Fermata
白い背中の上、微かに残る傷に触れた。
「ん……」
僅かに身じろぎをするニパさん。その背中に向かい、身体に巻かれた包帯を解く。
夜も更けた医務室。ベッドから起き出そうとしていたニパさんを、そのままベッドの上に座らせ、彼女の背中に巻かれた包帯を解いていく。
包帯の下から現れる背中。そこに刻まれていた傷は消え、もう他の場所とほとんど見分けがつかない。この人の体質である回復能力のおかげだ。
──それにしても。
「本当に、反省してますか?」
「う……」
こうしてこの人を見舞うのは何度目だろう。被撃墜。事故。まるで死神に魅入られたかのように多くの墜落を経験し、ストライカーを失っているこの人。
私の問いかけに対して、ニパさんがおどおどと応える。
「ごめんって、言ってるじゃないか……」
「違います。謝って欲しいんじゃないんです」
「どういうことだよ」
「……反省して下さい」
「なんだよそれ……?」
ニパさんの怪訝そうな、すねた様な声。
「ストライカーの事なら、私だって気にしてるんだぞ」
「違います。そんな事を言ってるんじゃないんです」
「? じゃあ、なんの話だよ?」
心底不思議そうな声。ああもうこの人は。
いつも説教をしているせいか、私がまたストライカーを壊した事で怒っていると思っているらしい。
「昨日の作戦の事です」
「……昨日?」
「何であんなことしたんですか」
「何でって……」
ニパさんは不満そう。背後から見ても分かるぐらいぷくっとほほを膨らませて。
そんなニパさんの背中を眺めながら、私は昨日の記憶を脳裏によみがえらせ始める。
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昨日の作戦は、撤退戦だった。
放棄する拠点から物資や人員を後方に運び出す地上部隊を支援する、要は時間稼ぎ。それはやる気を持て余した私達502統合戦闘航空団のウィッチにとっては、取り分け意気の上がらない任務だったろうが、作戦そのものは順調だった。
全員が時間稼ぎという任務から逸脱することなく、堅実に任務を遂行。指定時刻が過ぎ、ポイント放棄の指令を受けて撤収。その時点では被撃墜もストライカーの損耗の報告もなし。私は安心して集結ポイントに向かい──やや気が緩んでいたのかもしれない。
乱戦の中で単機になっていた私は、すでに陣地を構築し始めていた地上型ネウロイの頭上に低高度で侵入。砲撃を回避する中で至近弾の爆風を受け、失速。回復も出来ずにシールドを展開しつつ墜ちていった時──ニパさんが私を抱きかかえていた。
「……あの時は、ああするしかなかっただろー?」
「そうですね。感謝してます」
極力そっけなく答えながら、その時感じたニパさんの身体の感触を思い出して、わずかに鼓動が早まるのを感じる。
「だったら、何で怒ってんだよ」
そんな私に構わず、なぜ怒られているか見当がつかない、と言った口調で聞くニパさん。
私だって別に、その事で怒っている訳ではないのだ。口には出せないけれど、その、嬉しかったし。でも。
「――なんでその後、攻撃に移ったんですか?」
「う……」
ぎくり。問い詰めるような私の声を聞いて背を伸ばし固まってしまうニパさん。
「高度を取って離脱って言いましたよね。私」
「それは……」
そう。問題はその後。
ストライカーが故障した私をある程度の高度まで引き上げた後、ニパさんはやおら降下し、地上部隊を攻撃し始めた。
もちろん攻撃といっても、ウィッチの持つ銃一丁で出来る事には限りがあるから、ネウロイの目を私から逸らす意味もあったのだろう。それでもビームが空を焦がし、榴弾の破片が降り注ぐ中を飛び続けた彼女。首筋だけでなく、腕にも、脚にも、頬にまで刻まれた傷。いくら私が無線で呼びかけても、この人はけろりとした声で「平気。心配するな」と言うばかりで。
(もう──)
大体、ニパさんがこんな事をするのは、これが初めてという訳でもないのだ。人並み外れた回復能力を過信しているのか、ニパさんはこの航空団の中でも先走って無茶をすることが多い。取り分け仲間が危うくなる様な乱戦の中では、進んで危険に身を晒している。
ニパさんの白い背中。そんな荒っぽい事をしてきたなんて思えない、細い背中を見つめる。
