流るる刃を携え


 からん、ころん。


 心地のよい鐘の音が鳴って、扉が開かれる。すぐそこのカウンターに立っていた女性が、いつもどおりの穏やかな笑みで迎える。


 すとん、かたん。


 その笑みに対して落ち着いた歩みで応えると、客はカウンター席に腰掛けた。すぐ目の前に、飲み慣れたグリーンティが出される。
小さなマグカップは、常連に対して店のオーナーであるその女性が用意したささやかなプレゼントであった。



「いつ出るんだっけ?」
「明々後日です。そろそろ荷物の準備始めないといけないんですけど」

 気づいたら、こっちに来てからずいぶんものが増えちゃいまして。可愛らしい笑みを浮かべたその客は、紺色の軍服に身を包んだ
まだ十五になったばかりの少女であった。

「大変だねえ。それにしばらく会えないのはちょっと寂しいよ」
「ふふ。でも本当に大変なのは、これからですから」

 落ち着いた様子でそう話す少女は、まるでこの先をすべて知っているかのような達観した物言いだった。この店に通い始めた
当初はもっと元気であふれていた子のはずだったが、いつからこんな真面目な子に変わったんだろう。店主のそんな思いを
知ってか知らずか、少女はふっと吐いたため息のあとに続けた。

「戦争って、なんでもかんでも変えてしまいます」
「……そうだねえ。かくいうあんたが一番変わった気がするけどね」
「そういう意味で言ったつもりだったんですが、あはは」

 乾いた笑い。決してつまらないとかそういうわけではないが、あの何でもかんでも笑みを振りまいていた頃とは随分とかけ離れて
しまった。今でもそれができないわけではないが、この先のことを考えて意図的に封じ込めている。もう今後は、そんなにヘラヘラと
笑っていられるような状況でもなくなるのだ。
 世界は、刻一刻と変化していく。良くも悪くも、目に見えずとも。彼女は、それをよく知っていた。

「ま、こっちに戻ってきたらまた来てよね」
「ていうか、明後日まではまだ来るつもりですけど」
「そいつはどうもね」

 二人してくすくすと笑う。そうしていると、やがて再び鐘の音が響いた。店主の女性はそれよりも前に客の顔を見ていたようで、
一人目と同じくいつも通りの笑みを浮かべてもてなした。今度の客は、ああ、と小さく一言だけ返して、"一人目"のすぐ横に座った。
目の前に、湯気を立てるコーヒーが置かれる。

「お疲れさんね」
「疲れるようなことなんてなにもしていないけどな」
「今日はお休みですもんね」

 店主と客二人、三人はカウンターを挟んで少しおとなしい談笑を始めた。時折、そのマグカップにおかわりを注ぎながら、時は
ゆっくりと過ぎていく。
 ――そして時たま、店を出るほかの客が、その間際になって声をかけてくる。客二人は、それにも快く応じるのだった。

「あ、あの」
「ん?」
「はい?」
「……っ、やっぱり! あの、もしかして―――

 興奮した様子の少女が二人。そのうち一人が口を開こうとして、しかしそれは途中でさえぎられる。

「声がちょっと大きいかな?」
「あまり群がられるのも好きではないんでな、すまない」
「あっ! いえ、その、すみませんっ」

 それでもなお興奮冷めやらぬ様子の少女だったが、かまわず話を続けた。サインが欲しいんだったな、と口にすれば、驚いた反応が
返ってくる。

「はい、ぜひ……って、え?」
「わざわざ声をかけてくるなんて、すぐわかりますよ」

 かつて自然に出ていた満面の笑みを、封印から解き放つ。自分を尊敬、あるいは好いてくれる人を見ると、それも自然と出てきて
しまうものだった。

 ――差し出された一枚の色紙に、手書きの文字が二つ加わった。ゲルトルート・バルクホルン、宮藤 芳佳――。受け取った
少女たちは、おおはしゃぎで店を飛び出していく。

「まったく、あの程度で喜べるなんて気が知れん」
「私はともかくトゥルーデさんは当たり前だと思います」
「芳佳ちゃんさ、あんた自覚ないでしょ」
「え? なにがですか」
「優秀なやつほど自分のことには気づかないもんだ」
「……それって自慢してます?」


 柔らかな日差しの降り注ぐ午後。街の時間は、ゆったりと流れていた。



 * 流るる刃を携え *


 穏やかに流れる時間の中、それを打ち破るのはひとつの電子音。短くぴぴ、と二回鳴ったそれは、芳佳の耳元からであった。

「ん」

 髪をかきあげたその手で、さりげなくインカムに触れる。受信を知らせるための返信音を送ると、通信が繋がった。電子音が二回
連続で鳴る場合は、管制塔から直接転送されたことを意味している。芳佳は繋がったのを確認すると、一言簡潔に自分のコールサイン
のみ口にした。

