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 飴玉の包みをポケットから取り出す。
 口の端できゅっと引っ張って解き、中身をそのまま口中に転がす。
 やがて湧いてきた唾液に混ざりじわっと広がる、微かな甘味。
 手と目は黙々と動き続け、自身のストライカーユニットに向かっている。

 ……今日も壊したよ。

 ……流石「ブレイクウィッチーズ」だな。

 直枝は、そんな皮肉とも嫌味とも取れる言葉を整備士や同僚ウィッチ、上層部、その他基地の者達から嫌という程聞いてきた。
 そんな事にも、もう慣れた。上官の怒号にも正座にも。

 だけど。

 結局は自分が何とかしないと、ストライカーユニットは飛ばない。

(飛ばないウィッチは只の無駄飯喰らいだ。飛ぶウィッチは只の壊し屋だ。……いや、オレは訓練された壊し屋、か。)

 直枝は内心呟き、自嘲気味に口の端を歪めるも、数秒後、険しい顔つきに戻る。

 黙々と、寒風が吹き込むハンガーの片隅で、作業を進める。
 人手も資材も足りない時、ストライカーの調整や補修は自分で何とか、工夫するしかない。

 がりっ。

 手にしたレンチに力を入れた時、不意に飴玉が砕けた。舐めてるつもりが、気付けば奥歯で噛んでいた。
 構わずそのままごりごりと噛み砕き、凝縮された甘味を無理矢理喉に流し込む。

 魔導エンジン周りのワイヤー結線を元に戻し、外装を閉める。
 ひとまず、ストライカーユニットは片付いた。

「あとは工具の後片付けだけね。お疲れ様」
 背後で発せられた声にぎくりとして振り返る。
 いつの間に居たのか、定子が微笑みを浮かべて直枝を見下ろしている。
「い、いつ来た?」
「管野さんが修理してる間、邪魔しちゃ悪いかと思って見てた」
「声位掛けろよ」
 邪魔しちゃ悪いでしょ、と定子は繰り返した。
「で、何か用か?」
 整備中にせよ背後を取られっぱなし、それに全く気付かなかった事も少し苛立ちに加わり、直枝はぶっきらぼうに呟く。
「お夜食用意したんだけど、どう?」
「別に要ら……」
 途端に直枝の腹が鳴る。食欲とはかくも正直なものだ。
「ほら、お腹減ってるじゃない。おいで」
 定子は直枝の手を取った。
「ちょ、ちょっと待った」
 直枝は慌てて定子の手を振り解く。
「?」
「オイルやら煤やらで汚れてるんだ。洗ってくる」
「はいはい」
 定子は笑顔で待った。

 閑散とした食堂に連れて来られた。テーブルの端、ストーブ近くの暖かい場所に座らされる。
 用意されていたのは、綺麗に海苔が巻かれたおにぎりが五個。たくあんが二きれ。夕食の残りの味噌汁に、肉じゃが。
 何もかもが不足気味の基地では、夜食が出る事自体が信じられない事だ。でも目の前に整然と並んでいる。
「おつゆと肉じゃがは温め直したから、少し味が濃いかも」
 定子は直枝の箸をそっと置いた。
「少し位大丈夫。何たって下原の飯はウマい」
 直枝は箸を掴んだ。
「どうぞ、召し上がれ」
 定子が言う前から直枝はがっついていた。
「やっぱりお腹ペコペコだったんでしょ?」
 定子の問いに、直枝は一瞬手を止め、目を合わせずに、こくりと頷いた。そしてすぐさま食事の続き。
「幾ら何でも、ストライカーユニット壊した罰で食事抜きって酷いよね」
 定子が呟く。聞いた直枝は何とも言えない表情を作る。
「どうしたの管野さん?」
「いや……だって、壊したのはオレのせいだし」
「だけど、管野さん今日も頑張ったよ? 大物を三匹に、小物は……」
「ザコは無視。でも鬱陶しいのは四つ落とした」
 まるでハエを追い払ったかの如くしれっと言ってのける直枝。トップエースなのか大物の器なのか単なる命知らずなのかは“謎”としておきたい。
「じゃあ、全部で七つ。凄いね、管野さん。私には出来ない」
「オレの真似すると、死ぬぞ?」
 定子は思わず吹き出した。つられて直枝も笑った。
 四つめのおにぎりを食べ終わり、残りの肉じゃがに箸をつけたところで、定子は不意に真面目な顔をして言った。
「でも、自分も最後墜落しちゃ、良くないよ? みんな、凄い心配してたんだから」
「嘘だろ? いつもの、日常茶飯事程度にしか思ってないって」
「そんな。少なくとも、私は思ってないよ。心配したんだから」
 定子は直枝の真横に座ると、ぎゅっと抱きついた。
「ちょ、ちょっと……まだ食べてる途中だって」
「食べてる管野さん可愛い」
「ええっ?」
「戦ってる管野さんは凛々しくて」
「な、何言ってるんだ? おだてても何も無いぞ」
「私のご飯を残さずたくさん食べてくれる」
「ウマい飯を残すなんてバチが当たる。下原の料理はウマいし」
「誉めてくれてありがとう。もっと食べてね」
「……うん」
 顔を紅く染めて頷く直枝。もそもそと箸を動かす。
「あ、照れてる。可愛い」
「下原がからかうから!」
「ふふっ」
 定子は小柄な直枝を持ち上げると、自分の膝の上に乗せた。
「ちょ、ちょっと……食べにくい」
「あーんしてあげようか?」
「いや、それは流石に……とにかく食べないと」
 本能かそれとも別の予感か、慌てて箸を進める直枝。
 食べられる時にしっかり食べておけ。とは訓練生時代に言われた事だが、今の直枝はまさにぴったりの状況だった。
 夕食を食べ損ねた分、しっかりと取り返しておかないといけない。腹が減っては戦どころではない。