ニパさんがストライカーを壊して帰ってきた時はいつも、その整備に泣かされる人(私も含めて)のためについ説教をしてしまうのだけれど、本当はそんな損耗なんて、彼女が傷つくことに比べれば些細な事だ。
身を削られ、傷ついていくニパさんを見る時いつも私が感じる、怒りとも悲しみとも呆れともつかない気持ちを、この人は知らない。
「じゃ、じゃあさー」
ニパさんは恨めしそうに私のほうを振り返る。私の様子を伺いながら、おずおずと言い訳を始める。
「じゃあ大尉は、自分が撃墜されてもよかったって言うのかよ」
「そんな事は言ってません、でも攻撃するなんて無鉄砲すぎます」
「で、でも、あれだけのネウロイがいたんだぞ? 追撃してきたら地上部隊だって危ないだろ?」
「十分離脱してましたよ。それにそれを判断するのは司令部か、指揮官である私です」
「大尉、そもそも私たちはネウロイを倒すために戦ってるじゃないか! なのになんで怒られないといけないんだよ――」
「その為に作戦と指揮が必要なんです。勝手なことしないで下さい」
「……」
ぴしゃりと言うと、ニパさんはしゅんとしおれてしまう。こちらが何も言わなくても自発的に正座しかねない勢い。
「……ごめん」
小さな声で、またニパさんは謝った。背中を丸めてうなだれる。
「……」
言い過ぎただろうか。ニパさんのそんな姿を見ると、何だかとても悲しくなる。別にこんな姿を見たいわけではないのに。
本当は知っている。この人がカールスラント奪回という私達の任務を真剣に捉えている、とても真面目な人だと言うことを。戦場において先走ってしまうのも、叱られてここまで落ち込むのも、きっとそのせい。
そして私は知っている。この人がここまで任務に対して真剣になれる理由を。カールスラント奪回という使命に向かって突き進む訳を。
「ごめん……周り見えてないよね、私」
ぽつんと、小さな声でニパさんが呟く。
「早くベルリンを解放して、カールスラントを奪還して、そんな事をいつも考えて、焦っちゃってさ……。昔からの悪い癖なんだ」
ニパさんは膝を抱え、その間に顔を埋めた。
「……あいつにも、よく言われたっけ」
「……」
包帯を繰る私の手が止まる。
「――”ニパはのめりこむと周りが見えなくなから気をつけろ”って」
「……。イッルさん、ですか?」
思わず聞いてしまった問いに対して、ニパさんはうん、と小さくうなずく。
「向こうで会えたら、また笑われるかな――」
「……」
ずきりと私の胸が痛む。
――この人が見ているのは、ベルリンでもカールスラントでもない、欧州を隔てた反対側、そこに広がる地中海。そこにいる思い人、イッルさんの面影を、この人はいつも心に抱いている。
「……そう思うんだったら」
動揺を悟られない様に、落ち着いて言ったつもりだった。それでも声が震える。こわごわ何かに触れる様な、低く湿った声が出る。
「そう思うんだったら、あんな事やめてください……」
「……大尉」
「大体、私の事だってそうです。ネウロイの目を引き付けてくれた事は感謝しますけど、ニパさんが危険な事をする必要なんてなかったじゃないですか」
「そんな事ない。確かにやり過ぎたけど、大尉を逃がすためにはあれが一番良かったんだ」
「……でも危険なのは、ニパさんだって同じです。なのに」
「同じじゃない。大尉が撃墜されたら私達は戦えない。それとも大尉は、ネウロイの的になったままの方が良かったって言うのか?」
「そんな事言ってません。でも――」
「だったらいいだろ、私なら大丈夫なんだ」
「――だとしても!」
突然叩きつける様な言い方になった私の声に驚いて、振り返るニパさん。そのニパさんの顔を、正面からじっと見つめる。
あなたは何も分かってない。私がただストライカーのことで怒ってると思い込んでいて。傷ついたあなたを見て、私がいつもどんな気持ちでいたか知りもしないで。それであっさり「大丈夫」なんて言って。
「だとしても、大丈夫とか、平気とか、そんな事軽々しく言わないでください!」
映像記憶能力を持つ私の記憶には、墜ちて行くあなたの姿が焼き付いている。あなたの身体に刻まれた、幾多の傷を思い出す。
「あなただって不死身じゃない。いくら回復能力があっても、あなたが命を失う事態なんて、いくらでも起こり得るんですよ!?」
あなた自身が負う傷は、あなたの身体が消してくれる。でも、傷つくあなたを見続けなければいけない私は、一体どうすればいいんですか?
