sweet recipe
「ねえ芳佳ぁ、なんかおいしいのたべたい!」
突然現れたルッキーニの、いきなりの要求に驚く芳佳。
他の隊員達は夕食後のくつろぎを終え、それぞれの部屋に戻っている。
「ルッキーニちゃん、晩ご飯ならさっき食べたでしょ?」
「やだー! 足んない! てかご飯じゃないのたべたい!」
だだをこねるロマーニャ娘。
「じゃあ、どんなのが良いの?」
「んーとね。あまーくて、やわらかーくて、おいしいの!」
「うーん。難しいなあ」
悩みながらも、芳佳は割烹着を取りに厨房に向かう。その後をニヤニヤしながらついて行くルッキーニ。
厨房であれこれと材料を揃え、鍋でぐつぐつと煮込む芳佳。暇そうに芳佳を眺めるルッキーニ。
「ねえ芳佳ぁ」
「なぁにルッキーニちゃん」
「なんで芳佳って料理うまいの? 扶桑料理だけだけど」
「だけって……。まあ、扶桑のお料理なら、お母さんとおばあちゃんに教わったから」
「ふーん」
つまらなそうに答えるルッキーニ。
「どうしたの?」
「マンマのパスタおいしかったなーって思い出した」
「そっかぁ」
「でも今はパスタはいいよ?」
「お夕飯食べたばかりだもんね?」
お玉で汁をひとすくいして、味を見る。横の網焼きの上ではぷっくりと餅が焼けている。
「塩辛いのは食べたくないよ」
「大丈夫、もうちょっと待っててね」
芳佳はきつね色に焼き上がったお餅を、鍋に入れた。
「はい、お待たせ」
ルッキーニの前に出されたのは、お汁粉。残りの餅など、あり合わせの材料で手際よく作ってみたのだ。
「なんか熱そう。湯気でてる」
「熱いからふーふーしてね。あとお餅入ってるから一気に食べるとのど詰まるよ」
「なんかこわーい料理だね」
「そうかな?」
「じゃあもらうね。……アチッ」
「ほら、ふーふーしないから」
「だってぇ……」
「も、しょうがないなあ」
芳佳は慣れた手つきでお餅を少し取り、汁と絡ませ、優しくふーっと息を吹きかけた。
「はい、どうぞ」
「あーん……あまーい! やわらかい! おいしい!」
満面の笑みを浮かべるルッキーニ。
「もっともっと!」
「急いで食べるとのど詰まるって」
「だいじょうぶ」
お汁粉をぱくつくルッキーニ。が、案の定のどに詰まり悶え出した。
「あーほら、いわんこっちゃない。ごくって飲み込んで?」
「ヴェー」
芳佳は、苦しむルッキーニの背中を上方に向けてどん、と叩いた。その拍子に詰まりが取れた。
「く、苦しかった-」
「ほらもう、次は気をつけてね?」
ルッキーニは大きく深呼吸すると、席を立った。
「もーいらない! お汁粉こわい!」
「えー? まだ有るのに」
「だってぇ……」
「じゃあ私が貰うとしよう。宮藤、一杯頼む」
替わって椅子にどっかと座ったのはトゥルーデ。いつの間に現れたのか分からないが、居て当然と言う顔をしている。
「あ、バルクホルンさん」
「アジュワ……」
「なんだルッキーニ。私に怒られるとでも思ったのか?」
「いやあの、その……」
「あんまり宮藤を困らせるな」
「ごめん、なさい」
「あと、戦闘でもないのにのど詰まらせたりするな。そんな事で命を落としたら……」
「バルクホルンさん、ちょっと大げさです」
芳佳が苦笑する。
「……まあ、私が言いたい事はだな。自分を大事にしろ、と言う事だ」
「ほえ?」
意味が分からないルッキーニ。
「お前が悲しい事になると皆悲しむからな」
そう言ってトゥルーデはお汁粉を食べ始めた。
「それって……シャーリーのこと?」
「馬鹿者。あのリベリアンだけではない。隊の皆だ」
「あう……、ってあれ?」
何かに気付くルッキーニ。
「てことは、バルクホルン大尉もあたしのこと……」
ぽかんとした顔でトゥルーデの顔を見るルッキーニ。カールスラントの堅物は顔を少し赤くしながら言った。
「わ、私もそうだし、宮藤もだ。そうだろう?」
「そ、そうだよルッキーニちゃん。私も心配」
「ウジュー」
ルッキーニは席に戻り、少しさめたお汁粉をちまちまと食べた。
「うん。やっぱり、芳佳の料理、おいしいな」
