love is blind


 曇天のスオムス。ようやく吹雪が収まったその頃、基地では隊員達がのんびりだらだらと暇な時間を持て余していた。
「なあ、何か面白い事無いか?」
 戦友とのポーカー勝負で三度目の敗北を喫したニッカが、隣に居たエイラに向かって声を掛ける。
「面白いって、お前自体が面白いんじゃないか」
「違ぇよ。そう言う意味じゃなくて。なんか退屈でさ」
「ハンガー掃除もしてきたらどうだ?」
「ふざけんな!」
「じゃあ、ちょっとした余興をやろうじゃないか。ニパ、頭貸せ」
「はあ?」
 何かをやり始めたエイラとニッカ。二人の様子に気付いた隊員達が、興味津々に辺りに集まる。
 ニッカの目を閉じさせ、何か耳元で囁きながら、頭をゆっくりと振り、揺り動かす。
 魔法の儀式にも似た行為が終わると、エイラはニッカを立たせた。
「ほれ、ニパ目ぇ開けてみ」
「? ……何とも無いじゃないか。何が面白いんだよ」
「ねえねえイッル、今の何?」
「じきにわかるよ」
 ふふ、とにやけ目を逸らすエイラ。
「ニパ、何とも無いの?」
 隊員のひとりがニッカの目の前に立ち、まじまじと見て呟いた。
「ああ。所詮はイッルのいたず……」
 きつく抱擁し、目の前に居る隊員にキスをするニッカ。
 余りの突然の事に、隊員達は最初何が起きたか理解出来なかった。
「ぷはあっ! ちょっと何するのよニパ!」
「わ、わ、私だって何の事だか分かんねーよ!」
 キスした隊員にビンタされるニッカ。
「いきなり酷いよ」
「そんな事言われても! 私にも訳が……」
「ニパ、キス魔になってるぞ」
「酔ってないよな?」
「酔ってねえ! 私はしらふだ!」
「じゃあなんでいきなりキスなんか……」
 隊員のひとりをつかまえ、強引にキスをするニッカ。
「ふざけんな! 何しやがる!」
「私のせいじゃない!」
「キスしてきたのお前だろニパ!」
「違う! これには何か……」
 そう言えば、さっきニッカの背後でげらげら笑っていた人物が居たのを思い出す。
 エイラだ。
「イッルてめえ! 何処行った?」
「イッル? さっきサウナに行くとかで……んんんっ!」
 ニパに話し掛けた隊員の一人がまたニッカのキスの餌食になった。
「な、何がどうなってるんだか分からねえ」
 わなわなと震えるニッカ。
「さっきイッルになんかされてたじゃん?」
「てかニパ、あんたさっきから人と目が合うたびにキスしまくってるけど」
「そうそれ! それだ! 原因はそれ!」
「じゃあ、こっちみんなニパ」
「……」
 原因らしきものが何となく分かった途端、距離を置き目を逸らす隊員達。
「ひでえ! みんなひでえ!」
「だってー」
「ニパに襲われるのはちょっと」
「私だって襲いたくて襲ってるんじゃない! これは全部イッルの仕業なんだ」
「でも実際襲ってくるのニパだし」
「イッルか、イッルなら何とかしてくれるんだな?」
「何とかって……原因そのものじゃないの?」
「そう言やそうだった。何処だイッル!?」

 そこへやって来たのは、エルマ。隊の上官として皆を纏める立場にある彼女は、書類を小脇に抱え、
全員に集合を掛けた。
「皆さ~ん、集まって下さ~い。これからのスケジュールですけど……」
 隊員達の様子がおかしい事に気付く。特に挙動不審なのがニッカだ。
「ニパさんどうかしたの? なんか落ち着き無いけど」
「悪いけど私に関わらないで。こっち見ないで」
 顔を背けるニッカ。
「え? 何処か具合でも悪いの?」
「だからこっち見ないでって!」
 心配になったのか、エルマはわざわざニッカの横に来て、顔を覗き込んだ。嫌でも目が合う二人。
 当然の如く、一秒後にはニッカの熱いキス攻撃を受けていた。
「……ひ、ひどい」
 ニッカを派手に突き飛ばし、涙目のエルマ。ニパは部屋の掃除ロッカーまで転がっていたが、バケツやらホウキやらを撒き散らしながら立ち上がり叫んだ。
「だからこっち見んなって言ったのに!」
「初めてだったのに……」
 しくしくと泣き出すエルマ。
「あ……、いや、これは事故、事故だからノーカウント! だってこれはイッルに呪いを掛けられて」
「呪いですって?」
 エルマの表情が変わる。そしてまたニパと目が合った。そして二度目のキス。
「ニパさん、私の事そんなに愛されても……」
「違う! エルマ中尉が好きなんじゃなくて……いや、そう言う意味ではなくて、とにかく違うんだってば!」
 困惑したニッカは叫んだ。
「イッルの馬鹿は何処だーっ!」
 恥じらいの表情を見せつつ、目は逸らして、エルマはニッカの服の袖を掴んで言った。
「責任、取ってもらいますよ?」
「えっ?」

 一時間後。ホウキを手にしたエイラとニッカがハンガーのど真ん中で突っ立っていた。
「それで、この騒ぎの罰として、私とニパがハンガー清掃三日なのか?」
「全部お前のせいだイッル! 何でハンガー掃除なんてやんなきゃならないんだ」
「まあニパはよくやってるからコツつかんでうまいよな、ハンガー清掃」
「ふざけんな! てか目見て話せ!」
「嫌だね」
「手前ぇ! あとさっきのヘンな呪い解けよ!」
「さっきの? ああ、催眠術の事か?」
「催眠……、術? 何だそれ?」
「暗示みたいなもんだよ。条件反射みたいに行動したり、身体が勝手に動いたりするな」
「なるほど……って気楽に解説してんじゃねー! イッルのお陰で私がどんだけ酷い目に遭ったか」
「さっきエル姉泣いてたぞ」
「全部お前のせいだイッル!」
 繰り返し強調するニッカ。
「大体目があった奴と片っ端からなんて……隊の皆と今後どう接していけばいいんだよ?」
「知るか。節操も雰囲気も無いよなニパは」
「イッルてめえ!」
 怒り心頭のニッカは、ぐいとエイラの襟首を掴んだ。
 目と目が合う。
 二人同時に、あっ、と言う顔をする。揃って顔が少し赤くなる。
「イッル……」
「ニパ」
 しかし、何も起きなかった。
「あ、あれ?」
「暗示も時間が経てば解けちゃうよ」
「な、なんだ。そう言う事か」
 ははは、と乾いた笑いで誤魔化すニッカ。
「ま、ニパと私がしたところで何もないけどなー」
 照れ隠しか、ニッカの手を解くと、顔を背けてひゅーと口笛を吹くエイラ。
「イッルの馬鹿ーっ!」
 ホウキをぶんぶん振り回して追い掛けるニッカ、けらけら笑いながら逃げてゆくエイラ。
 こうしてスオムスの夜は更けてゆく。

end


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