2D or not 2D
輸送機のタラップを降りる。砂混じりの風が頬をなぞる。
「やーっと帰って来たかー」
うーん、と背伸びをするマルセイユ。501を出た後、暫く「所用」で方々を周り、やっとアフリカの大地に戻って来たのだ。
「やっぱりここが私のホームだな」
セピア色の風景を見て頷く。
そこに大股でずかずかとやって来たのはケイ。ストームウィッチーズの隊長だ。
「やあ、ケイか、今帰っ……へぶしっ」
いきなりどつかれ、よろけるマルセイユ。
「な、何するんだいきなり!」
頬をさすり睨み付けると、それよりも恐ろしい眼光で凄んでくるケイの姿が。さすがに一歩ひくマルセイユ。
「それはこっちのセリフよ! 見なさい!」
目の前に突き付けられた文書の数々。ブリタニア語で書かれた文書のひとつを見、最初の数行を読んでマルセイユは一言
「大体分かった」
とだけ言った。が、ケイはそんな素振りを許す筈も無く、マルセイユの首根っこを掴むとずるずるとテントに引きずっていった。
宿舎代わり、執務室代わりのテントの中で、こんこんと説教が続く。
「何で501(向こう)で暴れたりするかな、君はぁ? はしゃぎ過ぎにも程が……」
「あんなの、はしゃいだうちに入らない。旧友とのちょっとしたトレーニングだって」
「向こうの大尉ととっ掴み合いしたり、挙げ句向こうのエースと実弾で撃ち合いが、トレーニングですって!? あらやだ!
カールスラントって変わった文化持ってるのね~」
「それは嫌味か、ケイ」
「501の指揮官からも、えらく控えめだけど、どうにかしろって文書が来てるのよ!」
怒り心頭のケイはマルセイユの襟首を掴んでぶんぶんと振った。
「あんたストームウィッチーズの手助けに行ったの? それともストームウィッチーズを潰しに行ったの?」
「いや、そこまで大袈裟に言う事無いだろ。少なくとも知名度は上がったと思うぞ?」
マルセイユのジョークを前に、無言で始末書や報告書をちらつかせるケイ。ああ、と横で頭を抱えるライーサ。
「この落とし前どうつけてくれるのよ? せっかく上層部向けのウケ狙いで行ったのに、逆に心象悪くしてどうするの!?」
「それは……その」
「とりあえず、ストームウィッチーズ隊長の私からも貴方を処罰しないとね」
「な、何っ!? 謹慎とか嫌だぞ? こんな暑苦しいテントの中でじっとしてろなんて……」
言いかけたマルセイユの横のテーブルに、どっさりと何かが置かれる。持って来たのは真美。結構重いらしい。
「何だこれ?」
包みを解いて仰天した。マルセイユの写真……何百枚有るか分からない量だ。
「この写真に、直筆でサインしなさい。一万枚用意したわ」
「い、いちまん? はああ!? 冗談じゃない! 私はサインはしない主義だ」
「じゃあ謹慎一週間、いえ二週……」
「わ分かった、書く! 書けば良いんだろう! でも一万枚も書いたら手がつって戦闘の支障になる!」
「……そう言えばそうねえ」
「だから、大サービスだ。十枚しか書かないからな」
「九千九百九十九枚」
「じゃ、じゃあ二十枚」
「九千九百九十八枚」
「たったの二枚引き!?」
愕然とするマルセイユ。にこっと笑うケイからペンを渡され、言い様の無い絶望感に襲われる。横に居るライーサに目を向ける。
「ラ、ライーサ?」
「何、ティナ?」
「手伝ってくれないか? 私に筆跡似せれば少し位……いててて」
「馬鹿言ってないで、とっとと書く!」
ケイに怒鳴られ、手をつねられ……仕方なく、サインを始めた。
ライーサはテントの外から他のウィッチに呼ばれ、テントを後にした。何かの用事らしい。
「私は映画スターじゃないっての」
すらすらとサインしながらも、ぶーたれるマルセイユ。
「貴方は知名度も人気も、映画スター以上よ。それは誇りに思って良いし、私達の希望の星だもの」
「ならこんな事させるなよ」
「なら501(あっち)であんな事しちゃダメよ」
にこやかに返され、言葉を失うマルセイユ。何となく一枚上手なケイに、にっちもさっちも行かない。
「仕方ないだろ。人類最高のエースがどっちか決める、千載一遇のチャンスだったのに」
(どうしてハルトマンは、何で、あんなシスコンのクソ石頭なんかを……何故、私とまともにやり合わない?)
