chocolat


 雨降りしきる午後のひととき。
 食堂に隣接する厨房には、トゥルーデの姿があった。周りには暇つぶしがてら見物の隊員が数名、
一方の芳佳とリーネはメモを片手に真剣な表情で向かっている。
「それで、次に小麦粉を百七十五グラム。ベーキングパウダーを……」
 教師さながら、エプロン姿のトゥルーデは準備された材料を正確過ぎる程慎重に計量し、ボウルに混ぜていく。
「パウンドケーキに似てますね」
 リーネの一言に、トゥルーデは曖昧に返事をした。
「ああ、似てるな。生地の製作工程はほぼ似通っているし、多分同じ様なものだろう。カールスラントには、
『トルテ』と言う菓子が有ってだな。見た目とても華やかなものなのだが……ええっと……前にも言ったか」
 説明しかけて言いよどむトゥルーデを前に、にやけ気味のエーリカがぷにぷにとトゥルーデの頬をつついて言った。
「ほら、トゥルーデって料理下手でしょ? だから無理なんだよね~」
「むっ無理じゃない! やろうと思えば出来なくはない……筈なんだが」
 わたわたするトゥルーデを前に、芳佳は苦笑した。
「まあ良いじゃないですか。とりあえず目の前のケーキの作り方、続き教えて下さい」
 本当は単にトゥルーデがケーキを焼くだけだったのだが、話を聞いた芳佳とリーネが教えを乞うたのだった。
「そ、そうだったな。次にこの生地を合わせて、よく撹拌する。ざっくりとで良い」
「……それにしてはずいぶん力入ってるね」
「気のせいだ」
 シャーリーの呟きを前に、頬に汗を一筋流しつつ生地を混ぜ、捏ねていく。
「ニヒー この前のチョコレートケーキ♪」
 ルッキーニは完成が待ち遠しいらしい。シャーリーの胸にもたれかかってご機嫌だ。
「で、生地の半分を別のボウルに移して……片方に、ココアパウダーを振る……スプーン二杯だ」
「はい」
「スプーン二杯、と……」
 真面目にメモを取る芳佳とリーネを見て、トゥルーデは手を止め、笑った。
「二人とも、軍事教練じゃないんだし、もっと気楽で良いんだぞ? そもそも料理や菓子はお前達の方が得意じゃないか?」
「何事も勉強だって、坂本さんが言ってました」
「ああ……」
「少佐ならそう言うだろうね」
 当人の姿と声を思い浮かべて苦笑いするカールスラントの乙女二人。
「ねーねー、フルーツ乗せないの? フルーツぅ~」
「これからオーブンで焼くんだ、今から乗せてどうする。黒焦げだぞ」
「あ、そっかー」
「タルトなら、生地焼いた後にたくさんフルーツ乗せるんだけどね。今日のはそう言うの無いんだ」
 トゥルーデの代わりにエーリカがルッキーニに説明する。
「ウェー つまんなーい」
「この前バクバク食べてたくせに良く言うヨ」
 呆れるエイラ、じっとトゥルーデの手つきを見つめるサーニャ。
「よし、次だ。良いか、宮藤、リーネ」
「はい」
「もう片方の生地に、オレンジジュースと細かく切ったオレンジの皮を入れて、混ぜる……っ」
「力入り過ぎじゃないか?」
「問題、ない」
 呆れ気味のシャーリーをよそに、真剣な表情で木べらを持ち、生地を混ぜ合わせる。
「で、混ざったら、先程のココア入りの生地と合わせて、ざっくり混ぜて……型に流し込む。
このときぐるっと生地を軽くかき混ぜると、焼いた時にマーブル模様が美しく出る」
「なるほど」
「面白いですね」
「そうだな。見た目よし、味よしと言う訳だ」
「トゥルーデ、メモ見ながら言ってもあんまり説得力無いよ」
「……つ、次だ」
 エーリカのツッコミに若干くじけながら、作業を進めるトゥルーデ。
 そんな中、ペリーヌは皆の陰に隠れるかたちで、こそっと様子を伺っていた。
本当は「素晴らしいガリアの焼き菓子」について言及したいところだが、ヘタに何か言ってしまって「じゃあ作って下さい」
と言われる事だけは何としても避けたい。よって今回は慎重に様子見に徹している。
「どうしたペリーヌ? 何をコソコソしている」
 トゥルーデに見つかり、ぎくりとするペリーヌ。
「いえ、皆の邪魔にならないよう、ちょっと見ていただけで……」
「ガリアのお菓子は世界一じゃないの?」
 にやけるエーリカに、ペリーヌは何か言いたい気分になったが、ぐっとこらえた。
「こ、ここはそう言う事を言う場ではありませんことよ?」
「じゃ、次はガリアのお菓子に期待するからね。よろしく~」
 ニヤニヤ顔のエーリカを前に、絶句気味のペリーヌ。
「よし、では生地をオーブンに入れる。温度は万全か?」
「百九十度です」
「よし、では早速入れてだな……焼き上がりにムラが出来ないよう、慎重に位置を調整して……」
「あの、バルクホルンさん」
「どうした?」
「早くオーブンの蓋閉めないと、温度が……」
「ああ、すぐ閉める」

