ロスマン先生の軍事教練


「はい。では、今日の講義はこれでおしまい。
今日やったところは各自よく復習しておいてくださいね」
教卓の上のカールスラント空軍教範をエディータ・ロスマン曹長がぱたりと閉じる。
その瞬間、いままで大人しかった生徒がざわつき始めるのはいずこも変わらぬ、
世の常である。

「ふぅ~。やっと終ワッタ~」
椅子に座ったまま、ニパことニッカ・エドヤーディン・カタヤイネン曹長が
ぐうっと伸びをする。
「やっと、ってほどのもんか?ま、ニパは普段から勉強してないからな」
とつっかかるのは、小さなデストロイヤー、菅野直枝少尉。
「ナンだよ。そういうお前はどうなんダ?」
「ふん。オレはこう見えても文学少女なんだぞ。
お前みたいな奴と一緒にすんな、バカ」
「バカとはなんダ!バカとは!」
「っんだよ!やんのかコラ!」
「もう~、管ちゃんもニパちゃんも喧嘩はやめようよ~」
そんな二人を見ていて、困ったような泣きそうな顔をしているのは
ジョーゼット・ルマール少尉。
ちなみに、きちんと授業を聴き、教本を開き、ノートをとっていたのは
彼女だけだったりする。

「ほーら!二人とも喧嘩はしない!仲良く、仲良く。ね?」
ロスマンが直枝とニパの間に立ち、二人をなだめる。
「でも!なんで私がこんなちんちくりんにバカっていわれなきゃならないんダ!」
「バカにバカっていって何が悪いんだよ、バーカ!」
「もう、二人とも、やめなさいって!」
ロスマンが直枝を、ジョーゼットがニパを押さえて二人を引き離す。
「そんなに力が余ってるんだったら、二人とも滑走路走ってきなさい!」

「それとも、ハンガーで正座のほうがお好み?直枝さん、ニパさん?」
「ゲッ……」
「ポ……ポクルイーシキン大尉……」
ニパと直枝がひきつった顔で教室の後ろを振り返ると、
いつの間にやってきたのか、そこにはアレクサンドラ・ポクルイーシキン大尉の姿があった。
整った人形のような顔は笑っているのに、目だけはまったく笑っていないのがとても怖い。
「訓練の準備をしにハンガーへ行ったら壊れたストライカーユニットが
2台転がってたんだけど、どうしてかしらね?」
「あ……イヤ……なぁ、直ちゃん」
「そ、それは……なぁ、ニパちゃん」
お互いにアイコンタクトをとり、口を濁す二人。額からは冷や汗がたらりとたれている。
「とにかく。二人からはくわしく話を聞きたいからハンガーまでいらっしゃい」
「あ……」
「え……」
「安心しなさい?ヴァルトルート中尉ならもう先にいってるから」
「じ、自分で歩けるッテ……!」
「オ、オレは無実だぁ……」
魔力を解放したアレクサンドラに抱えられ、二人はドップラー効果を残してハンガーへ消えた。

「二人とも相変わらずねぇ」
ロスマンは思わず苦笑する。今まで見てきたいろいろな子たちに負けず劣らず、
あの二人も個性的だ。
「あの……ロスマン先生」
「なぁに、ジョーゼットさん」
「低高度での回避機動についてお話を伺いたいんですけど、後でお部屋にうかがってもいいですか?」
「もちろん。いつでも大歓迎よ」
ロスマンが頭を優しくなでると、ジョーゼットがくすぐったそうに微笑んだ。
「あなたはいつも真面目で助かるけれど……
でも、たまには息抜きすることも覚えないとだめよ?」
「はい」
「うん。よろしい」
ロスマンが微笑む。

賑やかな教練も一段落し、ラウンジでコーヒーを飲みながらロスマンは思う。
猪突猛進で誰よりも熱いハートを持った直枝さん。
筋は悪くないのになぜかいつもついてないニパさん。
真面目で頑張り屋さんだけど、ちょっと押しの弱いところのあるジョーゼットさん……。
今回の子たちも、一筋縄ではいかない面白い子ばかりだ。
「あの子たちと最後まで一緒にいられるかどうか、わからないけれど……」
どの子もきっといいウィッチになるだろう。成長したあの子たちの姿を早く見たいものだ。

「お疲れ様、エディータ」
「あら、ラル」
呼ばれた声に振り返ると、第502統合戦闘航空団司令、グンドュラ・ラル大尉が
入ってきたところだった。ロスマンは自分のとなりをラルに勧める。
「あなたこそお疲れ様、ラル」
「空よりもデスクワークのほうが疲れるわ」
ソファに腰をおろしたラルがふぅっと息を漏らした。
「それで……どう?生徒さん達の様子は?」
「どの子もすっごく元気よ。もう大変」
「まるで小学校みたいな騒がしさだものね」
ラルも苦笑する。
「本当はもう一人、教育してほしい問題児がいるんだけど」
「あら。ヴァルトなら私、お断りよ」
ロスマンがいたずらっぽく笑う。
「あの子は私の手には負えないもの。
それに、私のかわいいハルトマンをぐうたらに変えた相手の面倒なんて見たくないわ」
「それなら、教育隊に送り返すしかないかしら」
「それがいいかもしれないわね」
二人のベテランウィッチが笑う。
噂の相手は今頃くしゃみをしていることだろう。

「いろいろ、大変だとは思うけどよろしくね、エディータ」
「こちらこそ。あなたも気の休まる暇なんてないでしょうけど、
お互い無理だけはしないようにしないとね」
「それは、あの子たち次第ね」
窓の外に目をやると、ニパに直枝、それにヴァルトルートまでがアレクサンドラの
号令で滑走路を走っているところだった。

「ほら!もっと気合入れて!足上げて!」
「もう……限界ダ……」
「オレも……」
「僕は……新兵じゃないんだけどな……」
そんな3人を、ラルとロスマンいとおしむような、ちょっと困ったような顔で眺めていた。

fin.


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