fusion cuisine
「あら、また缶詰?」
ミーナは何気ない呟きのつもりだったが、言われたシャーリーは顔をひきつらせた後、
ややぶっきらぼうに、ぼそぼそと答えた。
「え、ええ、また缶詰です。……栄養、有りますよ」
彼女の“らしくない”反応に気付いて、慌てて言葉を足した。
「あのシャーリーさん、悪い意味で取らないでね。ただ、最近続いたから、その意味で。ヘンな意味じゃないのよ?」
「ええ。分かってます」
シャーリーは全員に缶詰を配ると、席に戻り、もくもくと食べ、一足先に席を立ち食堂から出て行った。
「私、悪い事言ったみたい」
目の前の缶詰を見、呟くミーナ。隣に座っていた美緒がミーナの顔を覗き込んだ。
「そんな事無いぞ」
「そうかしら」
「だって皆そう思ってる」
美緒は頷いた。
「でもね、み……坂本少佐。彼女の国からの有り難い支援物資な訳だし」
「しかし、こうも缶詰肉、缶詰肉、と続くと、流石に飽きるのも事実だな」
「今日もSPEM~ あっしたもSPEM~」
缶詰を開けずに手でくるくる回して遊ぶルッキーニ。食べる気は無いらしい。
「どうしたら良いのかしら」
途方に暮れるミーナ。
「缶詰以外を要求したらどうだ?」
「それは一層良くないと思うのだけど……」
「でも実際、缶詰余ってるよ」
中身を半分トゥルーデに押しつけたエーリカがミーナに言う。
「困ったわ」
「どうしたものか」
「あの……いつもそのままで食べるから、良くないんじゃないでしょうか」
リーネが意を決して発言する。
「つまり料理、と?」
美緒が聞き返す。自信なさげな返事を聞いた後、うーむと首をひねった美緒は芳佳を呼んだ。
「おい宮藤」
「なんでしょう?」
「扶桑料理、と言えばお前だな」
「は、はい? いきなりどうしたんですか坂本さん」
「よし宮藤、お前に命令だ。この缶詰肉を使って、シャーリーが喜ぶ様な何かを作れ」
「ええっ!? 扶桑料理で、ですか? それ、難しいですよ」
「何事も挑戦だ。任せたぞ宮藤! 扶桑料理の奥深さを見せてやれ!」
「は、はあ……」
美緒の笑い声を前に、気の抜けた返事しか出来ない芳佳だった。
厨房に並んだ野菜や調味料。その一角に置かれた、幾つもの青い缶詰肉。
「もう見るのもイヤだね」
手に取って苦笑いするエーリカ。
「そんな事無いぞ。これはこれで栄養が有り、空腹を満たせる」
トゥルーデの反論に更に反論するエーリカ。
「じゃあトゥルーデは、もう一個食べたい?」
「いや、さっき食べたばかりだし……今は」
「ほらー」
「芳佳ちゃん、何作るの?」
リーネに促され、芳佳はあれやこれや考えていたが、何か閃いたのか、頷いてみせた。
「リーネちゃん、手伝ってくれる?」
「いいよ、何でも」
「お、ミヤフジが動き始めた」
「何か手伝う事は無いか」
「あれ、トゥルーデやる気?」
「同じ隊の仲間は家族だ。つまり家族の手伝いをすると言う事で……」
「はいはい分かったよトゥルーデ。私も何か……」
「エーリカお前は何もするな! 見てるだけでいい」
「芳佳ぁ、あたし缶詰なら開けられる~」
「宮藤さん、ここはひとつガリアの肉料理に倣ってみては如何かしら?」
「ペリーヌさん、私、ガリアの料理はよく分からないので教えて頂けますか?」
「あらそう。ではいいこと? ガリアの肉料理に欠かせないのはソース、つまり……」
「芳佳ちゃん、何か手伝う事有ったら……」
「サーニャまで?」
何だかんだで、隊の全員が厨房に集まり、芳佳を中心に料理を作り始めた。
「……何か凄いな、この意気込み」
傍で見ていた美緒は他人事の様に呟いた。
「美緒、貴方が言い出したんじゃない」
ミーナは呆れ気味に言った。
「ねえシャーリー、お昼だよ。早く来てよ」
ルッキーニに起こされる。今日は非番だったので部屋でくつろぐつもりが、何故かもやもやした気持ちが晴れぬまま
適当に機械いじりをしているうちに、うたた寝をしていた。
「ああ、お昼か。食事当番は誰だっけ?」
「ニヒー 全員!」
「はあ? 何を言ってるんだ」
