ring a ding dong


 霧雨の降り止まぬ、とある日の事。
 501の基地に飛来したそのウィッチは、雨中華麗に着地を決め、ハンガーにタキシングした後、
格納装置にストライカーユニットを固定し、すらりと脱いだ。そして涼しげな顔で出迎えの者に握手を求めた。
「やあ、お出迎え有り難う、感謝するよ。ホント光栄の至り」
 笑顔のカールスラントウィッチ三人を前に、クルピンスキーも笑顔で応じた。
「相変わらずだな、クルピンスキーは」
「まあね。502(こっち)はこっちで毎日が楽しいよ」
「ロスマンさんとラルさんは元気でやってるかしら?」
 ミーナの問いに、クルピンスキーは笑って頷いた。
「勿論。我らカールスラント空軍のウィッチは精鋭揃いだからね。簡単にくたばりはしないさ」
 腕組みしたトゥルーデはクルピンスキーを見て言った。
「そう言えば話を聞いたぞ、壊し屋三人組の噂を。お前……」
「あちゃー、耳に入ってたか~。まあ大した事してないよ。たまたま戦果と墜落がちょっとかぶっただけの話で」
「またそう言う事を……」
「それより二人はどうなんだい? こっちでも君達の噂を聞くよ?」
「あ、それは、まあ……」
「伯爵と同じ。毎日が楽しいよ」
 エーリカはしろどもどろになったトゥルーデの腕を引っ張り、お揃いの指輪を見せた。
「おお、良いねえその指輪。似合ってるね。ちょっとボクに見せてよ貸してよ触らせてよ」
「だっダメだ! お前に触られると穢れる」
 エーリカと合わせて手を引っ込め隠すトゥルーデ。
「そんな事無いって。ちょっと外してペロペロするだけだから」
「こっこのっ!」
「伯爵の変態~」
「ボクは軽い変態だからね」
「と、とりあえずクルピンスキー中尉? ここで立ち話も何だから、向こう行きましょう?」
 ミーナが促すも、クルピンスキーは立ち止まり、ミーナの顔をじっと見た。
「あ、あら? 私の顔に何かついてる?」
「いやあ、いつもミーナさんは美しいなと思って。特に今日は美しい」
「またそうやって、502でもウィッチを口説いてるんでしょう?」
 慣れた感じであしらうミーナ。
「ばれた? でもミーナさんも、いい人見つけたみたいだね」
「そ、そんな事なくてよ?」
「ボクは何でもお見通しさ」
「適当言ってるだけだろ」
「それはまだ言っちゃダメだって」
「ほら、早く行くよ?」
 エーリカは皆の手を引っ張った。

