射撃訓練 強化月間
非番の午後、まどろみと紅茶の香りを楽しむ、数少ない癒しの時間。
この一杯の紅茶のためなら世界は滅びてもいい、とさえ思うほど。
そんな優雅な雰囲気の漂う食堂で、扶桑のウィッチは今朝方届けられた
新聞を真剣な目で睨み付けている。
「何か面白い記事でもあったの、美緒?」
「ん、ミーナか。オラーシャ前線の非常識なウィッチの記事が載っていてな」
「『非常識』、ね…」
空中でネウロイ相手に扶桑刀で接近戦を挑むウィッチは、
どうやら美緒の『非常識』の定義には入らないらしい。
「どんなウィッチなの?」
苦笑を浮かべつつ、会話に乗ってみることにした。
「スオムスのコッラ川の拠点防衛に参加している陸戦型のウィッチで、シモーネ・ヘイへというらしい」
「聞いたことのない名前ね」
「三ヶ月ほど前に配属されたばかりらしいからな。射撃技術にすぐれ、
豪雪・夜間といった悪条件をものともせず、彼女の配置場所から
半径500M内に侵入したネウロイは確実に撃破するそうだ。
すでに大小合わせて50機以上のネウロイを撃破し、ついた仇名が『白の妖精』」
「貴女と同じ魔眼、もしくはリーネさんのような魔弾の使い手かしら。
もしくはそれらの複合型…?」
いずれにせよ、相当な魔法力の持ち主と見てもいいだろう。
そうでなくては、この短期間での異常ともいえる戦果に説明がつかない。
「…いや、それが隠密射撃、とかいうものらしい」
レアなスキルだ。教本の後ろのほうに名前は載っているものの、
用途が限定的で滅多に着目されない地味な固有魔法。かくいう私も、
士官学校時代に嫌味な教官のテストで出題されていなければ、絶対に忘れていた自信がある。
「射撃の反動、および音響を完璧に遮断する能力、だったかしら」
つまりは射撃結果に直接影響を与えない、治癒能力と同系統に分類される間接魔法だ。
「さすがミーナだ、わたしは完全に忘れていた。
…つまりはウィッチとしてではなく、人間としての技術だけで、
夜間・豪雪の条件下周囲500M圏内のネウロイを補足、
確実にヘッドショットが可能なスナイパーということらしい」
「いまいち真実味にかける凄さね、小説や映画じゃあるまいに。
明らかに人間の限界を超えているわ」
「なあに、ミーナの200機目も十分負けていないさ。ハッハッハ」
「っ…」
人が気にしていることを、こともなくずけずけといってしまうこの無神経さ。
だがそれがいい。
「おー、懐かしい顔だ」
昼間からサウナに入っていたエイラが、火照った顔を手で仰ぎながら食堂に姿を現した。
スオムスには一家に一台サウナがあると耳にしたが、
彼女の言動を見ているとあながち嘘に聞こえないのが恐ろしい。
「あら、エイラさん。ひょっとしてこの妖精さんとお知り合いだったりするの?」
「シリアイジャナインダナ。スオムスでは有名な射撃の選手だったんだよ。
ラジオや新聞でたまに顔や名前を見たことがあるくらいナンダナ。
なになに…、おーさすが猟師一族の出身、獲物がケワタガモから
ネウロイに変わっただけで、やることは変わってないや」
「猟師、か。ということはこの戦果は、常日頃の訓練の結果ということなのだな!?」
なにやら美緒が妙に色めき立っている。ああ、やっぱりこうなるのか。
この一件の後、美緒の提言のもと、射撃訓練において実弾を用いた演習が頻繁に行われるようになった。
美緒のことだ、新聞の記事に感化された結果なのだろう。
訓練に熱心なのは結構なことなのだが、補給のことも少しは考えて欲しいものだ。
弾薬補給の上申、今月で三度目だっけ。今度はなんて言い訳しよう…。
ていうか貴女、射撃は大事とかいいながら自分は最近烈風丸しか使ってないじゃない、ブツブツ。
「いいか、宮藤。魔法力はもちろんだが射撃の腕はもっと重要だ。
今日は300メートルを当てるまで終わらんぞ!」
「ハイッ、坂本さん!」