ロマーニャ1945 ふたりのきそく
約束の場所へ出向いて、準備。
まずは服を脱いでいく。
上着、シャツ、そして下着。
姿見の鏡の前で、自らの視線に監視されながら余計な布を取り払っていく。
最後にズボンを下ろして生まれたままの姿になっても準備は終わらない。
皮製の首輪を手に取る。
その太さと厚みのある赤い首輪を首に巻き、軽めに締めて固定する。
次に、首輪へと鎖をつなげる。
主にこの身を委ねる為の鎖。
長さ2m程度の少し引っ張っただけで簡単に千切れそうな細身のそれを首輪へと繋ぐ。
一つ息をついて鏡に映る自分の姿と向き合う。
暗めの照明の中でも頬に赤みが射しているのがわかる。
羞恥心と高揚感に身体の芯を焼かれながら準備の最後の手順に入る。
集中し、魔力を呼び起こし、ジャーマンポインターの垂れ耳と尻尾を具現化。
この瞬間、私は飼育されるべき愛玩動物に、一匹の牝犬になる。
そのタイミングを見計らったのか、姿見の鏡が明るくなって向こう側の様子が映し出される。
そう、鏡は単純な作りのマジックミラーで、向こうにいる相手はさっきまでのわたしの行動の全てを見て……いや、様子から察するに、視姦していたのだ。
その事実を意識すると胎内でとろとろと燃え続ける炎の火力が強くなる。
ガラスの向こうからベッドに腰掛けた金髪の天使/悪魔が淫蕩な視線でこちらを見つめていた。
薄い胸に左の片膝を引き寄せるようにして抱き、右手はその太股の付け根で怪しく蠢いて、粘液に濡れた指先が時折照明を反射する。
「ねぇ、まだ入ってこないの? もう待ちくたびれちゃったよ」
少しだけ上擦った誘惑の声。
誘われるままにごくりと唾を飲み込んでから扉を押し開き、淫らな空気の充満する空間へと導かれ、一歩を踏み出す。
「あれぇ? ちょっと違うんじゃないかなぁ?」
部屋の主の声が響く。
「決まりがあったよね。二人で決めたルール。トゥルーデの大好きな規則」
「っ……」
「折角決めたんだからちゃんと従わなきゃ。規則って言う見えない鎖に縛られたり繋がれたりするの大好きだもんね」
縛られる、繋がれる……甘美な響きが脳髄を震わせ、同時に規則を思い出させる。
この部屋での私は、犬だ。
だから愛玩されるべきその動物に相応しい行動をとらねばならない。
静かに腰を折って床へと手を突き、お尻を降ろして『おすわり』の姿勢をとる。
腕でかろうじて隠してはいるものの強めの照明の前に無防備なら裸身が晒されることに違いは無い。
羞恥心が全身を火照らせて頭がくらくらしてくる。
ご主人様も私のこの姿に満足を得たのか、時折喘ぎの様な声を響かせながら暫く自分を慰める。
「んふ……いいよ、おいで」
どれくらいの間『おすわり』を続けたのだろうか。
気が遠くなってきたところで御主人様の下へ近付いていいという許可が貰える。
酸素不足の頭のようにぼうっとした状態で四つんばいのままベッドへと近付いていく。
引きずられた鎖が床でこすれ、高めの小さな音を立て続ける。
規則にしたがって御主人様の前で一旦動きを止め、頭を床まで下げて鎖の途中を咥えてから再び『おすわり』のポーズ。
目の前1m程先には自慰行為によって濡れそぼった御主人様の粘膜。
思わず見入る。
「いい子だね、トゥルーデ」
わたしの視線を知ってか知らずか――多分気付いて居たんだろうけれど――肩幅程度に開きつつ両足を床に下ろし、左手で頭をゆっくり優しく撫でてくれた後、鎖の端を取る。
「くぅん」
そうやって鼻を鳴らすようにすると御主人様は満足そうな表情で濡れた右手を差し出してくる。
「はい、ご褒美」
その細く繊細に見える指先を舐め、しゃぶる。
不潔だと心のどこかで理性が叫んでる。
その叫びを何か心地よいBGMの様に認識して程良く聞き流しながら、本能が『これは甘露だ』と恍惚の表情で呟いている。
本能の表情は今御主人様の前に晒している自分自身の表情そのものだ。
白い指に舌を往復させ、ご主人様の粘液とわたしの唾液の交換が行われる度に女性の部分が疼き、胸が高鳴っていく。
「可愛いけど、がっつきすぎ」
御主人様はそう言うと右手をわたしの口と舌が届かない所まで上げてしまう。
