save me
「また残務処理か?」
夜も更けた頃、執務室に入ってきたのは美緒。机に向かっていたミーナは顔を上げ笑顔を作った。
「ええ、ちょっとね。でももうすぐ終わるわ」
どうだか、と言った顔をした美緒は、湯気がほのかに香るカップを差し出した。
「コーヒーを持って来た。ミルク入りだが、飲むか?」
「あら、有り難う。ちょうど、少し何か飲みたかったのよ」
ミーナは微笑み、美緒からコーヒーのカップを受け取り、口を付けた。
眠気を覚ます香味と、ほのかな甘味がミーナに滋養を与える。
「美味しいわ、美緒。有り難う」
「まあ、たまたま近くに居たリーネに頼んで作って貰ったんだがな。私はただ運んだだけだ」
「それだけでも嬉しいわ」
カップのコーヒーを半分程飲み、机の脇に置く。そしてもう一度ペンを取り書類に向かう。
「あんまり無理は良くないぞ、ミーナ」
心配する美緒を前に、ミーナは苦笑した。
「貴方に言われたくはないわ、美緒」
「何故」
「扶桑の刀をシールドにするなんて……無茶もいいとこよ」
「防げばどうということはない」
「もし折れたらどうするのよ。或いは別角度から攻撃がとか……正面から来るとは限らないし」
「その時は、その時だ。……いや、この刀は簡単には折れない。何しろこの私が鍛えたんだからな」
笑う美緒。苦笑するミーナ。もう“扶桑の魔女”は止めても無駄だと分かっているので、笑うしかなかった。
「どうしたミーナ? 何がおかしい」
「いえ。幾ら止めても無駄だから、私、どうする事もできなくて」
「心配ないさ」
「いつも思うのだけど……どうしてそう言い切れるのか不思議だわ」
「理由か?」
美緒はミーナの席の後ろに立ち、ミーナの両肩に手を置き、言った。
「何故なら、それは私だからだ」
「ますます分からないわ」
「それでいい」
美緒はミーナがすらすらと記入している書類を覗き込んだ。頬が微かに触れ合う。
「なんだ、まだ結構有るじゃないか。私も手伝おう」
「大丈夫よ。一応仮にも私は……」
「そうか」
手を置いたまま、じっと覗いている美緒。暫く仕事をしていたが、不意にペンを置き、ミーナが振り返る。
「美緒。気持ちは嬉しいけど……背後から見られていると、少し気になるわ」
「なら、掩護しよう」
美緒はゆっくりと、ミーナの肩を揉んだ。
「お前は色々と背負っているから、肩も重くなるだろう。せめて身体だけでもリラックスして貰いたい」
「美緒ったら」
ミーナは美緒の手で微かに揺り動かされながら、ふうと気持ちよさげに息をついた。
そっと、美緒の手に自分の手を重ねるミーナ。
美緒は揉むのを止め、どうした? と聞いた。
手を置いたまま、暫くこのままで、と呟くミーナ。
美緒は分かった、とだけ言い、そのままミーナの肩を温める。
「私は宮藤みたいに治癒魔法は使えないが……」
「貴方がそばにいてくれるだけで良いの」
「分かった。終わるまで居よう」
「遅くなるわよ?」
「構わないさ」
ふっと笑い合うふたり。
互いの信頼と情愛が混じり、ゆっくりと時が流れる。
戦いの最中、仕事の狭間に出来た、安らぎのひととき。
二人は重ね合わせた手を通してお互いを慈しみ、心を許しあい、想う。もう少しこの時間が長く続けば、と。
end