 ミーティングルームに通されたクルピンスキーは、501に集うウィッチ達の中で、まずサーニャに目を付けた。
「おお、これは美しい! まるで雪国に舞う華麗な幼女……いや少女」
「あ、あの……貴方は」
「おっと紹介が遅れて失礼、ボクはヴァルトルート・クルピンスキー。カールスラント空軍が誇る天才ウィッチさ。よろしくね」
「コイツ何かヘンダゾ。自分で天才とか言ってル」
 横でエイラが囁くも、クルピンスキーは意にも介さずサーニャに迫る。
「君の名は? その髪に透き通る肌の色艶、どことなく北欧の可憐な香りがするよ。まあ気のせいなんだけどね」
「私はオラーシャ出身です」
「オラーシャ? あのオラーシャかい? 凄いなオラーシャは! 何て懐が深いんだ」
「あの、何がでしょう」
「いや、502(ウチ)にもオラーシャ出身の熊が居るんだけどね、これがまた恐ろしい熊で」
「「熊!?」」
 エイラとサーニャの声がハモる。
「いや、正確にはホッキョク熊が使い魔のウィッチなんだけどね。また可愛いんだこれが」
「はあ」
「でも権力を笠に着て事有る毎にボク達に体罰を加えるんだ。とんでもない事だと思わないかい?」
「あの……話が良く分かりません」
「まあ、ボクがおいおい話して行くから、まずは軽く一杯」
「サーニャにナニ酒飲まそうとしてんだヨ! サーニャから離れロッ!」
 警戒心がレッドゾーンを超え、サーニャとクルピンスキーの間に割って入るエイラ。
「おや、その服にその髪の色……君、可愛いねえ!」
「へ?」
 突然自分に興味が移った事に気付かないエイラ。今回ばかりは持ち前の「危機回避」能力も不発か。
「うん。君、やっぱり可愛いよ。どうだい、ボクと一緒に付き合わないかい?」
「いきなり何言ってンダ!? バカじゃないのかオマエ?」
「そう、ボクは軽い馬鹿だからね」
「何だコイツ」
「ああ、軽いデジャヴを感じるよ……、同じ様なツッコミをしてくるスオムスのウィッチがボクの戦友に居る事を思い出したよ。
確かニパ君だったかな」
「ああ~、あいつカ。じゃあ私の代わりにアイツやるから我慢してクレ」
「そりゃないよ。せっかくはるばる遠路来た事だし、一緒に……」
「だが断ル」
「つれないなあスオムスのウィッチは。可愛いのに」
「何か腹立つ言い方ダゾ」
 そこにやって来たのはシャーリーとルッキーニ。
「おや、誰だい? 助っ人か新人かい?」
「ウヒャ 新人?」
 すかさず背後に回りクルピンスキーの胸を掴み揉みし抱くルッキーニ。嗚呼っ……、とクルピンスキーは甘い溜め息を付いた。
「ウジャジャ??」
 いつもと少々勝手が違う事に若干戸惑うルッキーニ。すかさず両手を握られ、するりとお姫様抱っこさせられてしまう。
 顔を間近に付けて、囁く。
「やあ、愛しのハニー。分かるよ、ちょっとした挨拶、ボディランゲージだね?」
「ウ、ウニャ?」
「うん。見た目はちょっと幼いけど、とっても可愛い幼女……いや少女だね。元気いっぱいな君の瞳にかんぱ……」
「キャーちょっと待って! あんた誰?」
「自己紹介がまだだったねマイハニー。ボクの名はヴァルトルート・クルピンスキー。神が二物を与えたもうた唯一無二の天才さ」
「え?」
「ちょっとこれからボクと一緒に夜明けまでランデブーしないかい?」
「や、ヤダー! しないしない! シャーリーたすけて!」
 嫌がるルッキーニを見て、シャーリーがクルピンスキーの肩を掴む。
「ちょっと、いきなり何だいあんたは?」
「おお、目に眩しいナイスバディ! ミラクルボディ、奇跡の身体とはまさに貴方の事だ」
「ほえ? あたし?」
 振り向くなりルッキーニを離しシャーリーの手を取るクルピンスキー。ルッキーニはそのまま落下ししたたかに尻を打ち悶絶した。
「ここではこの可愛い子みたいにボディランゲージで会話するって聞いたけど本当かい? ボクも混ぜて欲しいな」
「ちょっと、いきなり何だよ」
「ボクは君にはかなわないけど、君を満足させる事は出来るよ?」
「あんた、酔ってないか?」
「ボクはボクに酔っているのさ」
「ダメだこりゃ。行こうルッキーニ」
「ウジュー いきなり落とすなんてひどーい! サイアク!」

