無題
『伝説の魔女』たちの集うその場所は、予想に反してとてもとてもにぎやかなのだった。笑い声、
どなり声、からかう言葉、いさめる怒号。それらすべてが一種の温かさを持って場に満ち溢れて
いて、色のないはずのそれらの波の連なりが、やたらとまぶしくあたりを照らしていた。
もう、いっちゃうの?
その中心でひときわまばゆい光を放っていたその金色を直視していることが耐えがたくて。一刻も
早くこの場所を立ち去ってしまおう。そう考えて踵を返したばかりの背中に、その言葉はどこか
さみしげな波長を帯びて届いたのだった。それはそれを発した相手らしからぬ悲しい音色をして
いたから、心のどこかがきゅっと締め付けられていたくなる。それでも振り返ることなんて出来や
しなかった。だって、振り返ったその先にある表情を私は簡単に想像することができて、それは
彼女の発した声とは全くそぐわないものであったから。エーリカはいつだってそうなのだ。そう
して相手の興味を自分に向けさせることが、昔からとても上手だった。
ねえ、ウーシュ。
私と全く同じ高さの音を持ったその声は、まるで私から生まれ出たものであるかのようにするりと
胸の奥へ奥へと入り込んで、私と溶け合ってゆくようで。
(…あたりまえ)
ぽつり、とつぶやいた心がほわんとあたたかくなっている。唇をかみしめる。そう、当たり前なの
だ。だって私たちはもともとひとつのものだったのだから。
「…ウーシュ?」
目の前にはいかつい様相の輸送機がある。私をここまでつれてきた、無機質でしかない機械の塊だ。
飛び乗ってしまえば、また、離れ離れ。海を越えてまあるいこの世界の下側まで私はまた戻らな
ければならないのだ。だってその場所に私のするべきことがあるから。
ウーシュ、と。背後にあるぬくもりの塊がもう一度私に呼びかける。先ほど彼女の仲間たちの前で
口にしたものとは違う、私の愛称を繰り返す。それは幼いころ飽きるほど聞いた、彼女にとって
だけの私の呼称で。悔しいくらいにすんなりと、もとはひとつのものであった私の中にいとも
たやすく溶け込んでゆく。そのたびに胸がまたほんのりと温度を上げて、私の中のある彼女の部分
が広がってゆくことを如実に感じるのだ。
「…なんですか、ねえさま」
このままじゃ、火傷してしまう。耐えきれなくなってつい、振り返って彼女に呼びかけた。そう、
気がつけばいつもそうだった。この人ときたら私の折れるまでずっとずっとやかましいくらいに
耳元で私の名前を呼ぶから、幼い日の私はいつもいつもそれに耐えきれなくなって読みかけの本を
閉じて彼女の名前を呼んでいたのだ。
「…用事はすんだでしょう、エーリカ姉さま」
ジェットストライカーは厳重に梱包して輸送機に詰め込んだ。詫びのしるしであるジャガイモは
すべて下ろされて、今懸命にバルクホルン大尉が皮をむいている。そう、それだけのために私は
この場所に来たのだ。自らの開発したジェットストライカーを、自らの手で回収して、それに
よって被害をこうむった人々に謝罪をするために。
「…姉さま?」
ああ、先ほどとは逆だ。今度は私ばかりが彼女に呼びかけている。ねえ、私を呼びとめたのは
姉さまのほうでしょう?もういっちゃうの、なんて悲しそうな声をして、だから私は振り返って
あげたのに。それなのに。
「あはは、いつものウーシュの顔になった」
「…私はいつも通りです」
「ウーシュはいつも本を読んで難しそうな顔をして、私が名前を呼んだら心底いやそうな顔をする
んだよ」
「そんなの、子供のころの話」
「それでいいんだよ、ウーシュは」
無理して笑わなくたって、その分私が笑うんだから。
そういって、エーリカはいつもの気の抜けるような笑顔を浮かべるのだ。妹の分も自分が笑うのだ、
なんて意味のないことを、当然のことのように押し付けてくる。私たちはもう二人なのに。足した
って一つにはなれないのに。
「来年もまた、会いにおいで」
これが私の用事だよ、なんてまた、いやさっきよりももっともっと幸せそうに笑って、姉が私の
うでに何かを押しつけてくる。何かと思ったらそれはウサギのぬいぐるみで、おおよそさきほど
姉が語った私の印象とはかけ離れたかわいらしいもの。いったい何を考えているの、と言わん
ばかりに顔をしかめたら、やっぱり姉はうれしそうに笑うのだった。
*
けたたましい音を立てていかつい期待が陸から少しずつ浮き上がってゆく。おおよそストライカー
ユニットの軽やかな浮上とはかけ離れた重々しいその様子は、どこか私の心境と似ている。本当は
知っている。名残惜しいのだ。ここに彼女がいなかったら、きっと私はこんな場所まで飛んでは
来なかった。この場所に第501統合戦闘航空団が再編成されていなかったなら。
「ウーーーーーーシューーーーー!!!誕生日おめでとーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
小さい体を目一杯に飛びあがらせて、手を大きく振って、姉は私にそう叫んで呼びかける。その
笑顔に、私もまた幼い日の出来事を思い起こすのだ。ウーシュはほんとうに本が好きだねえ、
なんてエーリカが呆れたように言うから「じゃあ姉さまはなにが好きなの」と尋ね返した。その
問いにエーリカがなんと答えたか、私は今も忘れることができない。
(私はねえ、おいも!おいもがすき!)
遠ざかってゆくばかりの今になって身を乗り出して、小さくなる姉の姿を懸命に追う。もう表情
なんて読み取れないくらい遠くにいってしまったけれど、それでも私は簡単に姉の顔を思い起こす
ことができる。
だってたぶん、あのジャガイモが残っている間は姉は幸せそうに笑っていてくれるのだ。…残念な
がら姉にもらったウサギのぬいぐるみを見ても、私は笑顔なんて浮かべられそうにないのだけれど。
おわり