瞬間移動下着


「……スースーする……」
 ぽつりつぶやく。
 それもそのはず、ズボンがない。
 ストッキングの方ではなく、その下に履く白い方が。
 それがどうしてかは今は置いておいて、とにかくなくなったズボンを探さなくては――
 わたしは自分の部屋をこっそり抜け出、ズボン探しを開始した。

 服の裾を下に引っ張って、けしてひるがえらないように注意して歩く。
 もし万が一にも突風が吹こうものなら、現在何物にも覆われていない局所部は、まず間違いなくあぶない。
 見える。確実に。その……恥ずかしい部分が。
 いくら基地の中とはいっても、そうなってしまってはもう生きていけない。
 廊下の壁に背中を向けてよたよた横歩き。
「うう……」
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
 情けない。なんだか泣きたくなってくる。
 人間というのがたった1枚の布切れの有無で、こうも無防備になれるだなんて。

 ――と。
「どうかしたのカ、サーニャ?」
「エイラ」
 ちょうどよかった。まだ部屋を出て少しもしていないところにエイラがいて。
「どうしたんダ? 具合でも悪いのカ?」
「そういうわけじゃないけど……エイラの部屋におじゃましていい?」
「? アア、別にかまわないけど……」
 エイラはうなずくと、部屋のドアを開けてわたしを招き入れた。
 わたしはその中へといそいそ退避。そっと胸を撫でおろした。

「それで、どうしたんダ?」
 心配そうにわたしの顔を覗きこんで、エイラは訊ねてくる。
 わたしはそれに簡潔に答えた。
「ないの」
「?」
「ズボンがないの」
「ンナッ……!?」
 声をあげるエイラ。視線をうつむけ、わたしの下半身をまじまじと見てくる。
 その顔はみるみる真っ赤に染まっていく。
「ナイって、その……ナイのカ?」
 うん、とうなずく。
「つまり、履いてないってことカ!?」
 うん、ともう一度。
 服の裾をたくしあげれば信じてもらえるだろうか。
 もちろんわたしがそうすることも、エイラの口からそう言ってくることもないけれど。

「エイラ、その……エイラのズボンを」
 貸してくれない?
 わたしがそう言い終わるより前に、エイラは自分の腰回りへと手を伸ばしていた。
 でも、なにか思い止まったように体を硬直させると、今度はくるりときびすを返した。
 エイラはチェストの引き出しを開け、替えのズボンを取り出そうとしているのだとわかった。
 けれど、
「アレ――?」
 エイラは首をかしげる。
 おそらくそこにあるはずであるズボンが、やはり消えていたのだ。

「アアッ……サーニャァ、ゴメンナ……」
 半分涙目にエイラはテンパっている。
 そんなつもりじゃなかったのに。なんだかわたしの方が悪い気がしてくる。
「エイラ……」
「そ、そうダ! ちょっと待っててクレ」
 エイラは言うと、手を腰に体を折り曲げ、そうして自分の履いていたズボンを、一気に下へずりおろした。

 ――あった。

 エイラはズボンを脱ごうとした。
 けれど、エイラはもう1枚ズボンを履いていて。
 見間違えるはずもない。だってそれは、わたしがずっと探していたもの。
 そこにあったのは、わたしのズボンだった。

「――ということがあったんです」
 サーにゃんはすべてを話し終えたように、そう締めくくった。
 いいや、それが本当に“すべて”だったのかな。
 ま、不思議なこともあるもんだよねー。ズボンがさながら瞬間移動したみたいにさ。
「それで犯人はエイラだったってわけ?」
 私は問いかけた。
 サーにゃんの話だけを聞けば、そう結論をくだすのもトーゼンすぎるほどトーゼンだけど。
 ――けど、本当にそうなのかな?
 なにも言わずに小首をかしげるサーにゃんに、かまわず私は話を続けた。
「だっておかしくない? 本当にエイラが犯人なら、行動が不可解すぎでしょ。
 反対にサーにゃんは、最初からなんだか落ち着きすぎていた。自分のズボンがなくなってるのにだよ」
「なにを言っているんですか、ハルトマンさん?」
「たとえば――あくまでこれは仮定だけど――こんなふうに考えられない?
 エイラの部屋はいつも鍵はかけられていない。
 だって部屋に鍵をかけてたら、サーにゃんが間違って入ってこれないもんね。
 つまり、入ろうと思えばいつでも入りこめるわけだ。
 犯人はサーにゃんのズボンをこっそりエイラのズボンに忍ばせておく。
 この時、エイラのズボンにすっかり被さるように、サーにゃんのズボンを内側にして。
 エイラのズボンはサーにゃんよりもずっと大きいし、これならパッと見で気づくこともない。
 そうしてエイラがズボンを履こうとすると、なんと一緒にサーにゃんのズボンも履けちゃうってわけ。
 とすると、それが出来るのは、エイラが朝起きてズボンを履き替えるより前。
 犯人はエイラの部屋に侵入して、ズボンを仕掛け、あとエイラの替えのズボンもこの時持ち去った。
 でもそれじゃあおかしなことになるよね――サーにゃんのズボンは一体いつなくなったんだろうね?
 ずいぶん前のことのはずなのに、なぜだかサーにゃんはズボンがなくなったことに気づかなかった。
 なくなったのは朝方、あるいは前の日かもしれないのに」
「そんなはずないじゃないですか。だってわたしには夜間哨戒が――」
「『空では誰も見ていない』ってね。坂本少佐の言葉だよ」
 言うと、サーにゃんはすっかり押し黙ってしまった。
「チッチッチッ。簡単な推理だよ、サーニャ君」
 人差し指を立てながら、したり顔で私は言った。

「ハルトマンさん」
「ん? なに?」
「いくらなんでも履く時に二重になってるのに気づかないなんて無理がありませんか?
 たとえその時には気づかなくても、履いていれば気づくはずです」
「え、そう?」
「はい。ハルトマンさんならともかく普通は」
 さらっと失礼なこと言ってない? いいけど。
 私はお手上げのポーズをとって立ちあがった。
「ま、真相なんてわかりっこないけどね」
 それを言ったらおしまいよ。
 たった1つの答えなんて導き出せるもんじゃなし、だから謎って面白い。
 真相は闇へ、世界はまた暗転する。


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