「なんですのルッキーニさん、さっきから大声を出して……」
 遅れて部屋に来たペリーヌを見たクルピンスキーはさも自然にペリーヌの手を取り満足そうに頷いた。
「これはまた美しい金髪の美少女! ボクの好みドンピシャだよ」
「ちょっと、なんですの、突然?」
「おおっと言わなくても分かるよ。君は……その服、ガリアの子だね?」
「いかにも、わたくしはガリア出身ですが、何か?」
「いいねえ、そのツンツン具合。ますますボクの好みだ」
「なんですの気持ち悪い」
「ガリアと言えばパリだよね。パリは良い所だよね。行った事無いけど」
「貴方、いい加減に……」
「あの、さっきからの騒ぎは一体……」
 現れた芳佳とリーネを見つけるなり、クルピンスキーは待ってましたとばかりに飛びついた。
「おお、愛しきブリタニアの少女! 素朴ながら咲き誇る可憐なその胸っ!」
「えっ!?」
「宜しければボクと……恥ずかしくて言いにくいけどボクとえっちな事をしないか……」
「リーネちゃんに何て事言うんですか! 貴方一体誰なんです?」
 リーネをかばう芳佳を見て、クルピンスキーは目の色を変えた。
「おお、君は……その黒髪、扶桑のフロイラインかい? やっぱり扶桑の魔女はひと味もふた味も違うなあ」
「あの……」
「君はまだまだだが、うーん、なかなか良い味をしている。扶桑の魔女はやっぱり最高だね! そう思わないかいミーナさん?」
 先程から一部始終を見ていたカールスラント三人組に振り向き、声を掛ける。
「どうして、そこだけ私に同意を求めるのかしら?」
「だってミーナさん……おお、噂をすれば伝説のサムライではないですか! お目にかかれて光栄の至り」
 美緒を見つけたクルピンスキーは美緒の元に騎士宜しく跪いた。
「ん? 何だ貴官は? 501(ここ)の所属ではないな」
「申し遅れました、このわたくしヴァルトルート・クルピンスキー、カールスラント空軍が誇るエースウィッチです。
サムライこと坂本少佐のお噂、このクルピンスキー重々存じ上げております」
「ふむ。クルピンスキーか。私は扶桑海軍所属の坂本だ、宜しく頼む」
「では、早速お供致しましょう」
「何ッ? 私は今から風呂に行く所だが、ついてくるのか?」
「このわたくし、どこへでも……扶桑の風呂は裸のコミュニケーションを取る場所だと……」
「ちょっとクルピンスキー中尉!」
 ミーナが怒鳴る。
「いい加減にしろクルピンスキー」
 トゥルーデも呆れながらクルピンスキーを止める。
「止めても無駄だよバルクホルン。ボクは今幸せだなあ。501に配属されれば良かったと心底思うよ」
「他の部隊行ってもそう言うだろう」
「よく分かるね」

 改めて501の全ウィッチが集められ、クルピンスキーの紹介と、人となりを“簡単に”説明される。
「だから、こいつに何か声を掛けられたり色仕掛けされたら適当に拒否すればいい」
 トゥルーデが注意を皆に伝える。
「色仕掛けの冒険に挑むボクを止められるかな?」
「何が冒険だ! やめんか! だから人の話を聞けと言うに!」
 クルピンスキーとトゥルーデの掛け合いは何処か新鮮で、隊員達は興味を持った。
「ああそう言えば思い出したよバルクホルン。回復した妹さんのお見舞いに行ったんだけど……」
「知っている。私の妹のクリスまで狙ってるんだってな?」
「とんでもない! それは流石に誤解だよ」
「本当か?」
 疑いの目を向けるトゥルーデを必死に説得するクルピンスキー。
「とりあえず、お茶にしましょう」
 テラスは雨の為使えず、ミーティングルームでの質素なお茶会となった。
「へえ、こりゃまた上質なお茶だね。淹れ方もうまい」
「分かるの伯爵?」
「いや全然?」
「おい……」
 しかし、紅茶のカップを持つ仕草はさりげなく上品で、飲み方、お菓子の食べ方など、美しくもあった。
 すらりと伸びた指先でお茶を一口飲むと、ひとつ頷いてみせた。
「実に見事だ」
「あ、ありがとうございます」
 遠慮と若干の警戒が混ざったリーネを見て、クルピンスキーは微笑んで言った。
「君はもっと自信を持つべきだよ。こんなに美味しいお茶を淹れる事が出来るのだから」
「あ、ありがとう、ございます」
 芳佳はほへえ、と感心した。
「流石、『伯爵』って言われるだけあってなんか上品で素敵ですね」
 芳佳に向かってクルピンスキーはウインクしてみせた。
「そう、ボクは心も上品でステキなんだ」
「その一言さえ無ければな……」
「何か言ったかいバルクホルン?」
「いや……」

