無題
弾薬の使用状況報告書と補給の申請書。
基地の補修工事の計画書と見積り。
訓練実施計画書。
通常哨戒任務中の戦闘記録。
他地域での戦況報告……。
執務室の大きな机の上には分厚い書類がいくつも積み重なっていて、
これらすべてに目を通さなければいけないのかと思うとぞっとする。
その上、最近ではネウロイの動きが活発になってきていることもあり、
事あるごとに報告会だの戦略会議だのと呼び出されて、週の半分は
基地の外に出かけている。
最近は空を飛んでいる時間よりも椅子に座っている時間のほうがずっと長い。
この基地のように、上の命令を押し切るような形で急遽最結成したところでは
十分な準備期間がとれるはずもなく、その分の手続きが
集中してしまうのはやむを得ないことではあるのだけれど。
いつものように書類の末尾にサインをし、次の書類の束に手を伸ばしたとき、
こんこん、とドアを叩く音がした。
「どうぞ」
「ちょっといいか?」
顔をあげると、急須とお茶菓子を持った美緒が扉をくぐるところだった。
「ちょっと一息つかないか、と思ってな」
「ありがとう。ちょうど飲み物がほしいと思っていたところよ」
ソファに深く腰掛け、美緒が美しい手つきでお茶を淹れるのをぼんやりと眺める。
「疲れてるんじゃないか?」
「少しね。でも、平気よ、このくらい」
「無理は……するなよ?」
「あなたもね、坂本少佐」
差し出された湯のみを受け取って応える。私の言葉に、美緒が小さく笑った。
「トゥルーデもあなたも訓練、訓練で。一体、いつ休んでいるの?」
「これでも、ちゃんと体は休めているさ」
「そう?毎朝暗いうちから鍛錬してるから、休んでないのかと思っていたわ」
「昔からの習慣だからな。どうということはない」
「海を斬る訓練も、昔からの習慣なのかしら?」
「……知っていたのか」
「もちろん」
ちょっとばつの悪そうな顔をする美緒に、私は思わず苦笑してしまう。
「すまない。だが私は……」
「わかっているわ、美緒」
私が止めたところで、あなたはまた戦場の空を飛ぶのでしょう?
私が銃をつきつけても、ただ笑っていたあの日と同じで。
「あなたから翼を取り上げることなんて、できっこないもの」
「……心配するな。私は死なない。ウィッチに不可能はない」
えぇ、そうでしょうとも。その自信に満ちた顔に悪態の一つもつきたくなる。
機能しなくなったシールドの代わりに不思議な刀を持って。
衰えてくる魔力を、血のにじむような鍛錬と強靭な精神力でしぼり出して。
いつの日か、ストライカーが履けないくらいに魔力が衰えてしまったとしても、
この人は決して空からは離れようとはしないだろう。
そばで見ている人間がどれだけ心配で不安かなんてこと、あなたはわかっているのかしら。
「私は空を守る。だからミーナ、お前は基地と隊のみんなを守ってくれ。頼む」
「ちょ、ちょっと美緒……」
深々と頭を下げる美緒に思わず慌ててしまう。
そして同時に、あぁ、この人には敵わないな、と思うのだった。
誰が何といおうとも、この人は空にしか住むことができない。
そして空も決してこの人を地面には留めておかないのだ。
鳥が空に縛られるように、美緒は戦場の空に縛られる――。
そんな残酷な運命でさえ、この人は当然のように受け入れてしまうのだ。
そして、そんな美緒を受け入れてしまった私も、美緒の運命を共に背負っているのだろう。
「隊のみんなは家族よ。家族を守るのは当然だわ」
「頼んだぞ」
顔をあげた美緒としばし見つめ合う。そのうち、どちらともなく笑いだした。
「まるで、隊のお母さんといった貫禄だな、ミーナ」
「あら、それをいうならあなたもよ、お父さん」
他愛もない言葉をかわす私たちの間には、同じ柄のよく似た湯のみが、
仲良く二つ並んでいた。
―終―