「エース」
『"タワー"よ。例の施設に動きが見られたわ』
「……ヒートは」
『レベル・フォーね』
「了解」

 公共の場なので、あまり立ち入った話はできない。芳佳はできるだけ登録された言葉のみを使用して、周りの民間人に会話内容が
悟られないよう気を配った。

 ――要警戒レベル・フォー。最大シックスまで引き上げられることのある警戒レベルだが、それはスクランブル発進を意味しており、
通常使われることはない。すなわち通常業務の範囲内で最大といえばファイブになるわけだが、ファイブとなると作戦行動が当てはまる
ことになる。この間の渓谷突破なんかがその最たる例と言えるだろう。あれは戦時下でこそないものの、事実上戦争中とそう変わらない
動き方であった。そう、つまりレベル・ファイブとは大抵は戦争状態でしか使われないもの。
 そんな中での『レベル・フォー』。一応定義は、監視下において何かしらかが実弾兵器を用いた戦闘活動、あるいはそれに準ずる
行為を行った場合の対処、とされている。"それに準ずる"の中には射撃実験等も含まれており、特に国など権限を持つところからの
許可が出ていない場合は非常に危険。そのため『レベル・フォー』と言われたら事実上の出撃命令も同然であった。芳佳はマグカップの
中身をぐっと飲み干すと、代金は払わずにそのまま店を後にしようとする。

「それじゃ、ちょっと出てきます」
「気をつけてね」
「待ってるさ」

 ゲルトルートは特に芳佳のほうを見るでもなく、片手をあげるだけに留まった。店主のほうも慣れた様子で、軽く二、三回ほど手を
振ったかと思えば、もうその目はゲルトルートのほうへ向いているのであった。

「あんたは今日休みなんだよね」
「ま、私が出ようと出まいと、今のあいつには関係もあるまい」
「そんなこたないでしょうよ」
「どうだか」

 ふふ、と楽しそうな笑みを浮かべるゲルトルート。窓からは、もう芳佳の姿は見えなくなっていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 先日から、あるブリタニアの奥地の研究施設が妙な動きを見せている。しきりに何かしらの兵器と思しき物体を、建物から出したり
また戻したり――。何の作業かは知らないが、何かしらが進んでいるのは間違いない様子だった。アリアナブリッジ渓谷からさほど遠く
ないこの場所で、一体何が行われているかは誰も分かりえない。しかし少なくとも、それが良い方向に使われることがないのは間違いの
なさそうな雰囲気である。なにせ、気がつけば施設の周囲にあったはずの高さ数メートル程度の小高い丘がまったく綺麗に平らになって
いたのだから。それは均されたようなものではなく、まるで何かがそこを溶かし尽くしたかのように、綺麗な真っ平らに"消えて"いた。

 それ以降隙を見ては施設を監視するようにしていたのだが、ついに先日、リネットがその瞬間を捉えた。ボーイズライフルの予備を
改造して作られたズーム付偵察用カメラにくっきりと捉えられたその瞬間、無限軌道でありとあらゆる地形を走破しながら障害物を
熱線で焼き尽くす光景――。おまけに魔法力を吸収する能力を持ち、電波の形態をとった魔法力の反射で物を捉える固有魔法に対して
ステルス能力を持つという代物だ。つまりサーニャの固有魔法では見つけることができず、目視で見つける以外に発見する手立ては
ないことになる。
 そんなものを、今のこのご時世に生産したところでどんな価値があろうか。しかもこそこそと陰に隠れての研究とあらば、とても
正常なものとは思えない。そしてそれを決定付けるかのように、今まで人間の手によって使われたところではウォーロックかアリアナ
ブリッジ渓谷基地しか見たことのないネウロイのビーム兵器を使用できる。これは十中八九間違いなく、違法研究の結果生まれた
化け物だろう。

 更なる調査の結果、敵は上空に対して非常に広範囲なレーダーを持つことが判明。真上に対して放出されているものの、距離がさほど
届かないため高高度が死角になっているのがまだ救いといえよう。しかし横方向の範囲に関しては、少なくとも可視距離を超える範囲を
補えるほどの索敵能力を誇る。もうひとつの死角といえば地表ギリギリ、敵の車両と同じ高さ程度までの超々低空だが、周囲は起伏が
激しいとまではいかないまでもそれなりにあるのは事実。逆に言えば目視もされにくいので、その高さで飛ぶことができれば気づかれずに
すぐ近くまで接近することもできる。だがそれが可能なウィッチなんて、数えるのに両手も必要ないほどだ。そのため、破壊方法は主に
超高高度からの狙撃か超々低空からの進入か二つになるわけだが、普通は前者以外とる選択肢がない。だが、さすがに移動しながら狙撃は
不可能なので、狙撃時は停止している必要がある。上空は遮るものがないため、弾が着弾した角度を調べれば撃った場所など即座に
見抜かれてしまう。つまりは発射直後に移動しなければすぐにバレてしまうわけだが、しかし停止状態から即座に加速することは難しい。
特に五○一においては、それほどの長距離狙撃ができるというとリネットぐらいしかいない。リネットのストライカーでは、停止状態から
一気に『場所を特定されないほど』の急な加速を行うことは不可能だった。つまり、一発撃てばこちらの居場所はほぼ割れてしまう。
たとえ多少逃げ回ったところで、辺り一帯を丸ごとビームに吹き飛ばされてオシマイだ。となれば、高高度からの射撃もさほど現実的とは
いえない。

 しかし、あれをそのまま放置しておけば脅威になるのはまず間違いなかった。今のところブリタニアの軍部でも知っている人間は
いないということで、ともなれば公に知られては困るような研究をしているわけだ。今わかっているだけでも、抜群の走破性能に物理・魔力
両方のレーダーを潜り抜けるステルス性能、そしてすべてを溶かしつくすビームと、スペックは化け物だ。そんな化け物が世界に繰り出せば、
今の世界情勢は一気に崩壊するだろう。更に言えば、そんなものが近くにあれば、五○一の基地はいつ狙われるかわかったものではない。