 その日の晩は、夕食もそこそこに序盤からハイペースでカールスラント組主体による「飲み会」が始まった。
 基地中にあったビールをかき集め、がんがん飲んでいく。
「懐かしいよね、こうやって三人で飲むのって」
「全くだ。再会を祝して乾杯!」
 飲みながら、昔話に花を咲かせる。
「そう言えば、輸送中の飛行機でもこうやって飲んでたよね」
「ああ、ボクの後ろに居たバルクホルンは貨物室に入れられていたよ」
「また適当な事を!」
「あー有ったよねそんな事。間違えて荷物と一緒に……」
「無い無い! エーリカまで話に乗るな!」
 元々カールスラント空軍の同じ部隊に居たトゥルーデ、エーリカ、クルピンスキーは昔話に花を咲かせ盛り上がる。
 それを傍目で見ていた501の隊員達は、ひそひそと何かを囁き合った。

 あらかた飲んだところで、不意にクルピンスキーはトゥルーデとエーリカを見て言った。
「しっかし羨ましいなあ二人は。まさか婚約するなんてさー」
「まあな」
「羨ましい?」
「同じ原隊のよしみで、ボクにも分けてよ」
「分けられるかっ」
「ケチな事言わずに」
「だ・め・だ。クルピンスキー、お前、ロスマンさんに散々言われてるだろう?」
「ロスマンさんとは良い友人としてだね」
「また適当な事を。『かわいいハルトマン』がお前のせいでこんな事になったと嘆いてたぞ」
「ボクは楽しい軍隊生活をレクチャーしただけさ? ねえ、ハルトマン」
「色々教わったよ」
「色々、が問題なんだ」
「例えば」
 クルピンスキーはエーリカをそっとお姫様抱っこしてみせた。
「こんな事とか」
「お、おい」
「この先とか」
「なにぃ!? その先!? なんだそれはっ!」
「まあそれは冗談として」
「お前が言うと冗談に聞こえないから困るんだっ!」
「まあとりあえず、天使ちゃんとの再会を祝して」
 クルピンスキーはエーリカに軽くキスをした。
「じゃあ昔みたいに?」
 酔っているのか、腕を回してキスしたあと、けらけら笑うエーリカ。
 刹那、ぐしゃっと言う音が部屋に木霊する。
 トゥルーデが、握っていたビールの杯を握り潰したのだ。
「おやおやバルクホルン、飲み過ぎで力のコントロールが利かなくなったのかい?」
「貴様ぁ」
 エーリカを退け、クルピンスキーの胸倉を掴み吊し上げる。
「暴力反対だよ、ボクとしては」
「してはいけない事も、有る」
「お互い様じゃないかい?」
「教育が必要だな」
「やめて二人とも!」
 エーリカがトゥルーデの腕を押さえる。解放されたクルピンスキーは、にやりとして言った。
「もっと楽しくいこうよ。JG52時代みたいにさ」
 挑発と受け取ったトゥルーデは拳を鳴らした。
「来いよクルピンスキー、下手な冗談なんかやめて掛かってこい!」
「冗談も通じないとはヤキが回ったね、“大尉殿”。君はもうおしまいだ」
「どうした、怖いのか? そうやって下らん冗談で人をからかうのがせいぜいだろ? 来いよクルピンスキー。
カールスラント空軍の規律を教えてやる」
「じゃあハルトマンと一緒にお願いしようかな」
「やめなさい!」
 突然怒鳴られ、空気が固まった。
 その場に現れたのはミーナ、そして美緒。
「何となくこうなりそうな予感はしたけど……何をやってるの」
「昔話をちょっとね」
「取っ組み合いが昔話ですって?」
「バルクホルン、飲み過ぎだ。仮にも客人にする態度ではない。今すぐ部屋に戻って頭を冷やせ。これは命令だ」
 美緒が言う。
 トゥルーデは椅子から立ち上がると、無言で部屋から出て行った。
「バルクホルンはあんなに酒癖悪かったかな?」
 気まずい空気の中、一人しれっととぼけてみせるクルピンスキー。

