is that love?


 皆が眠り、静寂が支配する基地の中。
 厨房の中で一人奮戦するのはトゥルーデ。
 しんと静まりかえる厨房にひとり立ち、数々の材料を前に、黙々と、作業を進める。
 テーブル上のメモに時折目をやり、手順を確かめる。
 人はその行為を一般的に「料理」または「お菓子作り」と言うが、トゥルーデのやっている事はさながら
「実験」か「手術」とも言える程慎重、正確、繊細であった。
「ええっと、次は小麦粉を百七十五グラム……」
 時折独り言の様に呟きながら、ひたすらに作業に熱中する。
 砂糖とバターを混ぜ、卵を割り入れ……、正確無比に計量した小麦粉とベイキングパウダーを入れ、無言でかき混ぜる。
 ボウルとかちゃかちゃと擦れるホイッパーの音だけが、厨房に響く。
 やがて十分に攪拌された材料は粘性を帯び、うんとひとつ頷いたトゥルーデは型取りの器に流し込む。
 よく温まったオーブンの蓋をおもむろに開き、今までの「作業の結果」を慎重にセットする。
 位置がずれてないか、温度は適切か……リーネや芳佳が見たら「早く蓋を閉めて下さい!」と言われる程じっくり確かめ、
 ようやく蓋をすると、再びテーブルに置かれたメモに目を通す。
「あとは温度を百九十度に保ったまま、五十から六十分待機、と」

 作業が一段落したトゥルーデは、作業台に寄り掛かり一呼吸したあと、メモを見直した。
 脇に置く。手を洗い、胸のポケットにしまっていた指輪を取り出す。
 失せる事の無い輝きを見、何故かほっとする。
 同じものを身に付けた愛しの人は、就寝中。寝た隙を見て抜け出してきたのだ。
 勿論、エーリカの誕生日とか、何かの祝いと言う訳では無い。但し、こう言う事になった切欠はエーリカ本人にある。
「たまにはトゥルーデの作ったケーキが食べたいなぁ~」
 期待ともぼやきともとれるセリフの後、だらりだらりと抱きつかれてまとわりつかれては、
任務どころか気分的にも落ち着かない。当然、隊の皆にも冷やかされる。
 そこではたと思考が立ち止まる。
 何故、気分が落ち着かなかったのか。
 それはエーリカが、私に期待してるからだ。何を? ケーキを。
 けれどじゃあ何故真夜中にこそこそと作る必要が有る? 驚かしてそのはちきれんばかりの笑顔を見たい為。
 笑顔を見たい。
 つまりは好きと言う事。……でも、好きって何だ?

 トゥルーデは思考が空転しつつ、「内なる探求」を尚も続ける。

 私はエーリカが好きだ。それは間違い無い。
 彼女も私の事が好きだと言ってくれている。それも間違い無い。
 お互いとても大切だ。
 でも、私は何故彼女の事が好きなんだろう。
 エーリカは、ああ見えてしっかりと相手の「心の内」までを見通している、そんな気がしてならない。
 空戦で絶対負けず、敵を捉え続けるかの如く。
 じゃあ翻って私はどうなんだ? 彼女の「心の内」を見る事は、出来ているのか?
 ……正直、分からない。
 それは、本当に彼女の事を理解していると言えるのか?
 それは「好き」と、本当に言い切れるのか?

 そもそも、「好き」って何だ?

「トゥルーデ、何か焦げ臭いよ」
 耳元で囁く、聞き慣れた甘い声。
「うわっ!? エーリカ、いつの間に!?」
「いきなり起き上がってどっか行ったまま帰って来ないから、心配して探して来たのに」
「ああそうか、済まなかった……で、何だ」
「いや、だから焦げ臭いよって話」
「ん? うわ!? しまったああああ!」
 トゥルーデは慌ててオーブンに駆け寄った。

