nidification
「ハルトマンがおかしい? どこが?」
聞かれた美緒は首を傾げ、横に居たミーナは頭を振った。
「朝、起床時刻にきちんと起きていた。おまけに、朝の座学とやらをしていてだな……」
トゥルーデは自分が目の当たりにした事を聞かせた。
「それ、徹夜とかじゃなくて?」
ミーナの問いにトゥルーデは否定した。
「そんな筈はない。私がこの目と身体で確かめたんだからな」
「か、身体? ……まあ良い。しかし、ハルトマンもようやく真面目になったと言う事か?」
「そうだと良いんだが。……いや、真面目になってもらわんと困る。仮にもカールスラントの……」
「はいはい。要するにフラウの事が心配なんでしょう、トゥルーデ?」
言葉を遮り、苦笑するミーナ。明後日の方を向き、顔を赤くして答えるトゥルーデ。
「……まあ、そうとも言う」
「とりあえず、少し様子を見てみたらどうかしら」
「そうだな。何か新たに問題が起きたら、私達も力になろう」
ミーナと美緒の言葉を聞き、少しほっとした表情を見せるトゥルーデ。
「それは心強い。感謝する。では」
頷いて、トゥルーデは部屋を後にした。
「なあ……」
美緒がミーナに問う。
「どうしたのかしら、美緒?」
「おかしいのは、ハルトマンではない様な気もするが」
「そう?」
部屋の扉を開ける。
「あ、お帰りトゥルーデ。何処行ってたの?」
机に様々な書物を広げ、メモを取っていたエーリカ。トゥルーデの姿を見るなり、本をしまいペンを置きトゥルーデに近付く。
「ちょっと、相談事だ」
「相談なら私にしてくれれば良いのに」
「いや、お前じゃダメなんだ」
「どうして? 私じゃ役に立たないから?」
「違う。違うんだ」
トゥルーデはエーリカをさっとお姫様抱っこすると、顔を近付けた。
「エーリカだからこそ、なんだ。お前が心配で、心配で……」
「トゥルーデ……顔、近過ぎるよ」
「じゃあこうしよう」
軽く唇が当たる。
「くすぐったいよ」
じゃれるエーリカに構わず、トゥルーデは唇を重ねた。
冗談ぽく付き合っていたエーリカも、次第に本気になり、トゥルーデの腰に腕を回す。
長く、濃いキス。
繰り返しているうち、ベッドに二人して倒れ込み……そのまま次の幸せのステップへ。
「私が? 至って普通だぞ?」
美緒に問われたトゥルーデは平然と答え、昼食のパスタを食べる。
「そうか、私の思い過ごしだと良いんだが。うーむ、気のせいだったか」
美緒は手を顎にやり、首を捻る。
「少佐もらしくないな。私ならこの通り、心配無用だ。魔法力もだいぶ戻っているし体調も万全だ」
「分かった。なら良い」
自信たっぷりのトゥルーデを前に、美緒は苦笑いして席を離れた。
やがて隊員達が居なくなり……食堂はエーリカとトゥルーデの二人っきりになる。
「トゥルーデ、いつまで食べてるのさ」
「これでも戦いに備えて、腹八分目だ。そう言うエーリカだって、食べるの遅いぞ」
「少しはのんびり食べさせてよね」
「ほら、もっと食べないと」
トゥルーデはパスタをフォークでくるくると巻くと、ごく自然に、エーリカに差し出した。
「ちょっと、トゥルーデ? あーんしろって事?」
「そうだが?」
「遠くでミヤフジとリーネ見てるよ」
「気にしない。これ位で動揺してどうする」
「……あーん」
「ほら、ちゃんと食べるんだぞ。あーん」
「あーん」
食堂に面した厨房の奥で、芳佳とリーネが何かひそひそ話をし、時折ちらっとトゥルーデ達を見ている。
トゥルーデとエーリカが厨房の方を向くと、芳佳とリーネは慌てて背を向けた。
「おかしな二人だ」
そう呟きつつ、最後の一口を食べさせる。
「ごちそうさまトゥルーデ」
「じゃあ、行く前に」
トゥルーデはごく当たり前の様に、エーリカを抱きしめると、濃厚なキスをした。
キスの味はミートソースのパスタ味。
長い長いキスを終えると、二人はしばし抱擁し、そっと手を繋ぎ、外に出て行った。
「バルクホルン、が……?」
芳佳とリーネの話を聞いた美緒は絶句した。
「トゥルーデ、あの子どうしちゃったのかしら」
心配そうなミーナ。
「私も、何て言って良いか分からなくて……」
思い出して恥ずかしげに芳佳の手を握るリーネ。
「バルクホルンさん、いつもは真面目で、人前ではしないのに……、あの、人目も気にしないで、その……」
芳佳も何と言って良いか分からず困惑する。
「一体何が原因なのかしら?」
ミーナの問い掛けに、美緒が考え込む。
「最初は、ハルトマンがおかしいと言っていた。バルクホルン本人が。しかし、実際は私の予想通り……いや、待てよ」
「どうかしたの?」
ミーナの問いに美緒が頷く。
「最近、バルクホルンに何か変わった事が起きたか調べ……」
「またあのジェットストライカーの事? あれはもう本国に返却済みで、影響は無い筈よ。
ハルトマン中尉、ああ、これは妹さんの方ね……も、確か『大丈夫』って言ってたじゃない」
「しかし……隊のエース二人があの体たらくでは困る」
「でも、二人共地上での訓練自体は全然問題無いのよね。不思議な事に」
「困ったな」
言葉を繰り返す美緒。そして呟く。
