only you


 悲劇は突然訪れた。
 夜間哨戒の最中、突如としてトゥルーデの履くストライカーユニットの調子が悪くなったのだ。
 雨が降りしきる最中、哨戒区域の海上をひとりぼっちで飛行していた彼女は、「調子が悪いから」と誰かに肩を貸して貰う、
と言う事も出来ない。
 しかしそこは冷静なもので、司令所と通信を密にしながら対処法を探る。
「司令所へ。機関の魔法圧が下がっている様だ。このままではいずれ魔導エンジンが止まり墜落する」
『バルクホルン、レーダーでお前の飛行位置は把握している。直ちに救援チームを向かわせる』
 無線越しに聞こえる美緒の声。
「了解。出来る限り基地に近付く様にする。……付近にネウロイの形跡は無し」
『こちらのレーダーでもネウロイは見えない。まずは飛行に専念してくれ』
「りょうか……」
 膨脹を伴う爆発音が、脚の先から聞こえた。慌てて振り向くと、左ストライカーの外装がめくれ、黒煙が吹き出している。
「まずいな。左ストライカー出力低下。これ以上の稼働は危険と判断、左ストライカー機能停止」
『あとどれ位持ちそうだ?』
「分からない。持ってあと数分……高度が落ちてきた。2500……2100……」
 腕にはめた腕時計型の高度計を見る。見なくても分かる程、みるみる高度が下がるのを体感する。
『たった今、宮藤を含む救援チームをそちらに向かわせた。到着まで五分だ。可能な限り持ち堪えてくれ』
「了解」
 トゥルーデは飛行に意識を集中させる。無理に魔法力をストライカーに注ぎ込んでも暴発する危険がある。
 特に左ストライカーの機能が停止した今は、辛うじて動いている右のストライカーひとつで何とかするしかない。
 しかし右のストライカーも咳き込み始めた。
 理由は後で分かるだろう。ともかく今は一メートルでも基地に近付く事。救援チームが到着するまでの五分が勝負。
 それが任務だ。
 だがトゥルーデの必死の操作虚しく、右ストライカーユニットも出力が低下し、ゆっくりと動きを止めつつある。
 ストライカーの停止は、すなわちウィッチの自由落下。墜落を意味する。
 これ以上の飛行は不可能と判断したトゥルーデは、海面への不時着を決意する。
「司令所へ。これ以上の飛行は不可能と判断、これより海面への着水を行う」
『あと二分だ。持ち堪えられないか』
 無線に答えようとした矢先、右ストライカーもくぐもった音と共に黒煙を上げた。煙に混じり炎も見える。
「これより降下、のち着水する。位置の捕捉を頼む」
『了解した』
 美緒の声に焦りが混じるのを感じる。
 辛うじて残っている飛行パワーを緩やかな降下に使い、そろりそろりとと海面に降りる。
 「降りる」と言ってもかなりの角度で落下しているのだが、仕方ない。
「これより着水する」
 トゥルーデは無線でそう呼び掛け、ストライカーの出力を絞り、海面への「不時着」を試みる。
 訓練通りの、的確、適切な動き。海面間際でホバリング体勢に移り、間も無く着水。
 雨天とあって海面は意外とうねりが高く、波のかぶり方によっては海没の危険も有る。
 しかし落水時の訓練も欠かしていないトゥルーデは、特に不安を感じていない。
 あと十メートル、あと八メートル……あと五メートル……あと……