 かくして、戦時下ではないものの正式な破壊命令が下った次第だ。上空から監視しつつサポートするリネットと、地表を掠めるほど
低空で飛びぬける芳佳の二人が出撃する。今のところ三両確認されているが、実際は全部で何両いるのかわからない。正確な情報も
分からないというのに大事なエースを単独で放り込むほど、リスキーな選択ができる状況ではない。そのため上空からリネットが監視し、
必要に応じて上空から狙撃。たとえ狙撃を行ったところで、芳佳が敵の気を引いておけばそうそう簡単にリネットのほうには攻撃は
いかないはずである。

 本来こういった奇襲は夜に仕掛けるものだが、連中は今までの行動パターンから見て確実に午後に活動を開始する。そして今までの
行動サイクルを考えると、今日は試射を行うはずだ。現に午前の偵察では、いつもは出てこないような時間でも辺りを元気に走り回って
いたのが確認されている。……間違いなく、連中は出てくる。



 芳佳とリネットはブリーフィングルームに召集され、簡単な攻撃プランの説明を受けた。だが敵がかなりの隠密性を維持しているため、
実際は現場合わせになる部分が非常に多い。ミーナとしては、適宜意思疎通を行い、状況に合わせて動いてくれとしか言えないのが
現状であった。

「それじゃあ、そういうことでお願いね」
「ハンター、了解しました」
「エース、了解」

 芳佳とリネットはそのまま出撃を命ぜられ、特に芳佳は基地に戻ってくるなりブリーフィングルームへ向かい、今度はその足で
ハンガーへ走っていく羽目になった。少しぐらい休憩を挟んでくれても良いものだろうとは内心思ったものの、それでも悠長なことを
言っていられる場合でもないことは重々承知している。廊下を走りながら、リネットに目を向けた。

「そういえば、リーネちゃんと二人で飛ぶのって久しぶりだね」
「うん! でも、どうせならもうちょっと気楽に飛びたかったなぁ」
「言えてるかもー……文句は敵さんにぶつけちゃお」
「了解しました、少尉どの!」
「え、ちょっと何言ってるのリーネちゃん」

 二人は笑い声をあげながら、格納庫へ駆けていく。

 美緒の手から離れてからは、得意分野の違いから自主訓練も別々に行うようになり始め、スクランブルでも二人で先行することは
少なくなった。更に芳佳に教え子が出来てからは、日常生活においても顔を合わせない時間が長くなり始め、最近はそれについても
特に何も思わなくなった。別に間柄が悪くなっただとかそういうわけではないのだが、それぞれの仕事が増えるに連れて時間が
合わなくなってきたというのが実際のところ。食事は今でも芳佳とリネットの二人で作ることも多いが、基本的に食事と風呂以外は
別行動になることが多くなっていた。風呂もここのところは時間がずれ込んで、顔を合わせてもすれ違いで終わってしまうことが
多くなってきている。そんな状態のため、空に二人きりで上がることなど滅多になかった。どちらかが誘って一緒に飛ぶことは
あっても、時間があって偶然一緒に、という入隊したての頃の流れはもう皆無に等しい。それ故に、二人で自由に話が出来る状態で
任務に出撃するのは随分と久しぶりだった。最後に記憶があるのは、ガリアのネウロイの巣が消え去ったあの時の帰りぐらいの
ものか。
 今となっては、相対的な立場はまったく変わらないものの、随分と立ち位置も変わった。階級も上がり、使用機材も増え、こうして
それぞれにしか出来ない『得意分野』を必要とされ、少数精鋭の任務に駆り出される。こんな任務はゲルトルートやエーリカの仕事だと
思っていた頃もあったが、今となっては少し前まで新入りだったはずの芳佳とリネットが適任と判断されるまでに至った。いろいろな
物が、この数ヶ月で大きく変わってしまっている。まあ、悪い面とも良い面とも、どちらとも言えないのが実際のところだが。

「……やっぱり、芳佳ちゃんはそれ持っていくんだ」
「ん? それ……って、これのこと?」

 ストライカーを装着しながら尋ねてくるリネットに、首を傾げながら手を当てて答える芳佳。ちなみに芳佳は既に装備を整えて
今すぐにでも滑走路に飛び立てる状態にスタンバイしている。
 芳佳が手を当てたそれは、左腰に携えられた真剣。扶桑の正式装備であるところの扶桑刀だった。本来退役するべき状態の美緒から
受け取ったもので、美緒は一応本国に保管しておいた予備の一本を送ってもらって使っているらしい。

「まあ、大分使えるようになったしね」
「すごいなぁ、芳佳ちゃんは吸収早くて……」
「そんなことないよー、同じ時間訓練したらたぶんリーネちゃんもうまくなれるよ」
「そうかなぁ」
「ていうかほら、いくよ」
「え、あ、うん」

 思わずぼうっとしてしまったリネットに声をかける芳佳。手を差し出すとリネットもそれを握って、すっと立ち上がらせる。別に
ただストライカーを履き終えた状態のままぼうっとしていただけなので、そんなことをする必要はなかったのだが。

 二人は管制塔に許可を取ってから、滑走路へ繰り出していく。任務へ出撃するのに、他に頼れる人がいないというのは少々不思議な
気分だった。それでも不安はそう大してないのは、戦場への慣れか、あるいは大切な人が近くに居てくれることの安心感か。お互い、
普通の友達とはもう少し違う、もっと大事な関係だ。ミーナの言葉を借りるのであれば家族といったところか。居て当たり前、居て
当然、そんな関係。
 戦地へ向かいながら、二人は談笑を交わす。

