twilight


 またあの夢。
 気付いた時にはベッドから飛び起きていた。胸の鼓動が止まらない。額の汗を拭う。
 深く深呼吸してみる。ごくり、と唾を飲み込み、息を深く吐き出す。
 そのまま、あの“想い”も何処かへ行ってくれれば良かったのに……、まだ私の胸に留まり、突き刺さり、かきむしる。

 忌々しい。

 晴れぬ気分のまま、誰一人居ない廊下を抜け、テラスに出てみる。
 夜風はひんやりと心地良く、汗ばんだ身体をクールダウンしてくれる。
 夜の海は漆黒の闇。星と三日月が微かに海面を照らし、さざ波の輪郭が朧気に浮かぶ。

 あの時。
 どうして言えなかったのか。
 あの時。
 何故、もっと強く腕を掴めなかったのか。
 どうして。
 もしかしたら、僅かでも変わっていたかも知れない。
 なのに、私にはその勇気が無かった。ちからも無かった。

 もうどうしようもない過去の事なのに、今も私の胸をきつく締め上げる。
 テラスを叩いたところで刻が巻戻る筈も無く。
 ただいたずらに夜が過ぎていくだけ。
 そう、今は眠りの時。皆、棺に寝かされた者の如く、静かに過ごしていく。

「夜風に当たり過ぎは身体に毒だぞ、ミーナ」
 ……びっくりした!
 美緒、驚かせないでよ。いつからここに?
「先程お前が廊下を歩いて、テラスに向かったのを見掛けたんでな、様子を見ていた」
 気にしなくても良かったのに。それに、ずっと見ていたなんて趣味が悪いわ。
「放っておけるか。随分と深刻そうな顔をしていたじゃないか」

 それは……。

 やっぱり貴方の目は「魔眼」なのね、美緒。
 ちょっと昔の事をね。思い出していたの。正確には夢で思い出して。それで、ちょっと……
「そうか。無いとは思うが、まさか身投げでもしやしないか、気が気ではなかったぞ」
 やめてよ。そこまでする程、私は馬鹿じゃない。

 でもね、美緒。
 思う時があるのよ。
 あの時どうして、一言言えなかったの、って。どうして、もっと何か出来なかったの、って。
「それでなにかが変わっていたかも知れない、と言う事か?」
 ええ。そう言う事になるかしら。

 何故笑うのよ、美緒。しかもらしくなく苦笑いなんて……。
 ちょ、ちょっと美緒やめて。誰か見ているかも知れないのに、ここで抱きしめるのは……
「考え過ぎだ、ミーナ」
 耳元で囁かないで。
「確かに、過去を顧みる事は必要だ。でも、過去ばかり見ていては、未来は見えない」
 ……。
「前を向いて、進むしかないんじゃないか? ミーナ」
 分かってはいる。分かってはいるけど……。
 違うのよ、美緒。
「何故泣く」
 貴方のせいよ。美緒。
「すまない。お前の気持ちを考えもしないで。でも、ミーナ、お前にはいつも笑っていて欲しいんだ」
 そんな事、今のタイミングで真顔で言われても、……何だかおかしくなっちゃう。
「気苦労が絶えないからな、ミーナは」
 心配してくれるの?
「勿論だ。……何故かって? それはミーナだからだ」

 美緒、そろそろ、部屋に戻りましょう? ここで涼んでばかりも……。
「そうだな。夜風に当たり過ぎは良くない……って、これはミーナ、お前が以前、私に言った言葉だぞ」
 あら、そうだったかしら。
「ああ。前に私が同じ様に外に居た時、気を遣ってくれた。覚えてないか」
 ……そんな事も有ったかしら。
「じゃあ、あの時のお返しだ。私が茶でも淹れよう。リーネみたいに美味くはないが、ミルクティーでもどうだ」
 嬉しいわ。
「温まってよく眠れる。……まあこれもお前がしてくれた事なんだが」
 ちょっと、美緒ったら。
「まあ、ともかく……」
 どうしたの、改まって。
「悩み事が有ったら、遠慮なく私に言ってくれ。何でも聞く。出来る事なら何でもする」
 どうしてそこまで私を? って聞くのは野暮ね。有り難う、美緒。

 私は、確かに昔幸せではなかったかも知れない。
 現に今、戦いの最中にある。死と隣り合わせの日々。仲間をいつ失うかも知れない恐怖。
 でも、大事なひとが、私の肩を支え、夜風から身を守り、折れかけた心をいたわってくれる。
 こんなに幸せな事、有って良いのかしら。
 いつもは何かと大笑いするのに、こう言う時だけ笑わないのも、貴方らしいわ、美緒。
 だから、私は貴方と……。

「どうしたミーナ、私の顔に何か付いてるか?」
 ちょっと。
「? ……ってミーナ! 誰か見ているかも知れないって言ったのお前だろうに。ここでキスなどしなくても」
 少し位なら大丈夫よ。慌てても遅いんだから。
「……ま、まあ、ミーナは大丈夫だな。さっきに比べて顔色も良くなった」
 貴方のお陰ね。有り難う。
「私はこれと言って……」
 そうやって、照れ隠しなのか天然なのか分からない所も、貴方の魔力、いえ魅力なのかもね。
 扶桑の魔女。
 貴方と居ると、前を向いて進む気になる。不思議ね。
 貴方が好き……、だから、この気持ちは忘れない。
 明日の朝も、きっと素敵。貴方も、私も。

end


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