slightly refraction
「それにしても珍しいわね、貴方が風邪をひくなんて」
ミーナは病室の片隅、ベッドに居る美緒に語りかける。
「たまたまだ。私だって風邪をひく事くらい有る」
不機嫌そうな美緒。
「そうね。たまには風邪位ひいてもらわないと」
「何っ? どう言う事だ」
「だって、そうでもしないと、朝からゆっくりするなんて出来ないでしょう?」
「なるほど、そう言う考え方か」
「ものは考えよう、よ。美緒」
微笑むミーナを前にしても、美緒はうーむと納得出来ない様子。
「私がたるんでいたばっかりに……」
「そうやって自分を責めるのが、貴方の国の武士道というもの?」
「違う。ただ、自分の不甲斐なさを……」
言いかけて、ミーナの人差し指で口を遮られる美緒。
「悔いるより前を向けって、美緒前に言ってたでしょう?」
何か言いたそうな美緒に微笑みかけると、真っ赤に熟れたリンゴと果物ナイフを取り出し、さりさりと皮を剥いていく。
皮を剥き、一切れ切り分けた。差し出すと、美緒は黙って受け取った。
「ゆっくり食べるのよ」
「子供じゃあるまいし」
「時々大人げなくなるからね、貴方は」
「悪かったな」
と言いつつも、綺麗に切られたリンゴをじっと見る。
「なかなかだな」
「まだ食べてないのに」
「いや、切り方だ」
そう言うと、美緒はおもむろにリンゴを食べた。
しゃりっと瑞々しい味わいが口の中に広がる。
「甘いな」
「良かった」
ミーナも一切れ食べてみる。確かに甘いわね、と感想を呟く。
窓辺から差し込む陽射しはまだ柔らかく、朝の澄んだ空気と相まって、どこか落ち着いている。
今はまだ朝食前、食堂では隊員達がいつもの騒ぎを繰り広げながら食事を待っている頃だ。
「すまない、ミーナ。心配させて。隊の任務にも差し障りが……」
「良いのよ。部下を見舞う事も上官の役目。それに誰だって少し体調崩す事は有るわ。……でも」
「でも、何だ?」
ミーナからまた一切れリンゴを貰い、食べながら美緒が聞く。
「ネウロイをビーム毎斬り落とす程の貴方が、風邪でダウンというのもおかしくて」
「わ、悪かったな」
「良いの。さっきも言ったでしょ。たまにはゆっくりしないと」
「そうだが……」
ミーナは美緒に顔を近付け、言った。
「大丈夫。他の子もみんな、頑張っているから。貴方だけじゃない。心配しないで」
「……」
「そうそう、ひとつ確かめたい事が有るんだけど」
「どうした、ミーナ?」
不意にキスされそうになり、慌てて身を引く美緒。
「何のつもりだ。風邪がうつったら大変な事になる」
「宮藤さんから聞いたわよ。扶桑では『風邪をうつすと治る』って言うらしいわね」
「宮藤め、余計な事を……。って、だからと言ってミーナが風邪をひいたらこの部隊はどうする?」
「残念」
ミーナは身を引いた。美緒に一切れリンゴを渡し、自分も最後の一切れを食べると、言った。
「だけどね、美緒」
「?」
「こうしてゆっくりしていられるのも、良いと思って。勿論早く治って欲しいんだけど、たまには……」
ミーナは少し複雑な笑みを浮かべた。
美緒はそんなミーナを見、手の中にあるリンゴを見つめた。それを味わいながら食べ、呟いた。
「そう、かもな」
「美緒ったら」
くすっと笑うミーナ。
病室はとても静かで、二人を包む空気は重苦しいものではなく、窓から入る穏やかな陽射しと相まって、二人を癒すかのよう。
ちょっとだけ、でもちょっとでも、もう少しだけ。
ささやかな願いを胸に、二人は同じ部屋で同じ時を刻む。
end