piece by piece


「無くしたものを見つける」

 そんな走り書きが記された紙切れを見つけたトゥルーデは首を傾げた。
「何だこれは?」
 じっと紙片を見る。ノートか書類を破って急いで書き留めたものらしい。殴り書きに近く、誰の字か、までは分からなかった。
「まあ、後でミーナに渡しておくか」
 彼女なら朝礼やミーティング等で、それとなく持ち主を捜し当ててくれる、そんな気がしたからだ。
「さて、問題は……」
 紙片をポケットにそっとしまったトゥルーデは、悲壮感漂う決意にも似た溜め息を付き、とある人物の元へと向かった。
 執務室へ“連行”し、裁定を下す為だ。

「一体何回言ったら分かるんだ!」
 執務室に響く怒鳴り声。呆れ半分ながらも怒声の主を諫めるのは501隊長のミーナ。
 美緒はミーナの横で腕を組み、いつもの事かと無表情。
 同じく「いつもの事」と怒られるのも気に留めず横を向いてあっけらかんとしているのはエーリカ。
 同様に、毎度毎度の如く、雷を落としているのは、トゥルーデ。
「だってぇ~。トゥルーデ、この前もそれ聞いたよ」
「だから、何度同じ事を言わせれば分かるんだと言っている! 貴様それでもカールスラント軍人か!」
「規則規則って、うるさいなぁ」
「規則を守り、規律を守らねば、軍は成り立たん!」
 握り拳を作って今にも殴り掛かる勢いのトゥルーデ。溜め息をつくエーリカ。
「それで? 今回の懲罰は? トイレ掃除? 自室禁固?」
「貴様っ! 全然反省してないだろ!」
 トゥルーデとやり取りしてもラチが開かないと思ったのか、後ろの美緒とミーナに視線を送るエーリカ。
「ハルトマン、お前も少しは反省しろ」
「そうよハルトマン中尉。バルクホルン大尉は貴方の為を思って言ってるのだから」
 二人から返って来た言葉も、毎度お馴染みのセリフ。
 部屋の中が煮詰まりかけたその時、執務室の扉が控えめにノックされた。
「はい。何か?」
 ミーナが代表して、ノックしてきた人に向かい、声を掛ける。
「し、失礼します。あの、ウルスラ・ハルトマン技術将校が今お見えになって……こちらへ……」
 おどおどした声のリーネがドアの隙間から顔を出す。付き添いか、横に芳佳の姿も見える。
「後にしろ。今は……」
「は、はいっ」
 いつになく刺々しい声のトゥルーデ。リーネは声を聞くなり怯えてすぐに引っ込んでしまった。
 扉が閉められる。やれやれ、と溜め息を付く美緒とミーナ。
「トゥルーデ。貴方も少し怒り過ぎよ。リーネさん怖がっていたじゃない」
「間が悪い」
 ぴしゃりと言い放つトゥルーデに、美緒が首を傾げながら言った。
「バルクホルン。ミーナの言う通りだ。お前も少し頭を冷やせ」
「しかし、元はと言えば……」
「はいはい。バルクホルン大尉、もう退出して宜しい」
 ミーナはトゥルーデに向かって声を掛けた。
「なっ、何? どうして」
「お前は少し休憩して来い。ミーナはそう言う意味で言ったんだ。ハルトマンの裁定は私達二人が下す。
問題無いだろう」
「あ、ああ……。分かった。失礼する」
「……」
 エーリカはわざとトゥルーデを見ないフリをして、頭の後ろで腕を組んで平静を装った。
 それがまた気に障ったのか、トゥルーデはいらつきながら扉へ向かい、今にも破壊されそうな勢いで閉めた。
 ミーナと美緒はその態度を見届け、改めて揃って溜め息を付いた。
「トゥルーデも怒り過ぎだよね」
 ぽつりと言ったエーリカだが、何処か寂しさが感じられた。
「ハルトマン、お前ももう少しちゃんとしろ」
 美緒が呆れと諦めが混ざった顔で声を掛ける。ミーナは美緒を見て一瞬ふっと苦笑したあと、エーリカの方を向き、
書類に目を通し、凛とした声で告げた。
「ではハルトマン中尉。今回の処罰は……」