 トゥルーデはそのまま一日の自室謹慎を命じられ、部屋にこもった。
 その間、クルピンスキーは呆れ気味の501の隊員を前に、昔の……JG52時代の話を聞かせた。
「昔からバルクホルンはいじられキャラでね」
「あの堅物がかい? まあ何となく想像は付くけど、でも何で謹慎なんて……あんた一体何したんだ?」
 気になったシャーリーの質問を受けて、ふふんと笑ってみせる伯爵。
「いやあ、ちょっと天使ちゃんのハルトマンと、一緒に遊んでただけだよ。バルクホルンの目の前で」
「あー、何となく想像つくわ。そりゃダメだわ」
 呆れるシャーリー。
「女性の事で我を忘れるなんて尉官失格だよね」
 すました顔でお茶を飲むクルピンスキー。
「それ、あんたが言えた義理じゃないだろ。501(ここ)に来て早々のアレは何だい」
 冷静にツッコミを入れるシャーリー。
「あれはボクなりの軽い挨拶なんだけど、まずかったかな?」
「堅物が怒る気持ちも何だか分かる気がするよ……」
「その哀れみの目、止めてくれないかな」
 少々困惑するクルピンスキー。

 謹慎が解けても、トゥルーデは部屋に籠もったままだった。
 隊員達が一体どうしたものかと囁く中、エーリカは心配になり、トゥルーデの部屋の扉の前に立った。
 鍵にピンを差し込み、かちゃかちゃと外す。
 解錠ににきっかり九十秒掛かり、そっと部屋に入る。
 窓辺にトゥルーデが座っている。いつの間に何処から持ち込んだのか、ビールの瓶が何本か転がっている。
「エーリカだな」
 振り返りもせず、トゥルーデが呟く。手には栓の開いたビール瓶が有った。ぐい、と飲む。
「トゥルーデ、あのね……」
 言葉を荒い溜め息で遮られる。それでもエーリカは続けた。
「トゥルーデ、聞いてよ」
「聞きたくない。今は何も」
「トゥルーデ、誤解してる」
「私は、誤解も何もしていない」
「だって」
「仮にも、酔った挙げ句、来客相手の狼藉だ。懲罰を受けて当たり前だ」
「でも、私のせいで、トゥルーデ……」
 語尾が消えかかるエーリカの声。それを聞いたトゥルーデは窓の外を見、呟いた。
「自覚が有るだけ、マシか」
「えっ」
「本当、あいつには困ったもんだ」
 トゥルーデはもう一度深く溜め息を付いた。
「私ね、トゥルーデ……」
 言葉を手で遮り、三度溜め息を付くと、澱んだ目をしたまま、話し掛けた。
「エーリカ。お前は、クルピンスキーと……」
「それ、話した方が良い? トゥルーデが気になるなら。私、伯爵とは別に何も……」
「いや、聞きたくない。聞いてどうなるものでもないしな」
「トゥルーデ……」
 気まずい沈黙。
 トゥルーデは最後に残ったビールの瓶をぐいと呷り全部飲み干すと、瓶を適当に床に転がした。
 そしてエーリカに言った。
「私は、過去のお前を許すつもりはない」
「えっ、トゥルーデ……そんな」
 息を呑むエーリカ。
「でも、今のお前は許す」
「ど、どう言う事?」
「過去は過去、今更変える事など不可能だ。許そうにも、出来ない。でも、これからは幾らでも変えていける。二人で。違うか?」
「う、うん」
「そう言う事だ。だから」
 トゥルーデはエーリカをそっと抱きしめると、言葉を続けた。
「ずっと、私だけのエーリカで居て欲しい。それだけだ」
「そ、そう言う事か。なんだ」
 エーリカは少し安心した。ふふ、と自嘲気味に笑った後、言葉を続ける。
「なんか……ありがと。それで、ごめんね」
 涙が一筋流れる。トゥルーデはそっと指で拭うと、エーリカの頭を胸に埋めた。
「誰が何と言おうが、お前と昔に誰と何をしようが、今私はこうしてエーリカを愛している。それは変わらないし、揺らぐ筈も無い。
これからもずっと」
「ありがと、ありがとね。トゥルーデ」
 仲直りの印に、口吻を交わすふたり。
「泣かせてすまなかった。私のせいだ」
 そっと涙を拭い、もう一度優しく抱きしめる。
「トゥルーデの、ばか」
「すまない」
 エーリカの頬に唇を当てる。くすぐったい、とエーリカは嬉しそうに呟く。
 ふふ、と笑い合うふたり。トゥルーデの目にも生気が戻り、エーリカを抱き直すと、もう一度キスをする。
「私は、本当に悪い奴だ。愛しの人を泣かせるなんてな」
「でも、今は私達笑ってる。それでいいよ。私もトゥルーデを許すよ」
「そうか。ありがとう、エーリカ。こんな私を……」
 もう一度、口吻を交わす。