「あなた一人が戦っているんじゃないんです。あなたの後ろで、あなたと並んで、何人もの人が戦っているんです。あなたを見て、支えたいと思っているんです。
だから、そんな事言わないで……」
「……」
膝の上で手を握りしめて俯く。私の髪が顔に落ちかかる。
「……ストライカーの代わりはあっても、あなたの代わりはいないんです」
「……わたし?」
ニパさんの驚いた声。そうです、の返事の代わりに小さくうなずく。
――危なっかしくて、鈍くて、周りが見えてなくて、そのくせ一途で真面目で、仲間のために身を削る事を惜しまないこの人。なんだか放っておけない、最初はただ、そんな気持ちだったはずなのに。
イッルさんのことを知らなければ、私の気持ちはきっと信頼か同情に落ち着いただろう。この人に何度も守られなければ、きっとこの人を励ますことも出来ただろう。でも。
この人が傷つく事が、今の私には辛い。
「分かったよ、大尉……」
ニパさんが私の肩に手を添える。私の身体をそっと起こし、私の目を覗き込む。
「……心配かけて、ごめんな」
「……」
真剣に私の事を見つめている目。その目を見ると不意に泣きたくなるような感情に襲われて、咄嗟に目を逸らす。
それはとても安堵に似て、でもそれよりもずっと強くて。痛いぐらいに暖くて。それに身を委ねられたら、どんなにいいだろうと思うけれど――
「それでも……」
――でもきっと、違う。この人が見ているのは私じゃない。この真剣な目も、この人がこう言うのも、すべてあの人のため。そんな確信に近い不安。
「それでもきっと、あなたは無茶を止める気はないんですよね――」
「そんなこと……」
私の言葉を聞いて、ニパさんの身体が動揺に震える。
「――あなたが傷つくのは、イッルさんの為だから」
「大尉……」
何言ってんだよ……。弱々しく否定しようとするニパさん。
「そうでしょう?」
「……」
黙り込んでしまうニパさん。本当はカールスラントの事も502の事も、私の事も見ていないあなた。きっとこうしている今も、イッルさんの面影を心に描いているあなた。
「――私には分かりません、そんな気持ち」
薄く笑いながら顔を上げる。目の前にニパさんの泣き出しそうな顔。触れることも囁くことも抱き寄せることも出来ないくせに、ニパさんにこんな顔をさせてしまうイッルさんの事が、少しだけ憎くなる。
そして、ニパさんを追い詰めているのは、きっと私も同じ。
「分かりたく、ありませんから」
ニパさんの首に腕を回し、唇を奪った。
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「んんー……っ!」
ニパさんの頭を抱え、強く口付ける。
不意打ちのキスに身体を強張らせるニパさん。彼女の身体をきつく抱きしめ、強く唇を押し当てる。固く閉じられた唇の上を、私の唇が辿る。喉の奥でうめくニパさん。私を引き剥がそうとするニパさんの指が、私の肩にきつく食い込む。
「は……ぁ」
唇が離れる。ニパさんは荒い息をつきながら、潤んだ目で私を伺う。
「なに、するんだよ……」
責めるようなニパさんの瞳が私を見ている。顔を真っ赤にした、泣き出しそうな顔。
「……あなたを見舞うとき、病室の前でいつも思うんです」
首に腕を回したまま、身を寄せてニパさんの肩にもたれた。びくりと震えるニパさんの首筋に、私の長い髪が落ちかかる。
「――あなたが起きていなければいいのに、って」
「なんだよ……、それ……」
かすれたニパさんの声。唾を飲む音。その音を聞きながら、小さく呟く。
「そうすれば、あなたがこれ以上、あの人のために傷つくことはないもの……」
「大尉……」
「これ以上どこにも行かせたくない。あの人の為に傷ついて欲しくない――そう思ってしまうんです」
言いながら、苦い後ろめたさが胸を満たす。どこにも行かせたくない。そんな私の思いが、正しいわけがないことは分かってる。ニパさんから、空とイッルさんを奪う事。それをニパさんが望む訳がないことを。指揮官として、同じウィッチとして、言ってはいけない事だという事も。だけど。
「今度こそ帰ってこないかも知れない。そう思いながら墜ちるあなたを見ている、帰らないあなたを基地で待つ、私の気持ちが分かりますか?