「でも、少佐大丈夫なのかなぁ」
「んー、まあ刀がある限りはたぶん」
「そ、そうなんだ……でも折れちゃったりしないの?」
「そのときは、ほら。私が持ってるから」
「ああ、渡すの?」
「ちがうちがう、私が坂本さんの剣代わりっていうのかな」

 若干格好いい台詞をさらりと口にしてしまう芳佳に、少々肩を落とすリネット。芳佳が少し慌てたようにどうしたのかと尋ねたが、
リネットはなんでもないとだけ返した。そんな風になれればいいな、なんて考えるリネットであったが、彼女は彼女で芳佳には出来ない
戦闘スキルを持っている。アウトレンジとも言うべき距離での戦闘は、さすがの芳佳でも難しいだろう。少なくとも入隊したての
頃に、相方に銃を撃たせ、それを回避した敵の未来予測位置に向けて撃つなんて高等な考え方が出来たのは、二人のうちではリネット
だけだった。

「私なんて遠距離攻撃しかできないよ」
「いや、私からしたら喉から手が出るぐらいそれほしいんだけど」
「えー、そうかなあ」
「ええっと……まあいいや」

 他人の感想に対して「そうかなあ」も何もないんじゃないか、なんて突っ込みを入れようとした芳佳だったが、飲み込むことにした。


 二人はとりとめもない会話を続けながら、戦地への航路を飛び続ける。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 かつて夜に飛びぬけた、深く長い渓谷。それを横目に見ながら、二人はひたすらに小さな起伏が続くばかりの開けた場所を飛び続けて
いた。荒野という言葉がぴったり当てはまりそうだが、そこまで広い場所でもなかった。



「ええっと……もうすぐ作戦開始ポイント、かな?」
「それじゃ、そろそろ切り替えようか」
「うん」


 まもなく、奇襲への準備を整える地点に到達する。そこで芳佳は高度を激突寸前まで下げ、リネットは失速寸前まで上げなくては
ならない。二人はそれまでの談笑を打ち切り、心を入れ替える。

 ――そこから、先ほどまでの宮藤芳佳とリネット・ビショップの姿が消える。次に現れたのは、五○一の頂点に君臨せんとする
威厳と、すべてを貫き通す鋭い眼光であった。


「確認します。作戦行動中は奇襲成功まで無線の使用は禁止、私は対地高度五メートル以下、ハンターは海抜高度一万メートル以上を
維持すること」
「了解」
「特にハンターは高高度仕様の機体ではないため、失速に注意して」
「了解です」

 階級は同じといえど、その技量は雲泥の差といっても過言ではない。芳佳がフォーメーションリーダーを務めたほうが作戦が円滑に
進むのは、火を見るより明らかであった。

 芳佳がいくつかの注意点を改めて述べた後、二人は一瞬顔を見合わせる。その瞬間ですべての意思疎通が終了し、ロッテはこの瞬間
一人一人の単独飛行へと変化を遂げた。



 ―――戦いの火蓋が、静かに切って落とされる!



「作戦開始。無線を封鎖します」


 言うなり芳佳はインカムを切り、同時に体を百八十度捻る。一気に急降下する体、地面がぐんぐんと迫り―――ぐっと体を起こす!
体を強烈なGが襲い、体の向きとベクトルとに相違が生まれる。無理矢理修正される針路、それはやがて地面と水平に移り――地面との
差、わずか三メートル!
 芳佳はまるでそこにレールがあるかのように、当たり前のように高度三メートルを維持して飛び続ける。少なくともピークとピークの
差が二メートルぐらいはありそうな起伏の真上を、当然のように飛びぬけていく。更に驚くべきは、その中にあってスロットルをほぼ
全開にまで上げている点か。芳佳の体は見る見るうちに加速していき、しかしそれでも高度三メートルは変わることがない。

 起伏を乗り越えつつ、できるだけ谷を選んで旋回を繰り返す――谷を飛んだほうが、視認性を落とすことができる。だがそれだけ
当然旋回半径も小さくなり旋回頻度も高くなるのだから、普通に考えれば常人には不可能な動き。それがどうした、こちとら渓谷だって
亜音速で抜けた身だ、この程度のことで泣き言を言うようなら家に帰ってゆっくり寝てろ!
 芳佳は内心中指をおっ立てながら、アリアナブリッジ渓谷侵攻時を上回る速度で飛ばしていく。渓谷に比べれば起伏が激しい分
速度の維持が難しいはずだが、彼女の前ではまるでそれが壁に感じられない。
 的確なロール角、最適なピッチ、瞬時の判断。すべてが最高レベルにまとまって、もはや誰も追随できない!



 一方で、雲を切り裂く乙女の姿もある。いや、そこにある顔はすでに乙女のソレではなく、獲物を見つけた狩人の顔だった。失速寸前まで
一気に上昇し、推力のまるで稼げない高高度でありながらもそれを感じさせない力強さを見せる―――手に持ったライフルが嘘のように、
体は大空を突き抜けていく!
 まさか対地攻撃専門とは思えないその勢い、形相。歪んだ笑みは、一目見れば悪魔も泣き出すほどのオーラを纏う。先を鋭く貫く眼光、
その先に見出すは一体何か――――リネットもまた、プロペラ機にとって限界というべき高さの壁を、まるでそこに何もないかのように
吹っ飛ばしていく! 速さが足りない? だったらエンジンをブン回せばいいだけじゃないか、簡単な話だ!



