≠ (NOT EQUAL)


「お……」
 パーティーの準備が出来たことを告げにハッセの部屋を訪れたところで、私は言葉を失った。
「んー? どうしたんダ? ニパー?」
 ハッセの周りをくるくると回って彼女の様子を確かめながら、イッルがとぼけた声で言う。
「この格好、選んだの、お前?」
「そうだゾー。ハッセの誕生日だからナ」
「──どうかな? ニパ」
 いつもの落ち着いた顔で、それでもわずかに照れながら、ハッセが私に聞く。
「……い、いいんじゃねーの」
 咄嗟の事もあって、そんな返答しか出来なかった。

「何だヨー。もっとホメロヨー」
 服を見立てたイッルは、私の答えに不満そう。
 イッルがハッセに贈り、そして今ハッセが身に付けているのは、パーティ用に新調した衣装。
 礼服みたいに丈の長い細身のジャケットと、ドレスシャツの胸元にリボン。どこからどう見ても男装なのはまぁ、受け入れるとして、こいつがこういう服を身に着けると様になる。こいつの持つ、落ち着いた穏やかな雰囲気がより際立つというか。
「分かってないよナー、ニパは」
 イッルはハッセに手鏡を渡し、どうだー? と聞く。うん。いいよ、と鷹揚に応えるハッセ。
 戸口に突っ立ったままで、私はそんな二人の姿を眺める。

 咄嗟の事で淡白な感想しかいえなかったけれど、私はハッセの姿に目を奪われている。お揃いのセーターでなくなると、こうも違って見えるんだろうか。
 似た顔の形、似た髪の色。確かに違うのは瞳の色だけ。
 私達に言わせれば全然似ていないけれど、からかいの種になる程、良く似た顔の私とハッセ。同じセーターを着る様になってからは「見分けがつかないから何とかしろ!」という苦情が出る程だけど。
 きっとこいつだから、こういうのが様になるんだよな……。

 頭の中のどこかでは、同じ姿だと思っていたのかもしれない。だから違う服装をされると、改めて差異を意識してしまうのかもしれない。
 いつも柔らかな笑みを湛え、皆をにこやかに見守っている、そんな大人びた雰囲気のあるハッセと、イッルに何か言われる度に(される度に)、怒鳴り返してしまうとげとげしい自分。
 どんなに似た顔をしていても、二人は別の人間。性格も能力も、まとっている雰囲気もまるで違う。

(私も、こんな怒りっぽい奴じゃなかったら、こう言うのが似合うのかな……)

 よく似た容姿を周囲がからかう中で、私を私自身として認め、信頼してくれているハッセ。その事を知っている筈なのに。それでいいと思っている筈なのに。
 それでもそんな事を考えてしまうのは、やっぱりイッルが悪い。こいつがハッセにこんな格好をさせるから。

「ハッセは大人っぽいからな、こういう格好させると似合うヨナ」
 にひひ、と得意げなイッル。悔しいけど当たってる。──イッルだってやっぱり、そう思うよな。

「後で写真取るカラナ。年少組からリクエストされてるんダ」
「え? なんだよそれ」
「ハンナ先輩の男装姿拝ませてくださいよー、それと写真っ、て。ずいぶん前から頼まれてんダ」
「へぇ。……あのさイッル、それで、これを選んだの?」
「さーなー。どーだかナー」

 プレゼントの裏事情を暴露するイッルと、それに対して満更でもなさそうな反応を返すハッセ。ハッセは余裕を持ってこの状況を楽しんでる、そんな気がする。

「それにしても、胸ちょっとゆるくないカ?」
「そうかな。そんな気はしないけど」
「んー。私の見立てではもう少し育ってると思ったんだけどナー。やっぱり見た目だけだと信用できないナー」

 実測は大事ダヨナ。イッルがわきわきと指を動かし、手をハッセの方に伸ばしかける
(──何やってんだよ)
 割り込んでやりたいけれど、うまい言葉が見つからずに、気持ちばかりがざわめく。じゃれ合う二人の姿を見ながら、胸の前で手を握り締める。


「やっぱり触れて確かめないとナ。実測は大事ダナ」
「ははははは。駄目だよイッル」

 イッルがハッセの胸に手を伸ばしかけた一瞬の隙を突いて、ハッセはそばにあった輪ゴムを手に取ってイッルの顔を撃つ。いてーと言いながら、額を押さえて笑うイッル。

「痛いなーもー。でもナ知ってるカー? どっかの国じゃ、おっぱいは揉むと大きくなるって言うんだぞ」
「いやいや、別にイッルのお世話にならなくてもー」
「だーめーだー。こう言うのは若いうちからの訓練が物を言うんだしサー……」