なのにあなたは……いつも……」
それ以上言えなかった。口を開けばきっと、惨めな恨み言を言ってしまう気がした。
代わりに首に回した腕に力を込める。咄嗟に身を固くするニパさん。
「逃げないで……」
囁いて、なおもすがるように抱きしめ続けると、ニパさんの手が困ったように私の腕に添えられた。
「……」
その手の暖かさを感じながら、さらにきつくニパさんを抱く。
――この人の胸の中にあるものが、罪悪感なのか同情なのかわからない。私の中にあるものが、欲望なのか悲しみなのかもわからない。それでも今だけはこの人が欲しい。付き纏う死神からも、あの人の面影からも、あなたを奪い取りたい。
私にとってはとても心もとない、あなたが私に向ける気持ち。蜘蛛の糸の様に頼りないその気持ちを、無理矢理手繰り寄せてでも。
ニパさんの短い髪の中に手を差し入れ、それを首筋に滑らせると、ニパさんが小さく呻いた。耳の後ろ。昨日の作戦で負った傷。その傷跡を思い出しながら、そこに口付ける。
「ん……っ」
微かな汗と血の匂いを感じながら、きつく吸い上げると、ニパさんが声を上げる。ニパさんの身体に手を回して、強く抱きしめたまま口付けを降らせる。首筋に、耳に、唇に。
「ん……はぁ……」
私の唇が触れるたびにニパさんは小さな震え、吐息を漏らす。その音に勇気付けられながら、右手を滑らせてニパさんの胸に触れた。
「あ……」
汗でしっとりとした乳房をそっと持ち上げるように触れ、軽く指に力を込めると柔らかい感触が伝わってきた。もっと触れたくなるのをこらえながら、撫でるような力加減で刺激しつづける。
ニパさんははぁはぁと息を荒げながら、硬く目を閉じている。ぎゅっと力を込めて乳房を握ると、私の腕を掴んだニパさんの指に同じように力がこもる。胸の先端に指を伸ばす。人差し指と中指の間で挟んで刺激するとニパさんの先端が、次第に固さを増していく。
胸を弄る手はそのままに、空いた手を彼女の白い身体の上に這わせた。肋骨を数えるように、細いウエストを絞るように撫で上げる。
「……あっ……はぁ……っ、たいい……」
ニパさんの口から漏れる甘い声。艶っぽい、女の子の声。身体の芯がじわりと熱くなる。
「気持ちいいですか? ニパさん」
散々肌を撫で回し、先端を弄りながら囁き声で訊ねると、ニパさんは頬を染め、瞼をきゅっと閉じながら、いやいやする様に頭を振る。
「やだ……やめ……ろって……あっ……」
「――駄目ですよ」
そんな声聞かされて、やめられる訳ないじゃないですか。
早鐘のような鼓動と身体の熱さを感じながら服を脱ぎ、ニパさんに覆いかぶさる。肌を重ねると、私より少しだけ高いニパさんの体温が伝わってくる。それが私の身体に伝わるように、感じられるように、ニパさんの身体に自分の身体を押し当てた。
彼女の体に刻まれていた傷跡を思い出しながら、その場所に口付けていく。胸元にも、お腹の上にも、腕にも手にも。
――これらは全て、あの人の為に捧げられた傷だろうか。それとも少しは、私の為と思ってくれているんだろうか。思い出すたびにしくしくと胸が痛んで、辛くて、それでいて愛おしいあなたの傷。
「ん……」
唇が触れるたびに、小さなうめき声を漏らし、苦しそうに眉をしかめるニパさん。
「……イッルさんの事、考えていてもいいんですよ」
「ち、ちが……何言ってんだよ……」
「──うそつき」
「ひゃっ、や、あ」