 やがてリネットが一歩早くターゲットの上空にたどり着き、急制動をかける。下方には既に三両の敵ビーム戦車が待機しており、
試射の準備を整えているようだった。覗き込んだスコープの先、芳佳は―――あと少し!




 この低空で異質なほどの勢いですっ飛ばす芳佳だったが、その中にあってさらにギアを一段、無理矢理押し上げる。エンジンストール
ギリギリの、いつ停止してもおかしくないギア比。だがそれだけに速度はまったく落ちることなく、それどころか徐々にエンジンは
回転を増していく。
 ――こうしておくと、高回転時に比べて音は格段に小さくなる。近づくなら、音は小さいほうがいい。芳佳はそのままで起伏の
隙間と隙間を飛びぬけ、そして―――ついに捉えた、起伏と起伏の間、一瞬だけ光を照り返した白銀のボディ! 狂ったような笑みを
その顔に湛え、芳佳はさらに加速する―――覚悟しろ、吹っ飛ばしてやる!!



「ん?」
「何の音だ」


 ―――暢気な敵の声。だがそれは、刹那の間を経て地獄へと切り替わる!!




「Yeeeeeeeeeeaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaahhhhhh!!!!!!!!」



 突如起伏から飛び出す、ひとつの影! 芳佳は予め構えておいた銃のトリガーを―――だめだ、照準があまりにずれすぎている!
だがここから敵に特攻するだけならば容易いこと。そこから少し軸をずらすだけなら、敵のすぐ脇を掠めるだけなら――早速の
出番だ、初撃を味わえることを誇りに思え!!

 鋭く光を照り返す一筋の刃、扶桑刀が何のためらいもなく引き抜かれ、そして!!


 芳佳が敵車両のすぐ脇を通り過ぎた、その次の瞬間――砲塔は真っ二つに割れ、既に戦車としての機能を失う。だが即座に反転した
芳佳を迎撃できる術など存在しえず、今度こそ狙いを定めた芳佳にとってそれは戦車などではない、ただの鉄屑に過ぎない!!

 視界を焼き尽くすマズルフラッシュ。雨あられと降り注ぐ弾丸は戦車の割れ目に次々と吸い込まれ、たった数秒後には―――
成す術もなく、盛大な爆炎と共に砕け散る!!

「これが新兵器? 笑わせるね!」

 飛びぬける芳佳。ようやく敵も迎撃体制を整え始めたが―――遅い、芳佳は反転して再び敵車両の群れへと突っ込む! 今度は
超低空を飛ばしながら真横に向けて銃を構え、そして飛びぬける寸前に引き金を一気に引く! 吹き荒れる鉛の嵐、真横から
無数に受けた二両目は見る見る火を噴いていき――!
 芳佳が最後に放った一撃が、崩れ落ちた装甲の隙間を潜り抜けてエネルギー結晶体へと吸い込まれる! 次の瞬間、一瞬で
飛びぬけた芳佳にまで衝撃波が伝わるほどの強大な爆発が一帯を襲う!!

 少し高度をとって振り返る。建物からさらに三両が追加で現れ、残り四両となった敵戦車隊。建物の規模を見るに、これが
現状実験配備されている個体すべてということになりそうだ。総力戦というわけか、たった二人相手に笑わせる! そのたった
二人を潰せぬ相手なんざに駆動し続ける価値などありはしない!!

『気をつけて、敵の陣形が整いつつある!』
「了解、ありがと!」

 ある程度高度を稼いだところでスプリットSで反転、急加速しながら敵に狙いを―――しかし今の瞬間に布陣を整えた
敵戦車隊が、ついに攻撃を一斉掃射する!!


「ほらほら、当ててごらんよッ!!!」


 親指を地面に向けて勢いよく叩き下ろす芳佳――凄まじい量のビームが一瞬で視界を覆い、格子状に展開されたそれは空気を
焼いて湯気を立て、しかし芳佳の体はおろか服にも掠りもしない! 歪な笑みをさらに深め、芳佳は格子状のわずかな隙間、
戦闘機の入る余裕もない場所へと体をねじ込む! 難なく格子状のビームを超えると、後は芳佳の独壇場――― 一両に狙いを
定め、力ある限り引き金を強く握り締める!!!
 吸い込まれるように伸びていった弾は、"あ"と発音するただそれだけの間に敵を炎へと変えていく! 白銀のボディは
一瞬にして真っ赤に飲まれ、そしてそのわずか一秒の時をあけ、戦車は周囲の砂と共に爆散する!!

 残る車両は三両、芳佳は再び敵から距離を置き―――しかし、ここで予想外の事態が発生する!

「っ!?」

 振り向いた先に伸びるは敵のビーム、しかしそれは芳佳の行く先を忠実に追尾してくる! 弾速こそ通常のビームより
遅いものの、それでも振り切れるほどの速度ではない―――見る見るうちに迫るビーム、芳佳は一瞬の判断でギリギリ
までひきつける!

 その先が、芳佳の服を焼くかと思われたその瞬間―― 一気に出力を跳ね上げロールをかます!! 一瞬足を下に向けた
ことで高度がふわりと上がり、ロールによりその余剰分を吸収―――かろうじて敵のビームを交わす!

