red shoes
「トゥルーデ、やめて!」
「駄目だ! 私が、この私にしか出来ない事なんだ! 退け!」
「誰か、誰かあっ!」
エーリカの悲痛な叫び声に驚いたのか、基地中の隊員達が駆け寄ってきた。
「どうしたんだよハルトマンにバルクホルン、何か雰囲気おかしいぞ」
「退け、リベリアン。私には……、私には、やるべき事があるんだ!」
「はあ? 何だよそれ」
「シャーリーも止めて! トゥルーデ、またあのジェット……」
「うるさい!」
突き飛ばされ、呻くエーリカ。
「おい何て事を! ってええ!? まさか、あのジェットストライカー有るのか? この前持ち帰ったんじゃ……おい待て!」
驚くシャーリー。そして全力で駆け出すトゥルーデを追う。
慌てて隊員が群がり、全員でトゥルーデを羽交い締めにし、止めようとする。
トゥルーデはお構いなしに魔力を発動させると、怪力で全員を振り払う。と言うよりなぎ払った。
壁や床にしたたかに打ち付けられ、うう、と呻く隊員達。
トゥルーデは振り返りもせず、そのままハンガーに駆け出す。
「ま、待て、堅物……いたた。あいつ、全力出しやがった」
「この前ので懲りたんじゃなかったのか、バルクホルンは」
「あの子、様子がおかしいわ。とにかく皆で止めましょう。全員、バルクホルン大尉の拘束を」
「りょ、了解」
閉ざされたハンガーの扉をいとも容易く開ける。そこには、トゥルーデが恋い焦がれた、赤に塗られたあの機体が確かに有った。
外見は、きちんと修復されている。
「やはり、これは私にこそ相応しい。私が、履く!」
制止する整備員を片っ端から突き飛ばすと、トゥルーデは格納装置に駆け上がり、ストライカーに足を通す。
一瞬、魔導エンジンが唸る。
が、すぐにそれは止まった。
「な、何故だ? 整備不良か? 私の魔力は万全の筈だ!」
焦り、ストライカーを見回す。外見は何処にも問題は無い。しかし、動かない。
間も無く、全身から何かを抜き取られる様に、トゥルーデはそのままは意識を失った。
ベッドに寝かしつけられたトゥルーデ。
ストライカーで飛行した訳でもないのに不思議と顔はやつれ、生気がない。
「おいおい、この堅物は一体全体どうしたって言うんだい?」
流石に不安になったのか、太ももの青アザをさすりながらミーナに聞くシャーリー。
先日、仮にもピンチを助けて貰った手前、同僚が気になる。
「私にも、訳が分からないのよ。一体どうしてこうなったのか」
投げられた時に打った腰をさすりつつ、ミーナはトゥルーデの顔色を見た。
頭にコブを作った美緒は医師から渡された診断書をぺらぺらとめくり、言った。
「医師の診断では……、前と同じく、今のバルクホルンには魔法力が残っていないそうだ」
「えっ、じゃあ……」
「やっぱりあのジェットストライカーが?」
「また暫くは飛行停止、自室待機……と言うより隊員全員にこの狼藉だ。暫く謹慎させた方が良いな」
診断書をミーナに渡し、やれやれと言った表情を作る美緒。
「……とりあえず」
トゥルーデを囲む隊員達に、ミーナは言った。
「バルクホルン大尉を、状態が改善するまで全員交代で監視します。また変な行動に走らない様に」
その後、トゥルーデは眠り続けた。誰が見張りに立っても、何時間経っても、身動きひとつしないまま。
見張りはエーリカの番になった。
ただただ眠るトゥルーデを見、つまらなそうに頬杖をついた。
時が流れる。恐ろしい程の静けさ。
額にそっと手をやる。ぞっとする程冷たい。
「トゥルーデ……」
どうしてこんな事に。エーリカはトゥルーデの傍らで、手を組むと額を付け、はあ、と溜め息を付いた。
「姉様。こんな所に」
エーリカは妹の声を聞き、振り返った。
「ウーシュ。来てたんだ」
「はい。ジェットストライカーの件で……」
「あのジェットストライカー、早く持って帰ってよ。トゥルーデがあれ来たって聞いた途端に暴れ出して……」
「既に話は伺ってます。あと、トゥルーデ姉様の症状と状態も」
ウルスラは手にした書類に目を通した後、頷いた。
「やっぱり、私の推測した通りですね」
ウルスラの言動を訝しんだエーリカは立ち上がると、ずいと近付いた。そして顔を近付け、ゆっくりと言った。
「ウーシュ。何を知ってるの? まさかトゥルーデに……」
「姉様。姉様は……」
言葉を遮られ、焦るエーリカ。
「いきなり何、ウーシュ?」
「『赤い靴』の童話を知っていますか」
ウルスラは自分の足元を指差し、軽くぽんっと、慣れないステップを踏んで見せた。そして言葉を続けた。
「とある少女が、赤い靴を履いてダンスパーティーに行くのです。だけど靴が、勝手に踊り出して、止まらなくなる……」