「自室禁固七日だってさー」
 特別に面会を許されたウルスラは、いつの間に“増殖”したのか恐ろしくモノが散らかり放題の姉の部屋で
処罰の報告を聞くと、眉間に皺を寄せた。
「姉様。私が来る時にタイミング良く禁固処分なんて止めて下さい」
「だってー」
「全く。仮にもカールスラント空軍のエースがそんな体たらくで……」
「トゥルーデみたいな事いわないの。……それとも、心配してくれるの?」
「当然。大事な姉様だから」
「ありがと、ウーシュ」
 エーリカは笑うと、がらくたを脇に無理矢理押しやって開けたベッドのスペースに座り、
部屋の中から発掘されたワインを取り出し、これまた何処からか出て来たグラスふたつを並べて置いた。
「ちょっと汚れてるけど、ま、いっか」
 服の袖できゅっきゅとグラスをこすって、ワインをこぽこぽと注いだ。
「今日は501(ここ)に泊まっていくんでしょ? 飲んで飲んで」
「有り難う、姉様」
「モノは沢山有るけどどれが何なのかよく分かんなくてさ~」
 笑うエーリカ。つられて苦笑するウルスラ。
「また、片付けます?」
「どうせ禁固だし暇だし、良いかもね。明日にでも……」
 そこに、手荒に扉をノックする音が。誰~? と抜けた声で返事をすると、がちゃりと鍵が開けられ、
同郷のウィッチが食事を持ってやって来た。
「ほら、晩飯だ……って二人で何を飲んでるんだ!」
「自室に有るモノだし、いいじゃん」
「不真面目にも程があ……」
「トゥルーデ姉様、落ち着いて下さい。シチューが零れます」
「あ、ああ。すまん」
 宥められたトゥルーデは、ベッドの脇にシチューの皿、スプーンを置き、パンを並べた。
「ほら、ちゃんと食べろよ」
「トゥルーデ、晩ご飯は?」
「まだだ。これからだ」
「じゃあ一緒に食べようよ」
「あのなあ。今夜はウルス……ウーシュの分も食堂に有るんだ」
「じゃあ持ってきてよ」
「何で私がそんな事を……」
「お願いしますトゥルーデ姉様」
「ウーシュまでどうした?」
「せっかく二人に会いに来たのに……寂しいじゃないですか」
 伏し目がちに答えたウルスラ。その姿を見て心揺さぶられたのか、トゥルーデはぶつぶつと文句を言いながら部屋を出、
数分後、三人分の食事が部屋に並んだ。
「今日の食事当番、リーネとミヤフジだね」
「そうだが? 何故分かった?」
「シチューの具。切り方にちょっとした癖が有るんだよね。あとは味付け?」
「成る程な」
「確かに、単純な塩味だけではない様な……」
 ウルスラもシチューを食べながら化学の実験らしく味の組成を確かめようとしている。
「あらかた、隠し味だとか言って醤油でも垂らしたんだろう」
「あ、それだよトゥルーデ」
「流石トゥルーデ姉様。当たっているかも知れませんね」
「な、何? 当てずっぽうで言ったんだが」
「独特の香味にまろやかな塩分……」
 ウルスラの科学的味覚分析。
「おいしー! トゥルーデ、おかわり」
「食堂からここまで持ってくるの、面倒なんだが」
「だってー。お腹空いたー」
「じゃあ私のを食べるが良い」
「ありがと、トゥルーデ」
 エーリカはトゥルーデの皿を取るとシチューをぱくついた。
 ウルスラはかいがいしく、エーリカの口の端を拭ったりしている。

 そんな微笑ましい光景をぼんやりと見、肘をついてすっかり和んでいたトゥルーデは、はっと我に返った。そして怒鳴った。
「貴様ぁっ! たるんでるっ!」
「いきなりどうしたのトゥルーデ?」
「トゥルーデ姉様?」
「いかんいかん。危うくお前のペースに乗せられる所だった」
 トゥルーデは咳払いをすると、何かを言おうとした。
「また説教?」
 何気ないエーリカの反抗の一言が余計にトゥルーデの心に火を付けたのか、トゥルーデは立ち上がり、
今にも怒鳴る寸前の顔をする。
 意外にも、止めたのはウルスラだった。
「トゥルーデ姉様。座って下さい。せめてご飯が終わるまで」
「し、しかし……」
「私達家族でしょう? たまにはゆっくり食事、したい……」
 トゥルーデの服の袖をくいっと引っ張るウルスラ。
「あ、ああ……うん。そう、だよな」
 トゥルーデはしおしおとしぼんだ蕾の如く、部屋の床にへたり込むと、手近に有ったワイングラスを取り、中身を一口飲んだ。
「それ、私の」
「少し位良いだろ。家族、なんだし」
 ウルスラの言葉をそのまま返すトゥルーデ。それを聞いたエーリカは微笑んだ。
「そうそう。家族だもんね」
 何処か納得いかないまでも、そのもやもやした気持ちをワインと一緒に飲み込んだ。ふうと息を付く。
「トゥルーデ姉様?」
「何だウーシュ?」
「トゥルーデ姉様の気持ち、分かります」
「な、何だ唐突に」
「分かります。姉様と、トゥルーデ姉様を見ていれば、すぐに」
「な、何故に」
 たじろぐトゥルーデ。
「いつも私を心配してくれてるんだよね、トゥルーデ」
 シチューを食べ終わったエーリカはトゥルーデに寄り掛かり、笑顔を見せた。
「わ、私は……同じカールスラント軍人として、だな……」
「ありがと、トゥルーデ」
「……」
「私からも言わせて下さいトゥルーデ姉様。有り難う御座います」
「ウーシュにまで礼を言われる筋合いは……」
「姉様をしっかり守ってくれている。分かります」
「そ、それは……」
 エーリカがトゥルーデの腕を持ち、皆の前で手を持ち上げ見せた。
 二人の指に輝く、お揃いの指輪。一片の曇りもない、二人の愛の証。
 ふと、トゥルーデの頬に柔らかい何かが当たった。エーリカの唇だとすぐに気付く。
 トゥルーデは下を向き、呟く様に喋った。
「それは……、確かに。放っておけない、から」
「それだけ?」
「エーリカ……。ウーシュの前でそれ以上の事を言わせる気か!?」
「良いですよ、言わなくても」
 ウルスラはにっこりと笑い、目の前のバカップルな“家族”二人を見つめた。
「それ程まにで、二人はお互いを心から信頼している。だからこそその裏返しで、と言う訳ですね」
「裏返し?」
「執務室の怒鳴り声、外まで聞こえて来ましたよ?」
「あの時外に居たのか、ウーシュ」
「ええ。後で改めてヴィルケ中佐にはお会いしましたけど」
「そうか。済まなかった」
「それは、案内をしたビショップ軍曹にも言ってあげて下さいね」
「あ、ああ。リーネにも悪い事をしたな……」
「トゥルーデってば」