 だがそれで諦める敵ではない。今度は芳佳の進行方向へ伸びると、そこからまっすぐ地上へ叩き下ろした!

「んなっ!?」

 真正面に壁を作られては、もはや手の打ちようがない。止む無く芳佳は、真上にも対応できるようシールドを斜めに
展開―――敵のビームの壁へと、真正面から突っ込む!!





 一気に地面へ叩きつけられる感触。通り抜けた時間はたった一瞬なのに、シールドを叩きつけるその力は圧倒的だった。
芳佳はその、一回瞬きをするだけの間でバランスを崩してしまう。もはやリカバリーは効かない、芳佳の体が地面へと吸い込まれて
いく。
 そこへ容赦なく降り注ぐ別のビーム。芳佳が見上げたその先には、真っ赤な光が広がっていた。


『芳佳ちゃんッ!!』



 ―――インカムに響く、ひとつの叫び声。



 次いで大空に轟く、大地を震わす鉄の咆哮!! 空が大きく鳴ったその刹那、芳佳を叩き伏せた車両が真っ二つに裂けて
火を噴く!!
 周りの起伏をすべて吹き飛ばし、平らに均すほどの爆風。先ほどから、たった一両破壊しただけで凄まじい爆発が起こる。
それもおそらく、ネウロイコア、あるいはそれに似たエネルギー結晶体のせいだ。そんなものを、野放しにしておいてたまる
ものか!! リネットは次のターゲットに狙いを定め、しかしそれは徒労に終わる。


 ―――地中で呻く、ひとつの轟き。悪魔はほんの数秒の間を空けて、地上に突如現れる!!


「ヒィーハァー!! 私を誰だと思ってんの!!!」


 刀を鋭く前方に突き出し、五両目の真下より一気に大空へ突き抜ける!! ど真ん中に風穴を開けられた車両は、ほんの
わずかなタイムラグの後に強大な爆発を大地と大空へもたらす! 芳佳を襲う炎は、しかし芳佳の体を傷つけるにはまだ
程遠い――こんなところで怪我をしているほどの余裕なんて、あってたまるものか! そんな余裕があるぐらいなら、
もっと速く捻じ伏せる!!

 最後の六両目は、芳佳を狙いながらも必死でリネットの姿を探っているようだった。―――ふん、それができれば世の中
苦労などしないのだ!

 芳佳はまたぐっと高度を下げ、そして――少し手を動かせば、地面に手を擦り付けてしまいそうな高度、なんと三十センチ!
そこを速度を落とすことなく飛びぬけ、構えた銃は敵車両の無限軌道を吹き飛ばしていく!!! あたりにばら撒かれる空薬莢の
数々、敵車両が煙を上げる!

 これはかなわないと、ついに全方位に対して砲撃を始めようとする敵―――だが、時は既に遅かった。芳佳の目に映ったのは、
エンジンルームを狙う赤一点。



 ―――きっかり二秒後。敵の車両は、一瞬にして炎の果てへと粉々に吹き飛んだ!!!




『ふう、敵はこれで終わり……?』
「続いて敵施設の攻撃を――


 研究施設への直接攻撃を敢行する。リネットは今度は建物に照準を合わせ、芳佳は建物の内部、コンピュータ等へ狙いを
定め――――だが、それは一瞬で瓦解する!!

『え?』
「なっ……」

 突如振動を始める研究施設。ソレは芳佳たちの目の前で、なんと四つの脚を伸ばして直立する!! 色こそネウロイでは
ないが、これは間違いない、かつて資料で見たことがある―――


「ジグラットッ!!」
『なんでこんなものが!?』
「ネウロイコアの産物だよ、趣味の悪い!」


 芳佳は咄嗟に身を翻し、リネットの下へと一思いに上昇する。―――だが、敵のほうが一歩早かった!!

 すべての窓をブチ破って露出するありとあらゆる砲、屋上を突き抜いて出現する高射砲……それらが一斉に火を噴き、芳佳の
針路を塞ぐ! 目の前で炸裂する無数の黒煙、背後から迫る雨のような弾丸、先ほどまで自分が放っていたそれらがすべて自らの
下へと襲い来る―――そんなものを恐れていて、空戦などできるものか!! 芳佳はシールドも展開せず、お構いなしで高射砲の
爆発の中へと突っ込んでいく!!!

 ――芳佳のすぐ脇、たった五メートルの位置に、信管を作動させた砲弾の姿が見えた。




 炸裂する弾頭、芳佳の姿は煙に呑まれて見えなくなる!! 上空から見下ろしていたリネットが思わず声を上げ―――しかし
煙から勢いよく繰り出す一人の魔女! 瞬時にシールドを張り、攻撃を刹那の間にいなす。芳佳の馬鹿げた魔法力故にできる
力技、流石のジグラットといえど芳佳のシールドまでは打ち破れない!


 やがて対空砲の届かない高高度まで退避すると、リネットも同じ高度まで降りてくる。……この高度は敵のレーダーの範囲内
だが、既にリネットの存在自体は敵にもばれてしまっている。どの道この場所までは対空砲火も来ないのだから問題もなかろう、
二人は敵を見下ろしながら声を掛け合う。


「……どうするの? あれは二人だけじゃちょっと骨が折れるよ」
「んー……盾がいない分、智子中尉みたいなことはできないかも。ま、今は中尉じゃないけど」
「こういうとき、ルーデル大尉はどうするのかな……大尉じゃないけど」
「……ふふ。きっと―――」


 芳佳はすらりと刀を抜き去って、左手に刀を、右手に九十九式を構える。

「――――こうするよッ!!」
「え? ちょ、ちょっと芳佳ちゃん!!??」



 ――芳佳のストライカーが盛大に火を放ち、一気に芳佳を弾き飛ばす!! 急加速し『落下』していく芳佳、ジグラットの
対空砲火は見る見るうちに近づき―――!!