ウルスラはぎこちないステップを幾つか踏み続けると唐突に動きを止め、エーリカに語りかけた。
「あのジェットストライカーも同じです。全ての魔法力を吸い尽くすまで、飛び続ける……」
「一体、どう言う事?」
「この前の再現です。今回は原因究明の為、魔導エンジン起動後のプロセスを一部省略して、飛行出来ない様に細工してあります」
「ウーシュ」
「そして、トゥルーデ姉様は何故か再び吸い寄せられる様に履いて、恐ろしい勢いで魔法力を吸い取られ、昏倒した」
エーリカはウルスラに顔を近付け、睨んだ。
「ウーシュ、許さないよ。私の大切なトゥルーデで……」
「話を聞いて下さい、姉様。何もトゥルーデ姉様で実験しようとか考えていませんから」
「でもこれじゃまるで……」
「私も、トゥルーデ姉様をこれ以上苦しめたくない。原因はあらかた特定出来ています。ご心配無く」
ウルスラはエーリカの手を引き、トゥルーデの枕元に立った。
「このままだと、トゥルーデ姉様はジェットストライカーの“魔力”に魅入られ、眠りから覚めません」
「え?」
「だから、姉様が、少しの魔力を込めて、トゥルーデ姉様を起こしてあげて下さい。お互い愛し合ってる姉様にしか、出来ない事です」
「どうやって?」
「こう、手を握って」
ウルスラはエーリカの手を取ると、だらりと垂れるトゥルーデの手を取り、指を絡ませる。
控えめに輝く指輪が微かに擦れる。
「それで、目覚めのキスを……」
「ちょっとウーシュ。今度は『眠り姫』ってオチ?」
「そうとも言います」
「あのねえ」
「効果は期待出来ます。と言うかこれしか有りませんから」
真顔で言われ、エーリカは頷いた。
「わかった」
トゥルーデに顔を近付ける。ふと、背後の視線が気になって振り返る。
「ウーシュ、何見てんの」
「あっち向いてます?」
「頼むよ……」
呆れ気味のエーリカは、気を取り直し、もう一度真顔でトゥルーデに向かった。
(お願い、トゥルーデ。元のトゥルーデに……)
ゆっくりと、唇を重ねる。柔らかな感触が、エーリカの温もりと、僅かな魔力を伝える。
冷たかったトゥルーデの唇が、そして指輪が熱くなる。そんな錯覚に陥った。いや、唇も身体も手も、体温は上昇している。
不意に手をぎゅっと握られ、びっくりする。
トゥルーデは目を開けぬまま、無意識か、そのままエーリカを求めてきた。
「ん……」
「んむっ……んんっ……」
暫く、お互いの感触を確かめ、味わう。
やがて、トゥルーデは目覚めた。
「エーリカ、か」
「トゥルーデ、おはよう。どう、調子は」
「悪くない。……嫌な夢でも見ていた気分だ」
そのままもう一度キスを求めるトゥルーデ。軽く唇を重ねた後、エーリカは聞いた。
「何か、変な気持ちとか無い? その、ジェットストライカーとか、思い当たる事とか」
トゥルーデは苦笑いして答えた。
「あれはもうたくさんだ。魔力を吸い取られるからな」
「じゃあ、私を突き飛ばした事とか、隊の皆をぶん投げた事とかは記憶にあるの?」
「それは……、その。とにかく、エーリカ。お前に助けて貰った気がするよ」
「気がするじゃなくて、したんだけどね」
「すまない。出来れば、もう一度キスを……」
「良かった。トゥルーデ姉様、私の推論通り、お目覚めになりましたね」
「ウ……ウーシュも居たのか」
「はい」
それまでウルスラに気付かなかったトゥルーデは、直前にエーリカと行っていた行為を思い出し、顔を真っ赤にした。
エーリカも、ウルスラも、笑った。
「結局、あのジェットストライカーは何だったんだい?」
シャーリーは呆れ気味に、厳重に梱包され輸送機に積まれる「魔物」を顎で指し、呟いた。
「さあな。帰ってもう一度確認するそうだ。本格的な試験飛行は、問題が解決してからだな」
美緒が腕組みして見送る。
「何はともあれ、トゥルーデも元に戻って良かったわ。まあ、色々やってくれたけど……」
呆れ気味のミーナ。
「まあ暫く、バルクホルンは自室禁固だし……、そもそもあいつに魔法力が戻るまで、暫く待つしかないな」
トゥルーデに“投げられた”隊員達は、それを聞いて、誰とも無しに溜め息をついた。
そんなトゥルーデの部屋(エーリカとの相部屋)では、ベッドの上で、トゥルーデとエーリカが盛んにキスを交わしていた。
「ん……もっと……エーリカ、お願いだから」
「トゥルーデ……昨日からキスばっかり」
「もっと、もっとしたいんだ」
「小っちゃな子供じゃないんだから」
「頼む……」
「そんな目で見ないで。ほら、トゥルーデ」
まるでキス魔だね、とぼやきながらも、悪い気はしないエーリカ。
無邪気にじゃれついてくるトゥルーデの手を取り、もう一度口吻を交わした。
end