 ひとしきり食べ終わり……おにぎりにたくあん、味噌汁を全部平らげ、肉じゃがはつゆまで綺麗に飲み干し、ようやく一息ついたところで直枝は箸を置いた。
「ご馳走様」
 こう言う時でもきちんと礼を言うのは直枝の素直で良いところ。
「どういたしまして」
 定子は直枝を抱っこしたまま微笑んだ。頬と頬の距離が近い。
「なんか、少し、ほっとした」
 ぽつりと呟く直枝。
「しっかり食べたからね」
「ああ。だって……」
「だって、何?」
 しばしの沈黙。
「下原の作る料理って、何か、こう、……ああ、何て言えば良いんだろ」
「焦らないで。ゆっくり聞かせて?」
「うーんと。だから、その……」
「あっ……」
 定子が目ざとく何かを見つけた。一瞬、ぎゅっと直枝を抱く腕に力が入る。その力のせいか、二人の頬が触れ合う。
「えっ?」
 直枝が定子を見る。何かを見て、怯えているのか。それとも?

 正面を見ると、いつ来たのか、アレクサンドラが仁王立ちしていた。
「管野少尉、何をしていますか」
「うわっ、大尉!? いつの間に!」
「そんなスキだらけだから撃墜されるんです! 下原少尉も、何故管野少尉に夕食を?」
「夕食ではありません。整備のついで、軽い夜食にと思って……」
 テーブルに広がる皿とお椀の数を見てアレクサンドラは苦々しく言った。
「これのどこが軽いんですか?」
「分かりました、すぐ片付けます」
「中身はもう全部無いでしょう!」
 呆れ半分のツッコミを入れた後、アレクサンドラは、はああ、と溜め息を付いた。
「良いです。下原少尉、食器の片付けを。管野少尉、来なさい」
「えっ」
「何か?」
 ぎろりと見返すアレクサンドラの瞳。只の怒りではない、嫉妬が混じるその色を見、直枝は硬直した。
「どうしたの管野さん」
「いや違う下原、違うんだ。サーシャも違うんだ、その」
「サーシャ? えっ、呼び捨て? それってどう言う……」
 聞き慣れない言い方に戸惑う定子。
「ば、バカっ! 人前で何て事をッ! このバカっ!」
 アレクサンドラは顔を真っ赤にし、焦ってぽかぽかと直枝の頭を叩き、腕をがっしり掴むと、ずかずかと歩き出した。
「あ、管野さん……」
「ま、待って! 下原、これやる! 夜食の礼だ!」
 直枝が慌てて投げて寄越したのは、ポケットにしまっていた飴玉。
 それだけを“形見”代わりに定子に託すと、アレクサンドラに引きずられ、直枝は部屋から居なくなった。
 ぽつんと一人残された格好の定子は、嵐が過ぎ去った食堂に一人佇み、空の食器を見つめた。

 鍋や食器を全て片付け、洗いながら、ふと飴玉を口にする。
 ほのかな甘露が、舌の上でゆらりゆらりと踊る。
「甘いね」
 定子は少し寂しそうに、呟いた。

end



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