 突然、真横から高波が押し寄せた。
「なっ!?」
 声を上げる間も無くざばあと飲み込まれ、トゥルーデの姿が消えた。

 目を覚ます。
 いつの間に連れて来られたのか、基地の医務室、ベッドに寝かされている事に気付いた。
 右横には先程まで治癒魔法を使っていたのか芳佳が眠りこけている。一方の左横には同じく寝ているエーリカの姿があった。
 着水直前までの事は覚えている。しかしその後の記憶が無い。
 何が起きた? そして一体どうなっている?
 トゥルーデは考え込んだ。
 誰かが医務室に入り、トゥルーデの所にやってきた。ミーナと美緒だ。
 すやすやと寝息を立てる芳佳とエーリカの姿を見て、苦笑するふたり。
 ミーナは二人にそっと毛布を掛け、小声でトゥルーデに話し掛けた。
「起きたのね。どう、具合は?」
「悪くない。今すぐにでも動ける位だ」
「顔色も良さそうだし、大丈夫そうだな」
 美緒がトゥルーデを見、ミーナに話し掛ける。ほっとしたのか、ミーナはトゥルーデの手を握った。
「良かった、無事で」
「心配させて済まなかった。着水寸前の事までは覚えているんだが……、その後私に何が有ったんだ?」
「救援に向かった連中の話では、バルクホルン、お前は高波に飲まれて海中に没していたそうだが」
 美緒が説明する。
「そうか。泳ぎに自信は有ったんだが……確かに、横から妙に高い波が来たのは微かに覚えてるな」
「その高波と着水の衝撃が加わって一時的に気を失ったのだろう。当時周辺海域は高波の注意が出ていたからな。
お前を海から引き揚げるのに苦労したと皆言ってたぞ」
 苦笑する美緒。
「申し訳ない。私とした事が。……そう言えば私のストライカーは?」
「現在回収して修理中よ」
「しかし何故急にストライカーの動作が……」
「この前の整備でユニットの部品交換をした際、不良品が混入していたのでは、と報告が来ているわ」
「不良部品、か……飛行前にきちんとチェック出来ていれば……」
 悔やむトゥルーデを、美緒が宥めた。
「お前はあの状況下で、出来る範囲で十分に頑張った。今はそれで良いじゃないか」
 ぽんとトゥルーデの肩を叩く美緒。
「ミーナと少佐、それに隊の皆には心配を掛けたな。あと宮藤と、ハルトマンにも」
「貴方が無事で何よりよ」
 微笑むミーナ。
「快気祝いに酒でも飲むか?」
 笑いかけてミーナの視線を受け、自重する美緒。
「とにかく、今日はゆっくり休んで頂戴。落ち着いたら自室に戻っても構わないけど、メディカルチェックは受けてね」
「有り難うミーナ。助かる」
 頷くと、二人はそっと医務室から出て行った。
「あれ、今坂本さんの声が……」
 芳佳が目を覚ました。
「宮藤、済まなかったな。治癒魔法を使わせてしまって」
「いいえ、私に出来る事って、これ位ですから」
「私はもう大丈夫だ。問題無い。……波に呑まれて気を失うとは情けない限りだが」
「ストライカーが爆発したら普通は溺れるだけじゃ済まないって、みんな言ってました」
「爆発……そうか。ともかく有り難う宮藤。疲れただろう、戻って休め。私はもう大丈夫だ。
あと、私からもお前の今日の訓練を止めさせる様言っておく」
「あ、ありがとうございます……では、失礼します」
 芳佳は部屋を出て行った。医務室の外に人の気配がした。声の伝わり方から、恐らくリーネだろうと推測する。
 芳佳を待っていたのだろう。

 簡単なメディカルチェックを受けた後、トゥルーデは背伸びして、自分の身体を確かめた。
 異常なし。負傷無し。ストライカーが火を噴き、海面に不時着したにしては上出来だ。
 ……と、鏡を見て、額に包帯が巻かれている事に気付く。
 怪我をしていないのに何故? と思った瞬間、後ろからぎゅっと抱きしめられた。感覚からエーリカだと分かる。
「トゥルーデ、もう良いの?」
「ああ、起きたのかエーリカ。心配掛けて済まなかった。部屋に戻ろう」
「いいよ」
 二人して医務室を出、トゥルーデの部屋に戻る。
「やっぱり自分の部屋は、医務室よりかは落ち着くな……うわっ」
 突然エーリカにタックルされ、ベッドに押し倒される。
「な、何をするんだ」
 上からトゥルーデを押さえつけるエーリカ。不思議な顔をしていた。
 目に涙を溜め、でも笑っている。
「無事で良かったよ、本当に」
 ぽろぽろ涙をこぼしながら、エーリカは笑顔を見せた。
「すまない。心配を掛けて。私はもう大丈夫だから、泣かないでくれ」
「海から引き揚げても、声掛けても、トゥルーデ青い顔して、目、覚まさないんだもの」
「そう、だったのか」
「ミヤフジがずっと治癒魔法掛けてた」
「ああ。聞いた」
「私は、横で祈ってるしか無かった。トゥルーデが目覚めますようにって」
「ありがとう」
 そっとエーリカを抱きしめる。
「絶対、トゥルーデを死なせない」
 エーリカもトゥルーデをきつく抱きしめる。
「死なせないって……何故」
「何故って? 私が一番好きって選んだひとだから。トゥルーデ」
 涙を拭って、エーリカが答えた。
「……そう言って貰えて、私は幸せ者だな」
「私に一番って言わせるなんて、相当だよ、トゥルーデ?」
「ありがとう、エーリカ。私は……」
「分かってるなら良いよ」
 じっと見つめ合う。エーリカとの距離が縮まる。目を閉じ、そっと唇が触れ合う。
 そのまま、じっくりとお互いを味わう。
「やっぱりトゥルーデだ。安心した」
「当たり前だ。私は私だ」
「でも、海の味はしないね」
「あのなあ」
 エーリカがくすっと笑う。トゥルーデも笑った。
「今度さ、またケーキ作ってよ」
「ケーキ? どうして?」
「トゥルーデの快気祝い」
「私が回復したのに、自分でケーキを作るのか?」
「それで、私にあーんして食べさせて」
「食べたいんだろう? 分かった、今度作る」
「絶対だよ?」
「約束する」
「楽しみだね」
 エーリカはそれだけ言うと、トゥルーデにキスをした。トゥルーデも抱きしめる力を強める。
 服を通して伝わる二人の温もり、心の鼓動。
 どちらが言うとでもなく、ふたりはもう一度、口吻を交わし、お互いの存在を確かめた。

end



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