「焼いている間に、ケーキに掛ける……アイシングと言うらしいんだが、これを作る。
卵白、粉砂糖にオレンジジュースを少し入れて、混ぜて……これを出来たケーキの上に掛ける」
「ああ、これが、ケーキに掛かってた白くて甘いものの正体だったんですね」
 芳佳が納得する。リーネは知っているかの如く頷く。
「そうだ。これが、味の大きなアクセントとなる」
 別のボウルに卵白と粉砂糖、少々のオレンジジュースを入れ、ホイッパーでかき混ぜる。
「ハルトマン。時間はあと何分だ?」
「あと三十分……ってトゥルーデ、これはトゥルーデが計るんじゃないの?」
「……この前考え事をしていて思いっきり焼き過ぎたからな。万全を期す為にも、私の他にも、誰かに見ていて貰いたい」
「自信無いって言えば良いのに」
「う、うるさい!」
「みんなでにぎやかにやるのも楽しいと思います」
 リーネが助け船を出す。
「そ、そうだな。たまにはこういうのも良いよな? な? リベリアン」
「何であたしに振るかねー」
「お前はよくバーベキューをやるじゃないか。火柱と黒煙を上げて」
「あたしのバーベキューと一緒にしないで貰いたいね」
「そうだな。お前のは単純で繊細さの欠片も無いからな」
「何だと? 堅物みたいに何かの実験みたいな……」
「はーいストップストップ」
「ケンカはやめてェー」
 間に割って入るエーリカとルッキーニ。

 きっちり時間通り、オーブンから慎重に取り出すと、型をこんこんと叩き、ふんわりと焼けたケーキを皿に出した。
 オレンジとココアの絶妙な香りが辺りに漂う。
 アイシングをケーキの上からこれでもかと言う程に掛け、ふうと一息付いた。
「出来上がり? ねえ、出来上がり?」
 早く食べたくて仕方ない様子のルッキーニ。
「ああ。完成だ。これから切り分ける」
「早く早くー」
「焦るなルッキーニ」
「そうソウ。慌てるナントカは貰いが少ないっテナー」
「何それ?」
「少佐が前に言ってタゾ?」
「よく分からないけどなんかムカつく」
「何でダヨ」
「ほらお前達、言い争いは良くないぞ。食べてみろ」
 均等に切り分けられたケーキを一切れ渡される。
「やったーケーキ、ケーキ……って、アレ? 一切れ減ってない?」
 皿を見て不思議がるルッキーニの横で、口元をハンカチで拭うエーリカの姿が。にこっと笑った彼女を見て、
「ずるーい! 何で先食べちゃうのー」
 と口を尖らせた。
「いや、味見を頼んだんだ。大丈夫らしいから、皆でどうだ」
「そうやって聞くと、私が毒味係みたいに聞こえる」
「とんでもない! お前に一番先に食べて欲しかったんだ」
「ホント、堅物はサラっと言ってしまうっつうか、隠せないっつうか……まあいいけどね」
 またも呆れるシャーリーは、皿からケーキを一切れ掴み、もぐもぐと食べてみた。
「へー。この前よりしっとりしてて美味いね」
「本当か?」
「ああ。普通に美味いよ」
「良かった」
「堅物もやるねえ。愛の力ってか?」
「……」
 エーリカに頬をふにふにされて、返事出来ず困るトゥルーデ。それを見て苦笑するシャーリー。
「ま、ウチの隊の連中は大抵皆何かしら作れるから、戦いが終わったら食べ物の店を皆でやるのも良いかもな~。どうだい?」
「じゃあ私はブリタニアのお菓子と紅茶を」
「私は扶桑のお料理とお菓子を」
「あたしはバーベキューだな」
「シャーリー、缶詰だけは勘弁ね ニヒヒ」
 そこに現れたのはミーナと美緒。執務の合間、休憩に通り掛かったらしい。
「あら、みんなで楽しそうね。何をしてるのかしら」
「あ、中佐。今話してたんですよ。あたしらは大体料理出来るから、戦いが終わったら皆で食べ物屋でもやろうかって」
 シャーリーの提案を聞いたミーナは苦笑した。
「料理、ねえ。悪くないアイデアだけど……今の私達の任務とはあんまり関係ないわね」
「まあ、地元住民や他の部隊との交流の時には使えそうなアイデアだな」
 一緒に来た美緒もそう言って笑った。
「ミーナと少佐も来たか。じゃあ改めて皆で試食だ。沢山有るから遠慮なく食べてくれ」
「いっただきー」
「あら、美味しい」
「皆さん、お茶が入りましたよ~。一緒にどうぞ」
 リーネが淹れた紅茶も皆に配られ、ちょっとした午後のお茶会が始まった。