しみじみと言うルッキーニ。
「ありがとうルッキーニちゃん」
「でも、マンマのパスタも食べたい」
「私はロマーニャ料理よくわからないから……今度教えて?」
「あたし味しかわかんなーい。料理のやり方わかんなーい」
投げやりなルッキーニに、トゥルーデが提案する。
「なら504の連中にでも聞いたらどうだ? 同郷だし、レシピとか分かるんじゃないか?」
「ちがうの! ロマーニャって言っても北のほうと南のほうで味ぜんぜん違うし、街ごとにもビミョーに違うんだよ?」
「ほう」
「ルッキーニちゃん、詳しいんだね」
「マンマがそう言ってた」
「同じ国でも地域によって様々な味がある。これは万国共通の様だな」
一人頷くトゥルーデ。
「じゃあ、今度一緒にレシピ探してみよう?」
「うん。芳佳とならいいよ」
「珍しいなルッキーニ。リベリアンはどうした」
「シャーリーは大好きだけど、料理……」
言いよどむルッキーニ。
「素直だな、ルッキーニは」
「ルッキーニちゃんかわいい」
微笑む芳佳とトゥルーデ。ルッキーニはぷんすかと箸を振り回した。
「違うもん! あたし違うもん!」
「ほらルッキーニ、席に戻れ。まだお汁粉食べ終わってないだろう」
「あう」
「おかわり要るならどうぞ。まだたくさんありますから」
「まだ有るのか? どれくらい?」
トゥルーデの問いに、芳佳は鍋を見て答えた。
「あと六、七人分くらい、ですかね。ちょっと作り過ぎました」
「そうか。ハルトマンとミーナにも食べさせてやりたいと思ったが……」
「ならあたし食べる!」
「え?」
「何?」
驚く芳佳とトゥルーデ。
「食べておっきくなるもん! そんでシャーリーに負けないナイスバディになるんだもん」
「それは間違うと太るだけに終わるぞ」
「ウジュ……」
「とにかく、はい、おかわりどうぞ」
「ありがと芳佳。もらうね」
今度は失敗しない様に、餅を小さく……よくのびるが……してからよく噛んで食べるルッキーニ。
「ルッキーニちゃん、ちょっと」
「ほえ?」
「ほら、口汚れてるよ。お餅も少しついてるし……取ってあげる」
芳佳はルッキーニに顔を近づけると、そっと口元に指を這わせ、こびりついたお汁粉と餅を拭う。その指をぺろっと舐めてみる。
「ありがと、芳佳」
一部始終を見ていたトゥルーデは何か言いたそうで何かして欲しそうだったが、理性が彼女を抑えている。
「芳佳ってさ」
「どうかした?」
「時々、なんか……」
「?」
「んー、なんでもない。もしあたしが扶桑に行く事があったら」
「うん?」
「芳佳をあたし専属の料理人にしてあげる」
「え、なにそれ」
笑う芳佳。
「あーすまない芳佳、いや宮藤。ちょっと口元が……」
「あ、バルクホルンさんも何やってるんですか」
苦笑すると、芳佳はそっとハンカチでトゥルーデの口元を拭いた。
少々の喜びと幾分のがっかりが混ざった表情の“お姉ちゃん”。
「芳佳ぁ! もっとおかわり!」
「そんなに食べて大丈夫?」
「おなかすいてきた!」
「はいはい」
芳佳はルッキーニにお椀を手渡した。そんな二人を見て、箸が止まるトゥルーデ。
「トゥルーデ、顔にやけてるよ」
「うわ、ハルトマンなんだいきなり」
「まるで妹達を見る様な……」
「余計な事を言うな!」
「ミヤフジー、なんか残ってるなら私にも欲しいな」
「あ、はい。ただいま」
「芳佳ちゃん、何作ったの?」
「あ、リーネちゃん。お汁粉作ったんだけど食べる?」
「少し頂戴」
「何か宮藤が夜食作ったみたいダゾ。サーニャ、一緒に食べてみるカ?」
「うん……エイラとなら」
気付けば隊員の大半が食堂に集まっていた。匂いにつられたか、あるいは……。
「こ、これあたしの!」
ルッキーニが叫ぶも、芳佳になだめられる。
「みんなで楽しく、ね?」
「ウジュー あたしの芳佳なのに」
「えっ?」
「りょ、料理の事!」
「ルッキーニちゃんたら」
芳佳はくすっと笑いながら、隊員達にお汁粉を振る舞った。
こうしてのんびりと501の夜は更けていく。
end