501滞在時を思い返し、イラッと来るマルセイユ。そこにケイがぽつりと言った。
「それはストームウィッチーズを潰すに値する事なの?」
「うっ……」
思わず手が止まる。
「もうちょっと大人しくやってくれるかと思ったけど……やっぱり私の思った通りだったわ」
ケイが呆れた顔をする。
「だって……」
「手を止めない!」
「はい……」
居残り勉強をさせられている女生徒、監督する教師の様な関係を見て、周囲のウィッチ達はくすっと笑った。
「まったく。幾ら相手が現役のエースウィッチで、シールド有るから銃弾は問題無いとは言え、もし、万が一何か有ったらどうするつもりだったの?」
「私の目標はただひとつ。人類最高のエースになる事だ」
キリッとした表情で言うマルセイユに微笑むケイ。
「人気は世界一だから安心して」
「だからってこのサインの量は無い!」
弱音を吐くマルセイユ。
「貴方が自分の写真にサインを書いてそれを配れば、貰った兵士の士気が上がり、民間人はより希望を強く持てる。
そして部隊としては物資調達や補給物資の面でプラスになる。ついでに貴方にはファンから酒もプレゼントされる。
ついでに地元の写真屋も儲かる。良い事尽くしじゃない?」
「前にも聞いたぞ、そんな話……」
「ま、ともかく。501と私に詫びを入れるつもりで頑張りなさい」
「詫びってどう言う事だ!? 迷惑なんてかけ……いたっ痛い……痛い。書くよ、書くから!」
ケイに頭をげんこつでぐりぐりされ、言葉が詰まるマルセイユ。
気怠そうにサインするマルセイユ。
「これでざっと百枚だ」
「真美、悪いけど数えてくれる?」
「了解です」
ぱらぱらとめくりながら枚数を数える。数えた枚数を、真美が報告する。
「ぴったり百枚です」
報告を聞いたケイは、渡されたサイン入りの写真を丁寧に紙で包み、しまう。
「さて、じゃあ次は、マルセイユの名前の前にこう書いてね。『みんな頑張れ、私がついている』って」
「何だそれは!? 私はヒーローか何かか?」
「そのものじゃない。“アフリカの星”」
「誉めてるのか馬鹿にしてるのか分からないぞ」
マルセイユは言われるまま試しに一枚書いて、その写真をぺらぺらとめくってみせた。
「はあ……」
自分の笑顔が写る写真を見て、溜め息をつく。
「どうしたのマルセイユ」
「いや。こんなの、私が写ってるだけの、ただの紙っきれだろ」
腕組みして話を聞くケイ。言葉を続けるマルセイユ。
「私本人でもない。動きもしない、喋りもしないこんなちっぽけな紙っきれに、どんな価値があるんだ」
ケイはふっと笑った。
「それはさっき言ったでしょ? 繰り返させないの」
「写真を撮られて、その写真にサインさせられてる私には実感が湧かないって事さ。私は生憎、“戦う”か、そうでないか、しかないからな」
マルセイユのぼやきを聞いたケイは、穏やかな表情で言った。
「確かにマルセイユの言う通り、それはただの紙切れ。インクの載った印刷物。だけど、それに何が写ってる?」
「私の顔だ」
「そう。微笑む貴方を見て、人は感動し、希望を抱く。要は人の心の問題なのよ。だから、媒体がどうだとかそんな事は関係無いの。
ブロマイドだろうが映画だろうがそれは同じ事。これは元魔女(エクスウィッチ)、そしてカメラマンとしての私の経験、そして思いよ」
「しかし……」
まだ何か言いたげなマルセイユに、ケイは言い放った。
「ならいっそ映画スターになったら?」
「何だいきなり」
「その美しい顔立ち、モデル顔負けのナイスバディ。しかもカールスラントのみならず人類最高のエースと讃えられ……」
「ああもう沢山だ」
