ヘルマとエーリカ
――1946年10月カールスラント
「ハルトマン中尉! ハルトマン中尉!」
石造りの扉をコンコンと叩き、私はその部屋の主の返事を待つ。
しかし、いくら待てども部屋の主からの返事はない。
こういう時はあれしかないか。
「強行突破するしかないみたいですね……ええい!」
私は意を決して、ハルトマン中尉の部屋に突入する。
……果たしてこれを部屋と呼んでいいものなんだろうか。
床には本や衣服が散乱していて、足の踏み場がまるでない。
ほとんど物置と化しているベッドの上でハルトマン中尉は、すやすやと寝息を立てて眠っていた。
……この前私が手伝って(というより半ば手伝わされ)、片付けたはずなんだけどなぁ。
よくもまあ、たった数日でここまで部屋を酷くできるものだ。
この人と一時期相部屋だったというバルクホルン大尉って、色んな意味ですごい人だったんだと改めて実感させられる。
「ハルトマン中尉! 起きてください!」
私は床に散らばっている本や衣服をかき分け、なんとかベッドに辿り着き
幸せそうな顔を浮かべて眠っている中尉の身体をさする。
「う、う~ん……ふぁ~あ、おはようヘルマ」
「おはようじゃありません! もうお昼であります! 早く着替えて食堂に来てください!」
「はいはい……あれ? ズボンがないや。ねぇヘルマ、ズボン貸して」
「貸しません!」
「なんだよケチ~……あっ、そうだ。ね、ヘルマってさ最近休みとってないよね?」
ハルトマン中尉が軍服に袖を通しながら、唐突に私に問いかけてきた。
「へ? え、ええ。それが何か?」
「明日さ、トゥルーデんとこに行くんだけどヘルマも一緒に来ない?
てゆうかもうヘルマの休みも申請しちゃったんだよね」
「ええ!? 何勝手に人の休みを申請してるでありますか!」
「まぁまぁ、堅いこと言わない。ヘルマだって久しぶりにトゥルーデに逢いたいでしょ?」
「え、ええまぁ……」
私の最も尊敬する人、ゲルトルート・バルクホルン大尉は今年の3月にあがりを迎え、
現在はウィッチ養成学校で後進の指導にあたっている。
自身が飛べなくなっても、次代の育成に力を注いでくださっている、
まさにカールスラント軍人の鑑と呼ぶにふさわしいお方だ。
それに引き換え、この人ときたら……
「よし、決まり! じゃ、ご飯食べに行こ」
「ズ、ズボンも穿かないで食堂に行く人がありますか~!」
……バルクホルン大尉、この人フリーダムすぎます。
――そして翌日。
「ふんふんふっふ、ふ~ん♪」
「あの~、ハルトマン中尉」
「なに、ヘルマ?」
「なんで私、目隠しされてるでありますか?」
ガタゴトと揺れるキューベルワーゲン、
運転席には上機嫌な様子で鼻歌を歌うハルトマン中尉。
助手席の私はというと何故か目隠しをされていた。
「う~ん、なんでかって言うとヘルマを驚かせたいからかな?」
「私はいつも中尉に驚かされてますよ、色んな意味で」
「あはは……まぁ着いたら目隠しとってもいいからもうちょっと待ってて」
「はぁ……」
風のように掴みどころのない人、それが私の彼女への第一印象だった。
バルクホルン大尉をも上回る空戦技術を持っているのに地上ではとにかくだらしのない人で、
私や大尉がその自堕落な私生活をいくら注意しても彼女はまるで聞く耳を持とうとしない。
それなのに彼女はバルクホルン大尉やミーナ中佐を初め、多くの人に愛されていた。
正直、なぜハルトマン中尉のような不真面目な人がこんなにも周りから愛されているのか最初はよく分からなかった。
でも、同じ部隊に配属されて彼女と多くの時間を共有するようになってからは、
なんとなくだけどその理由が分かったような気がする。
それはきっと、
「さ、着いたよ。足元気をつけて」
「あの~ハルトマン中尉、まだ目隠しをとったら駄目でありますか?」
「うん、もうちょっと」
私は目隠しをされたまま、ハルトマン中尉に引っ張られながら少しの間歩かせられた。
「はい、もう目隠しとっていいよ」
「は、はい」
私が目隠しをとるとそこには――
「「「誕生日おめでとう!」」」
色とりどりの紙吹雪が舞い、目の前にはバルクホルン大尉とミーナ中佐、そしてハルトマン中尉の姿。
テーブルには美味しそうな料理が並ばれており、その匂いが私の食欲を掻き立てる。
「え、えっとこれは……?」
あまりにも予想外の出来事で私はこの状況を理解するのに少し時間がかかった。
「えへへ、ささやかだけどヘルマの誕生日パーティーだよ。今日はヘルマの誕生日でしょ?」
「え、えっと……」
「あら? もしかして今日が自分の誕生日だっていうこと、忘れてたのかしら?」
「あはは、まるでトゥルーデみたい」
「う、うるさい! とにかくだな、ヘルマ曹長、誕生日おめでとう」
バルクホルン大尉が笑顔で私にそう言ってくれた。
「あ、ありがとうございます……でもなんでミーナ中佐までここに?」
「ふふっ、1週間ほど前にエーリカから電話で、ヘルマさんの誕生パーティーを開きたいから
協力してくれないかって頼まれてね」
「それで、私もミーナも休みをとって2人が来るまでの間にパーティーの準備をしていたんだ」
「え? このパーティー、ハルトマン中尉が企画してくれたんですか?」
私はハルトマン中尉のほうを向き直り、彼女に問いかける。
「うん、トゥルーデやミーナと一緒に君の誕生日を祝いたかったから。
だって、ヘルマは私たちの大切な仲間だからね」
満面の笑みを私に向けてそう言ってくれたハルトマン中尉。
――この人はいつもさり気ない気配りで周りを明るくし、部隊のみんなを気遣ってくれる。
そういった仲間想いのところがきっと、彼女がみんなに愛されている所以なのだろう。
本当、この人にはかなわないや。
「あ、ありがとうございますっ……ハルトマン中尉」
「あれ? もしかしてヘルマ、泣いてる?」
「な、泣いてなんかないでありますっ……」
「あーはいはい、ヘルマは強い娘だから泣いたりしないよね。
ほら、プレゼントもあるんだよ、開けてみて」
「は、はい……」
私はハルトマン中尉からプレゼントの入った箱を受け取り、それを開けてみた。
箱の中に入っていたのは……
「なななな、こここれはなんと…!! 私、幸せでありますぅううっ……バタッ」
「ちょ、ちょっとヘルマさん、大丈夫!?」
「ありゃりゃ、ヘルマにはちょっと刺激が強すぎたか」
「エーリカ、一体ヘルマ曹長に何をプレゼントしたんだ?」
「トゥルーデのあられもない姿をいっぱい撮ったただの写真だよ」
「えっ」
~Fin~