Nine-tails
「そういやさ、ちびっ子先生、最近飛んでないよね?」
お昼の教練後のコーヒーブレイク、なんとも礼儀を欠いた言い方で
失礼なことをいってきたのは、案の定あの軽薄なニセ伯爵様だった。
「あなた達みたいな問題児が多いから、飛んでるどころじゃないのよ」
その脳天気な物言いに少しとげのある返し方をしてしまったけれど、
当のヴァルディは全然こたえていない様子で、思わずため息が漏れてしまう。
「教えなくちゃいけないことは、それこそ山のようにあるんですからね」
今までたくさんの新兵を見てきて、いろんなタイプの子たちを教えてきたけれど、
ナオちゃんといい、ニパさんといい、ヴァルディといい、
この部隊の問題児達はどうも今までとは勝手が違って、少し戸惑ってしまう。
……まずなにより、ストライカーを壊さない、という基本的なルールから
頭に叩き込んでやらなきゃいけないなんて初めての経験だ。
「噛みグセのある子犬に芸を仕込むのって、こんな気分かしらね」
「おっ、なかなかうまいこというね~、先生」
「ふざけないでちょうだい」
マグカップのコーヒーをくっと飲み干して立ち上がる。
ナオちゃんがまたストライカーを壊したせいで、訓練計画を練り直さないといけない。
「でもさ~、あんまり飛んでないと、勘が鈍るんじゃない?」
「……どういうこと?」
ラウンジの扉に手をかけたところで、ヴァルディの声に立ち止まる。
「いやいや。空戦テクニックなんかは頭が覚えてても体が動かなくなったり
しないかな~なんてね。僕でよければ模擬戦つきあうけど?」
その言い方に、いかに私でもついに堪忍袋の緒が切れた。
へぇ、ヴァルディ、あなたは私のことをそんなふうに見くびってるわけね。
かわいいハルトマンのことも、502にきてからのチャラチャラした態度も、
新兵に悪い影響を与えてることも、一度がつんといってやりたいとは思っていた。
面白い。もう金輪際へらへらできなくしてやろうじゃない。
「……そうね。ヴァルディのいう通りだわ。
たまには体を動かさないといい考えも浮かんでこないしね」
「そうでしょ?じゃ、これから一戦する?」
「えぇ、お願いするわ、クルピンスキー中尉」
とびっきりの笑顔でそう答えたけれど、ちゃんと本心を押し隠せたかどうかは自信がない。
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「お互いに5マイル離れたところで反転、戦闘開始でいいわね」
「了解。じゃ、始めますか」
先に5秒間、相手の背後を取ったほうが勝ちという簡単なルールだけ確認して、スロットルを開く。
予定したポイントに到達したところで反転、上昇。
ヴァルディのように、正面から突っ込んでくる敵にそのまま斬りかかるのは得策ではない。
まずは高度をとって、相手の動きを見極める。そしてチャンスをはかって攻撃。
ヴァルディは左へのターンにちょっと癖があるから、仕掛けるとしたらそのタイミングだろう。
水平飛行に移り、右ロールを開始した瞬間、インカムに切羽つまった声が飛び込んできた。
「こちらオラーシャ海軍。スオムス湾沿岸海域にてネウロイと接触、被害多数。
至急応援を要請する。繰り返す、至急応援を」
ノイズ混じりの交信は、もはや一刻の猶予もないことを示していた。
502基地からすぐに発進するよりも私たち二人が直接向かった方が早い。
敵情が把握しきれないのはやや不安だが、考えている暇はなさそうだ。
「ヴァルディ、訓練中止よ。すぐに救援に向かうわ」
「もちろん」
当該海域へ向けて変針。全速力で救助に向かった。
要請のあった海域に着くと、煙の上がった戦艦が何隻も見えた。
ネウロイからの攻撃は依然として続いており、ビームの隙間を縫った回避行動も限界といった様子だ。
敵の様子はといえば、中型が1機、小型が15機。小型機はおそらく護衛だろう。
訓練飛行のため、あまり弾薬を持たないで上がったけれど、これならなんとかなる。
「ヴァルディ、本当ならば、私はあなたの指揮下に入らなければいけないんだけど」
「うん?」
「艦隊を護衛しながら母港まで連れ帰って。ネウロイは私が」
「……一人で、大丈夫?」
「悔しいけど、護衛をしながら攻撃するだけの余裕がないの」
病弱で体力の面で他の隊員に劣る私は長期戦には向かない。
艦隊を護衛しながら撤退し、ネウロイのほうは別部隊に任せるほうがいいのだろうけど、
私の魔法力はそこまでもたない。足手まといになるどころか艦隊への攻撃を許す結果に
なってしまうかもしれない。
それならば、ネウロイをここで落とすしかない。
「それじゃ、お願いね」
「待って」
そういってヴァルディが私に投げてよこしたのは予備の弾倉。
「大丈夫。エディータが落とせば、いらなくなるから」
そういってきざったらしく笑うニセ伯爵。
あなたのそういうところが嫌なのよ。
上着のポケットに弾倉を押し込み、艦隊をヴァルディに任せて、そのまま一気に高度を上げた。
どうやらこのネウロイは地上、海上への攻撃に特化した型のようだ。
護衛のネウロイも下方もしくは同高度からの攻撃を想定しているように見える。
それならば、上後方から一気に攻撃を仕掛ければいい。
敵に気づかれないように雲の切れ間から様子をうかがう。
小型とはいえ、15機もの護衛機に追い回されては魔法力が持たない。
相手が体制を整える前に叩く。チャンスは一度きりだ。
私は大きく一つ深呼吸をして、ネウロイの後方から急降下をかけた。
機関銃から吐き出された弾丸が、中型ネウロイの装甲をえぐっていく。
虚を付かれた護衛ネウロイの何機かが、急激な機動に耐えきれずお互いに衝突して海へと落下していった。
ビームによる応戦を避けながら機首後部を攻撃する。動きから考えると、コアはそこに……。
「見えた!」
ルビー色のコアに弾丸を叩き込み、すぐさま上昇して回避。
次の瞬間、コアが弾け、ネウロイは白い破片となって海に降り注いだ。
「撃墜を確認。お疲れ様、先生」
インカムからヴァルディの声が聞こえた。どうやら艦隊も無事逃げおおせたようだ。
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「みんな、おはよう」
「あっ、おはようございます、ロスマン先生」
翌朝、食堂に行くと、朝食を摂りながら皆なにやらわいわいと盛り上がっているようだった。
「何かあったの?」
いつものように朝食を用意してくれた下原さんに尋ねると、彼女は目を輝かせて私に話しかけてきた。
「昨日、九尾のウィッチが目撃されたんですって。先生、知ってます?」
「九尾のウィッチ?」
「はい。昨日、航行中のオラーシャ艦隊がネウロイに襲われたらしいんですけど、
そこに尻尾が9本ある狐のウィッチが現れて、ネウロイを倒していったそうです。
所属も名前も不明で、一説には東部戦線で活躍した伝説のウィッチ『ナインテイル』じゃないかって。
憧れますよね、そういうの」
恋に落ちた少女のようにうっとりとした目でその幻のウィッチについて語る下原さんに、
私は苦笑せざるを得なかった。
fin.