「まさか、二人を自室謹慎にする訳にもいかんだろうし……」
「それって逆効果だと思います!」
「わ、私もそう思います……」
芳佳とリーネに言われ、ああ、と気付く美緒。
ミーナはふふっと笑うと、美緒に言った。
「ハルトマン中尉も直に治るって言ってたんだから、暫く様子を見るので良いと思うわ。
まあ、目に余る様なら流石にまずいけど」
「ミーナがそう言うのなら……もう暫く様子を見て見るか」
そう言うと、美緒はやれやれとぼやき、窓の外を見た。
夕食を自室で食べる二人。芳佳とリーネに頼んで二人分運んで貰ったのだ。
芳佳とリーネは少し心配そうに、台車で運んできた二人の分のシチューとパン、サラダを渡した。
「大丈夫ですか、バルクホルンさん。身体の具合が悪いなら……」
「大丈夫だ。どこも悪くない。すまんな、二人には無理を言って」
「いえ、大丈夫ですけど……」
「もう行って良いぞ。食器は後で厨房に持って行く」
まだ何か言いたげな芳佳とリーネを追い払うかの如く、トゥルーデは声を掛け、扉を閉めた。
鍵を閉め、ふう、と息を付く。
「エーリカ」
「トゥルーデ」
まずはぎゅっと抱き合う。
食べるのが先か、キスが先か。人目をはばからずいちゃつきながらの食事。
「わーい、おっいもー」
「沢山食べて早く元気にならないとな」
「そうだよトゥルーデ」
代わる代わるスプーンをお互いの口に運び、もぐもぐと食べ、そして合間に軽くキスをする。
「エーリカが食べさせてくれるなら、何だって美味しいに決まってる」
「肝油も?」
「それは……微妙だな」
「ま、とりあえず食べよう」
ベッドの脇にテーブルを寄せ、ごろごろと寝転がりながら、食べたりお喋りしたり笑ったり。
そしてキスをしたり。
「トゥルーデ、でもここんとこどうしちゃったのさ。べたべたして」
「い、嫌か?」
「嫌じゃないけど……」
「そうか。私も、カールスラント軍人として、もっと……」
「キスしたいんでしょ?」
そのまま唇を塞がれ、しばしの沈黙。唇を離すと、トゥルーデはちょっとムキになって言った。
「わ、私は……もっと完璧に物事を……」
「ねえトゥルーデ」
「?」
「完璧な人間なんて居ると思う?」
「しようと努力してる者は居るだろう」
「それは居るかもね。でもはじめっから最後まで全部完璧な人なんて、居ないと思うよ」
言葉を失うトゥルーデ。
「誰にだって、弱い所は有るよ。私だって、部屋汚かったり、私生活ぐちゃぐちゃだったり……」
「……」
「でもそういうところ含めて、私は全部トゥルーデが好きだし、トゥルーデも私の事好きなんでしょ?」
「ま、まあ、そうだ」
「じゃあ、おいでよ、トゥルーデ」
そっと手を広げるエーリカの胸に、トゥルーデは倒れ込んだ。
華奢な身体でしっかり受けとめ、そのままベッドに沈み込む。
「トゥルーデ」
「エーリカ」
ほのかに灯る明かりの下、二人は指を絡ませ、ベッドの上で名を呼び合う。
お互いの声に満足したのか、ゆっくりと顔を近付け、そのまま唇を重ねる。
何度も繰り返す。唇だけでなく、頬、首筋、耳たぶ……唇を這わせる。
じんわりと染み出てきた汗も気にせず、ゆっくりと、じっくりと味わう。
そのまま、更に続きへと躊躇無く進む二人。夜は静かに更けていく。
トゥルーデが疲れ果てて眠りに落ちた頃、エーリカはそっと部屋を抜け出し、通信室へ向かう。
当直の通信士に頼んで、とある所に電話を繋いで貰う。
「あ、ウーシュ? 私だけど」
『姉様。トゥルーデ姉様の様子はどうですか?』
「変わらないよ。いつになったら治るのさ」
『そのうち』
「そのうちって……私の身体が保たないかも」
『でも、トゥルーデ姉様を放っておくつもりは無いでしょう?』
「当然」
電話の先でウルスラがくすっと笑ったのを感じる。
『もうすぐ、治ります。魔法力が一定のレベルに戻ったら、いつものトゥルーデ姉様に戻ります』
「そっか。そうなったらいつものトゥルーデになるんだね」
そこでエーリカは少し考え、言葉を続けた。
「でもそれはそれでちょっとつまらないかも」
『姉様の為にも、トゥルーデ姉様の為にも、頑張って下さいね』
「それ、応援だか皮肉だかわかんないよウーシュ」
『だから、私はあの量のイモを置いていったんですよ?』
倉庫に積まれたイモを思い出し、ああ、とエーリカは頷いた。
「そう言う事ね。わかったウーシュ。見てなよ、トゥルーデすぐに元通りにしてみせるから」
『応援してます』
エーリカは電話を切ると、足早に部屋に戻った。
部屋に戻ると、トゥルーデが起きてエーリカの帰りを待っていた。
「何処行ってたんだ」
「ちょっとトイレ~」
「それなら一声掛けてくれても良いのに」
「寝てるトゥルーデ起こす訳に行かないでしょ」
「だって……」
「心配性だね、トゥルーデは。大丈夫、私はここにいるから。ね?」
エーリカはトゥルーデの頬をそっと掌ですくい、軽くキスをしてみせる。
トゥルーデはエーリカをぎゅっと抱きしめ、キスの続きをねだった。
(こう言うトゥルーデも悪くない、かも)
ぼんやりとそんな事を考えながら、エーリカはトゥルーデと、“愛の営み”の続きに耽る。
気を失うまで、何度も繰り返す。
end