bad apple
まったく、いまいましい。
横で林檎をしゃりしゃりとむいている、あの手。
リーネさんもリーネさんですわ。何であの豆狸に付き合っているのかしら。しかもとびっきりの笑顔で。
それまで綺麗なまるい形、つやつやで、赤い色をしていた芸術の実が、いともたやすく「果物」に変わる。
全部、あの手のせい。一見して不器用そうな、細く華奢な指。
うさぎさん、とかかっこつけている場合でして?
リーネさんもそこは笑うところじゃありませんでしてよ? シャーリー大尉にルッキーニさんまで。
あら、わたくしに、ですの? それは……い、いただきますわ! 捨てるなんてとんでもない!
せっかくの林檎が可哀想ですわ。
不思議なものですのね。
もとは同じものなのに、切り方ひとつで食べやすくも、面白い形に細工も出来る。
その手……。いえ、手の動きを褒めているのではなくてよ。その果物ナイフ、よく切れると感心していただけですから。
そう言えば、坂本少佐も仰ってましたわね。
「扶桑には『活人剣』というものがある」
と。流石は武士道に通じた坂本少佐ですこと。
……詳しくは忘れましたけど、要は「人のためになれ」ということですのね。
ガリアの「ノブレス・オブリージュ」に近いのかも知れませんわね。
宮藤さんの扶桑料理。確かに辟易するものも多いですけど、ひたむきな事だけは確かですわね。
栄養だけでなく、色々と皆に気を使っている事も。
貴方は坂本少佐やわたくしと違って剣を振るう事は無いけれど、別のかたちで……ひとを活かし、
元気付けているのですわね。
治癒魔法もそう。その掌から放たれる光は、やさしく人を包み込む。一体何人のウィッチを助けて来たか。
その手が。
貴方の手が作り出す、料理。目の前にある、見事にむかれ、切り分けられた林檎ひとつとってもそう。
……うさぎさん。
ルッキーニさん、その林檎はシャーリー大尉ではありません! 食べてどうするのです!
と言うかそれわたくしのですわ! お待ちなさいこの泥棒猫ッ!
……え、もう一個切るから良い、ですって? シャーリー大尉と宮藤さんがそう言うなら。
また目の前で林檎がむかれていく。皮が長く、切れずに綺麗に帯の如く。
またうさぎさん、ですの? 他には何かありませんの? 耳を短く切って、……猫? こじつけですわ!
まあ、いいですけど。いただきますわ。
リーネさんのご実家から差し入れられた林檎は、とてもみずみずしくて美味しい。それは事実。
わたくしも、出来るならば、もっと料理がうまくなりたい。たとえ果物を切り分ける、そんな些細な事でも良いから。
そうすれば、わたくしも、もう少しは皆に認めて貰えるかも知れない。
宮藤さんの、その手が有れば。その手さえ。
……いえ、手だけ有っても仕方ないですわね。わたくしったら一体何を考えているのかしら。
何でも無くてよ、宮藤さん。こっ恐い顔なんかしてませんわ!?
わたくしも今度、リーネさんと宮藤さんに料理を……。機会が有れば……。
end