 そのまま、ワインを回し飲みしているうちに時間も経ち酔いも回って来た三人。
 適当にその辺にある毛布を引きずり出すと、モノが散らかり狭いベッドに寝転がり、身体に掛けた。
「親子みたい」
「何で?」
「こう言うの、『川の字になってる』とか扶桑で言うらしいよ。家族の象徴なんだって」
「聞いた事無いな……宮藤か?」
 へへ~、と笑って誤魔化すエーリカ。
「トゥルーデ姉様の背中、おっきくて暖かい」
 酔ったウルスラもトゥルーデの背中を指でつんつんとつつき、さすり、甘えてみせる。
「ウーシュ、飲み過ぎじゃ……」
「あー、ウーシュだめだよ、トゥルーデは私のだからね」
「分かってますけど……少し位良いじゃないですか」
「少しだけだよ。三センチね」
「何でそこだけ具体的な数値なんだ」
「さあ」
「エーリカ、お前も酔ってるだろ」
「そんなことないよー」
「まあ、良いけどな」
 何か吹っ切れた顔をするトゥルーデ。そんな愛しの人を見たエーリカは、不意にぎゅっと抱きしめ、言った。
「ごめんね、トゥルーデ」
「今更何だ」
「色々と、さ」
「気にするな、エーリカ」
「ありがと、トゥルーデ」
 二人はそっと距離を縮め、軽く唇を触れ合わせた。微かに混じる、シチューとワインの味。
「姉様、ずるい……」
 ぼそっと呟く背後の声に驚き振り返ると、ウルスラは既に浅い眠りに入っていた。寝言か、とトゥルーデは微笑むと
ウルスラの顔からそっと眼鏡を外し、テーブルの上に置いた。
「あとでウーシュにもしてあげてね」
「いや、それは流石にどうかと」
「じゃあ、その分私に、もっと」
「ああ」
 ゆるゆると抱き合い、もう一度唇を重ねる。目を閉じ、感覚を集中させる。絡む舌、僅かに滲む汗、染まる頬。
「長い、キスだったね」
 余韻に浸るエーリカ。
「私の気持ち、だから」
 顔を赤らめ、答えるトゥルーデ。
「じゃあ、愛してるって、言って?」
「ウーシュに聞こえるだろ」
「寝てるよ」
 ウルスラには聞こえぬ様、耳元でそっと囁く。
「……愛してる、エーリカ」
「トゥルーデ、大好き」
 二人はもう一度、お互いを確かめるべく、もっと長いキスに浸った。

 翌朝、目が覚めたトゥルーデはポケットの中に仕舞いっぱなしの紙切れを思い出した。
 もっさりと起きてきたハルトマン姉妹に、それを見せる。
「あ、これ私の」
「エーリカの、だったのか」
「これ何処で拾ったの?」
「廊下に落ちていた」
「そっか。ありがと」
「しかし、この意味は何だ?」
「新聞か雑誌に書いてあった星占いでね。今週の私の運勢なんだって」
「なるほど。じゃあ私も姉様と同じと言う事ですね」
「そうなるよね」
「でも、これが占いだとしたら、当たってないんじゃないか? 無くしたものなんてそもそもないし」
「だけど、『見つける』って意味では当たってるかも」
「?」
「ね、ウーシュ」
「ですね、姉様」
 くすくす笑うハルトマン姉妹を前に、首を傾げるトゥルーデ。
「トゥルーデ見ぃつけた!」
「えいっ」
 エーリカとウルスラから同時に抱きつかれ、ベッドに押し倒される。何となく合点が行く。
 こんなひとときも悪くない……と流されっぱなし、頬が緩みっぱなしの“堅物”の姿がそこにあった。

end



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