ペンを投げ出し、うんざりした表情のマルセイユ。
その時、届けられた郵便物を持ったライーサがテントにやって来た。マルセイユに一通の手紙を差し出す。
「ティナ。貴方宛ての手紙よ」
「ファンレターならそこに置いといてくれ、暇な時にでも見る」
「同じカールスラント空軍からのだけど……」
「誰から?」
怪訝そうな顔をするマルセイユ。
「エーリカ・ハルトマンって書いて……」
ばっと封筒をひったくるマルセイユ。検閲済みの印も気にせず、べりっと開封する。
中から出て来たのは「お届け物だよ」と一言だけ書かれた小さな紙切れ。そして、別の封筒が出て来た。
「何だこれ? この封筒、差出人は……バ、バルクホルン? いや、待てよ」
書かれたファーストネームを何度も見て、確信した。頷くマルセイユを見て、ケイが聞く。
「誰から?」
「いや、ちょっとね」
マルセイユは封筒を開いた。
可愛い字で書かれている手紙を読む。
『このたびは、わざわざ私の為にサイン入りの写真をありがとうございました。おかげで、とっても元気が出ました。お姉ちゃんも喜んでます。お姉ちゃんが迷惑かけてたらごめんなさい……』
「あのシスコンのクソ石頭が……」
ぶつくさと文句を言いながらも、先を読む。
『話では、アフリカにはほとんどお花が無いそうですね。せめてこれだけでも、せいいっぱいの私の気持ちとして受け取ってください』
手紙の間から、何かがはらりと落ちた。そっと指でつまむ。
「熱い長旅」で変色しているが、何かの花である事は確かだ。押し花らしい。
そして文章は続く。
マルセイユは押し花を玩びながら、一見、退屈そうに読んでいる。
一瞬、下を向く。指で目をこする……拭った様に見えた。
「ティナ?」
「何でもない。砂埃だ、気にするな」
心配したライーサに声を掛ける。目を少し赤くしたマルセイユは、手紙と押し花をそっと仕舞った。
「あら、マルセイユが珍しい。誰から? 何て書いてあったの?」
「プライベートな事に口出ししないでくれ」
「あらごめんなさいね」
無言で写真に向かい、サインを書き、言葉を加える。
不意にマルセイユは言った。
「手紙、最後に『ご活躍とご武運をお祈りしています』ってさ」
「あら、嬉しいじゃない。ファンが増えたわね」
「元からファンらしい。……しかし姉も姉なら、妹も妹だな。真面目過ぎだ」
マルセイユは強がって見せた。
「まあ、そう言う事ね」
ケイが笑った。
「な、何の事だ?」
「貴方はそれだけ凄いチカラを持ってるって事。貴方の存在そのものがね」
「分かったよ。こんなので皆が元気になるなら、幾らだって書いてやるよ」
そして黙々とサインを続ける。
「これで二百枚目だ」
真美に渡す。きっかり二百です、と真美が報告すると、ケイは頷いた。
「宜しい。今日の授業はここまで」
「はあ?」
「まずはこれだけ有れば、カールスラントの子供達も元気付くでしょうし、これで補給もバッチリね」
「何だそれは」
「あんまり筆記で腕を酷使させるのもアレだし」
「ま、まあ……」
「それに貴方が言ったでしょう? 『こんなので皆が元気になるなら、幾らだって書いてやる』って」
「あ、あれは勢いで言っただけで本心では……」
ケイは傍らに置かれたマルセイユ宛の手紙を見せた。
「これを見て読んで、そう言う?」
「こら、返せ! それは私のだ!」
「本心でしょ?」
「だから……ッ!」
手紙の差出人、クリスティアーネ・バルクホルン。
ある意味で“石頭”だったマルセイユを手紙ひとつで変心させた、幼き“魔法使い”。
後日、花は小さな額に飾られ、殺風景な隊に少々の彩りを与え皆を和ませたと言うが、それはまた別のお話し。
end