i'll be there


 誰も居なくなった食堂兼ミーティングルームに居残る二人。隙間風が時折強く吹き込み、薪ストーブの炎の勢いが陰る。
 小柄な扶桑の娘と、青色のセーターを身に纏ったスオムス娘は、二人共同じ様に足をさすりながら、
ぶくつさと文句を言っていた。
「全く……正座で全部済ませられるかっつうの」
「どうしろってんだよ、なあ」
 それっきり、押し黙り、テーブルに置かれた湯飲みとカップを手に取り、熱々のコーヒーを一口含む。
「ふう……ちょっと生き返った」
 ニッカが上を向いて言った。
「ちょっとか?」
 直枝が首を傾げる。
「ちょっとだよ。大体ナオは反抗し過ぎなんだって。アレクサンドラ大尉めっちゃ怒ってたぞ」
「あれは……その」
 顔を真っ赤にする直枝。
「こっちが詰問されてんのに『そんなん出来たら苦労せんわー』とか普通キレて叫ばねえよ。
挙げ句、ナオから『そう思うだろ?』とか無茶振りされた私の身にもなってくれよ」
「それは、その……、だってそう思わないか? ネウロイ倒すのがオレ達の役目だろ? 違うか?」
「そりゃそうだけど、さあ」
 呆れるニッカ、早口でまくしたてる直枝。
「ニパだって何だかんだ言ってめっちゃストライカー壊してるじゃないか。オレだって必死に戦った末の事だ」
「……必死過ぎだろ」
「どの辺が?」
「どの辺がって……いちいち指摘しなきゃいけないのかよ。まず突進して銃撃ちまくって」
「そりゃ誰だってやるだろ」
「銃弾が無くなったら扶桑の剣で斬り掛かって……」
「それも扶桑のウィッチなら皆そうする」
「ホントかよ? 扶桑のウィッチって全員あんな剣術やれるのか!? すげえな扶桑人って」
「いや……、ごめんちょっとだけ誇張した。出来ないウィッチも居る」
「やっぱり……。でだ。剣が折れたら素手で殴りに行くとか体当たりとか、普通じゃねーよ」
「オレの固有魔法を使えばイチコロだ。ネウロイのコアだってぶん殴って見せらあ」
「いや、それ何度か見たし……で、結局相打ちみたいな形になって墜落してるじゃねーか。意味ねーよ」
「意味有るだろ!? 大物は即座に落とさないと味方の被害がでかくなる。第一、この辺はネウロイの巣みたいなもんだ。
倒しても倒しても次から次へと、ヤブ蚊かゴキブリみたいに湧いてきやがる。一匹でも多く仕留めないと」
「だからって、ナオが死んじゃ意味無いだろ」
「ってニパが言う資格有るのかよ?」
「私は不死身だからな。超回復能力でバッチリだ」
「卑怯だぞそれ。……ま、どうせストライカーさえ無事に戻って来れば良いんだ。上はそう考えてるさ。オレには分かる」
「それ、前にも同じ事言って隊長に殴られたよな?」
「だって……違うのかよ?」
「違うも何も、ストライカー使えるウィッチが減ったら、どの道上の連中だって困るに決まってる。戦力の喪失なんだぞ?」
「代わりは幾らでも……」
「い・な・い」
 きっぱり否定するニッカを前に困惑する直枝。
「なんで、大尉みたいな言い方するんだよ……ずるい」
「間に挟まれる私の身にもなってみろってんだ。毎回どうフォローすれば良いのやら」
「だって! ……だって」
「だだっ子じゃあるまいしさあ。それに、大尉だってナオの事妙に心配してるし、ナオだって大尉の事……」
「わあ、言うな! ごっ誤解だかんな! オレは何も……何も、何も」
「ほほう。顔真っ赤だぞ」
「うるさい!」
 直枝は湯飲みのコーヒーをぐいと一気に呷った。まだ冷えてないコーヒーで舌を焼く直枝。
「あっちっ!」
 力任せにテーブルに置いたせいか、湯飲みがばりんと割れた。
「カップまで壊すなよ……」
「つい、力が」
「仕方ないな。待ってろよ。代わり持ってきてやるから……あーあー、真っ二つに割れてるし」
 ニッカは慣れた様子で湯飲みを片付けると、マグカップに代わりのコーヒーを注いで、直枝の横に置いた。
「ほら。替わりの」
「悪い」
「熱いからすぐに口つけるなよ?」
「大丈夫……あちっ」
「子供かよ。せめてふーふーして冷ませって」
「置いとけばそのうち冷える」
「なら私のと交換しよう。良い感じに冷えてきた」
「じゃあ、貰う」
 ずずず、とコーヒーを飲む直枝。やれやれ、と言った表情のニッカ。

