kirje
「ニパく~ん。君あてに手紙が届いてるよ~」
手に持った封筒をひらひらと振りながらやってきたのは
例の女たらしの伯爵、クルピンスキー中尉。
……通信部の連中もなんでよりによってこんな奴に渡すかな。
私あての手紙なら本人に渡せっての、まったく。
「え~っと……これはブリタニアからの国際郵便だね」
「ブリタニア!?」
私は伯爵の手から手紙をひったくった。
ブリタニアから502の私に手紙を出してきそうな相手なんて
アイツしかいないじゃないか。
封を切る時間も惜しいけど、丁寧に急いで手紙を取り出した。
名前なんて、見なくてもわかる。
この整ってない、丸っこいスオムス語の書き文字。イッル以外にいるわけない。
私は久しぶりに見るイッルの書いた文字に目を走らせた。
お誕生日おめでとう。
相変わらずストライカーユニット壊して正座させられてるのか?
サーニャから聞いたんだけど、そっちにいるポクルイーシキン大尉ってのは
厳しいらしいな。イタズラもほどほどにしとけよ。
私はここブリタニアでサーニャと一緒に毎日戦闘と訓練に励んでる。
こっちが落ち着いたらオラーシャに行ってサーニャのご両親を探すつもりだ。
ニパのことだから心配はしてないけど、身体には無理するな。
超回復力があったって不死身じゃないんだから。
じゃ、また。気が向いたら手紙くれよ。
手紙の内容は大体こんな感じだった。
……なんだよ、手紙でもラジオでもサーニャ、サーニャってデレデレしやがって。
人の誕生日にノロケ話なんか書いて送ってくるなっての。
人の気も知らないで……。この……バカイッル。
手紙を最後まで読んでもう一度最初から読み直したら、なぜだが涙があふれてきた。
イッルからの手紙が、嬉しくて、切なくて、寂しくて。
うまく言えないけど、とにかく涙が出てきて仕方なかった。
「……、昔の恋人からかい?」
「ずっと……そこにいたのかよ」
強がりをいって顔をあげたら、すごく優しい顔で微笑む伯爵の顔があった。
こういうとこずるいよな、こいつは。
「……内容、聞いてもいいかな。ニパ君さえ嫌じゃなかったら」
ハンガーのすみっこに伯爵と二人並んで、さっきの手紙の中身を簡単に説明した。
「……っていうようなことだよ。変な内容じゃない」
「そっか」
私の横に座った伯爵が小さく息を吐いた。
「ニパ君は、そのイッルって子、好きだったんだね」
「……そんなんじゃねぇよ」
搾り出すみたいに声をだして、私は続けた。
「イッルとは訓練生の時代からずっと一緒で、一緒にバカやって、怒られて、
ハンガー掃除させられて。
でもアイツ、空戦じゃすっごく強くってさ。アイツ、未来予知の魔法が使えるから
絶対に被弾しないんだ。で、どんどん強くなって、どんどんスコア稼いで……
それで、ブリタニアの501にいっちゃったんだ」
「そう」
「あいつ、ブリタニアにいってから全然手紙くれなくてさ。
ようやく手紙くれたと思ったらサーニャっていう、知らないオラーシャウィッチの
ことばっかりでさ」
「ラジオで私にがんばれ、がんばれっていってくれたの、嬉しかった。
こうやって誕生日に手紙くれるのも嬉しい。でも……」
こらえきれずにあふれた涙が、イッルと同じ空色の軍服にぽつりと落ちる。
「でもなんか……なんていうか……」
そこまで言ったところで、私は後ろから不意に伯爵に抱きしめられた。
「クルピンスキー……?」
「うん」
伯爵はなんにも言わない。でも、私を離さない。
ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくる。
ああ、もう。どいつもこいつも本当に……。
「少し、落ち着いたかい?」
「あぁ。大分おちついた」
泣き腫らした目をぐしぐしとこすりながら、私は言った。
「恥ずかしいとこ、見せちゃったな」
「なに。私たちウィッチだって、泣きたいときには泣かなきゃだめさ」
伯爵がきざったらしく微笑む。
「時々くみ出さなきゃ、心の海があふれちゃうからね」
「……バカ」
でも、ありがとうな、伯爵。
「ニパ君、たまには酒を飲んで気持ちをリセットするのもいい方法だよ?
よかったら今夜一緒にどう?」
「かっ、考えておく!」
はっと我にかえって、急いで答える。
……危ない。もう少しで落ちるとこだった。
ロスマン先生が「伯爵には気を付けなさい」って言ってた意味が良くわかったよ。
「いつでも部屋においで。君のためにグラスとワインを用意しておくから」
伯爵は身をかがめて、私の髪をそっとかき上げると……。
ちゅっ。
おでこに小さくキスをした。
「なっ……なにすんだ、バカヤロー!!」
「そうそう。ニパ君はそうやって元気なほうが似合ってるよ。じゃ、またね」
そう言い残して、伯爵は向こうへ走り去ってしまった。
……まったく、どいつもこいつもろくな奴がいない。
私は大きくため息をついた。
こうなったら、今日訓練が終わったら、イッルに手紙を書いてやろう。
そして、サーニャさんとのことをめいっぱいからかってやる。
それぐらいのことしたって、罰はあたらない。
「その前に、やんなきゃいけないことはたくさんありそうだけどな」
滑走路の向こうに目をやると、さっき走り去っていった伯爵が
ポクルイーシキン大尉に引きずられてこっちにやってくるところだった。
私は苦笑いしながら、ブラシとバケツをとりに、ハンガーの用具入れに向かった。
fin.