「いいから早く来てよシャーリー」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、食堂に連れて行かれた。
テーブルに並んだ料理の数々を見、シャーリーは驚いた。
「何だこりゃ! SPEMだらけじゃないか!」
「お前が言うか?」
トゥルーデのツッコミも気にせず、シャーリーは料理をひとつひとつ見て回った。
「凄いな! SPEM入りのスープに、SPEM入りのサラダ、SPEMのソテーに、SPEMの……こりゃ何だろ?」
「ちらし寿司に細かく刻んだのを混ぜてみました。缶詰肉は細かく賽の目に切って焼いてるんですよ」
「……これは?」
「おにぎりに軽く炙ったのを具として入れてみた。形は気にするな、はっはっは!」
「はあ……少佐ですか」
厨房を見る。散らかり放題の調理器具、あちこちに飛沫やら汚れやら……奮闘の跡が見てとれる。
「でも、何でこんな事を?」
いまいち理由が分からないシャーリー。
「お前を思っての事だぞ、リベリアン」
トゥルーデが腕組みして、シャーリーに言った。
「あたしの? 何でさ?」
「お前の国の缶詰肉でも、これだけ出来ると言う事を、隊の皆で示したんだ」
「それ、あたしに対する当てつけかい?」
「……何でそうマイナスな方へと取るんだリベリアン。皆を見てみろ」
言われるがままに、隊員を見る。
胸を張った顔、ちょっと気まずそうな顔、苦笑いした顔、やりとげたと言った顔……
そこに悪意は微塵も感じられなかった。
「さあ、シャーリーさん、座って」
ミーナに促され、ひとり席に着くシャーリー。そこへ隊員達が次々と料理を持ってきた。
「まずは前菜に、サラダです」
「ああ、ありがとうな……うん、普通にうまい」
「次に主菜ですわ。これはガリアの肉料理をヒントに、わたくしの監修で味付けを……」
「そ、そりゃどうも……」
「そのソテーは芋を挟んで焼いている。栄養的にも良い筈だ」
「合ってるけど、ボリューム有るな……」
「これ、お味噌汁です。油分抜くのにカリカリに焼いてみたんですけど、いまいちでしたね」
「……確かにいまいちかも」
「ちらし寿司と、おにぎりです。相性、意外と良いですよ?」
「……悪くないかな」
一通り食べてみたシャーリーは、皆の顔を見た。全員がシャーリーを見て、彼女の言葉を待っている。
「あー、えっと……」
何を言うべきか迷った。味はどうだとか、缶詰肉が……とか、細かい事は有ったが、その核心はただひとつ。
「みんな、ありがとう。嬉しいよ。おいしかった」
「良かったー」
「お気に召して頂けて何よりですわシャーリー大尉」
「これで缶詰肉も大丈夫だな、はっはっは!」
笑顔の隊員達。改めてここで全員で“試食”となり、賑わいを増した。
「あ、これならあたし毎日食べたい! ねえ芳佳ぁ」
「ええっ、結構大変なんだよルッキーニちゃん」
「ガリアのソースは絶品という事ですわね」
「良かったね芳佳ちゃん」
「リーネちゃんもありがとう。みんなのお陰でシャーリーさんに……」
「この酸味のあるご飯、おいしいわね美緒」
「それはちらし寿司と言ってな、めでたい時に食べるんだぞミーナ」
「おめでたい時、ねえ……」
様子を見ていたシャーリーの肩を、ぽんと叩くトゥルーデ。
「良かったなリベリアン。皆お前を心配していたんだぞ」
「心配されなくても別に……。でもまあ、嬉しい事は確かかな」
「リベリアンらしくないな。もっと楽観的に構えたらどうだ」
「カールスラントの堅物に言われたくはないよ」
大尉二人は揃って苦笑いした。
翌朝の食卓。ほかほかの蒸かし芋を囲む二人の大尉。
「また芋かぁ?」
「栄養が有って身体にも良い。食べ飽きないしな。そもそも、食えるだけでも有り難いと思え」
「あたしは飽きた」
「なら全部私が貰う」
「待て待て! じゃあこうしよう。この前のSPEMみたいに、何かバリエーションいっぱいの料理を……」
「リベリアン、お前料理出来るのか?」
「やるさ。宮藤とか……」
「他人任せか」
end