「それで、作り直して徹夜したのかい? 堅物らしくないね~」
 ケーキを一切れ食べてにやけるシャーリーを前に、トゥルーデはカッとなり反論する。
「作り直しではない! これは予備だ。……いや、最初のはむしろ予行演習と行ったところだ」
「素直に失敗して余った材料でリカバーしたって言えば良いのに」
「うっ五月蠅い!」
「まあまあ落ち着いてトゥルーデ。美味しいじゃない」
 ミーナが一切れ、口にして微笑む。
「ニヒー もう一切れ~」
「ルッキーニ、お前は食べ過ぎなんだ!」
「えー、いーじゃーん減るモンじゃないし」
「見ろ! 確実に減っている!」
 皿毎取り上げるトゥルーデ。フォークを口にくわえていじけるルッキーニ。
「そんなムキにならなくてもー。で、それ誰に作ったの?」
「ルッキーニも意地悪だね。言わなくても分かるだろ?」
 ニヤニヤ顔のシャーリーはルッキーニを胸に抱いて、自分が手にしている残りの一口を食べさせた。笑うルッキーニ。
 取り上げたトゥルーデの皿から一切れケーキをつまみ、うん、と頷いたのはエーリカ。
「美味しいよ」
「そ、そう、か?」
 二人で一切れを半分こしたリーネと芳佳は、美味しいね、と笑顔を作り、トゥルーデに向かって聞いた。
「これ、何て言うケーキですか??」
「ああ、これか? チョコレート・オレンジケーキだ。カールスラントでは割と簡単でありふれたものなんだが……
他にもトルテと言って生地も違うし、もっと上に色々とデコレーションするのが有って……」
「まあトゥルーデはケーキ焼くのあんまり美味くないからさ、勘弁してやってよ」
 説明途中のトゥルーデに乗っかる格好でぴったりと寄り添うと、エーリカは笑った。
「にっ苦手ではないぞ? 作った事が無いだけで……」
「無理しちゃって~」
「うぐっ」
「大尉もケーキ作るんだナー。今日は雨が降るゾ」
「エイラ。今度はエイラの番よ?」
「何でそうなるんだサーニャ!?」
 エイラとサーニャもそう言いながらケーキをしっかりと食べている。
「まあ、何事も挑戦だな!」
 いつもの様に笑う美緒、横でちまちまと食べて「ガリアのケーキが……」と呟くペリーヌ。
 そんな中、トゥルーデは皿に残ったケーキをエーリカに差し出した。
「あれ? 何で余ってるの?」
「多めに作ったんだ」
「みんなで食べようよ」
「皆もう食べた。後はお前のだ」
「?」
「本当は……」
「あー、言わないで。言わないでいいよ」
「……」
「だから、私が貰うね」
 とびっきりの笑顔を見せ、ケーキを食べるエーリカ。
 周りのからかいや野次も気にせず、単純に「愛しの人」の言葉に照れる、カールスラントの堅物な乙女。

 私は、本当に……

 心の呟きにも似た葛藤は、不意にされたキスで霧散した。
「なっ何するんだ、皆の前で!」
「お礼」
 ふふっと笑うと、エーリカはトゥルーデに飛びついた。思わず抱っこするトゥルーデ。
 周囲は「ああ、いつものが始まった」と言わんばかりの表情。
 だけど構わず、トゥルーデはエーリカに聞いた。
「私は、お前の事を本当に分かっているんだろうか」
「どうしたの急に?」
「ケーキを作ってる時から考えていたんだ。私は、お前の事を本当に分かっているのかどうか」
「トゥルーデ、考え過ぎ」
「えっ」
「好きなら好き、で良いじゃん」
「そ、そうか?」
「それにね。そう言う回りくどい事は、トゥルーデには、似合わないよ」
「なっ! 私は、ただお前を……」
 唇を塞がれる。エーリカの意志の現れか、言葉を行動で示したのか。理由は分からない。
 ただ、はっきりしているのは、お互いがとにかくお互いを好きである事。
 それだけで十分かも、とトゥルーデはエーリカを抱きしめながらその問に答えを出した。

end



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