「いつまでやってんだよ! みんな待ってんだぞ!!」

「え……」
 思わず上げた私の声に、二人の動きが止まる。…
 二人は目をぱちくりさせながら、顔を並べて私の方を見ている。……しまった。
「え、えっと。とにかくパーティーの準備が出来てるし、そろそろ……」
 しどろもどろに言いつくろう──。なんだか、すごく悔しい。これじゃ、私がじゃれ合う二人に嫉妬してるみたいじゃないか。

「何だヨニパ。お前もこういうの着たいのカ?」
「え?」
 イッルがハッセの首に手を回してにやあっと笑った。ハッセがイッルの言葉を聴いてにっこり笑う。
「あ、いいねぇ。セーターもいいけど、もっと色々な格好を見てみたいしさー」
「どーせなら二人お揃いでやってみようぜー。絶対受けるカラ」
「でもニパはさ、もっとこう『かわいい』感じの方が……」
「ソウカー。いっそフリルのついたヒラヒラの……」
「何言ってんだよ! 何の罰ゲームだよそれ!」
「私は見たいけどな、ニパ」
「な……」
 突っ込んだ言葉をさらっとハッセに返されて、絶句する私。
 一瞬の内に頭の中に「そういう」服を着せられた自分を思い浮かべて、
「だめだめだめだめ! ……似合う訳ないって!」
 ぼん、と顔から火が出た。
「そうかなぁ」
「そうだよ!」
 間延びした声でにっこり笑うハッセ。全力で否定する私。私の肩に、イッルが手を置いて意地の悪い声で言う。
「ナニ照れてんダヨー」
「何で私が照れなくちゃいけないんだよ!!」
「そうだよ。照れなくてもいいよ、ニパ」
「ダヨナー。見たいヨナー」
「何だよ! 二人一緒になって!!」

 私をダシにして意気投合してる二人を見て、私の声が更に尖がった。

「いいから早く食堂に来い! みんな待ってるんだからな!」

 怒鳴り散らして背を向ける。またもいらいら。私はいつもこうだ。


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 パーティ会場となった薄暗い食堂で、ようやく人だかりが途絶えたハッセの隣に立った。
 飲み物と切り分けたケーキの皿を、ハッセの前に置く。どこかでイッルが騒いでいる声と、それに呼応するざわめきが聞こえる中、黙ってハッセの隣に座った。
「……ごめんな。ハッセの誕生日なのに、あんな風に怒鳴っちゃって」
 またやっちゃった、というお決まりの自己嫌悪を感じながら、私はテーブルの上のケーキにフォークを入れた。
「いいんだよ。私もイッルも、調子に乗り過ぎてたみたいだし」
 そう言いながらハッセはグラスを持った手を伸ばして、私のグラスに打ち当てる。ちん、と澄んだ音がした。
「それにしたって、私また、あんな風に怒っちゃってさ」
 ははっ、と沈み気味の心を吹き飛ばすように空笑い。
「……すぐ熱くなっちゃうからなー、私」
「──」
 ハッセは黙って、ケーキをフォークで切り分ける。ちん、と皿をフォークが打つ音。
「でも、私はニパのそういう所好きだよ」
「え……?」
「うん」
 ハッセの突然の言葉に、顔を上げて彼女の顔を見た。フォークでケーキを突きながらハッセは言う。
「強い思いを持って、それをすぐ口に出せるのは、うらやましいよ」
「そうかなぁ」
「私はそういう事、あまりしないしね」
「……」
「似てるからさ。そういう事を、よく考えるんだ」
 私より少しだけ細く、私より少しだけ長い指を組んで、ハッセは微笑む。
 似た顔の形。似た髪の色。確かに違うのは瞳の色だけ。
 いくら似ていても、二人は違う人間。それでも似てるから、お互いを無視できない私達。

「ところでさ。ねぇ、ニパ」
「え?」
 少しだけトーンを落とした声で、ハッセが私の事を呼ぶ。その声を聞こうと身を乗り出した私の顔をハッセが覗き込む。
「さっき怒っていたのはさ──」
「うん」
「──私とイッル、どっちに妬いてたのかな」
「え……」
 ──さっきって、ふざけてるハッセとイッルに怒鳴っちゃった時のことだろうか?
「どっちに対して怒ってたのか、私は知りたいんだけど」
「え、ええっと……」
 普段は穏やかなハッセの瞳にちらりと覗く、穏やかでない何か。
 良く似た顔が私を見つめている。ただそれだけのはずなのに。それだけで、こんなに胸が騒ぐわけは無いのに。
「……そんなの、分かんないよ、私」
 静まらない胸の動悸。ハッセの目を見ていられなくて、私は急に目をそらした。


おわり


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