「そう言えば」
 唐突に直枝がニッカの方を向いて言った。
「ニパも、大尉と何か有るんじゃないか?」
 飲みかけのコーヒーをぶーっと吹くニッカ。
「な、ナニイテンダ? 馬鹿言うな!」
「思いっきり噛んでるぞ。何でそんな慌ててんだよ」
「ナオがヘンな事言うから!」
「お前、大尉は好みじゃないのか?」
「ナオじゃあるまいし……」
「お、オレだって……、その……その……」
 もじもじしながら、所在なさげに指をいじり、頬を染める直枝。
「大尉とは何も無いよ。だから安心しろナオ」
「安心って……。じゃ、じゃあ、ニパは伯爵と……」
「それこそ何も無い」
 言い切るニッカ。
 微妙な空気が二人の間に漂う。
「わ、悪かったな。こんなオレで」
 唐突に直枝が拗ねる。
「何言ってんだよこの位の事で。スオムスの頃は、もっとどかーんどかーんと派手に……」
「またスオムスの話か?」
「少し位いいじゃんかよ。前に話したっけ? 一人馬鹿な奴が居てさ。そいつのお陰で隊はいつもしっちゃかめっちゃかだった」
「伯爵みたいな奴だっけ?」
「あんなのと一緒にすんな。イッルはもっと違うんだ。まあ悪戯好きだけど、なんつーか……」
「ホント、ニパはその『イッル』とか言う子の事話すよな。楽しそうに」
「そうか?」
「そいつの事、好きなんじゃないかやっぱり?」
 今夜二度目のコーヒー噴射をしたニパは、口を拭うと椅子から立ち上がって直枝を見た。
「あ、あのなあ……ナオ」
「違うのか?」
 きょとんとした純粋な目で見られたニッカは、何か言いかけて、結局ぶっきらぼうに答えた。
「……わかんねえよ、私も」
 そのままどっかと椅子に腰掛けるニッカ。
「そっか。まあ、故郷の戦友とか、知り合いの事って気になるよな」
 適当にお茶を濁す直枝。
「なるなる。それは同感」
「みんな、何してるんだろうな。扶桑では皆達者でやってんのかな」
「イッルなんて手紙のひとつも寄越しやしない」
「あ、それは良い事かもよ」
「何が?」
「扶桑の言い伝えで『便りの無いのは良い便り』ってのが有ってな」
「何だそれ?」
「何か良くない事が起きれば連絡が来るだろ? だから何も無いって事は、相手が元気でやってる証拠って意味さ」
「ナオはそう言う事は詳しいつうか博識だよな」
「そうか?」
「まあ、今度休暇が取れたら、イッルに会いに行くか、手紙でも書いてみるかな。……アイツの事だろうから読まなそうだけど」
「やっぱりニパはイッルって人のこと……」
「だからわかんねえよ! 何度も繰り返すな」
「ごめん」
「ナオだって大尉との事聞かれたら嫌だろ?」
「嫌だ」
「何で嫌かは知らないし知りたくもないけどさ、人って何かしら聞かれたくない事って有るじゃん?」
「あるある」
「だから、まあそう言う事だよ」
「悪かった。……それにしてはオレ達、よく話すよな」
「まあね」
 二人揃ってぐい、とコーヒーを飲む。

「じゃあボクも混ぜてくれないかい?」
 ぬっと顔を出すクルピンスキー。
「何だよ急に! 居たのかよ伯爵?」
「いつから!?」
「そうだね~。ナオちゃんの勇気溢れる戦いについて議論している時から、かな」
「そんなに前から居るんだったら、隠れてないで顔出せよ」
「いやー、なんか見目麗しき乙女同士の可憐な恋話になっちゃったから顔出すに出せなくなって」
「どこが恋話だ」
「とにかく盗み聞きすんな! 余計タチ悪いわ」
「まあ、ボク達は天下に名だたる『ブレイクウィッチーズ』だし、三人仲良くし……」
「しねえよ」
「どっか行け」
「酷いな二人共。じゃあボクの恋の話、聞いて貰おうかな」
「行こう、ニパ」
「ああ行くか、ナオ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。ボクの恋の話はまたこれが壮大でね、ページにするとなんと三行で」
「単位違うじゃねえか!」
「随分と薄っぺらいんだな三行って」
「これが紙に書くとオラーシャ大陸を三往復もするんだ」
「長過ぎだろ。どんな絵巻物だよ」
「良い事言うね。ボクの人生はまさに絵巻物……」
「『鳥獣戯画』がいいとこだろ」
「なんだいそれ? それって扶桑のオペラか何か?」
「伯爵、馬鹿にされてるっていい加減気付け」
「大丈夫。ボクは軽い馬鹿だからね」
「認めんな! てか重症だろ」
「あ、ちょうど良い所にジョゼが来た。は~いジョゼ、これからボクと一緒に……」
「ポケットに酒瓶忍ばせて何処行くつもりだ伯爵!」
「伯爵を止めろ! ジョゼ逃げろ!」
「ふええっ!? いきなりなんですかっ」

 夜も更け、急ごしらえで設営された宿舎に戻り、寝袋にくるまるニッカ。
「はあ……今日も疲れた。戦闘以外の事で戦闘以上に疲れるってどう言う事だよ」
 独りごちるも、狭い個室で、誰もニッカの愚痴を聞く者は居ない。
「……イッル、か」
 天井を見上げる。急ごしらえの吊り下げフックから垂れるバッグが、隙間風に揺れる。
「どうなんだろうな。わかんねえよ」
 ニッカは溜め息を付くと、寝返りをうった。

 同じ頃、直枝はアレクサンドラの個室を訪ねていた。
「ごめん、今日は……その」
「もう良いから。それより、どうしたのこんな夜遅くに」
「あの、その……」
 もじもじする直枝を見て、アレクサンドラは手を取り、中に招き入れる。
 外をちらりと見、すぐに扉を閉める。
「? 何か?」
「何でもないわ。さあ、いらっしゃい」
 ふらふらと、アレクサンドラの胸に寄り掛かる直枝。
「ゴメン。いつも、こんな……オレで」
「良いから」
 アレクサンドラは直枝をぎゅっと抱きしめると、そのままベッドに転がり、頬に唇を這わせ、そのまま唇を重ねた。

end



コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