「さて、これでどうだ、クルピンスキー?」
 トゥルーデはエーリカをお姫様抱っこした格好で、扉の方に振り向いた。
 二人の視線の先には、いつから居たのか、お手上げと言った顔のクルピンスキーが居た。
 ニヤニヤしながらも、少し呆れ、そして少々の羨望が混じった複雑な顔をしていた。
「バルクホルンは相変わらず、お堅いねえ。ま、でも安心したよ、昔と変わらずで」
「悪かったな。生憎私はこう言う行き方しか出来ない」
「それが君のいいところさ。ボクには持ってないものを、君は持ってる。ボクが出来なかった事を君らはしてる。流石だね」
「伯爵ってば、負け惜しみ?」
「とんでもない。ボクからのささやかな祝福だよ。出来ればそのいちゃいちゃにボクも混ぜて……」
「断る」
「ごめんね」
 同時に二人から言われ、ははは、と笑うクルピンスキー。
「まったく。ハルトマンも少しバルクホルンに汚染されて堅くなったんじゃないかい?」
「そんな事無いよ」
「ま、それはそれだ。何ならもう一度、三人で飲み直すか?」
「良いね。連チャンとはJG52以来久々だ」
「よし、酒を持ってこよう」
「その必要は無いよ、ボク達の方からお出迎えすればいいのさ」
「あったまいい伯爵」
「厨房で飲むつもりか」
「手近にあった方が何でも便利さ。行こう二人共」
「ああ」
「行こう、トゥルーデ、伯爵」
 エーリカはトゥルーデから降りると、二人と手を繋いだ。
 そして文句を言ったりふざけ合いながら……ちょっと前、JG52時代の如く……三人は厨房へと向かった。