 その日の晩。エーリカはトゥルーデの部屋で、残ったケーキを食べていた。
「まだ結構有るね。実は人数分よりも多めに作って、切り分けてたって事なの?」
「ああ。お前に食べて貰いたかった。それに約束したじゃないか。ケーキを作るって」
「そうだったね。じゃ、遠慮なく」
「……ほら」
「?」
「こうして食べさせて欲しい、って言ってたじゃないか」
「トゥルーデ覚えてくれてたんだ。じゃあ言って?」
「ほら……照れるじゃないか」
「言ってよ」
「あーん」
「あーん……、うん、美味しい」
 もぐもぐと頬張り、満足の表情を浮かべるエーリカ。
「前より腕上げたね」
「エーリカがきっかり時間を計ってくれたお陰だな」
「そう言う事?」
「ああ」
「じゃあ、トゥルーデとの共同作業だね」
「まあ、そう……なのか?」
「とにかくありがと、トゥルーデ。またケーキ作ってくれて」
「約束は守る。それに、私もたまには……と思ったから」
「そうそう。私も、トゥルーデにケーキのお礼有るんだ」
「? お礼にお礼か?」
 差し出されたのは、ロンドンの百貨店で売ってそうな菓子店の包み。開けると、可愛らしいクッキーが幾つか入っていた。
「エーリカ、これは?」
「この前、ロンドンに用事で出掛けた時に買っておいたんだ。私、料理しちゃダメってミーナもトゥルーデも言うから、
じゃあ、って思って出来たの買ってきたんだけど……ダメ?」
「買ってきたものなら……そのままなら問題無いぞ」
「ま、いいけどね」
 トゥルーデはエーリカが買ってきたクッキーを一口、食べた。
 バターの風味が効いていて、素朴ながら美味。
「美味しい」
「良かった。どれにするか、結構悩んだんだよ」
「有り難う」
「私も本当は料理とかして、トゥルーデに食べさせてあげたいんだけど」
「気持ちだけでいい」
「言うと思った。だから、せめてこうして」
「本当、気持ちだけで良かったのに」
「でも、たまには『かたち』も必要だよね」
「……かもな」
「ね、トゥルーデ」
 天使か小悪魔か。歳不相応の妖艶な笑みを浮かべると、トゥルーデに抱きつき、そっとキスを交わす。
 クッキーの甘さか、ケーキの風味か、えも言われぬ“味”が混じる。
 じっくりと長いキスを続けたふたりは、抱き合ったまま頬を合わせ、微笑んだ。
「やっぱり、こうしているのが一番良いな」
「私もだ」
「もっと、しよう? いいよね?」
 答えの代わりに、そっと耳たぶに唇を這わせるトゥルーデ。熱い吐息と甘い声を発し、きゅっときつく抱きつくエーリカ。
 腕の中で身悶える愛しのひとを見、情欲が沸き上がる。首筋に……頬に……そして唇に自らの唇を当てる。
「トゥルーデ、キス巧くなった?」
「そうか?」
「私が言うんだから間違いないよ。でも他の人に試させるつもりはないけどね」
「エーリカ以外にするつもりもない」
「それ聞いて安心した。ねえ、トゥルーデ……」
 ベッドの上で絡み合う二人。
 テーブルの上に仲良く並んだケーキとクッキーは、後で二人の“夜食”となる。
 かたちは違えど紛れもない、ふたりの愛情の証。

end



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