「ハッハァ、Are you ready!? 派手にいくよ!! Come oooooooooooooooooooooon!!!!!」


 中指をおっ立てて叫ぶ芳佳、それに釣られてジグラットの火力は一気に集中する!!




 ――不思議な光景だった。芳佳の下へ弾は集中しているのに、一発たりとも芳佳を傷つけることはできない。いや、細かい
擦り傷や切り傷は無数にあろうとも、弾創はただのひとつもありやしない。……代わりに、芳佳の左手が異常な動きを見せる!!

「イイィィィィヤッハアァァァァ!!! どうしたのさ、私はここにいるってばよ!!」 

 襲い来る弾丸を九十九式の弾丸で相殺し、追いつかない弾は瞬速で放たれる鎌鼬が片っ端から斬り落とす!! 芳佳は抜刀する
際、一瞬で刀を抜き去ると同時に前方に対してまるでプロペラのように振り回す。するとどうだろう、鋭い風――鎌鼬は、芳佳の
なぞったとおりに空中で渦を巻いて襲い掛かる!!!
 エーリカのシュトルムにも似たそれは、芳佳の前方に飛び込むありとあらゆるすべての物質を等しく切り裂く!! 細かく砕けた
破片がぶつかることはあろうとも、弾丸に直撃するなどありえない!!

 一気に高度を下げたために高射砲さえ当たらず、そのまま芳佳は地表すれすれへと滑り込む!! 大地を踏みしめるジグラット、
その脚から生まれる地面と建物との隙間に、自らの体を捻じ込み――そして反対側から飛び出すと、今度は一気に上昇する!!


 ―――刹那、ジグラットの脚部周辺が一気に砕け圧壊、一階部分が消えてなくなる! 完全に動力を失ったジグラットだったが、
元々が固定砲台のようなものだ。これだけでは大して意味がない。……しかし、考え無しの芳佳でもない!


 敵はなおも芳佳に向けて無数の弾丸を放つ。だが、撃てば撃つほど銃身はぐらつき、そして次々に崩壊し―――砲がぼろぼろと
窓から零れ落ちていく! やがて崩れ落ちた砲と振動で耐え切れなくなった外壁が、轟音を立てて見る見るうちに剥がれ落ちていく!!
芳佳が口端を吊り上げ、いつしかジグラットの二階部分は中心部を残して崩れ去り―――しかしそれでも撃ちつづける高射砲は、
反動で建物を傾けていく!!


 ―――それでも撃ちつづける高射砲。倒れていく建物、壁が地面と接すると、もろくなった壁はただ押しつぶされるままに
崩壊していく。だがそれらの残骸から更に砲台が生み出され、生み出された砲台が芳佳を襲う。

 ……学習能力のないやつだ。芳佳は内心息を吐きながら納刀し、低く構え――――きっかり三秒後。目にも留まらぬ勢いで
刀を抜き去ると、その勢いのままに一回転! きれいに回転を終えたそのとき、ジグラットに構えられた九十九式は青い炎を
これでもかと撒き散らしている!!!


「目ン玉ひん剥いてよぉーく見てな」


 へっ。


 そんな笑みを浮かべて、芳佳が引き金を――――引くと同時、銃口から放たれたのはさながら戦車砲! アハトアハトも
真っ青のソレは、鎌鼬によって粉々に砕かれた弾をも巻き込んでジグラットへ襲い掛かる!!!


 ―――それでも、ジグラットは死なない。たとえ外壁を壊せたとしても、中心部を壊せなければ意味がない。今の芳佳には、
一撃でコアをぶち抜けるほどの攻撃力はなかった。この攻め方でも倒せないことはないが、ひどく時間がかかってしまう。


 ……だが、それでいい。



 そうでなくては面白くないのだ。




  ……そうでなくて、何のための家族だ!


「スーパーハンタータイム!」
『む、無茶振りもいいとこだよおおおぉぉぉ!!!』
「とかいって準備万端の癖に!」



 芳佳の見上げた先。銃の限界ギリギリまでこめられた魔力は銃に収まりきらず辺りにオーラを放ち、リネットの髪は吹き荒れる
魔力で盛大に乱れている―――ただでさえ桁違いの破壊力を誇るボーイズライフルが、今やかの列車砲さえも超越する存在へと
昇華している!!


