恋の風邪


「ん……」
医務室が持つ独特の薬品の匂いが私の鼻につく。
ここは、私が戦闘で怪我をするたびにお世話になっている場所だ。
ただ、私が今ここにいる理由はどうやら怪我とは関係なさそうだ。
「身体が……重い……」
この何ともいえないダルさはなんなんだろう。
私は中々ベッドから起き上がれずにいた。
「あ、目が覚めましたか? 良かった……」
ベッドの横の椅子から聞き覚えのある声が私の耳に飛び込んできた。
「ジョーゼット少尉……私はどうしてここに……?」
「覚えてないんですか? ニパさん、今朝訓練中に突然倒れたんですよ」
私が訓練中に? そういえば昨日の夜くらいから身体がだるかった気がする。
「それでみんなで慌てて医務室まで運んだんです。疲れからきた風邪なんじゃないかって
お医者さんは言ってました。ここしばらく遠征続きで大変でしたからね……安静にしてれば
2~3日でよくなるみたいですよ」
「そうか……」
これでも身体は丈夫なほうだと自分では思っていたが、訓練中に倒れるなんてまったく情けない。
もしイッルがここにいたら、『体調管理ができてないな~』って言われて笑われてただろうな。

「……じゃあ、もしかして少尉がずっと私の看病をしてくれてたのか?」
私が尋ねるとジョーゼット少尉は首を横に振った。
「いえ、私は数十分前に代わったばかりで……その前まではアレクサンドラ大尉がずっとニパさんの
看病をしてくれてたんですよ」
「……大尉が?」
「ええ、大尉だけじゃなくナオちゃんもクルピンスキー中尉もみんなニパさんのこと心配してたんですよ?
それで、みんなで交代でニパさんの看病をすることにしたんです」
そうだったのか……大尉もナオも伯爵もみんなこんな私のことを心配してくれてたのか……
「そっか……じゃあみんなの為にも早く風邪、治さないとな」
「ええ、その為にはまず薬を飲まないと……何か食べれますか?」
「……りんごくらいなら」
「分かりました、じゃあ摩り下ろして持ってきますね」
そう言うとジョーゼット少尉は椅子から立ち上がった。
「少尉、その……色々とありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
ジョーゼット少尉は年相応の少女の笑みを浮かべながら医務室を去って行った。

「はぁ……」
少尉がいなくなった後、私は小さな溜息をついた。
スオムスにいた頃も被弾してはエルマ先輩やイッルら同僚に迷惑をかけていたっけ。
502に来てからもナオや伯爵とストライカーユニットを壊しては大尉に迷惑をかけている。
全然変わってないな、私は……

――十数分後……
「ニパさん、りんごの摩り下ろしできましたよ」
「ありがと……って、大尉!? どうして……」
摩り下ろしたりんごをトレーに乗せ、医務室にやってきたのはジョーゼット少尉ではなく、
アレクサンドラ大尉だった。
「どうしてって……ニパさんのことが心配だったからに決まってるじゃないですか。
ジョーゼット少尉にニパさんが目覚めたって聞いたらいても立ってもいられなくなって、
少尉に代わってりんごを摩り下ろしてきたんですけど……もしかして、私の摩り下ろしたりんごは
食べたくなかったですか?」
大尉が不安そうな表情で私の顔を覗く。
その大尉の表情が可愛らしくて私は一瞬ドキッとした。
「そ、そんなことないよ……わ、私も大尉が来てくれて嬉しい」
馬鹿、散々心配させといて何言ってるんだ私は。
「そう? よかった……起き上がれますか?」
「あ、ああ……」
私は重い身体をなんとか起こす。
次に大尉はトレーに乗せてたお皿を私の前に差し出し、耳を疑うようなことを言った。
「私が食べさせてあげますからあーんしてください」
「え? えええええ!?」
い、いきなり何を言い出すんだこの人は。
私の心臓の鼓動がさっきより一層早くなる。
「こ、これくらい自分で食べれるよ……」
「こら、病人さんが強がり言わないの。いいからあーんしてください」
「……あ、あーん……」
やばい、すごい恥ずかしい。
「どう? 美味しいですか?」
「う、うん……」
「あれ? ニパさん、さっきより顔が赤くなってますけど大丈夫ですか?」
いや、今私の顔が真っ赤なのはあなたのせいですよ、大尉。

数分後、食事を終え薬も飲み終わった私はようやく少し楽になったような気がした。
「今、体調のほうはどうですか?」
「うん、少し楽になったと思う……その、大尉……いつもごめんな。
私、大尉に迷惑かけてばかりで……大尉だけじゃなくラル隊長や他の隊員にも迷惑かけてばっかで……
私なんてここに来ないほうが良かったのかもな」
私は自嘲気味に呟く。
「ニパさん……」
すると大尉は優しく私を抱きしめてくれた。
「え? た、大尉……?」
「ホント、あなたもナオちゃんも伯爵さんも出撃のたびにストライカーユニットを壊しては
私を困らせてばかり……でも、私ニパさんがここに来なければ良かったなんて思ったこと一度もないですよ。
だって、ナオちゃんあなたと話すようになってからよく笑うようになってくれましたし、ラル隊長だって
『あいつが来てから部隊が賑やかになった』ってニパさんのこと褒めてましたよ。みんな、あなたのことが
大好きなんですよ。502にはあなたが必要です」
その言葉を聞いて私は泣きそうになったけど、涙を堪え大尉を優しく抱き返す。
「ありがとう、私もこの隊のみんなが大好き……」
私たちはそのまましばらく抱き合った。

――さらに数分後……
「本当にアリガトな、大尉。おかげで色々と楽になったよ」
「いえいえ……あっ、そういえばもうすぐニパさんの誕生日ですよね?」
「え? あ、そう言えばそうだった……」
今日は5月29日、気がつけば私の誕生日は明後日に迫っていた。
「何かプレゼントに欲しいものはありますか?」
「う~ん、そうだなー……大尉の愛が欲しい……なんちゃって」
私は冗談交じりに言った。
「愛ですね……分かりました」
そう言うと大尉は私の頬に自分の唇を寄せた。
「たたたた大尉!?」
私は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
これって、いわゆるキスって奴じゃないだろうか。
「これが私のニパさんへの愛の証です。今度は口にしたいんで明後日までに風邪、治してくださいよ?
それじゃ、おやすみなさい」
そう言って大尉は医務室を去って行った。
大尉がいなくなった後、私は自分の胸に手を当ててみる。
「どうしよう、胸の鼓動が止まらないや……」

どうやら私はどんな特効薬でも治せない恋の風邪をひいてしまったようだ。

~Fin~


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