笑いながら乳首に吸い付くと、濡れた感触に驚いたのか、ニパさんはびくんと身体を揺らせて私に応える。その反応が嬉しくて、滅茶苦茶に掻き抱きたくなる自分に必死で制止し、優しく、あくまで優しく、乳首を舌先で転がし、時々歯を立てる。洩れ出る声を聞きながら、ニパさんの身体を抱きしめる。
もっとニパさんに感じて欲しくて、右手を下に伸ばし、ニパさんのズボンに触れる。
「あ……た、大尉!」
その手の動きを感じて、ニパさんがぱっと目を見開いた。
「……駄目だって……」
「どうして?」
弱々しく私の手を掴むニパさんの手。構わずに彼女の太腿の中に手を忍ばせると、手に湿ったズボンが触れた。
「あ……」
ああ、私で興奮しているんだ、そう思うと火が付いたように、私の身体を興奮が埋め尽くす。
「ニパさん……」
「……だ、だから駄目だって……言ったじゃないか……」
ひどいよ……。耳元に唇を寄せ、囁きかけた私から逃げるように顔を背け、消え入りそうな声で言うニパさん。ぞくぞくする様な興奮が身体を這い上がるのを感じながら、ニパさんの身体をきつく抱きしめる。
「……可愛い……」
「は……ッん!」
囁きながら耳朶を軽く咬むと、ニパさんは鋭い吐息を洩らした。
そのままニパさんの唇に、ついばむように何度も口付ける。わずかに開いた唇の間に舌を滑り込ませると、抱えているニパさんの肌がぴくんと反応する。舌を差し入れて、ニパさんの舌に絡ませる。ニパさんの舌は最初は固く強張っていたが、教える様に丁寧に誘ってみるとと、おそるおそる私の舌に絡みつかせてくる。健気に私の動きに応え始めるニパさんの舌。その動きが可愛らしくて、いじらしくて、胸が一杯になる。
「ん……んぅ……」
舌を絡め取られながら、ニパさんの漏らす息が私の耳をくすぐる。口付けながら、ズボン越しに性器に触れていた指を動かし始める。
私の指の動きにあわせて、ニパさんの身体がぴくり、ぴくりと震える。ズボンの湿りが次第に増すにつれて、ニパさんは焦れたのかそれとも無意識にか腰をもじもじと揺らす。
「あ……」
ニパさんの唇の間から舌を抜き顔を離すと、唾液が舌の先端から糸を引いて落ちた。私の顔が離れ、手が止まるのを感じて、ニパさんが目を開きちらりと私の方を見る。蕩けた様な、切なげな目。私は下着に手をかけて「脱がせていいですか?」とニパさんに尋ねた。
「聞くなよ……バカ」
真っ赤になった顔を逸らして、怒った様に言うニパさん。その汗で濡れた額にかかる髪を払い、そこに軽くキスをしながら、そっとズボンを引き下ろす。微かに震える膝を開いて、その間に私の身体を入れてしまうと、ニパさんは観念したかの様に体の力を抜いた。
「ひゃ……ふ……」
直接指先で感じるニパさんの性器は熱く、滑らかに潤っていた。人差し指と中指を濡らし、裂け目をたどると、ニパさんが体を曲げて私の体にすがりつく。
「ニパさん……怖がらないで」
呼びかけながら指を使い始める。最初は軽く触れるような力加減で、でもすぐにそれだけでは満足できずに、性器を開き、指で辿ってニパさんの一番敏感な部分を探り当てる。
「う……あうっ! は……あ……あんっ! あ……」
円を描くように辿り、時々押しつぶしながら、指の腹で擽る。私の指の動きに合わせて、ニパさんの口から啜り泣く様なあえぎ声が漏れる。ニパさんの右手を解いて、細い身体を左腕でぎゅっと抱きしめた。抱きしめた手に、ニパさんの健気な鼓動が伝わる。ニパさんを弄る指に熱を込めると、その旋律は早く高くなる。それを感じて、私の心臓も壊れそうに高鳴る。