「ブッ飛ばしちゃえ!!」
『それが小隊長どののお望みとあらばね!』
「えっへへ、小隊長ってなんかいい響きだね」
『……いくよ!』


 ジグラットが、尚も抵抗しようと高射砲を稼動させる。いっそ芳佳に直撃させてしまおうという腹積もりらしいが、それはそれで
手間が省けて結構なことだ。

 芳佳は納刀し、銃も収める。腕組して目を瞑り、巨大なシールドを展開。ジグラットを完全に無視し、何も口にしなくなった。


 ―――徐々に徐々に、芳佳へと照準を合わせるジグラット。その高射砲が、ゆっくりと向きを変え――――。



『―――Jack Pot』





   その瞬間、砲はリネットの真正面を向いた。


   何のためらいもなく引かれた引き金。


   それはボーイズライフルの砲身さえも吹き飛ばし、高射砲内部をブチ抜いた。



   ―――内部は弾薬庫。そこに火がつけば、どうなるかは誰の目にも明らかだった。



 音を立てて崩壊する建物。あちこちで爆発が相次ぎ、そして……ある瞬間、すべての砲が光となって弾け散る。それはネウロイの
散る姿にそっくりで、ようやく爆発が止んだ頃にはただ瓦礫の山がそこに鎮座するのみであった。

 腕組をしていた芳佳が、ゆっくりと目を開ける。その目は軽蔑するように見下しており、口はざまあ見ろといわんばかりだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その後の調査で、あの研究施設はたった数人で稼動していたことが判明。芳佳たちが戦車と戦っている際に避難し、戦車が
全滅した時点でコアの自己防衛プログラムを走らせたらしい。その『たった数人』は近くに待機していた連合軍によりあえなく
御用となり、更にその計画に携わっていた他のメンバーたちも続々と身柄を拘束された。

 結論から言えば、彼女たちの読みどおり、連中がやっていたのはネウロイコアの違法研究であった。マロニーがもたらした
違法ネウロイ研究の成果はブリタニアのありとあらゆる科学者たちを魅了し、今でもこうした違法研究が後を絶たない。これが
ガリア地方の解放から数えてもう三度目の出撃であり、今後は更に激化してくるだろうと誰でも予想できた。戦力分散の面から
ウィッチーズ隊の解散を望む声が高まる一方で、ブリタニアにおける違法研究対策のために残ってほしいという意見があるのも
事実だ。その狭間で翻弄される彼女たちだったが、それでも一応、明々後日には解散することが決定されている。果たして
これからどうなることか、正確なことは誰にもわからない。だが、ありとあらゆる陰謀が行き交う今のブリタニアにおいて、
平和が訪れるのはまだずいぶんと先になるようだ。


 ――二人は帰還した後、ミーナに今回の戦闘について改めて報告。作戦中は本部とは交信できない状況にしていたが、帰路で
ある程度は報告していたため、帰還してからはそう長く拘束されることもなかった。

「うーん、でも大半は芳佳ちゃんがやってたよねぇ」
「いやいや、リーネちゃんの強力無比な支援があったからであって」

 芳佳も視界の端でちらちらとは見ていたが、リネットの援護射撃は異常なまでの強力さを誇っていた。確かに、実際に止めを刺した
数で言えば芳佳のほうが圧倒的だったのは事実だ。だが射撃位置を感づかれないように芳佳に被せて援護射撃をかましたり、芳佳が
死角から撃たれそうになったときは牽制弾を撃ちこんだりなど、芳佳を徹底的にバックアップしていたのもまた事実。芳佳が後背を
ほとんど気にすることなく戦えたのは、リネットがいたからこそであった。おそらく一人ではこうは行かなかったはずである。

「ありがとね、リーネちゃん」
「ううん、そんな。私はただできることをやっただけだよ」
「今度リーネちゃんと飛ぶときは空中戦とかできるといいなぁ」
「えー、私苦手だなぁ……」
「前の大空中戦で私よりはるかに落としてたじゃん」

 前の大空中戦、とは芳佳の初戦果の時のことである。あの時、ペリーヌと共同ではあったものの、リネット自身が実際に仕留めた
数は芳佳よりも一回り多かったのだ。今でこそどちらが上かわからなくなったものの、あの時は偏差射撃が新人にしては上手かった
ぐらいしか芳佳の特長などなかった。きっと今なら、スコアでいい勝負ができそうなものである。

「……まあ、楽しみにしておくね」
「うん。それじゃ私、またちょっと出てくるよ」
「早く帰ってきてね、ご飯作って待ってるから」
「ご飯までにはちゃんと帰ってくるから大丈夫だよ。ありがとう」

 二人は軽く手を振って、正門と自室と、それぞれの行き先へと分かれていく。

 ――戦いの香りが再び近づきつつある中。それでも彼女たちは、日常の中の幸せを感じずにはいられなかった。


「……ところで芳佳ちゃん、どうやってジグラットの脚とか下のほう破壊したの?」
「ん? ああ、下にもぐったときにちょちょっと鎌鼬をぐるぐるっと」
「"ちょちょっと"って……ううん、いいや」
「どしたの?」
「ううん、なんでもない……」


 ……"ちょちょっと"出せてしまうような代物ではないはずなのだが。芳佳がやけに遠くに感じたリネットであった。


――――fin.




「お。おかえりー」
「少しかかったか」
「ま、ちょっと面倒だっただけです」
「今回は何だったの?」
「建物の形をしたハリネズミです」
「それってあれ? 五年前ぐらいに出た、例のあんたらんとこのエース二人が潰したってやつ?」
「そう、それです」
「あんなもの良く倒せたな、リネットと二人だけだったんだろう?」
「へー、そんな簡単に潰せるもんなんだ」
「いや、私とリーネちゃんだったから出来ましたけど、普通のウィッチにあれは厳しいと思います」
「……お前も言うようになったな」
「そ、そうですか?」
「……あんた、やっぱり自覚ないでしょ」
「まあ、出来るやつならしょうがない」
「だからトゥルーデさん、それ自慢にしか聞こえませんって」



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