って?」
ミーティングルームでニッカに紅茶を出したリーネ、お菓子を持ってきた芳佳が揃って尋ねた。
「あー、君らには分からないか。エイラ・イルマタル・ユーティライネンって馬鹿がここに居るだろ? そいつだよ」
「エイラさんの事だったんですか」
「でも何で『イッル』なんですか?」
「イルマタルの愛称でイッル。逆にイッルは私の事をニパって呼ぶけどな」
「エドワーディンなのに?」
「私はニッカだからニパ。その辺は細かい事言わない」
ニッカは紅茶に口を付けた。
「ほお、良いお茶だねぇ。こんなご時世に贅沢で良いね」
「リーネちゃん、お茶淹れるのうまいから」
「芳佳ちゃん、ここでそんな事言わなくてもっ」
「へえ~、二人は仲良いんだ」
「いえ、それ程でも……いたたっ」
「はい、とっても」
芳佳とリーネのやり取りを見ていたニッカは笑った。
「分かったよ。仲良いって事で」
ニッカはクッキーをつまみ、お茶を飲み、ふうと一息付いた。
「エイラさんは、今日付き添いでロンドンに行ってます」
事情を説明する芳佳。
「イッルが付き添い? 誰の? ロンドンに? 何で?」
疑問を口にするニッカ。
「サーニャちゃんが、オラーシャ陸軍の用事で出掛ける事になって、それでエイラさんが」
リーネも説明を補足する。
「それで……ってのが理解出来ないな」
「エイラさんはサーニャちゃんの事が……」
「あー大体分かった」
あっさり言葉を遮るニッカ。そして、はあ、と溜め息を付いた。
「イッルも昔は随分とんがってたのになぁ……」
「それ、どう言う事ですか?」
「聞きたい?」
「「はい」」
揃って頷く芳佳とリーネ。
「じゃ、暇だし話すか。イッルは昔から悪戯好きでさ、私達仲間をよくおちょくっては一人腹抱えて笑ってた」
「エイラさんらしいですね」
「でも、あいつはあいつなりに、色々仲間の事を考えてたんじゃないかって、今は思う」
「それはどうしてですか?」
再び軽く溜め息を付き、話を続けるニッカ。
「だってさ。私達が居るのはネウロイとの戦いの最前線。いつ襲ってくるか分からない。いつ出撃するかも分からない。
いつ休めるかも分からない。そして、いつ死ぬかも分からないって状況でさ……」
「……」
「気休めってか気晴らしって言うか、そう言うくっだらない馬鹿やって皆の気を紛らわせてたんじゃないかって」
「そうだったんですか」
「それにあいつは、仮にもスオムスのエースだ。エースらしく何か考えていたんじゃないか。もしくは全く何も考えてなかったか」
「それは……」
「エイラさんらしいですね」
苦笑する芳佳とリーネ。
「でもまあ、あいつにも501(ここ)で安心出来るツレを見つけたって事は……どうなんだろうね」
ニッカは寂しさが少し混じった笑みを浮かべると、紅茶を一気に飲み干した。
その頃、ロンドンでしきりにくしゃみをするウィッチがひとり。
「何ダヨ今日……風邪でもひいたカナ?」
「大丈夫?」
「全っ然問題ナイゾサーニャ。用事済ませたら何処か寄ろウ?」
暫く談笑していたニッカは、ふとミーティングルームに置かれた時計を見た。やれやれ、と口にする。
「もうすぐ出発しないとな」
「エイラさん、あと少しで帰ってくるのに」
「大丈夫。イッルの事だ、どうせ先読みだか何だかして、帰って来るの遅くなるよ」
「そんなあ」
「カタヤイネンさんはエイラさんに嫌われてるんですか?」
「どうだろうね」
「でもこの前来た時は……」
「大体想像付くよ。イッルは基本悪戯好きで大胆だけど、いざとなると……な?」
「た、確かに」
「流石、元同僚ですね」
「だから、そのサーニャとか言う娘にも、アレなんだろ?」
「いや、私達は、その件についてはノーコメントで」
「言わなくても分かるって。……てかその言い方で分かるから」
笑うニッカ。そして指をぱちんと鳴らして言った。
「そうだ、良い事思い付いた」
「はい?」
「前にイッルにやられた悪戯を、代わりに奴にやり返しといてくれない?」
「えええ? それはまずいですよ」
「私も、ちょっと……」
腰が引ける芳佳とリーネ。
「なんだなんだ、宮藤軍曹にビショップ軍曹。カタヤイネン曹長の命令だぞ?」
「こんな時だけ権力の行使は止めて下さい!」
「まあ良いじゃないか。なぁに、簡単な事だよ。ちょっとした催眠術だから」
「催眠術?」
「そう。催眠術。イッルは占いとかするだろう?」
「ええ」
「そう言う奴に限って、実は意外に掛かりやすかったりするんだ、これが」
「本当ですか?」
「多分ね」
「催眠術効かなかったらどうするんですか」
「大丈夫だって。じゃあやり方教えるから」
「は、はあ」
「ま、何か有ったら宮藤軍曹とビショップ軍曹の責任だから」
「えええ!」
「それは……」
「文句言うな! カタヤイネン曹長の命令だぞ?」
「ひ、ひどい……」
501基地を出て、待っていた乗用車に乗り込むニッカ。
車は手を振り見送る芳佳とリーネを残し、基地を後にした。
後部座席にふんぞり返ると、ぼんやりと空を眺める。
「ツレ、か」
ぼそっと呟く。
「今頃、イッル何やってるんだろうな……」
ふう、とため息が出る。
「イッルの、馬鹿」
小さく呟き、目を閉じた。
end