(……ニパさん……)
体温を伝え合って、鼓動を重ねて、肌を合わせて。そうしてあなたに伝えられたら。どれだけ私があなたを想っているか、それを解ってくれるなら。たとえそれでも、あなたがあの人の姿を追い続けるとしても。
指でニパさんの性器を弄りながら、そっと彼女の表情を盗み見る。固く閉じられたニパさんの瞼。
同情でも、ただ流されているだけでもいい、でも今は、今だけは、私の腕の中にいて下さい。あの人ではなくて私がここにいる事を、あなたに触れている事を、あなたを思うこの胸の熱さを、少しでも汲んで下さい。固く閉じられた瞼を見ながら、強くそう願う。
耳までを真っ赤に染めて、胸を喘がせるニパさん。目を凝らし、その姿を記憶の中に留める。私だけが見ているこの人の姿を。上気した頬を、喘ぐ唇を、漏らす吐息の色さえも。
「あっ、も……無理……だからぁっ」
ニパさんが喘ぎの合間に、濡れた唇でたどたどしく言う。その声と、溢れ出てて指を濡らす蜜と、私を抱きしめる腕の力が、ニパさんの限界が近いことを教えている。
「……我慢しないで、ニパさん」
「で……でも……、ああっ……んッ、や…あ、あああ……」
囁きながら指の動きを早め、つんと尖ったクリトリスをつまむと、ニパさんが一際高い声を上げて背を仰け反らせた。
「あ、ああっ……! あぅ……!」
びくん、びくんとニパさんの身体を断続的な痙攣が襲う。その身体を更に強く抱きしめると、ニパさんの両腕が私に絡み付き、ぎゅうっと抱き付いてきた。
「は……ぁ……」
ニパさんの身体から緊張が去る頃に、手を緩めてその背中をふわりと優しく抱き留めた。ニパさんは私を抱きしめていた手を倒し、呼吸を乱れさせたままシーツの上にくたりと横たわった。
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二人分の鼓動と、荒い吐息を聞きながら、ニパさんの胸に頭をうずめる。汗で濡れたニパさんの体から立ち上るニパさんの匂いと、私より少し高いニパさんの体温。それらに包まれながら、私は目を閉じる。
「……ごめんなさい」
小さく呟くと。ニパさんの手が私の頭に回される。すがる様に寄り添う私の頭の上に、そっと添えられるあなたの手。
その手は私の頭を撫でてくれる訳でもなく、抱き寄せてくれる訳でもないけれど――。その手が触れている事が、泣きそうな程嬉しくて、悲しい。
(……ニパさん)
あの人を心にとどめたまま、私を許してしまうあなた。その事に傷つきながら、それを受け入れてしまう私。出口の無い思いと知りながら、私はその感傷に身を浸す。
きっと明日から、あなたはまた、あの人の面影を追うでしょう。あの人の隣を飛ぶ事を夢見て、空の高みを駆けるでしょう。それはきっと私なんかが奪ってはいけない、私の好きなあなたの望み。だけど。
離れられない。離れたくない。古傷のようにいつまでも残り続ける痛み。それを感じながら、ニパさんの胸に額を強く押し当てた。
今はもう、穏やかな鼓動を刻み始めたニパさんの胸。その胸元に唇を当てる。
傷を拒むあなたの身体は、私がつける跡などすぐに洗い流してしまうだろうけれど。
(……少しでも長く、跡が残ればいいのに)
そう願いながら、彼女の肌に跡を印した。