「で、どうしてこんなぐてんぐてんに酔い潰れるかね、カールスラントの皆さんよ」
 呆れ顔でシャーリーがトゥルーデ達に言う。
「ウジュワー 酒くさー」
 シャーリーの横でルッキーニが飲んだくれ三人組をつついて回る。
「うるさぁい! たまには良いじゃないかぁ~」
「これがカールスラントの名だたるエースとはねえ」
 呆れるシャーリー。
「ああ~、でもこう見えても、ボクは君が三人に見えたりはしないよ。君と同じ姿の背後霊ならたくさん見えるけどね」
「そりゃ世の中じゃ酔ってるって言うんだよ」
「この指何本?」
「そりゃOKサインだ」
 かなり適当な受け答えをして無邪気に笑い合うJG52のメンバーを見て、シャーリーはやれやれと言った表情を作った。
 同時に、何か自然と解決した感じを受け、心なしかほっとしていた。

 帰り際、ハンガーでクルピンスキーを見送るカールスラント組。
「また暫く会えなくなるな」
「ボクが恋しくなったらいつでも502においでよ。歓迎するよ」
「歓迎、ねえ」
「しかし、501は良いねえ。魅力的なひとばかりだ」
「伯爵にはそう見えるだろうね」
「ミーナさん、ボクとバルクホルンをトレードしませんか」
「悪いけどお断りするわ」
 苦笑するミーナ。
「まあ、また今度ゆっくり話でもしよう。その頃には二人はもう結婚してるかな?」
「どうだろう」
「まずは戦いが終わらないと」
「……そうだね。ボク達も頑張らないとね」
 不意に真面目な顔をするクルピンスキー。
「で、さっさとネウロイをやっつけて、今度は天使ちゃんとステキな……」
「断る」
「バルクホルン、つれないなあ。でもまあ、君で良かったと思うよ。安心したよ」
「どう言う意味だ?」
「ボク達の大事な大事な天使ちゃんを、宜しく頼むよ」
「言われるまでもない。安心しろ」
「流石だよ。後は任せた」
 クルピンスキーは笑うと、ストライカーを起動させ、格納装置から切り離し、ゆっくりとタキシングした。
「ではまた」
 それだけ言い残して、彼女は空へ舞い上がり、502へと戻った。
「クルピンスキー中尉、大丈夫かしら」
 ミーナが呟いた。
「どうして?」
「502は激戦で機材の損耗が激しいと聞いているから。ストライカーユニットだけじゃなくて……」
「大丈夫、あいつは簡単に死んだりするもんか。ああ見えてもJG52では……」
「ええ、勿論分かってはいるんだけどね」
「今度は、伯爵といつ会えるかな」
「さあ。でも、次はきっとまた面白い話を持ってくるだろう」
「トゥルーデ、私達も話のタネ作らないとね」
「な、何?」
 ふふ、とエーリカは意味ありげな笑みを浮かべた。困惑するトゥルーデを引っ張り、ハンガーを後にする。
 そんな二人を見たミーナは、静かに首を横に振り、苦笑した。

「それで、501はどうだった? 皆元気だったか? ヴィルケは? バルクホルンとハルトマンは?」
 502に帰還するなり、出迎えたラルから矢継ぎ早に質問される。
「大丈夫。みんな元気いっぱいだったよ」
「ウソじゃないでしょうね?」
 ロスマンが疑いの目を向ける。
「この事に関しては、ボクは嘘は一言も言ってないよ」
 いつになく真面目な顔をしたクルピンスキーを見て、ロスマンはほっとした表情を見せた。
「そう。安心した。彼女達、色々つらい事有ったから……」
「だから言ったでしょ? 大丈夫だって
 とびきりの笑顔を作ったクルピンスキーは、言葉を続けた。
「それに、向こうでみんな良い仲間を見つけたみたいだし」
「良かったわ」
「そっか。元気にやってる、か」
 ラルはかつての同僚達、そして同郷の仲間に思いを馳せた。
「いつかまた皆で会えれば良いな」
「そうだね」
「いつかきっと」
 極北のカールスラントウィッチ三人は、揃って空を見上げた。鈍色の空から、薄日が差し込んだ。

end


関連シリーズ;elder sisterシリーズ

コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