そして再びベッドへと座り込む。
脚を開いた、挑発的な姿で。
「ぺろ、んちゅ……ふふ、トゥルーデの味になってる」
更にその右手を舐め、しゃぶりながらて流し目を向けてくる。
誘惑と挑発に鼓動が加速して、今にもこの可愛らしい御主人様を押し倒してしまいたくなる。
でも、二人の間にある規則はそんなことを許しては居ない。
だから耐える。
耐えるのも大切な二人の儀式の一つだからだ。
わたしは魔法を使い、御主人様は使わない。
この状態はわたしという存在を圧倒的強者へと押し上げる。
そんな存在が従順に従うからこその信頼関係であり、わたしの『従属したいという性癖』を満足させる。
「いいよ、いつもみたいに足先から、ね」
ご主人様の左手に握られた鎖が引かれ首輪へと力が伝わる。
許可を貰える事に悦びを覚え、跪いて素足の先端へと口付ける。
そのまま、唾液を塗りこむようにして足先を舐め、咥え、自らすすんで口腔内を犯される。
目の前の行為に欲望のまま没頭する。
大丈夫、やりすぎればちゃんと御主人様はしつけてくれるのだからただ本能に従って舌を這わせればいい。
「んんっ、きゃは……今日はほんとがっつきすぎ、くすぐったいったら……えい」
「んえっ」
わたしの暴れる舌先が、御主人様の右足の親指とその隣の指によって器用に絡め取られた。
舌を引き出されて間抜けな顔になったわたしをそのままひとしきり弄び、嗤った後で開放される。
顎から首にかけてがよだれでべとべとになってしまっているけれど、ぬぐう事は許されない。
「ねぇ、わかってる? わたしはいっぱい焦らしてもらった後のほうがいいからこんな面倒な手順踏んでるんだよ?」
御主人様の声色はだめなペットを叱責する時のそれだ。
少し唇を尖らせた、自分がご機嫌斜めだという事を主張する為に作った可愛らしい表情を上目遣いに見上げる。
私はといえば、折角自由になった舌を半開きの口元からはみ出させた間抜けな状態のまま頬を緩ませている。
「今日はもう少し足で遊んでからって思ってたんだよ。わたしが飽きるまで顔とか髪とかおっぱいとかおなかとかお尻とかアソコとか、足と足の指でやれるだけの事してみるつもりだったのに……」
そこまで言ってからベッドを降りてわたしの横で膝立ちになって右手をわたしの顎の下に添え、顔を近づけてくる。
「ね、舌を出して、目を閉じて」
次に何をされるのかと期待に震えながら言われるままに舌を突き出し、柔らかく目を閉じる。
視界を閉ざし敏感になった聴覚が鎖の音をやけに大きなものと錯覚させ、同じく研ぎ澄まされた触感が股間の更なるぬめりを認識させる。
そうして待つ事数瞬、舌に湿り気を帯びた別の体温が触れ、飲み込まれた。
味覚を司るその場所に、御主人様の味と匂いが染み渡っていく。
世界が御主人様から与えられる刺激だけになって、わたしの存在そのものが支配され、堕とされていく甘美な感覚。
聞こえてくるのは鎖の金属音、自身の鼓動音、互いの呼吸音、そして絡む舌と口の粘膜の奏でる淫靡な接触音。
すっかり酔いしれる。
そこに不意打ちが来た。
股間に冷たく強い衝撃。
「うぇえっ!? ……んはぁっ!」
「あはっ」
熱くなった股間を締め上げられる感触に、小さな絶頂感を与えられてしまう。
目論見通りの反応に御主人様が嗤う。
「……あああっ!!」
鎖がいつのまにか股下を通されていて、それを強く引かれたんだと気付いたのは絶頂を終えた後だった。
汗と涙とよだれでかおをべとべとにしたわたしの頭をかるくぽんぽんとたたき、撫でながら御主人様が口を開く。
「本当に規則をまもれない犬だね、イく時は一緒なのがここでの一番大切な規則でしょ。でもいいよ。私は心が広いから、少し躾しなおすだけで許したげる」
「ごしゅじん……さま」
「うんうん、ほら、ベッドにあがろ。夜は長いようでいて短いんだから、急がないと二人の規則を全部守れないよ」
鎖をぐいぐいと引き揚げながらベッドへと急かす。
「トゥルーデも規則を守るわたしの姿を見るの、大好きだもんね」
天使/悪魔の声に導かれるままに四つんばいのままベッドへと上がり、命令を待つ。
二人の時間はまだ始まったばかりだった。